古からの誘い⑩<イタリアンレストラン>

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古からの誘い⑩<イタリアンレストラン>

室町時代の優れた陰陽師を遠い祖先に持つサラリーマンの五条夏樹。

その古(いにしえ)の陰陽師に仕えていた式神であり、夏樹を現代の陰陽師として覚醒させたい瑠香。

そして新たに夏樹の秘めたる能力に目を付けた美人霊媒師、美影咲夜が現れた。

本職は銀行員なのだが、不愛想でサディスティックな一面を持つ咲夜・・・。

そんな咲夜は、合コンで知り合った真崎幾多郎のアパートに棲みつく地縛霊を祓ったお礼として、咲夜と、除霊の際に死にそうになった夏樹、そして今回咲夜に動きを封じられ臍を曲げている瑠香と共に彼の経営するイタリアンレストランへ招待された。<⑨参照方>

そしてその店で咲夜は、見た目は小学生、実は二十四歳フリーターの霊感持ちである三波風子とも顔を合わせることになる。

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◇◇◇◇

日没の頃を見計らって咲夜と夏樹、そして瑠香の三人は真崎の経営する下北沢のレストランへと向かった。

店は駅から徒歩で三分程の雑居ビルの地下にあり、表の人通りも多い。

店の入り口にある看板を見ると創作イタリア料理のお店のようだ。

「なかなかいい場所にあるじゃないか。これで流行らないなんてよっぽど不味いんだな。創作料理って言うのが怪しい。」

店への階段を降りながら、咲夜がそう呟くと夏樹は笑って頷いた。

「そうですね。もしかしたら店のコンセプトが奇抜なのかも。中に入ったら店内全体がショッキングピンクとか。」

「あはは、勘弁してよ。でもあいつならやりかねないな。」

笑いながら階段を降り、自動ドアの前に立った三人の表情が一瞬にして変わった。

店の中がショッキングピンクだったわけではない。

ごく普通の木目と緑色を基調としたオーソドックスなイタリアンレストランだ。

並の人間以上に霊感の強い三人は、すぐに店の奥に漂う異様な空気に気がついた。

「なにこれ、地縛霊の塊みたいな場所ね。」

瑠香が店内を見回して眉をひそめた。

この霊気の強さは普通の人でも何となく違和感を抱くほどのレベルだ。

これでは人が寄り付かないのも分かる。

「いらっしゃい。」

黒のジャケット姿の真崎が、店の奥から三人を見つけてフロアへと顔を出した。

「待ってたよ。おっ、君が瑠香ちゃんか、可愛いね。」

もちろん真崎は瑠香が式神であることは知らない。

「今日は三人とも料理とワインはお任せでいいよね?」

店の中には咲夜達の他には二組の客がいるだけだ。

この時間帯でこれだけの客しかいないのであれば経営が苦しくて当然だろう。

咲夜達は、夏樹を挟んでカウンターに座り、真崎が運んできたワインで乾杯した。

「咲夜さん、今度あんなことをしたらタダじゃ済みませんからね。」

夏樹の肩越しに瑠香が咲夜に文句を言っているのは、先日、地縛霊の様子を見るために真崎のアパートへ夏樹を行かせた際、夏樹が瑠香を頼ってしまうことがないようにと、咲夜が瑠香を夏樹のアパートに封じていたのだ。

そのせいで、夏樹が真崎のアパートで危険な目に遭っているのを感じていながら、瑠香は彼を助けに行くことが出来なかった。

「夏樹さまが無事だったから良かったけど、そうでなかったら全面戦争でしたね。」

咲夜と瑠香の全面戦争なんて考えたくもない、下手をしたら近隣住民が滅びてしまうような戦いになるのではないか。

夏樹は思わず首をすくめた。

「まあ、考えておくよ。でも過保護は良くないぜ。瑠香ちゃん、夏樹を一人前にしたいんだろう?」

「それはそうだけど、命あっての物種でしょ?」

「まあな。しっかしこの店は居心地悪いよな。」

店内を見回しながら咲夜がそう呟くと夏樹も頷いた。

「そうですね。真崎さんはよくこんなところで毎日仕事してますよね。」

ちょうどそこへ真崎がオードブルを運んできた。

「キタロー、ここの家賃も格安なのか?」

得意そうに皿を置いて行く真崎に、咲夜が遠慮なく質問した。

「よく分かったな。ここはこの辺の相場の半値で借りられたんだ。ラッキーって思って契約したんだけど、でも、今回のアパートの事を考えるとやっぱりここも精神的ナントカって奴なのかな。客の入りも悪いし。」

「おまえ、この店にいて何も感じないのか?何か不思議なことが起こるとか。」

「いや、俺は何にも。ただ寒いんだよね。夏はエアコンがいらないくらい涼しくて、冬は暖房の効きが悪い。地下だからかな。」

「客から何か言われたことはないのか?」

「空調はしょっちゅうだな。あとは特に何も。友達が来た時は、何だか奇妙な気配がするって言われたことはあるけど、具体的に人の姿が見えるとか、皿が宙を飛ぶなんてことはない。でも俺の友人のシェフの腕が良くて料理の味はみんなに褒められるんだぜ。」

確かに料理は美味しいが、この雰囲気ではもう一度食べに来る気にはならないかもしれない。

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◇◇◇◇

店の自動ドアが開き、小柄な女の子が入って来た。

「あれ?ふーちゃん?」

「あれ?夏樹さん?」

入って来たのは先日友人達と共に夏樹と一緒にドライブに行き、夏樹と共に悪霊に異世界へ引きずり込まれそうになった小波風子だった。

「瑠香さんも一緒なんですね。私、ここでバイトしてるにゃ。今日は偶然?」

「いや、店長の真崎さんと知り合いになって、今日は特別に招待して貰ったんだ。でもふーちゃんがここで働いているのは知らなかった。」

「そう、ちょっと待ってて。着替えてくるから。」

風子はそう言って店の奥へと駆け込んでいった。

「あの小学生みたいな子は誰?」

咲夜が風子を目で追いながら夏樹に尋ねた。

「うん、ちょっとした知り合いなんだけど、彼女もかなりの霊感持ちなんだよね。」

「ふ~ん、霊感持ちか。でもそんな子がなんでこんな店で働いているんだ?」

その問いには夏樹も答えられずに、黙って首を傾げた。

「ほら、風子ちゃんて聴感に優れているでしょう?ここに彷徨っている霊達から何かを聞いているのかも。」

「聴感?」

瑠香の言葉に咲夜が反応した。

「ちょっと霊感のある人が、何か気配を感じたり、ぼそぼそとよく解らない声が聞こえたりするだろ。ふーちゃんはそれをかなりはっきりと言葉で聞き取ることが出来るんだよね。」

「へ~、それは凄いな。聴く力か・・・」

夏樹の説明に、咲夜はちょっと興味を引かれたようだ。

「あ、それから、ふーちゃんは話の語尾に”にゃ”がつくけど、気にしないで。本人は山形弁だって言ってるんだけどね・・・」

夏樹は苦笑いを浮かべて付け加えた。

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*********

「おまたせ~」

この店の制服なのだろう、濃紺のシンプルなメイド服に着替えた風子が三人のところに駆け寄ってきた。

「あら、その制服、可愛いわね。」

瑠香が珍しく他人の服を褒めたのだが、風子は首を傾げて苦笑いを返した。

「そう?ありがとう。でも裾がちょっと短くて恥ずかしいの。店長の趣味なんだにゃ。」

「キタローってこういう趣味だったんだ。」

咲夜も思わず苦笑いを返した。

「おいおい、人聞きの悪いこと言わないでくれよ。お客の評判は良いんだぜ。数少ない常連には風ちゃんファンのオジサン連中が何人もいるんだ。」

カウンターの中で話を聞いていた真崎の言い訳に、咲夜は再び苦笑いした。

「えっと、こちらの美人のお姉さまは?初めまして、ですよね?」

三人の背後に立っていた風子が、夏樹の隣に座る咲夜を見て首を傾げた。

「ああ、そうだったね。こちらは美影咲夜さん。すごい霊能力の持ち主で、この前、頼まれて真崎さんのアパートの地縛霊を祓ったんだ。今日はそのお礼で真崎さんに呼ばれたってわけ。」

「美影咲夜です。よろしくね。風子ちゃん。」

美人のお姉さまと言われて機嫌を良くしたのか、普段見知らぬ人には不愛想な咲夜がにこにこしながら風子に挨拶をした。

「よろしくです。」

「ところで、風子ちゃんも霊感があるって夏樹から聞いたんだけど、このお店で働いていて平気なの?」

すると風子はちらっと店の奥に視線を投げ、咲夜の問いに答えた。

「この店に初めて来たときはびっくりしたけど、でもここにいる霊達は何にもしないにゃ。ここはもともとお墓だったところにこのビルが建てられて、お墓をほじくり返して地下が作られたから、行き場を失ってここに溜まっているだけ。数が多いから気配はすごく強いけどもう慣れたにゃ。」

「ふ~ん、でもそれ、どうやって知ったの?」

「もちろんここにいる霊達から直接聞いたよ。だから間違いないにゃ。」

咲夜の問いに風子はそれが当たり前のように答えた。

もし普通の人を相手にしているのであれば、風子も隠したであろう。

しかしここにいる三人はそれを疑うことはないと理解しているのだ。

「え~っ、何それ。そんなのが棲みついてるんだったら言ってよ、風ちゃん!」

ひとり、普通の人間がカウンターの中にいた。

「店長に言っても、何の解決にもならないし怖がるだけでしょ。店を閉めるなんて言い出されたら私も困るから言わなかっただけにゃ。」

「そんな。お~い、美影~助けてくれよ~」

真崎がすがるような目で咲夜を見つめ、情けない声を出して手を合わせた。

「しょうがねえな。乗りかかった船だ。ここも祓ってやるよ。風子ちゃんがしっかり素性を掴んでくれているから仕損じることはないだろう。きっちり弔って向こうの世界へ送ってやるよ。その代わりこの店では生涯タダで飯食わせろよ。」

「ありがたい!」

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咲夜は手帳を取り出し日付を確認し、その日を三日後に決めた。

「私も同席していい?どうやって祓うのか興味あるにゃ。」

風子が目をキラキラさせて咲夜にねだると、咲夜はにっこりと頷いた。

「風子ちゃんが一緒にいた方が逆に上手く行くかもね。夏樹はどうする?」

「地縛のものを祓うだけなら俺は必要ないよね。その次の日に大事な仕事があるから、その夜は欠席する。」

「え~っ、夏樹さんは来ないの?お姉さまのお祓いを一緒に見ようよ。」

風子が驚いたように夏樹の袖を掴んで揺すると咲夜がぴしゃりと言った。

「夏樹はいらないわね。お家でねんねしてな。」

つまらなそうに口を尖らせる風子を他所に、咲夜は美味しい料理に舌鼓を打ちながら、真崎と水回りの配管位置やフロアで火が燃やせるか、などの詳細の打ち合わせを始めた。

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◇◇◇◇

当日、真崎は早めに店を閉めると、風子と協力してフロアのテーブルや椅子を片付け、前もって咲夜が持ち込んでいた一メートル四方の平台を中央に据えた。

そしてその上に即席の排気ダクトを付けて火を燃やせるようにすると、咲夜は台の上に白木の井桁を組み、その脇に護摩木を用意した。

「奥の更衣室を借りるよ。」

そう言って奥に引っ込んだ咲夜は十分ほどで巫女装束に着替え、準備を整えた。

「お姉さま、カッコいい。瑠香さんと一緒にゃ。私も巫女さんの服、着てみたい。」

「ド〇キホーテで売ってるわよ。キタローに新しい店の制服として買って貰ったら?さあ、冗談はやめてそろそろ始めるわよ。」

咲夜は時計に目をやると、白木の井桁の四隅に立てられた蠟燭に火を灯し座布団の上に正座した。

真崎と風子は少し離れた床に座布団を敷いて同じように正座している。

「じゃあ風子ちゃん、私がお経を唱えている間、ここにいる者たちがここから出ていくように祈ってくれる?キタローもね。」

「はい。」「はい。」

ふたり揃って返事するのを聞いて咲夜はくすっと笑うとすぐに真顔に戻り、前を向いて施術を開始した。

時計は午前零時ぴったり。

静まり返ったフロアに咲夜の声が厳かに響き渡る。

パシッ パシッ

突然周囲にラップ音が立て続けに響き渡った。

そしてそれに続いて何処と言う訳ではなく、至る所からうなり声が聞こえ始めた。

う~、う~、う~

真崎は初めて聞く声に周りを見回しているが、風子は手を合わせ俯いたまま一心に祈っている。

咲夜が護摩木に火を灯して井桁の中の火受け台に置き、更に護摩木をくべながら呪文を唱える。

ふと気がつくと黒い影が何体も咲夜が座っている台の周りをぐるぐると回っているではないか。

「ひ、ひえっ!」

それに気づいた真崎が驚いて思わず後ずさった。

そして聞こえていた唸り声が一段と大きくなり、そしていきなりスイッチを切ったように静かになった。

聞こえるのは咲夜の声だけだ。

黒い影ももう見えない。

咲夜はそれからしばらく呪文を唱え、そして最後に般若心経を唱えると火置台に蓋をして火を消すと、くるりと膝を回して真崎の方に向き直った。

「終わったよ。」

風子が顔を上げ周りを見回している。

「ほんとだ。気配が全然なくなった。お姉さま、やっぱり凄いにゃ。」

「キタロー、おそらくこれで大丈夫だと思うけど、しばらく様子を見てくれ。あ、キタローじゃ判らないか。風子ちゃん、頼んだよ。」

「はい。」

「とにかく、ありがとう。感謝、感謝だ。」

真崎は咲夜に向かって泣き出しそうな表情で、両手を合わせ拝んでいる。

初めて見る先程の霊達の姿が余程怖かったのだろう。

「まあ、すぐに客足は戻らないだろうけど、あとはキタローの努力次第だな。」

「ああ、頑張るよ。」

そして事を終えた三人が店の中を元通りに片付けていると、真崎がふと思いついたように咲夜に声を掛けた。

「なあ、美影、お前夏樹と一緒に祓い屋をやっているんだろう?」

「ああ、夏樹はまだ半人前にもならないがな。」

片付けの手を止めることなく咲夜が答えると、真崎が咲夜の傍に近寄ってきた。

「俺は霊感みたいなものは全くないけど、情報収集には自信があるんだ。幽霊やその場所の素性を調べるのに役に立つと思うから、俺にも一枚噛ませてくれないかな?」

どうやら真崎は咲夜との関係を途絶えさせたくないようだ。

「そうだな、必要な時は声を掛けさせてもらうよ。」

咲夜はあまり気乗りがしない様子でそう答えたが、真崎はまるでデートの誘いを受けて貰えたかのように満面の笑顔を浮かべた。

それを見ていた風子は肩を竦めて苦笑いを浮かべ、そして俯くと淋し気に大きくため息を吐いた。

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◇◇◇◇

数日後、夏樹は、休憩中に同僚の宮田から声を掛けられた。

「夏樹、おまえ最近風子ちゃんに会ったんだって?さくらから聞いたぞ。」

宮田、そしてその恋人のさくらは、先日伊豆へドライブに行った時のメンバーだ。

「ああ、彼女のバイト先のレストランの経営者がたまたま知り合いだったんだ。それがどうかしたか?」

「お前の態度が連れないって風子ちゃんがぼやいてたってよ。お前、風子ちゃんを気に入ってたんじゃないのか?」

「いい子だとは思うけどね。」

確かに夏樹は風子のことを気に入っている。

しかし、四六時中傍に瑠香が貼り付いている今の状態では、夏樹が思い描くような恋人同士にはなれそうもない。

もちろん風子と瑠香は仲がいいのだが、瑠香が恋人として風子を認めてくれる気がしないのだ。

そしてその一方で、いつも傍にいてくれる瑠香に対しても、なくてはならない存在だと夏樹は感じている。

さらに不思議な魅力を持った咲夜が現れたことも相まって、夏樹は自分がどうしたいのかわからなくなっているのだ。

さて、物の怪の話もさることながら、この人間関係が今後どうなっていくのやら。

すべては夏樹次第?

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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