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長編13
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空き巣

「ここを覗いて見るか。」

作業服のフードを目深に被り、マスクで顔を隠した佐伯郁夫は、フードの奥から周辺の様子を窺いながらある一軒の家の門に近づいて行った。

彼は二年前に勤めていた工場が倒産し、再就職がままならない状況で、空き巣により生計を立てるような生活に陥っていた。

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狙ったその家は、築二、三十年と言ったところだろうか。

やや古い家の方が、セキュリティが甘く、忍び込みやすい。

そしてこの位のやや小さめの家であれば、基本的に単家族で、爺さん婆さんが常に家にいる可能性も低いのだ。

三日前にこの周辺を下見して歩いた時は、この家のカーポートに薄紫色の軽自動車が一台停まっていた。

その車が今日は無い。

平日であり旦那は仕事だろうから、車がなければ家の中には誰もいない確率が高い。

佐伯郁夫は何気なく門に近づき、周囲にひと気がないことを確認してからインターフォンを押してみた。

もちろん反応があればそのまま立ち去るのだが、案の定、何の反応もない。

そのまま門扉を開けて中へ入ると、玄関には向かわず庭から家の裏手へと回った。

ピッキングで勝手口のロックを難なく解除すると、ゆっくりとドアを開け中の様子を窺ったが、家の中は静まり返っており、犬を飼っている様子もない。

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足跡を隠すため両足にビニール袋を履くと家の中へと入ってゆく。

とにかく家の中を漁ったことを極力気づかれないよう、できる限り散らかさずに済ませる。

そうすれば、通報を遅らせることにより、いつ泥棒に入られたのかさえ分からないようにするのだ。

できれば泥棒に入られたことにすら気づかれないようにしたい。

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まずはキッチンで小物入れの引き出し類、リビングのチェストやテレビ台の引き出しを漁ったがこれというものはなかった。

しかし寝室のドレッサーの引き出しの奥に、奥さんのへそくりだろうか、数万円の現金と金のブレスレットを見つけた。

更にベッドのヘッドボードの引き出しにあった指輪やネックレスなどの貴金属から値段の高そうなものだけ取り出し、ポケットへ捩じ込んだ。

予め帰宅時間が予想できればもう少し粘るところだが、今回はいつ帰ってくるか解らない。

取り敢えずそこそこの戦果があったことであり、ここまでにすることにした。

そして勝手口へと向かって寝室を出ようと振り返った。

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「!!」

なんと寝室の出入り口に女が立っているではないか。

パッと見て四十歳前後であり、この家の奥さんのように思えるが、しかしパジャマ姿なのだ。

車で出かけていたはずだが、とてもたった今、家に帰ってきたとは思えない。

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そして何より違和感を覚えたのは、佐伯郁夫の姿を見て驚きも騒ぎもせずにまるで放心状態のように彼のことをぼ~っと見ているのだ。

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姿を見られた以上何とかしなければならない、と佐伯郁夫は咄嗟に思った。

しかし手荒な真似をすると、捕まった時に単なる空き巣に比べ格段に罪が重くなる。

何とか穏便に済ませたい。

しかし佐伯郁夫の頭にふと、この女は正常な精神状態ではないのではないかという考えが浮かんだ。

この状況で何も言わず、黙って彼のことを見ているだけなのだ。

「こんにちは。」

試しに声を掛けてみた。

しかし女は何の反応も示さない。

相変わらず、こちらをぼ~っと見ているだけ。

ひょっとするとこのまま逃げられるかも、佐伯郁夫はそう思った。

彼女の横を素通りして出て行けば、この女はそれを眺めているだけかもしれない。

そう考えた佐伯郁夫は腹を括り、足を踏み出した。

「それじゃ、これで帰ります。お邪魔しました。」

それが当たり前のことのようにそう声を掛けて女の横を通り、そそくさと寝室の外へ出た。

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その時だった。

いきなり女が背後から首に腕を巻き付けて、佐伯郁夫の背中にしがみついてきたのだ。

咄嗟に振り向くと顔のすぐ横に女の顔があった。

そして佐伯郁夫の顔を見てニタッと笑った。

「うわ~っ!」

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体を激しく揺すったが、女はまるで貼り付いてしまったように背中から離れない。

そしてはっきりと女がしがみついている感覚はあるのだが、まるで重量感がない。

空気人形を背負っている感覚と言えばいいのだろうか。

「何なんだよ、この女は。」

女を引き剥がそうと足掻いていると、ベッドの横にある大きな鏡が目に入った。

そこには佐伯郁夫の姿が映っているのだが、なんと背中に女の姿は映っていないではないか。

再び顔を横に向けると、間違いなく女の顔はそこにあり、彼の顔を見てまたニタッと笑った。

ようやく佐伯郁夫はこの女はこの世の存在ではないことを確信した。

何とかしなければ。

佐伯郁夫はいきなり床へ仰向けになると、全体重を掛けて背中に貼りついた女を押し潰すように体を動かした。

ぐにょぐにょと女の存在は背中に感じるのだが、女は依然としてニタニタと笑っているだけで苦しがる様子はない。

どうしようか一瞬悩んだが、とにかくこのままここに居ても警察に捕まるだけだ。

とにかくここから移動しなければ。

佐伯郁夫は立ち上がると、女に重量感がないのを幸いに脱兎のごとく駆けだし、勝手口から外へと飛び出した。

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◇◇◇◇

取り敢えず住宅地を離れ、佐伯郁夫は自分のアパートへ戻ろうとしたが、こんなパジャマ姿の女を背負っていては目立ってしまう。

しかし隠れているわけにもいかず、腹を括ってアパートへ向かって歩き出した。

佐伯郁夫のアパートは比較的ひと通りの多い繁華街を抜けたところにあるのだが、驚いたことに誰も彼のことを振り返らない。

他人の目を引かないはずはないのだが、フードの奥から周囲の様子を窺っても誰ひとり彼に視線を向ける者はいない。

先程鏡に映っていなかったように、この女の姿は誰にも見えていないのだろうか。

いや、そうとしか思えない。

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とにかくアパートの階段を駆け上がり、二階の自分の部屋に入ると、ほっと溜息をついた。

しかし何も解決していないのだ。

どこかの神社か寺にでも行けば祓って貰えるのだろうか。

部屋に帰ってきた時の習慣でポケットの中の物をテーブルの上に出した。

財布と部屋の鍵、そして盗んできた現金と貴金属。

「くそ、こんな変な女さえ憑いてこなければ、結構いい実入りだったのにな。」

そうボヤキながらテーブルの上に全て出し終わった。

するとふっと背中から女の感触が消えた。

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首を振って左右の肩の上を確認したが、女の顔はない。

「やった。いなくなった。」

しかし喜んだのは一瞬だった。

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女は目の前のテーブルの横に座っていた。

そしてぼっとテーブルの上の品を見ている。

どうやら女が憑いてきたのは俺ではなく、この盗品のうちのどれかのようだ。

試しにテーブルの上の貴金属の束を手で横にずらした。

女は目でそれを追ってゆく。

間違いない。

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今度は、指輪やネックレスなどをひとつずつテーブルの上を動かしてみた。

そしてゴールドのブレスレットを動かした時に女ははっきりとそれを目で追った。

これだ。

「これが最近よく聞く”忌み物”って奴になるのかな。変なもの盗んじまったな。」

思い出してみると、このブレスレットだけベッドのヘッドボードではなく、ドレッサーの引出しの奥深くにしまってあった木の箱に入っていた。

その木の箱には、何やら怪しげな文字が書かれていたような気がするが、ブレスレットだけ取り出して木の箱は元の位置に戻した。

ひょっとするとあの木の箱で封印されていたのだろうか。

佐伯郁夫はそのブレスレットを手に取ると立ち上がった。

とにかくそれなりの太さがあり、金の重量分だけでもそこそこのお金になりそうだ。捨てるのはもったいない。

佐伯郁夫は、それを隣町の貴金属店に持ち込んで買い取って貰った。

もちろん部屋を出る時から女は背中におぶさっていたが、買い取って貰った後はいなくなった。

「へっ、幽霊に取り憑かれると大変だって言うけど、ちょろいもんだな。」

久しぶりにとんかつ屋で豪勢な昼食を済ませると機嫌よく部屋へ戻った。

「うわっ!」

テーブルの横にはパジャマ姿の女が座っていた。

テーブルの上には売ったはずのブレスレットが置いてあるではないか。

そして女は部屋に戻った佐伯郁夫の顔を見るとニタッと笑った。

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◇◇◇◇

「なんだそりゃ。」

近所の居酒屋で佐伯郁夫の数少ない友人のひとりの三宅卓也が、青白く痩せ細った彼を心配して話を聞いていた。

高校時代からの友人であり、彼は真っ当なサラリーマンで佐伯郁夫の現状をいつも心配している。

佐伯郁夫の背に女の姿はない。

部屋にブレスレットを置いてくれば、彼に憑いてくることはないようだ。

「それはどう考えても、そのパジャマの女に取り憑かれたという事だよな。でもその女のことは知らないんだろう?」

「ああ、見も知らぬ女だ。そもそも何の関わりもない家から盗んできたブレスレットにくっついてきた幽霊だからな。」

佐伯郁夫は何度もあのブレスレットを売ったり、捨てたりしようとしたのだが、何をやっても彼のところに戻ってきてしまうのだ。

「ったく。だから他人様の物に手を出すような生活から早く足を洗えっていっただろう。それでお寺か神社には行ってみたのか?」

「いや、坊さんに事情を話す際に盗んできたとは言えないだろう?」

「そんなもん、拾ったとでも言えば良いじゃないか。俺が良いお寺か神社を探してやるよ。」

「すまん。」

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◇◇◇◇

三宅卓也は神社仏閣に頼るにしても、そのパジャマの女に関する情報があまりに少なすぎると思った。

その女がこの世に残ってしまっている理由は、怨恨なのか、未練なのか、それとも他に理由があるのか。

それが分からないことには、解決できないのではないかと考えたのだ。

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三宅卓也は、佐伯郁夫から聞いたその家の近くにいた。

もう一時間以上ここにいる。

するとその家に薄紫色の軽自動車が帰ってきた。

そしてカーポートに駐車すると、車から買い物袋を抱えた髪の長い女性が降りて来た。

この人がこの家の奥さんだろう。

佐伯郁夫から聞いているパジャマ姿の女とは風貌が違う。

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三宅卓也は彼女が家に入る前に駆け寄ると声を掛けた。

「あの、すみません。○○大学の超常現象研究会の者ですが、ちょっと話を伺わせて貰ってもいいですか?」

もちろんデタラメだ。

しかし、少しでも何か手掛かりが欲しくて強引に声を掛けたのだ。

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「超常現象研究会?何だか面白そうな研究会ね。ちょっと待っていて下さい。」

この手の話が嫌いではないのだろう、奥さんは持っていた買い物袋を玄関に置くと三宅卓也の所へ戻ってきた。

「それでお話って何ですか?」

「噂で聞いたんですけれど、お宅にある金のブレスレットにパジャマ姿の女性の霊が憑いているって。それで、その噂について話をお聞きしようと思ってお帰りを待っていたんです。」

そう言った途端、それまでにこにこしていた奥さんの顔が曇った。

「金のブレスレット?その噂は何処でお聞きになったんですか?」

「正確な出所は分からないのですが、ウチの研究会に所属する女の子が友達から聞いた話らしいです。」

「ふうん、曖昧な話の割にはそれがウチだって特定できたの?」

「その話の家が、“影坂”というちょっと珍しい苗字だという事を聞いていたのですぐ分かりました。」

奥さんは何か少し考えるような素振りを見せたが、すぐにまた笑顔に戻った。

「いいわ。立ち話は何だから中へどうぞ。」

そう言って奥さんは三宅卓也をリビングへと招き入れた。

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パジャマ姿の女が幽霊となって現れるという事は、彼女はもうこの世の人ではないという事になる。

のこのこと家の中に入って大丈夫なのか。しかしパジャマ姿の女は佐伯郁夫に憑いており、ここにはいないはずなのだ。

三宅卓也は多少不安に思ったがここで帰るわけにはいかないと、おとなしく彼女に従った。

ソファに座ると奥さんはコーヒーを出し、三宅卓也の横に座った。

「これからお話しすることは、絶対に口外しないって約束してくれる?」

そう前置きして彼女はその経緯を語ってくれた。

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*************

彼女、影坂博恵は再婚だった。

旦那である影坂一郎は前の奥さんを病気で亡くし、しばらく独身でいたのだが勤め先で知り合った博恵と再婚することになった。

影坂一郎は資産家の息子であり、博恵にとって非常に魅力的な話だった。

再婚するに当たり、彼女は前の奥さんの持ち物は全て処分して欲しいと希望した。

影坂一郎はその条件を飲んで、位牌を除き家の中にある前妻の持ち物を全て処分した。

しかし処分したはずだったあのブレスレットだけは、いつの間にか寝室へ返ってくるのだ。

ブレスレットは、影坂一郎が死んだ奥さんと婚約した際に贈ったものらしい。

そして常に身に付けていたようだ。

博恵は結婚を躊躇った。

死んだ奥さんが未だ彼に執着しているとすれば、もし結婚した場合にどんなことが起こるのか分からない。

博恵は一郎にブレスレットを何とかしてくれと頼み、一郎はブレスレットを知り合いに紹介された神社に持ち込んで特殊な木でできた小さな箱の中にブレスレットを封印した。

そしてそれ以降、前妻の幽霊が出てくることはなく、博恵は結婚に踏み切ったと言った。

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**********

「多分、主人が適当な神社を探している時に話した事が、回り回ってあなたのところに伝わったのね。」

「そのブレスレットは何処にあるのですか?」

盗まれたのだからこの家にあるはずはないのだが、三宅卓也はそれとなく質問してみた。

「二階の寝室にしまってあるわ。箱を開けるわけにはいかないからお見せできないけど。」

影坂博恵はそう言って笑った。どうやら盗まれたことに気づいていないようだ。

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しかし三宅卓也はこの話を聞いて、幾つもの疑問が浮かんだ。

何故、影坂一郎はブレスレットが封印された箱を神社などに預けず、そのままこの家に置いたのだろうか。

そして何故、佐伯郁夫がブレスレットを盗んだ後、ブレスレットはこの家に戻らなかったのか。

そもそも病死したという奥さんはどうして成仏せずに彷徨っているのか。

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影坂博恵は、旦那である一郎に執着して、と言っていたが、それでは佐伯郁夫に取り憑いた理由が分からない。

「でも何故旦那さんは、どうしてそのブレスレットをこの家に置いておくのですか?神社かお寺に預ければいいと思うんですけど。」

佐伯郁夫のことに触れるわけにはいかない三宅卓也は、一番無難な疑問を口にした。

「さあ、なんだかんだ言ってまだ前の奥さんに未練があるんじゃないの?ねえ、それより、あなた彼女はいるの?」

影坂博恵はそう言ってにやにやしながら三宅卓也の隣に座り直し、膝の上に手を置いた。

「いえ、ちゃんと彼女がいますから。それじゃあ、すみません。お邪魔しました。」

三宅卓也は慌てて立ち上がると、残念そうな顔をしている影坂博恵を残して家を出た。

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◇◇◇◇

結局、疑問だけが残り、納得のいく結論には達しなかった。

とにかく三宅卓也が知りたいのは、何故パジャマ姿の奥さんが佐伯郁夫に取り憑いたのか、なのだ。

そこに彼から奥さんの霊を引き剝がすヒントが隠れているに違いない。

何故だ、何故なんだ。

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◇◇◇◇

それから三日程経った日、答えは突然降ってきた。

影坂博恵が殺されたのだ。そして犯人は佐伯郁夫。

テレビのニュースでそれを見た瞬間、三宅卓也の頭の中で全ての糸がつながった。

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**********

パジャマ姿の奥さんは病死ではなく、影坂博恵に殺されたのだ。

おそらく薬か何かを使って病死に見せかけたのだろう。

そしてまんまと影坂博恵は資産家の息子である一郎の後妻の座についた。

誤算だったのは、殺された奥さんが幽霊となって彼女の前に現れるようになったことだ。

あのブレスレットが彼女の怨念の象徴となり、影坂博恵はそのブレスレットを封じ、ドレッサーの引出しの奥へと隠した。

そう、佐伯郁夫から、あのブレスレットをドレッサーの引出しから見つけたと聞いた時点で気づくべきだった。

影坂一郎が封印されたブレスレットをドレッサーの引出しにしまうはずがないのだ。

ドレッサーの引出しの奥に隠すとすればそれは影坂博恵であり、彼女はそれを旦那から隠す必要があったということになる。

そして、影坂家を訪ねた時、影坂博恵が三宅卓也にすり寄ってきたことからすると、彼女が影坂一郎と結婚したのも彼を愛していたわけではなく、彼の財産目当てに違いない。

そして殺された奥さんの霊は、佐伯郁夫によって封印を解かれ、影坂博恵に復讐するために佐伯郁夫に取り憑いたのだ。

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***********

留置所に拘留されている佐伯郁夫に面会に行くと、彼は影坂博恵を殺した時の事を何も記憶していなかった。

その日、佐伯郁夫は何故か無性に影坂家に行かなければならないという欲求に駆られた。

そして玄関先まで行ったところで記憶がぷっつりと途絶えており、気がつくと家のリビングで血に塗れた包丁を持ち、目の前には何か所も刺され息絶えている影坂博恵が倒れていた。

そして家に居た影坂一郎の通報を受けた警察官に現行犯逮捕されたのだ。

佐伯郁夫は弁解のしようもなくすべて正直に話したのだが、もちろん警察は信用してくれない。

「あのパジャマ姿の奥さんが俺に乗り移ったのは間違いないよ。ほら。」

そう言って佐伯郁夫は自分の左腕を差し出した。

そこには金のブレスレットがあった。

「外れないんだ。サイズが小さくて手から抜けない。そもそもどうやってこの小さなブレスレットが俺の手に嵌ったのか・・・」

警察も証拠品として外そうとしたが、切断しない限り無理だということで、今のところそのままにしていると言う。

佐伯郁夫のことを可哀そうだと思うが、現行犯逮捕では仕方がない。

影坂博恵に対し、殺害の動機が全くない彼に対し、司法がどのような判断を下すのだろうか。

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◇◇◇◇

やりきれない気分で三宅卓也は自分のマンションへと帰った。

そして部屋に入ったところで固まった。

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リビングのテーブルの上には、佐伯郁夫の腕に嵌っていたはずの金のブレスレットが置いてあり、その横にはパジャマ姿の女性が笑みを浮かべて座っていた。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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