中編5
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【Over Noise】file 01-水の手

 初夏、遂に学校をサボった。

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 やむを得ないだろう。突然親父が死んだのだから。

 男手一つでオレを育ててくれた、たった一人の家族だったのに。

 貧乏だったが、それなりに幸せだった。

 その幸せが、突然終わってしまったのだ。

 昨夜、家で親父の帰りを待っていると、警察から電話がかかってきた。

 仕事の帰り道、親父は原付で坂道を走っていた際にスリップ事故を起こし、そのまま亡くなったらしい。

 昨日は雨も、まして雪すら降っておらず、見通しも良かったはずだ。

 そして噂によれば、親父の遺体はバラバラに砕け散ったようになっていたという。

 まるで、爆弾が直撃したかのように。

 親父は殺されたのかもしれない。

 バイクのスリップ事故程度で身体が爆散するはずは無いが、警察は事故として片付けるつもりらしい。

 仮に殺されたのだとすれば、その犯人は狂っているか、或いは人ではないモノだと思う。

 警察が犯人を追わない理由はそれかもしれないが、そんな超常的な存在が世の中にいるとは考え難い。

 復讐ぐらいしてやりたいところだが、今のオレには犯人を探す力も、その気力も無い。

 オレも、死ぬか……?

 そう思ったが、オレが死んだからといってどうにもならないだろう。

 今後どう生きていくかも分からないが、少なくともあの優しい親父は俺まで死ぬことを望んでいないかもしれない。

 歩いてきた川沿いの道で、何とはなしに立ち止まる。

 オレは河岸にしゃがみ込むと、水面に映る自分の顔を見た。

 ひどい顔をしている。

 オレには夢もなければ、これから生きていく希望も失った。

 ここで死んだとしても、家族のいないオレを悼む奴なんていないだろう。

 そんなことを考えながらぼーっと水面を眺めていると、不意に視界が激しく揺れた。

 大きな音を立て、オレの身体は水中へ飛び込む。いや、引き摺り込まれたのだ。

 水の中では何者かがオレの手足を掴んでおり、いくら踠いても水面との距離は縮まらない。

 突然のことで、口の中には沢山の海水が入り込む。

 そうか、ここは河口が近かったな。

 オレはここで死ぬのか。

 頭は妙に冷静で、ぼんやりと水面から差し込む微かな光を眺めている。

 それから数秒も経っていなかったと思う。突然、オレを掴んでいた何かがその手を離したのだ。

 オレはそれを水中に蹴り落とし、その勢いで水面に向かい泳いでいく。

 意識が薄れる前に何とか戻ったオレは、急いでコンクリートの河岸に身を乗り出した。

「お前、何故ここに!?」

 唐突に誰かの声が聞こえ、河岸から伸びた手にオレは掴まれる。

 その瞬間、オレの身体は僅かに宙を浮くような感覚に襲われた。

「ゲホッ、ゲホッ……」

 陸に引き戻されたオレが咽せていると、再びその声が聞こえてくる。

「お前、どうやってここに入った?一体何があったんだ!?」

 声のする方を見上げると、そこにはオレと歳は同じぐらいの男が一人……

「真城君、高圧的になっちゃ駄目ですよ」

 と、その後ろから女性がもう一人。

 彼女は男をそう諌めると、ずぶ濡れのオレに目をやる。

「すみません」

 男はオレに背を向け、女性に頭を下げた。

「君、一先ず何があったのか、ゆっくりでいいので教えてくれますか?」

 女性がオレに問いかけたその直後、水音を立てて河から現れたのは、先ほどオレを引き摺り込んだモノであろう何かだった。

 それは水が人の手を模ったような姿をしており、今のところ頭のような部分は見当たらない。

「話は後にしましょう。真城君、逃げられる前に拘束を!」

「了解」

 女性の指示を受けた男は、水の手に向けて右手を向ける。

 これまで、心霊現象のようなものは殆ど信じていなかったが、それはオレにもはっきりと見えた。

 男の身体から赤いオーラのようなものが溢れ出し、それが素早く右手を伝って水の手に放たれたのだ。

 水の手は赤いオーラに拘束され、そのまま陸へと引き上げられる。

 やはり水の手に頭は無く、そして胴体すらも無い。二本の腕同士がそのまま繋がったような見た目をしていた。

「ん……?」

 その瞬間、男が軽く首を傾げたように見えた。

 男は拘束した水の手に向け、更に左手で先程よりも強いオーラを送る。

 数秒後、男が何かを握り潰すように左手で拳を作ると、水の手は勢いよく爆散した。

 オレはその様子を愕然としながら見ていたが、少ししてから男の方を見ると、どこか呆気ないといった表情で首を傾げていた。

「もう終わり……?」

 男の後ろに立つ女性も、そう言って同じように首を傾げる。

 何が起きたのだろうか?

 オレはよく分からない。

「市松さん、今回のノイズってクラスBですよね?」

「という報告だったけれど……まるでクラスC相当でしたね。私いらなかったんじゃ……」

 少しの間考えていた二人だったが、思い出したかのようにオレを見ると、再び女性が尋ねてきた。

「ところで、何があったんですか?ここは普通の人が入れないようになっているはずなんですが……」

 普通の人が入れないとは、どういう意味だろうか?

 オレは混乱する頭を必死に落ち着かせ、ここで起きたことを身振り手振りで二人に説明した。

 少し冷静になってから見ると、めちゃめちゃ好みの女性だった。

 親父が死んだ翌日のこの状況で、そんな下らないことを考えるなんて、たぶんオレは最低だ。

「なるほど……もう少し詳しい話を聞く必要がありそうですね。そういえば、まだ名前を言っていませんでした。私は市松柑奈です。君は?」

 柑奈さんという女性は、そう言ってオレに優しい笑顔を向けた。

 綺麗な女の人にこんな顔してもらえたのは初めてだ。

「あ……紫園祐太郎っす」

「紫園君、よろしくお願いしますね。ちなみに君を助けた彼は真城君、真城灯也君です。ちょっと人見知りですが、悪い子ではないですよ」

 柑奈さんの言った真城という男は、水の手が弾けて濡れた部分のコンクリートをじっと観察している。

 第一印象は、ちょっと無愛想な奴といった感じだ。

「さて、こんな場所で立ち話も何ですし、とりあえず私達と一緒に来てもらえますか?勿論、着替えと飲み物は用意します」

 柑奈さんはそう言うと、コンクリートを観察していた真城にも「そろそろ行こう」と声を掛ける。

 当然、オレにも断る理由はない。

 寧ろ何が起きたのか、柑奈さん達は何者なのか、聞きたいことは山ほどある。

 オレは柑奈さんに「はい」と返事をすると、それから彼女の車の後部座席に乗り込んだ。

Concrete
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