中編4
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死臭電車

佐藤さんが大学に入って間もない頃の話です。

地方から上京して、憧れのキャンパスライフが始まったのも束の間、慣れない環境やバイト生活のせいで体調の悪い日が続いていたそうです。

それでも単位を落とすわけにはいかず、そして親からの仕送りに頼ってばかりもいられないと、学校もバイトも休まずに通い続けていました。

佐藤さんが働いていたのはレンタルビデオ店でした。

営業が終わるのが22時、そこから清掃諸々を終えて店を出るのが22時30分を過ぎた頃で、そこからアパートのある駅まで山手線で10分ほど揺られて帰っていたそうです。

その日も学校を終え、家で少し休憩してからバイトに向かいました。やはり体調は優れませんでしたが、なんとかバイトを終え、帰路につきました。

いつもの駅、いつもの改札、いつものホーム、いつもの電車…

なんら変わらないいつもの帰り道でした。

しかしその日は相当疲れが溜まっていたのか、体調の悪いせいもあっていつの間にかシートに座ったまま眠ってしまいました。

ふと目が覚めると降りるはずの駅をだいぶ過ぎてしまっていました。

これはここで降りて引き返すより、一周してしまった方が早いな…何より身体が怠くて立ち上がる気にもなれない…

そう思った佐藤さんは、多少の罪悪感は持ちつつアパートの最寄り駅に着くまで電車に乗っていることにしました。

その時不意に、強烈な臭いが鼻をつきました。

電車に乗った時には気付かなかった臭いです。

生ゴミを腐らせたような、いやもっと強烈な…魚や肉を発酵させてさらに腐らせて…説明するのも難しい程強烈な悪臭でした。

近くにゴミ処理場でもあるのか?嫌、山手線の沿線にそんな物があるとは考えられない…では…

辺りを見回すと、佐藤さんの座る席の斜め前の優先座席に、1人の男性が横になっているのに気が付きました。

臭いはその方向からします。

男性はスーツ姿のサラリーマン風で、カバンを枕にしたままいびきをかいていました。

不思議なのは、臭いを感じるまでその男性の大きないびきにも気が付かなかった事です。

意識しないと気付かない物だな…

それにしてもこの臭いはなんだろう。パッと見た感じ普通の平凡なサラリーマンです。

ただ確実に、そのサラリーマンの寝ている場所から異臭がするのです。

それに、大きないびきもよく聞くと異様でした。

グーグーとかガーガーとかいういびきではなく、ヒューヒューとゼーゼーが混じったような、苦しそうないびきでした。

が、それ以上に不自然な事に気が付きました。

遅い時間帯とはいえ電車内にはそれなりに乗客がいるのですが、誰1人臭いやいびきに反応する素振りが無いのです。

東京の人は他人に無関心とは聞いた事がありますが、それにしてもこんなに強烈な臭いと異様ないびきにここまで無関心でいられる物でしょうか。

佐藤さんはこの男性よりも周りの乗客の反応の方にゾッとしたそうです。

そうこうしているうちに、電車が駅に停まり、数名の客が乗車してきました。

やはり彼らも無反応です。それどころか、若いサラリーマンの3人組は談笑しながらその男性の前に立ち、あろう事かその中の1人がフラッと男性に覆い被さるように座席に倒れ込んだのです。

あっ

と声が出てしまった次の瞬間、佐藤さんは目を疑いました。

先程まで寝ていた男性が消え、いびきの音も、異臭もすっかり無くなっていたのです。

優先席には先程倒れ込んだ若いサラリーマンがうつ伏せに寝ていて、同僚らしき2人のサラリーマンが

「おい寝るなよー」

「飲みすぎだよバカ」

「迷惑だから起きろよー」

と苦笑しながら起こそうと必死になっています

周りの乗客も、怪訝そうな顔をしたり笑ったりしながらその様子を伺っていました。

さっきまであんなに無関心だったのに…

俺も疲れてるのかな…

そんな事を思っているとあっという間に次は最寄り駅です。

まあ何はともあれ早く帰って休もう…無駄な時間を過ごしてしまった…

と、その瞬間

ヒュー…ヒュー…ゼー…ゼー…

あの異様な音が聞こえてきました、音の方向はあの優先席です。そう、先程倒れ込んだ若いサラリーマンのいびきでした。

同僚2人も異変を察したのか、大きく身体を譲ったり、頬を叩いたり、名前を呼びかけたりしています。

「やばいって!」

「意識ないよ!」

周りの乗客達も騒然とし始めました。

たまたま乗り合わせた医療関係者でしょうか、年配の男性が何か処置をしています。

駅に到着しました。

佐藤さんはそんな光景を横目に電車を降り、家路に着いたそうです。

その後あのサラリーマンがどうなったのかはわかりまさん。幸い電車が止まるような事にはならなかったそうです。佐藤さんはその話の最後に

「あの人のお陰で身体は大事にしようって思ってバイト辞めたんだよ。働いて働いて、最後があれじゃあ意味ないもんね」

そう言って笑っていました。

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