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長編16
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夢の中の彼女

ここ何日か、暗闇に建つ大きな屋敷の夢を見るようになった。

その屋敷の大きな木製の扉の両脇にはアンティークな造形の玄関照明が灯っている。

周囲を見回しても木々に囲まれ真っ暗であり、この扉から中へ入る以外の選択肢は与えられていない。

目の前にある取っ手を引くと鍵は掛かっておらず、重たい扉をゆっくりと手前に引いて屋敷の中を覗き込んだ。

屋敷の中は明るい。

「すみません、誰かいますか?」

靴音を鳴らして屋敷の中へ入ってみるが、問い掛けに返答はなく、人の気配もない。

正面のリビングには大理石の暖炉があり、その上には50号ほどのサイズの肖像画が飾られ、老婦人が椅子に腰を下ろしている。

「いらっしゃい。」

突然背後から声を掛けられ振り返ると、そこに立っているのは数か月前から付き合い始めた俺の彼女である加奈だ。

まるでたった今起きてきたばかりのように、いつものサラサラのショートヘアはぼさぼさで、まるっきりのスッピン、そして薄いピンク色のネグリジェ姿。

しかし、何故彼女がここに居るのだろう。しかも彼女は、”いらっしゃい”と言った。

加奈は池袋のマンションで独り暮らしをしており、こんな屋敷ではない。

「ここは実家なの?」

目の前の加奈に向かって素直にそう尋ねると、素直にそうだと答える。

そして俺に対してこう言うのだ。

「この屋敷の中に私の亡骸があるの。もし見つけたらあなたの好きにしていいから探し出して。お願い。」

そして毎回ここで目が覚めるのだ。

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****************

自分の死体を探せ、見つけたら好きにしていい。

どういう意味があるのだろう。

俺は決してネクロフィリア、死体愛好家などではない。

死体なんて、まして自分の彼女の死んでいる姿など見たくもない。

俺は怖がりなのだ。

実際、夢の中に彼女の死体は登場しない。探すことを頼まれるところで毎回終わるのだ。

そして自分の死体を探せということは、夢の中の加奈は幽霊という事になる。

しかし彼女は俺の実生活の中で生きて存在し、デートし、常にLINEで連絡を取り合っている。

現実と全く符合しないのだが、それでも毎日のように彼女が幽霊である夢を見るという事は何か意味があるに違いない。

自覚していないだけで俺はどこか心を病んでいるのか、それとも彼女の周辺に何かがあるのか。

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◇◇◇◇

俺の名は長谷順也。

製薬会社のアナリストとして就職し、五年目になる二十七歳だ。

三つ年下で証券会社に勤める岩崎加奈とは、自宅の最寄り駅で偶然知り合った。

ホームへの階段を降りようと柱を曲がったところで偶然ぶつかってしまったのだ。

彼女は手に持っていたスマホを落として画面を割ってしまい、俺は弁償するからとそれから数回会った。

小柄でかわいい雰囲気もさることながらその明るく素直な性格にほぼひと目惚れし、彼氏がいないと聞いてすぐに交際を申し込んだ。

そして彼女も俺にびびっと来るものがあったと言ってくれ、即交際OKを貰ったのだ。

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◇◇◇◇

あの夢を見るようになって十日経ち、さすがに気になった俺は加奈にその夢の話をした。

もちろん俺が内面で何か歪んだ欲望を持っているように受け取られるのではないかと危惧する気持ちはあった。

しかしそんな自覚はないし、実際にそのような夢を見てしまうのだから隠しても仕方がない。

思い切って話をすると、加奈は驚いた表情でその家は間違いなく自分の実家だと言った。

もちろん俺は加奈の実家に行ったことなどなく、それは単なる夢ではないと加奈は言い切った。

「こんな自分の幽霊の夢の話をされて不愉快じゃないか?」

彼氏が自分の幽霊の夢を見ると言われて快く思う人はいないだろう。

「もちろん、気分良くないけど、それよりも順也が知っているはずのない私の実家のことをこんなにはっきりと説明されると、絶対に何か意味があるはずだと思うわよ。」

そして見つけた死体を好きにしていいという事を、俺は死体を弄ぶと解釈したのだが、加奈は、見つけた死体を焼こうが、庭に埋めようが、海に投げ捨てようが、その処理を好きにしてくれと解釈できると言った。

しかしそれなら何故彼女は自分の亡骸を俺に見つけろと懇願するのだろうか。

そもそも自分の亡骸を探せと言うのはどんなシチュエーションなのか。

幽霊の彼女に自分の体がどこにあるか分からないという事があるのだろうか。

その一方でこの屋敷のどこかにあると言い切っているのだ。

その日は俺のマンションで加奈の手料理をご馳走になり、そのまま彼女は泊った。

そしてベッドで加奈と抱き合って眠っている時もあの夢を見た。

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***************

いつものように重たい木の扉を開けて中に入り、後ろ手でドアを閉めようとするとその手を誰かが抑えた。

驚いて振り返るとそこに立っていたのは、整ったショートボブに薄化粧をしたいつもの加奈だった。

今日は夢のパターンがいつもと違う。

「私達、同じ夢を見ているようね。私は本物の加奈よ。順也の夢に出てくる幽霊じゃないわ。」

それを聞いた俺は、本当に夢なのかどうか目に前にある加奈の頬をつねった。

「痛!何するのよ!夢から覚めちゃうじゃない!」

「あ、そうか。夢から覚めちゃいけないんだな。」

「もう、頭悪い!」

俺と加奈は手をつないでゆっくりと暖炉の前まで進んだ。

「この絵は私のひいお婆ちゃんなの。この家の裏山に生える薬草を煎じて薬を作る会社を立ち上げて財産を作ったのよ。今はもうその会社は別な人に譲っちゃったから、残っているのはこの家だけ。もう今は誰も住んでないけど。」

「え?空き家なの?」

「うん、もう十年以上になるかな。」

その割には、多少埃っぽく感じるだけで大きく傷んでいる様子はない。

「いらっしゃい。」

突然背後から声が聞こえ、振り向くとそこにはやはりいつものように寝起き姿の加奈が立っていた。

加奈がふたり・・・

「この屋敷に私の亡骸があるの。もし見つけたらあなたの好きにしていいから、早く探し出して。」

そしてそこでいつものように目が覚めた。

目を開けると加奈も俺の腕の中で目を開け、俺の顔を見ていた。

「あの家は本当に加奈の実家だった?」

「うん、間違いないわ。」

俺と加奈は顔を見合わせた。

「行くしかないな。」「行くしかないわね。」

ふたり同時に発した言葉に、思わず顔を見合わせて笑った。

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◇◇◇◇

週末の土曜日、俺と加奈は車で奥多摩街道を西へ向かっていた。

東京の奥多摩から山梨の小菅村へ抜ける国道から少し入ったところにその家がある。

「路線バスはそれなりに走っているし、すごい田舎だけど住んで住めないことはないわ。」

「ご両親はなんでその家に住んでいないの?」

「うん、経営していた製薬会社が傾いた時に、都心に仕事を見つけてこの家を出ちゃったの。」

国道から横道へと入り、更に車一台分の幅しかない砂利道を進んだところにその家はあった。

立派な門扉を開け、敷地の中へ入ると正面には見覚えのある玄関がある。

初めて来たような気がしない。

「うん、夢の通りだ。間違いない。」

俺が周囲を見回している間に加奈は玄関の鍵を開け、俺を家の中に招き入れた。

家の中も夢の通りだ。

夢では分からなかったリビングの窓の外の景色も素晴らしい。

「いいな。この家。俺は基本リモート勤務だし、車もあるから生活していけるな。加奈、誰も住んでいないのなら貸してくれないかな?月いくらなら貸してくれる?」

すると加奈は、悪戯な微笑みを浮かべてすり寄ってきた。

「あら、役所に行って緑色の紙に署名捺印して提出すればタダよ。」

もちろん婚姻届けのことだ。

「そうしたいけど、そうするとなるとそれに付随していろんな費用が掛かるな。」

「あら、その費用を払いたくないの?」

別に加奈と結婚したくないわけではないが、まだ心の準備が出来ていない。

「いや、払いたいんだけど今は貯金がない。」

俺が苦笑いしてそう返事をしたその時、どこからかドスンという誰かが尻もちをついたような音がした。

もちろん俺達以外に人はいないはずだ。

俺と加奈は口を閉じて周囲を見回したが、音はそれっきりで屋敷の中は静まり返っている。

ビビリの俺としては一瞬にして逃げて帰りたくなったが、それでは何の解決にもならない。

この屋敷のことをよく知っている加奈が傍にいることで多少は心強い。

俺は大きく深呼吸をした。

「加奈二号が課した死体探しゲームを早く始めろと煽りが入ったみたいだね。それじゃ、始めますか。」

俺のその言葉に、それまでにやけていた加奈も表情を引き締めて頷いた。

「でもさ、考えてみれば、生きている加奈がここにいるんだから、いくら探しても加奈の屍なんか出てくるはずがなくないか?」

リビングを出て奥へと進みながら俺は加奈にそう問い掛けた。

しかし加奈は苦笑いを浮かべて首を傾げるだけだった。

探し物は死体なのだ。小さく折り畳めるわけではないから、探すにしてもそれほど細かい場所を探す必要はない。

キッチン、バスルーム、居室、廊下にある収納棚などを探して歩くが一向に見つからない。

しかし、そもそも死体があれば、亡くなった直後でもない限り、それなりの匂いがしてもいいのではないか。

本当にこの家の中に死体があるのだろうか。

二階へ上がり、各部屋を確認したがやはりどこにもない。

かなり大きな屋敷だが、三十分程でほぼすべての部屋を回り終えてしまった。

ため息を吐きながら、二階から一階へ降りて来た時だった。

「あっ」

あのネグリジェ姿の加奈が階段の下の廊下に立っているではないか。

夢ではなく現実でその姿を見るのはこれが初めてだ。

「どうしたの?」

俺に続いて階段を降りて来た加奈の問い掛けに、彼女へ一瞬視線を移したところでその姿は消えてしまった。

「いや、そこの廊下に加奈二号がいたんだ。」

俺はそう言いながら恐る恐る廊下を進み、立っていた辺りに立ってみたがその姿は何処にもない。

目の前には収納棚のドアがあるが、この中は先程確認して何もなかった。しかし念のためもう一度ドアを開けてみた。

中は空っぽなのだが、この収納は幅一メートルほどに対して奥行きが一メートル以上あり、異様に深い。

間取りの関係だろうか。

ふと見ると足元、収納の床板の一番手前に、十五センチほどの金属の取っ手がついている。

何だろうと思い、それを掴んで持ち上げるように引っ張ってみると、なんと床板が持ち上がり、その下にはぽっかりと空間があるではないか。

見るとそこには階段がついている。中は真っ暗だがどうやら地下室への入り口のようだ。

「加奈、こんなところに地下室があるのを知ってた?」

加奈は不安そうな表情で首を横に振った。

「まるでRPGだな。この下にラスボスがいるのか?」

普段のビビリな俺なら決して階段を降りる気にならなかっただろう。

しかし、これまでの出来事を解明したい、あの夢に決着をつけたいという強い好奇心に突き動かされて階段を降りることにした。

スマホを取り出しライトを点けるとゆっくりと階段を降りて行く。

コンクリート製のしっかりとした階段であり、急ごしらえではなくこの家が建てられた時からあったと思われる。

一番下まで降りるとそこにドアがあった。

やはりここが本命のようだ。おそらくこの場所に加奈の亡骸がある。

「早く見てみようよ。」

まるで煽るように背後から加奈が声を掛けてきた。

俺はその声に背中を押されるようにドアノブに手を掛けた。

ドアを開けると乾いた藁のような匂いがした。特に腐敗臭のようなものは感じない。

中を覗き込むと部屋の一番奥に青いプラスチックの大きな横長の箱が置いてある。

「これか。」

大きさもほぼ棺桶に近い。

確認しようとプラスチックの箱の蓋を開けようとしたが、蓋はガムテープのようなものできっちり固定されている。

かなり古くこびりついているそのテープを何とか剥がし、ゆっくりと蓋を開けた。

部屋に入った時にうっすらと漂っていた乾いた藁のような臭気が一気に立ち昇る。

慌てて袖で鼻と口を覆い、ケースの中を覗き込んだ。

スマホの灯りに照らされたそこにはあの加奈の幽霊と同じネグリジェ姿の遺体が大量の枯れた花に埋まるように横たわっていた。

しかしその体は完全に干からびてミイラと化している。髪形こそ同じだが、頬はこけ、目は落ちくぼんで生前の面影はない。

そしてその周辺には白っぽい粉のようなものが散らばっていた。

おそらく遺体が腐敗するのを防止するために入れられた乾燥剤や消臭剤だろう。

「加奈、これがあの幽霊が探せと言っていた亡骸に間違いないな。でもいったいこれは誰なんだろう?」

加奈は生きて俺の横にいるのだ。これは加奈ではない。

俺は横に立っている加奈を振り向いた。

「あれ?加奈?」

部屋の中に加奈がいない。

「加奈?加奈?」

慌てて部屋を飛び出し、向かい側の部屋を覗いたが加奈の姿はない。

上に戻ったのだろうか?

俺は階段を一足飛びに駆け上がり、一階へ戻った。

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***********

「えっ?なにこれ。」

屋敷の中は荒れ果てていた。

まるで何十年も経った廃屋のようだ。しかし間取りは間違いなく先ほどまで居た家で間違いはない。

何が起こったのだろう。

地下にいたのはほんの五分程だ。その間にタイムスリップをしたとでもいうのか。

「加奈!」

それでも俺は荒れた屋敷の中を走り回り、加奈の姿を探したがどこにもいない。

俺は加奈に連絡を取ろうとスマホを取り出した。

「え?何?なんで?」

俺は一瞬頭の中が真っ白になった。LINEにも電話帳にも岩崎加奈の名が無いのだ。

その他の友知人達の名前はそのままなのに加奈の名前だけが、まるで存在していなかったように消えているのだ。

通話履歴もLINEのメッセージもない。

どういうことだ。

ふと思いついて玄関を出ると自分の車へと戻ってみた。

そこにも加奈の姿はなかったが、車はここへ来た時の状態のままで長い時間か経過したようには見えない。

つまり俺がタイムスリップをしたわけではなく、屋敷の状態だけが変わってしまったという事になる。

しかし、朽ち果て、埃の積もった屋敷の状態からすると、さっきの五分の間で急激に変化したとはとても思えない。

だとすると、俺は最初からこの朽ち果てた状態の屋敷を訪れた、つまり幻覚を見ていたという事なのか。

加奈と一緒に。

「加奈・・・加奈・・・」

俺は再び屋敷の中に戻り、加奈を探して歩き回った。

頭の中ではこれまで加奈と一緒に過ごした時間が駆け巡っている。

加奈は幻覚などではない、事実なのだ。俺は必死で自分に言い聞かせていた。

そしてまたあの地下室へ戻った。

いた。

プラスチックの箱の横に加奈は立っていた。

「加奈!どこにいたんだ、探したんだぞ!」

加奈の傍に駆け寄ると、加奈はそれに答えず静かに微笑んだ。

「順也、どうもありがとう。」

「何言ってるんだ?意味が解らない。何か知ってるんだったら教えてくれ!」

しかし加奈は再び静かに微笑むと、そのまますっと消えてしまった。

「加奈?どこへいった?加奈?」

見回しても加奈の姿はない。

いま現実として存在するのは目の前のミイラだけなのだ。

何が起こっているのか全く理解できずに俺はそこに座り込んでしまった。

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◇◇◇◇

何が起こっているのか全く解らないまま、俺は警察に電話した。

このまま知らぬふりをして帰宅しても良かったのだが、加奈がもし屋敷の中にいるのであれば置いて帰るわけにはいかない。

このまま逃げても何も解決しないと思ったのだ。

そして警察なら、この屋敷がどのような建物なのか、そしてこのミイラが誰なのかを正確に調べてくれるはずだ。

やはり山の中だけあって、警察の到着まで三十分程掛かった。

当然警察から事情を聴かれることになる。

俺自身、何が起こっているのか解らないのだから理路整然と説明できるわけがない。

信じて貰えないと判っていたが、俺はとにかく事実を淡々と話すしかなかった。

そもそも夢の話から始まっており、警察も怪訝そうに首を傾げるだけだったが、とりあえず質問を交えながらも最後まで話を聞いてくれた。

その間、警察はミイラの状況確認は勿論、屋敷内をくまなく探したが、やはり加奈の姿は何処にもなく、この屋敷の中にいたのは俺だけだった。

聴取に当たった警察官の話によると、あの屋敷は岩崎弥太郎という人の所有だったが相続する者がなく、いまは所有者不明の空き家になっていたとのことだった。

そして日が暮れる頃にようやく聴取が終わり、何かあればまた連絡すると言った担当の警察官に、何か判ったら必ず連絡をくれと逆にお願いをし、警察が移動してくれていた自分の車で帰路についた。

朝、ここへ来る時は一緒だった加奈はいない。

加奈に連絡を取りたくとも、スマホに彼女の連絡先も過去の履歴も、何も残っていないのだ。

俺は真っ直ぐ自宅へ帰らずに池袋に行った。

何度も加奈を送った彼女の自宅マンションの前に車を停め、中へ入ると運良く管理人がまだ残っていた。

「すみません、ここに住んでいる岩崎加奈さんを訪ねてきたのですが。」

しかし管理人の答えは、そのような名前の人はここに住んでいないという。

このマンションに違う名義で住んでいたのか、このマンションに住んでいるふりをしていたのか。

自宅へ戻った俺は、混乱した頭でもう一度何が起こった、いや起こっているのかを整理しようと缶ビールを片手にソファに座った。

事実ベースで起こったことは、何度も警察で話をして整理がついている。

しかしあんなミイラなどはどうでもいい。俺にとって最大の問題は生きている加奈の所在なのだ。

数か月前に駅で偶然出会ってから、同じ時を過ごしてきた。

それがまるで加奈と言う存在がなかったかのようだ。そんなはずはない。

夕べ加奈はここへ泊り、今朝早く一緒に出掛けた。

昨日ここへ来た時、少しは片付けなさいと文句を言いながらも加奈が部屋を片付けてくれたはずなのだが、見回せばいつも通りの散らかった部屋。

俺ははっと思いついて、スマホの写真フォルダを開いた。

消えていた。

加奈の写っている写真がきれいさっぱり消えているのだ。

加奈が消えてしまったという事はもう疑う余地はなかった。

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◇◇◇◇

そして一週間ほどが過ぎた日、山梨県警から電話が入った。

あのミイラは、死後八十年ほど経っており、基本的に俺とは無関係という結論に至ったという連絡だった。

俺はもう少し詳しい話を聞きたいと頼み込み、その日の仕事を休んで奥多摩へと車を飛ばした。

警察署で対応に当たってくれたのは、先日あの屋敷で面識のあった武藤という巡査だった。

「詳細の調査はこれからですが、あのミイラはおそらく1940年に行方不明になって届け出のあった岩崎加奈さんと思われます。」

「へ?あのミイラが加奈?1940年?」

武藤巡査が言っている意味が理解できなかった。

いや、意味は理解しているのだが、それがどういう事なのか分からなかった。

「遺体がかなり古いため確実ではないんですが、加奈さんの遺体は肝臓の損傷が見られ、死因は薬物中毒ではないかと思われるんです。」

「薬物中毒?」

「ええ、今回のこの件に関して僕なりにいろいろと考えてみたんです。そのお話をする前に、一点だけ確認させて下さい。奥多摩村へ来たのは、今回が初めてですか?」

突然の武藤巡査の質問に戸惑いながら、記憶の糸を手繰った。

「えっと・・・いや・・・初めてじゃないですね。いつだったかな、男友達三人で隣の小菅村へキャンプに来て・・・あれはゴールデンウィークだったから、二か月ほど前かな?」

「それじゃ、加奈さんと付き合い始めた後ということですね?その時、加奈さんはどうしたんですか?都内へ置いてきた?」

「え?あれ?どうしたんだっけ?男だけ三人でここへきて・・・加奈は・・・思い出せない。」

「やっぱり。これから僕がお話しすることは、これまで調べた情報と長谷さんのお話を元にした僕の個人的な憶測です。

警察の正式な見解ではないので、僕と長谷さんの間だけの個人的な会話だと理解して下さい。」

そう前置きして武藤巡査が語ったのは次のような話だった。

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***********

あの場所に別荘を構えた岩崎家は、製薬会社を営むかなり裕福な家だった。

しかし昭和十五年頃から事業がうまくいかなくなり、会社の経営はかなりひっ迫していた。

そんな中、新薬の開発で起死回生を図ろうとしたのだが、新薬の承認を得るための検体を募るには莫大な費用が掛かる。

そこで開発したばかりの新薬がまず孫娘の加奈に投与された。

結果は失敗。加奈は命を落とした。

そしてその事実を隠ぺいするために加奈は行方不明とされ、遺体はあの地下室に葬られた。

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**********

「加奈さんの霊はあの別荘を彷徨うようになったのでしょう。そして八十年の時が流れ、あなたがあの別荘と何らかの関わりを持ち、加奈さんの霊に偽りの記憶を植え付けられた。

加奈さんは自分の遺体を白日の下に曝し、どんな形でもきちんと埋葬して貰いたかったのではないでしょうか。」

俺はその場で、キャンプへ一緒に行った友人に電話を掛けた。

彼曰く、キャンプの夜、俺達は肝試しとしてあの別荘を訪れていたらしい。

俺は言葉を失った。

まったく記憶から抜け落ちていた。

加奈の幽霊が俺の記憶を操作して、あのミイラを見つけさせたということなのか。

一応つじつまは合っている。と言うよりも武藤巡査の推測以外他に解釈のしようがない。

「加奈さんの遺体を隠ぺいした人達もおそらくもうこの世にはいません。

しかし、岩崎家に関しては僕なりにもう少し調べてみたいと思います。」

武藤巡査はそう言って俺の顔を見つめた。

「武藤さんは、僕が嘘をついているとは思わなかったんですか?」

「いえ、聴取の時に長谷さんの話には全く淀みがなかったですし、なにより嘘をつく理由があるとは思えなかったですからね。

作られた記憶とはいえ、加奈さんと言う恋人がいなくなって寂しいでしょうが、そもそもこの世の人ではなかったということにして、忘れましょう。もう加奈さんは帰ってきませんよ。おそらく。」

武藤巡査は俺の肩を叩いてそう言うと、俺を気遣うように微笑んだ。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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@たくたく様
いつもいつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

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