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長編14
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あの爺さんに 柴刈りを

 ○月△日

 朝飯を済ませたあと儂(わし)は山に柴刈りに行った。

 曇天の空のもと、柴刈りを目的として山に来たわけだが、もちろん食べられる茸(きのこ)などがあれば採集する。なにしろ、もうすぐ冬がやってくるのだ。食料は僅かでも多く貯めておかねばならない。

 商人から贖うことは期待できない。婆さんの話では都(みやこ)で鬼どもが暴れているらしく、物流が断絶している。この山村に最後に商人が来たのはいつであったか。もう自分達は忘れ去られているのかもしれない。村に品が入ってこないのであれば自らで身の回りの物を賄わなければならない。ゆえに今日も今日とて柴刈りになのだ。やがてその日の分の柴を刈り終えて、帰りしなに僅かな山菜を摘みつつ家路についた。

 家に着くと、川に洗濯に行っていた婆さんはすでに帰ってきており夕飯の支度をしていた。婆さんが何をこしらえているかは匂いで分かった。儂の好物のキビ団子だ。「婆さん ありがとうよ」

 温かな気持ちは言葉になり口から漏れていた。

 そして夕飯のあと日記をしたためた。「儂は山に柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

 ○月△日

 柴はいくらあっても困るものじゃない。今日も儂は山に柴刈りに、婆さんは川に洗濯に行った。腰には婆さん御手製のキビ団子を据えている。これを昼飯で食べるのがこの変わりばえのない日々で唯一の楽しみだ。

 午前中にせっせと汗水垂らして柴を刈り、籠を柴いっぱいにしてから昼飯のキビ団子を食した。モチモチとした食感がじつに良い。婆さんのキビ団子はやはり最高だ。毎日食っても飽きる事のない味だ。

 さて、昼飯も食ったし、山菜を採りつつ帰ろうか。だが山を降りつつあれこれと野草を探すものの、採れたのは片手に収まる程度であった。

この頃はめっきり山の幸が少なくなった。冬になれば、なおのことだろう。わが家に食料の備蓄はどれ程あるのだろうか。食い物の管理は婆さんに任せているので、自分はちゃんと把握していない。自分たちは日頃から倹約な生活をしているが、はたして冬を越せるのだろうか。明日の柴刈りはいつもより深く山に分け入って、食料集めをするとしよう。

 そんなことを考えつつ下山し、やがて家に着いたときは、もう日暮れであった。玄関には美味そうな匂いが漂っている。婆さんはすでに洗濯から戻っており、夕食の支度をしていた。儂は料理をしている婆さんに背後から声をかけた。

「のう、婆さんや。この家に食べ物はどれくらい残っていたかのう?」

 婆さんは夕飯作りに集中しているようで、儂の声掛けに反応しなかった。

「冬も近いしのう。明日は山のてっぺん近くまで登って、木の実や茸(きのこ)を探そうと思うのじゃが」

 すると婆さんは調理の手を止めないまま、儂に背中を向けながら応えた。

「爺さんや 冬を越せるくらいの食物ならある そんな無理することはないぞ」

 そう言うと婆さんは夕食の膳を持ってきてくれた。

婆さんがそう言うのであれば冬越しの心配は杞憂なのかもしれない。

 それに自分達はこんなに倹約して暮らしているじゃないか。

皿に盛られたキビ団子を眺めて、そう思った。

そして夕飯後、今晩も日記をしたためた。

「儂は山に柴刈りに、婆さんは川に洗濯に行った」

 

○月△日

 事件が起きた。それは朝飯のキビ団子を食べようとしたときだった。最初の一個を取ろうと手を伸ばした時にくしゃみをしてしまい、その拍子で膳の皿をひっくり返してしまったのだ。床の上にキビ団子を全てぶち撒けてしまったが、幸いお婆さんは洗濯に行く準備で家の外にいた。

普段ならばなんでもない事だが、昨夜に「冬越しの備蓄が不安だ」という話をしたばかりである。

この食物を粗末にしてしまった醜態を見られては気まずい。

散らしたキビ団子を咄嗟に昼飯用の腰袋に入れ、すぐに床を掃除した。そしてちょうど床を掃除し終えたときに婆さんが戻ってきた。

「なんじゃ爺さん 今日は随分と食べるのが早いのう」

ギクリとした。

「それは 今日はいちだんと婆さんの作るキビ団子が美味く感じてのう」

「そうかそうか しかし慌てても食わんでも誰も取らんからよ 落ち着いて食えば良いじゃろう」

それからしばらくして婆さんは川に洗濯へと向かった。

儂はというと、すでに山に柴刈りに行かねばならない時刻が迫っていたので、ついに朝飯を摂らないまま山へと柴刈りに行った。

 言うまでもなく山道は険しい。ましては今日は朝飯を抜いているのだ。さらには腰袋は朝飯のキビ団子の分だけ重いので、足取りがいつもより重く感じる。

 そんな状態だったのだから当然かもしれない。山を流れる小川を渡ろうとした時に不注意にも濡れた石を踏んでしまい、バシャリと転んでしまった。そしてその拍子で腰袋の口紐が外れ、なんと袋の中のキビ団子をことごとく流してしまった。

 踏んだり蹴ったりとはこのことか。悲しい気持ちで川から這いあがる。 

今日は夕飯まで飯抜きだ なんとついていないのだ。

しかしそれでも仕事の柴刈りはしないといけない。再び山道を登り、やがていつもの柴刈り場に着いた。

 そこで妙なことが起きた。

 空腹に耐えながら柴刈りをしているのだから、ふらふらになるのかと思っていた。だが時間が経つにつれて、むしろ体は快調になっていくのだ。

 その後、作業は軽快に進み、かえっていつもよりずっと早く柴刈りは終わった。

 ありがたい これなら山菜採りにいっぱい時間をかけられる。

 下山しつつ山菜を探しているうちに、ここでもまた妙なことが起きた。

 ふと頭の中に漂っていた「もや」が晴れていくような感覚があったのだ。

すると、今まで思い当たらなかった疑問が次々に湧いてきた。

 儂は冬支度のために、柴刈りのたびに必ず山菜や茸を採集してきた。

 だが 儂には山菜や茸を食べた記憶がないのだ。あれらの食料はどこにいったのだろう。そりゃあ保存食として貯められているはずなのだが、それでも一度として食膳に出たことがないのはおかしいのではないか。

いや待て。

それどころか 儂が最後にキビ団子以外の物を食べたのはいつであったろうか

 そんなことを考えながら下山している最中のことだった。

川の水流がとどこおっているところに、先ほど流してしまったキビ団子が、いくつか溜まっているのを見つけた。それは別におかしなことではない。ここにはよく木の葉が溜まっているのを見かけていたからだ。

 しかし キビ団子の周囲にはおびただしい数の川魚が浮いていたのだった。

なんともいえぬ怖気が総身を走る。そしてそれに押されるように山を駆け降りた。

 家に着いたのは普段よりずっと早い時刻であった。

陽はまだ高く、婆さんはまだ洗濯から戻ってきていない。家に着いた時に婆さんがいないと何やら不思議な感じがする。

それに はて

この家はこんなに古めかしかったであったろうか。

いつもは夕暮れどきに帰っていたからそう見えるのかもしれない。

 そういえば保存食はどこにしまってあるのだろうか。

しばらく家の中を探して見たが、それらしいものは見当たらない。

外だろうか?

なんとなく家の周りを歩いてみる。

 ソレを見つけたのは家の裏手に置かれた見慣れぬ壺の中であった。

 ぐちゃぐちゃの肉片が詰められていた。

 「なんじゃこれは」

 直感的にコレを見つけたこと、そして早く帰ったことを婆さんに知られてはいけないと思った。

すぐに柴刈りの籠を担ぎ、山に引き返す。

そして山の入り口に入ってしばらく身を隠していると、婆さんが洗濯から帰ってくるのが見えた。

 なにやら肌が浅黒く見える。だがそんなことは些細なことだ。

婆さんの手には洗濯物はなく、なぜか赤錆(さび)色の皿を抱えていた。

 そして婆さんは、あの壺の前に立つと、迷いなく壺に皿を突っ込み、グチャグチャの肉塊を皿に盛ってから家の中に入っていった。

 その光景に心胆が凍えた。

気づいたら走り出していた。逃げ出さなければ。

しかし、どこへ

そうだ。村の外に出よう。そこに活路があるかもしれない。

 ふと、ここでまた、あることに気づいた。

 自分は家と山を往復するだけで、村の外に出たことがなかったのだ。

 なぜだ

「おじいさんは山にしか行ってないからか」

自分の口から漏れた言葉に驚いた。儂は何を言っているのだ?

頭がこんがらがったまま、儂は山と反対の道へ、初めて向かった。

 村の中を走り抜けていて、すぐに異常に気づいた。

 村に誰もいないばかりか、荒廃している

 いや、はたしてここに村と呼べるものがあったのか

 あちらこちらに朽ちた材木が散らばっているだけだ。

 これはどうしたことだ。儂は異界にでも迷い込んだのだろうか。

やがて、村の境界に辿り着いた。しかしそこには壁のような濃霧が立ちはだかっていた。

霧に腕を肘まで差し込むも、そこにあるはずの手さえ見えない。

とてもではないがこの濃霧の中に進み入ることはできない。

呆然とその場にしゃがみ込んでしまう。いつのまにか周囲は夕暮れなっていた。

急いで来た道を引き返し、家に着いたときにはもう暗くなっていた。

平静を装いながら玄関に入ると、鼻をつく異臭に目眩がしそうになる。

 婆さんは食事を作っていた。

 いったい婆さんは何を作っているのだろう

しばらくして婆さんはいつものように膳を持ってきた。

膳の上の赤錆色の皿には、反吐をもよおすような悪臭を漂わす肉団子が置かれていた。

「爺さんや 冬の心配などせんでよ キビ団子 たんと食え」

その婆さんの優しげな言葉に一言も返すことはできなかった。

そして、もちろんソレを食うことはできない。

婆さんが台所に戻って調理器具を洗っている隙に、ソレを囲炉裏の灰の中に隠し捨てた。

 その後、寝る前に日記をつけた。

「儂は山に柴刈りに行った」

○月△日 

 やはり朝食には例の汚物が出された。

儂はソレを食べるふりをして、着物の内側に捨ててやり過ごし、儂はそそくさと山に行った。

 山に行ったものの、もう柴を刈るつもりはない。

 それどころか、もはやあの家で冬を越すつもりもない。

 すぐにでも村を離れ、あの不気味な婆さんから逃れたい。

正気となったいま、振り返ると自分の周囲は全てが異常だと分かった。

 思えば最初の記憶から、すでに儂は柴刈りをしていた。そしてあの婆さんといつの間にか暮らしていた。あの謎のキビ団子で飼育されながら。

しかし逃げるにしても、村の周囲がどうなっているかさえ分からないのだから、どの方向に逃げるのかもあてがない。だから、ひたすらに頂上を目指して山を登っている。儂は今まで山を登りきったことはなかった。山のてっぺんから村の周囲を眺めればきっと行くべき方向が定まるはずだ。やがて太陽が真上に拝める頃に山頂に到着した。 

そして意を決して里を眺める。

村は四方を海に囲まれていた。

「そんな」

 逃げ道は、ない。

打ちひしがれて膝から崩れ落ちる。

「商人が来ないわけだ」

思い返してみれば、都で鬼が暴れているだとか、外の話は全て婆さんから聞いたことだった。 

もはや立ち上がる気力はない。

 ぼーっと周囲を見渡していると、奇妙な物体があるのを認めた。

 近づいてみたら、朽ちた墓であった。しかしその墓に名は刻まれおらず、なぜか桃の形が彫られていた。

 その時、何か強い衝動に突き動かされた。

そして気づけば、儂はあろうことか墓を暴いていた。不思議とその悪辣な行為に罪悪感はなかった。

墓の下には頭蓋骨が埋められていた。知らず知らずに涙が出てくる。

儂はその頭蓋骨を小脇に抱えて無心に山を降りていった。

 それは山の中腹にある小川の前を通った時だった。

脳裏に、はるか昔の記憶がよぎった。

 儂は頭蓋骨を川に投げ込んだ。そうしなければならないという衝動に駆られたのだ。すると頭蓋骨は、川底に沈むやいなや、黄金の光を放った。

そして水面に浮上してきたときには、驚嘆すべきことにそれは大きな桃となっていたのだ。

桃は、どんぶらこ どんぶらこ、と下流へと流れていった。

桃が下流に消えていくのを見届けると、儂は再び下山した。

 やがて夕暮れになった。

 儂は、恐れながらもあの家の前にいた。逃げるための荷物を持ち出さなければ。

戻ってきた馴染みの家は、屋根や壁が朽ちており、もはや古家とも呼べぬ廃屋であった。つくづく自分は化かされていたのだと思う。

 婆さんはいなかった。 よし。

囲炉裏らしきところに火をくべる。部屋が僅かに照らされた。

 そこには赤黒い血の跡が広がる引き戸があった。 

一瞬、躊躇したが、思い切ってその引き戸を開けた。

そこには、ゆうに百を超える日記が散らばっていた。

その中の一冊を手に取り 開く

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

次の項をめくってみる

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

ぱらぱらと項をめくり続ける。

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」

「儂は山へ柴刈りに 婆さんは川に洗濯に行った」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ざあっざあっと外から音が聞こえる。いつの間にか外は大雨のようだ。

「爺さんや もう帰っていたのかい?」

心臓が止まるかと思った。後ろを振り返ると、薄灯のなか婆さんが立っていた。

「婆さん」

婆さんは妖しく笑う

「どうしたんじゃ爺さん、今日はずいぶん早く帰ってきたな すぐに夕飯を作るぞ」

「なあ婆さん」

「なんじゃ爺さん」

「今日 洗濯をしていて、何か流れてこんかったか 大きな桃とか」

「爺さん」

  すると婆さんは、微笑み、懐から赤錆色の大鉈を取り出した。

「爺さん おまえ 思い出してきたな」

そう言ったとたん、婆さんの髪は逆立ち、肌は赤黒く、面は鬼の形相になった。

その様はまさに山姥であった。そして大鉈を振りかざしながら儂に迫ってくる。

 儂は悲鳴をあげながら家の外に飛び出した。だが村の外へは濃霧で出られない。

 あの濃霧の正体が今なら分かる。儂の精神に深く刷り込まれた『外界に出ることはできない』という呪い。それがあの濃霧なのだ。

山へ 山へ行かなければ。

儂は 「おじいさん」は 山にしか行けないのだ。

大雨のなか、泥だらけになりながら必死で山を駆け登る。

後方から獣のような足音と甲高い笑い声が追ってくる。

すでに生きた心地ではなかった。

しかし残酷なことに、大雨で小川が濁流となり、山道を断絶させていた。

「そんな どこかに迂回できる道は」

「ない」

振り返ると、腕が届くほどの間近に婆さんが立っていた。

大雨のなかでなお、儂の悲鳴は山中に響き渡った。

「お前は桃太郎の爺であるかぎり 逃げられないんだよ 爺は山に柴刈りに行くか 家にいるだけ なんだからなぁ」

 桃太郎

 とても懐かしい名前だった そうだ

「おい これを喰え」

そう言うと婆さんは懐からグチャグチャした肉塊を取り出した

「喰え そうしたらすべて もとどおりだ」

「い、いやだ 食いたくない 食いたくない」

「なにをいう いつも美味そうに食ってたではないか この」

婆さんは邪悪な顔で笑う。

いやだ 聞きたくない

「この『キジ団子』をずっと喰ってきたではないか」

 臓腑が裏返るような吐き気が込み上げ、儂はその場で嘔吐した。

空の胃袋から胃液を吐き出しながら、儂は号泣していた。

なんと非道な

「愉快な姿じゃ さあ観念して喰え」

婆は儂の口に、肉塊を掴んだ手を近づけてくる。

咄嗟に、それを払った。

「何をする これを喰わぬのなら仕方ない いっそ殺すかのう」

婆さんは大鉈を振り上げた。

だが儂は婆さんを睨みつけながら後退りをする。

「なんじゃ どこにも逃げ場はないぞ お前は呪いで村の外を進めんのじゃ」

「知っとるわい そんなこと」

「なに」

儂は ついに覚悟を決めた。

「逃げ場ならあるとも こうするんじゃ」

「なんじゃと」

儂は身を翻して、ごうごうと音を立てる濁流へと身を投じた。

濁流に飲み込まれた儂の体は、物凄い勢いで押し流され、なすすべもないまま何度もも岩に傷つけられた。

 そして、どれほどの時が経ったか 儂の身体は川の果てまで流れ着いていた。

朦朧としながらも立ち上がる。

そこは浜辺であり、眼の前には大海が広がっていた。

儂は村の外に出られたのだ。

見上げれば,すでに雲は去り、満天の星空があった。

それから、よろよろと浜辺に寄り 海面を覗く。風もなく、水面は鏡のようであった。

水面には、毛に覆われた自らの姿が映されていた。

 私は 天に吼えた

すると背後から

「逃げきった と思ったな」

 やはりか 後ろを振り返ると、汚い山姥が立っていた。

「思っておらんよ 恩知らずの猿めが」

それを聞くと、山姥は高らかに笑い、みるみるうちに身体が全身毛に覆われて、やがては大猿へと変容した。

「その姿 呪いが解けて、すべてを思い出したようじゃな」

そう言う大猿を、犬の武者が仁王立ちで厳しく睨みつける。

「鬼退治を果たしたあと 貴様は桃太郎様の御恩を忘れ、愚かにも鬼どもの財宝に目が眩み、あろうことが背後から桃太郎様を刃にかけた この『鬼ヶ島』でな」

「そうよ しかし鬼の呪いでこの島から出られぬ。財宝があるのに持ち腐れよ」

「どうするつもりだ?」

「どうしようもない こうなっては、ろくに動けんお前を 逃げる駄犬を殺して喰うまでじゃ」

大猿はそう吐き捨てると、大鉈を振りかぶり、私に襲い掛かった。

 だが

「逃げていると思ったか? 私はお前を成敗するために『ここ』にきたのじゃ」

大猿が振り降りした刃の先には、大きな桃を差し出されていた。

「馬鹿な それは」

刃は深々と大きな桃に切り込まれていく。

瞬間、桃は黄金色に輝き、ぱっくり割れた桃の中から、立派な甲冑を纏った、

それはそれは美しい若武者が現れた。

「お前は、いや、あなた様は桃たろ」

大猿がそう言いかけた時、すでに首は胴体から分断されていた。同時にそれは鬼ヶ島全体を覆っていた呪いが祓われることでもあった。

一太刀で大猿を斬り伏せた若武者は横に薙いだ太刀を、鷹揚に鞘へと納めた。

「桃太郎様」

忠犬は膝をついて主人に頭を下げた。そして、とめどなく落涙する。

「犬よ よくぞ忠節を果たしてくれた。感謝してもしきれぬのう」

「誠にもったいなき御言葉です」

「犬よ 拙者はもう行かねばならん」

「私をお供させて頂けないでしょうか」

「ならん お主は生きて拙者達の冒険譚を語り継げ」

「...必ずや」

その時、山の頂きから虹色に輝く羽を広げて一羽の雉が降りてきて、桃太郎の肩に羽を降ろした。

「犬よ 達者で暮らせ」

そういうと、桃太郎と雉は天へと昇っていった。

五月五日 (端午の節句)

とある人の往来のある街道の茶店で、一人の侍が団子を食べていた。

その顔はどこか犬を思わせるものだった。

そこに、近くに住む子供が寄ってきた。

「お侍さん、旅をしているんでしょう なにか御伽噺を聞かせてよ」

侍は、にこりと子供に笑いかけた。

「そうじゃなあ それでは拙者のとっておきの話をしてやろう」

子供は目をきらきらと輝かせる

えー、ごほん!

 

「『金太郎』」

「その話は知ってるよ」 

「む、そうか。それでは......」

 むかしむかしあるところに おじいさんとおばあさんが住んでおりました

ある日 おじいさんは山に柴刈りに おばあさんは川に洗濯に行きました

 そして侍は ひと呼吸をおいてから

 

 おばあさんが洗濯をしていると 大きな桃が どんぶらこ どんぶらこ と流れてきました......

 

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