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長編10
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ドールハウス

新庄雄太郎は自動車部品メーカーに勤めるエンジニア。

現在、化粧品会社に勤める椎名美幸と同棲中だ。

ふたりは大学時代の先輩、後輩の関係であり、同棲生活は既に五年を超えているが、喧嘩をすることもなく、仲良く暮らしている。

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そんなある日、美幸が突然ドールハウスを作って欲しいと雄太郎にねだった。

「どうしたんだ、いきなり。」

「今日、友達の家に遊びに行ったんだけど、そこのお母さんの趣味がドールハウスで、とっても素敵だったの。それで私も欲しいなって。」

子供の頃から模型作りが好きだった雄太郎も、美幸が撮ってきたスマホの写真を見て乗り気になったようだ。

休日になると、ふたりでおでこを突き合わせ、ああでもない、こうでもないと図面を引き、模型用のバルサ材やプラ板を使って、実際の二十分の一程度のかなり大きな二階建てドールハウス本体を半年かけて作り上げた。

縦横が五十センチ✕七十五センチ、高さが一、二階合わせて三十センチある。

元来凝り性の雄太郎らしく、その出来栄えはドールハウスというよりも建築模型と呼べるくらいだ。

とはいえ、やはりそれはドールハウスであり、前面の外壁はなく、また、屋根や二階部分も取り外すことが可能で、全ての部屋を見ることが出来る。

「一階床面積で四十坪ちょっとか。そこそこの一戸建てだね。」

美幸は気に入った和紙や包装紙などを見つけてきては壁紙を張り、ベッドやタンス、テーブルなどの大物家具は雄太郎がプラ板やバルサで作った。

そしてカーテンや布団、そしてカーペットなどは裁縫が得意な美幸がこれという端切れを買ってきては、楽しそうに縫っていった。

このハウスの住人として、雄太郎は擬人化したウサギやネズミを置くのかと思っていたが、美幸は樹脂粘土を使って、これも約二十分の一、八センチ程度のリアルな男女の人形を作りあげた。

もちろんそれは雄太郎と美幸を模したものだ。

「すごいな。僕らにそっくりだね。」

「へへっ、実はこういうのも得意なんだ。」

そして三センチ程度の小さな男の子と女の子の人形も作った。

美幸は笑って何も言わなかったが、もちろんふたりの子供のつもりなのだろう。

雄太郎はそれに合わせて子供部屋の机や二段ベッドなどの家具も作った。

結局このドールハウスがほぼ完成したのは、作り始めてから二年が過ぎた頃だった。

ふたりは半年後に結婚を決めており、新居として郊外に中古のマンションを購入していた。

「今はマンションだけど、いつかはこんな一戸建てを建てようね。」

美幸はそう言いながら、時間があればドールハウスの小物作りにいそしんでいた。

そんな幸せの絶頂に思えるふたりに、ある日突然とんでもない不幸が訪れた。

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*********

その日、美幸は病院を出て家に帰る途中だった。

妊娠三か月。

自分のお腹に命が宿った。心の底から悦びがこみ上げてくる。

仕事はいつやめようか。結婚と同時か。

一方で、お腹の大きい状態でウェディングドレスを着ることになるなと苦笑いも浮かんだ。

それでも雄太郎は絶対に喜んでくれると、バス停に向かって歩道を歩きながらスマホでメッセージを送った。

[妊娠三か月だって。結婚したらすぐにパパとママよ♡]

そして送信ボタンを押した、その時だった。

突然すぐ傍でドカンと大きな音が聞こえた。

何かと思い、咄嗟に顔を上げて振り返った美幸の目の前に、

ガードレールを突き破ってこちらへ向かってくる乗用車が迫っていた。

即死だった。

美幸は乗用車と背後のビルの壁に挟まれ、一瞬にして見るも無残な姿に変わっていた。

・・・

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◇◇◇◇

もちろん雄太郎の嘆きは半端ではなかった。

周りも、彼が後追い自殺をするのではないかと本気で心配するほどだった。

結局、事故の原因は運転していた老人のアクセルの踏み違いということだったが、雄太郎がその運転していた老人を殺してやると立ち上がったことが何度もあった。

その度に、老い先短い老人を殺して楽にさせてやるよりも、残りの人生を悔恨の中で過ごさせる方が復讐になるだろうと友人達は必死に説得した。

美幸の実家の両親も、まだ若いのだから早く美幸の事を忘れて立ち直って欲しいと、マンションにある美幸の荷物はすべて引き取ると申し出てくれたが、雄太郎は忘れることが美幸の為だとは思えないとそれを固辞し、すでに購入済だった3LDKのマンションのひと部屋に美幸の遺品を全て整理して置いた。

そして四十九日の法要、納骨、そして百箇日の法要と事故から三か月が過ぎる頃には、雄太郎も多少落ち着きを取り戻しつつあった。

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◇◇◇◇

しかし、その頃になって雄太郎は夢を見るようになった。

夢の中で雄太郎は見知らぬ閑静な住宅地の中を歩いている。

そして見知らぬ一軒の家の前で立ち止まった。

躊躇うことなく門を抜け、玄関ドアを開けて中へ入る。

「おかえりなさい。」

懐かしい、そして弾んだ明るい声と共に奥から現れたのは美幸だった。

「美幸!」

思わず駆け寄って抱きしめる。

「どうしたの、今日は変よ。何かあったの?」

「パパ、おかえり~」「おかえり~」

可愛らしい声と共に小さな男の子と女の子が駆け寄り、抱きついてくる。

雄太郎はここが夢の中であり、そしてここが夢の中での自分の家なのだと理解していた。

そして子供達に抱きつかれたまま、リビングへ入った時に気がついた。

ドールハウスだ。

間取りだけではない。カーテンやカーペットも美幸が作ったそのもの。

そしてテーブルも雄太郎が薄いバルサを切って塗料を塗っただけのプアな質感そのまま。

あのドールハウスが実物大になっているというよりも、自分が小さくなってドールハウスの中に入り込んだようだと雄太郎は思った。

しかし目の前の美幸はあの硬い樹脂粘土の人形ではない。

目の前で普通に振舞い、抱きしめた感触も間違いなく美幸だ。

「どうしたの?私のことをそんなにじろじろ見て。何か変?」

美幸がそう言ってバルサのダイニングテーブルに座り、微笑んだところで雄太郎は目を覚ました。

そこはいつも通り、ひとりきりのマンションだ。

変な夢を見たなと思いながら、雄太郎は美幸の遺品が置いてある部屋へ行ってみた。

そこにあのドールハウスも置いてある。

「美幸との思い出が、あんな夢を見させたんだな。」

ドールハウスの中で、美幸の人形はダイニングテーブルに座り、子供達はリビングに並んで立っている。

その時、雄太郎は強い違和感を覚えた。

何だろう。

しかしその日はその違和感が何だったのか解らないまま、会社へと出勤した。

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**********

その日の夜も雄太郎は美幸の夢を見た。

場所はもちろんあのドールハウスの中。

美幸はキッチンに立って料理している。

「子供達は?」

「部屋で遊んでいるわ。」

階段を昇り、子供部屋を覗いて見ると、ふたり仲良く床に寝そべって絵本を読んでいた。

「あ、パパ、今日ボクと一緒に寝る時、絵本読んでくれる?」

「わたしも、わたしも!」

美幸に似た男の子と俺に似た女の子。ふたりとも可愛い。

「わかった。もうすぐ夕ご飯だから、もうちょっとしたら一階へ降りてきなさい。」

「はーい」「はーい」

キッチンへ戻ると、美幸がにっこりと微笑んだ。

「いい子達でしょ?」

雄太郎は素直に頷いて、美幸に微笑み返した。

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********

朝、目を覚ました雄太郎は、またドールハウスのある部屋を覗いた。

昨日の違和感が何だったのか気になったのだ。

しかし、ドールハウスをひと目見た途端に雄太郎は凍りついた。

ドールハウスの中で、昨日はダイニングテーブルに座っていたはずの美幸がエプロンを着けてキッチンに立っている。

そしてリビングにいた子供達は二階の子供部屋で寝そべり本を読んでいた。

夢に見た通りの姿。

そして、その変化を見た途端に、昨日の違和感の原因に気がついた。

もともと美幸が人形を作ってハウスの中に置いた時、雄太郎と美幸の人形は並んでリビングに立ち、子供達の人形は二階の子供部屋に並んで立っていた。

昨日はその具体的な変化に気づかず、妙な違和感だけが残ったのだ。

そして今日もまた夢に合わせたように人形の様子が変わった。

そもそも樹脂粘土であり、紫外線で硬化させている人形の形状がおいそれと変わるわけがない。

何が起こっているのだろうか。

そして・・・

雄太郎の人形がないのだ。

雄太郎は、ハウスの中、そして周辺を探したが何処にも見当たらない。

この部屋にドールハウスを置いた時には確かにあった。

夢に見た状況に変化するドールハウス。いや、ハウスではない。変化しているのはそこに住む美幸と子供達。

そして夢から覚め、生きてこのマンションにいる雄太郎は、このハウスの中にはいない、いてはいけないということなのだろうか。

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**********

雄太郎はパジャマ姿でドールハウスの寝室のベッドの上にいた。

もちろん夢の中だ。

「子供達はもう寝たわよ。」

横になって本を読んでいると、そう言いながら美幸が入って来た。

シャワーを浴びていたのだろう、バスタオルを素肌に巻き付けただけの姿だ。

彼女は同棲していた時からエッチがしたい時はこうやって寝室へ入ってくる。

この習慣は子供が生まれても変わっていないようだ。

本を閉じ、ベッドサイドに置くと美幸はにこにこしながらベッドへ入ってきた。

美幸と最後に一緒に寝たのはあの事故の前日だった。何か月ぶりだろう。

「やっと気がついたよ。もうこの世からいなくなったと思っていたのに、あれから君はここにいたんだね。」

美幸の柔らかく暖かい体を抱きしめ、雄太郎は思わず呟いた。

「ええ、だって、ここが私の家だもの。あなたと私で作った家・・・」

美幸は雄太郎の腕の中で俺の顔を見上げ、真剣な表情でそう囁いた。

「僕もここにいたいよ。ずっと君と、そして子供達と一緒に。」

雄太郎は目に涙を浮かべていた。

「本当に?嬉しい。あなたが真剣にそう思ってくれるならきっと叶うわ。」

美幸は満面の笑顔を浮かべると雄太郎の胸に顔を埋めた。

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**********

翌朝目を覚ました雄太郎がドールハウスを見に行くと、美幸の人形の姿は見えず、寝室のベッドの掛布団が膨らんでいた。

二階の子供部屋では、子供達が二段ベッドで布団を蹴散らして寝ている。

(寝相の悪い奴ら。俺の子供の頃にそっくりだな。)

苦笑いしながら、美幸が寝ているであろうベッドの掛け布団をそっと指先でめくった。

案の定、そこには、裸のままの美幸の人形が横たわっている。

思わずその小指ほどの人形を手に取った。

やはりそれは人形であり、硬く、冷たく、まったく動かない。

しかしよく見るとその人形は、うっすらと微笑んでいるように見えた。

「美幸・・・」

雄太郎の脳裏に昨夜の夢の中で美幸が囁いた言葉が蘇った。

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(あなたが真剣にそう思ってくれるならきっと叶うわ。)

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◇◇◇◇

雄太郎が突然行方不明になった。

その日出社しないことを訝った会社の上司が、マンションの管理人に確認して貰ったのだが、部屋には誰も居なかった。

雄太郎の財布や携帯などの持ち物は全て部屋の中にあったため、事件の可能性もあるとして警察も捜査を始めたが、結局彼は見つからなかった。

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◇◇◇◇

そして雄太郎が行方不明になって三年が過ぎ、雄太郎の両親は、住人のいなくなった雄太郎のマンションを引き払うことに決めた。

家財道具は全て処分することにしたが、思い出になるものは取っておこうと、美幸の両親にも声を掛けてマンションを訪れた。

もともと美幸の遺品が、ひと部屋に集めてあったのを美幸の両親は知っており、ふたりでその部屋に籠ると、アルバムやいろいろな品を見ていた。

これだけ時間が経ってもやはり涙が止まらない。

「あの、すみません。」

雄太郎の寝室で同様に涙しながら思い出の品を見ていた雄太郎の両親に、美幸の父親が声を掛けてきた。

「美幸の部屋に置いてある人形の家は、私どもが貰って帰ってもよろしいでしょうか。」

改めて雄太郎の両親もそのドールハウスを眺めて見た。

何度見ても上手に出来ている。

そのリビングのソファには・・・

雄太郎と美幸であろうペアの人形がにこやかに並んで座っている。

そしてその足元ではふたりの子供が遊んでいた。

もちろん、雄太郎の両親にとっても貴重な雄太郎の思い出なのだが、そもそも美幸の希望でこの家を作り始めたことを聞いていた雄太郎の両親は、美幸の両親が持ち帰ることを了承した。

「ありがとうございます。」

美幸の両親は、他の思い出の品と共にドールハウスを大事そうに車へ積み込むと実家へと帰って行った。

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◇◇◇◇

「美幸が生きていれば、今頃は孫達とも一緒に過ごせたのにねえ。」

実家の居間に飾られたドールハウスを眺めながら、美幸の母親は一人娘の美幸、そしてお腹にいた孫の事を想い、毎日のように涙を浮かべていた。

「ああ、そうだな。」

ここへ運んできた時、四体の人形は揃ってリビングルームに置いてあったはずなのだが、いつの間にか、美幸はキッチン、雄太郎は寝室、そして子供達は子供部屋へと移動していた。

しかし両親はまったく気付いていないようだ。

お互いに相手が動かしたと思っているのだろうか。

「わたしね、最近、この家の中で孫達と遊んでいる夢を見るのよ。」

いつものようにドールハウスを眺めていた母親がそう呟いた。

「お前もか。俺も毎晩のように夢を見るんだ。」

父親もそう言ってドールハウスへ視線を投げた。

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◇◇◇◇

いつの間にか、この家の老夫婦がいなくなっていた。

誰もいなくなった家の居間にはドールハウスが飾られ、そこには六体の人形が置かれている。

若い夫婦とふたりの子供、そして老夫婦。

六体とも満面の笑顔で、ドールハウスの中、思い思いの場所で過ごしているようだ。

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ふと誰もいない家の薄暗い居間で、何処からともなく雄太郎らしき声が聞こえた。

(こうなるのが分かってたら、もうひと部屋作っておいたのに。)

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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