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中編6
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式場門

佐藤さんにとって2023年は不幸の一年でした。

それは、佐藤さんの心身をボロボロにするには十分過ぎるほどの苦痛と絶望の連鎖。

それもこれも、"あの日訪れたあの場所"のせいだと佐藤さんは疲れ切った顔で言いました。

2023年夏、佐藤さんは趣味のツーリングを楽しんでいました。

普段は営業職をしている佐藤さんですが、本来人付き合いが苦手で職場での人間関係のストレスもあり、休日に1人で自由にバイクを走らせるのが何よりの楽しみでした。それには佐藤さんなりのこだわりがあり、それは"地図やナビには頼らない"というものでした。

目的地を決めず、ナビにも従わず、その場その瞬間自分の気分の赴くままにバイクを走らせる。

冒険しているかのようなワクワク感がたまらないそうです。

何となく気持ちはわからなくもない気がします。

その日も朝に家を出て、昼過ぎには県境を越えて、隣県に入っていました。もちろん、今まで走ったことのないコースです。

そろそろどこかで昼食にしよう。と、辺りの飲食店を探したのですが、ナビや地図は使わないという"ルール"の為に、なかなか目ぼしいお店が見つかりません。

チェーン店や、ファストフード店では趣が無い。どうせなら地元の名店のようなお店を見つけたいのですが…

そうこうしているうちに、大きな交差点に差し掛かりました。

右に行くと海、左に曲がると山…のようです。

前の週に海沿いを走ったばかりの佐藤さんは迷わず山の方向へハンドルを切りました。

が、この選択がまずかったらしく山に近付けば近付くほど飲食店どころか民家の数も減り、とうとうバイクは峠道に入ってしまいました。

こうなってはなかなか飲食店は無いかもしれないな…

まぁ、まだ日も高いし山一つぐらい越えてもいいか…明日も休みだし、遅くなる分には問題ない。

佐藤さんは空腹を覚えながらも山を越える事にしました。

30分ほど走ったでしょうか、前方に分かれ道が現れました。ひとつは今走ってる道路同様、舗装された道、そこから山の中に伸びる獣道。

当然山を越えるなら舗装された道路をこのまま進めば良いのでしょう、しかしここでも佐藤さんの"冒険心"に火がついてしまいました。

登山道にしちゃ鬱蒼としているな、何か祠でもあるのかな?

佐藤さんはバイクを停め、1人山中に入って行きました。草木をかき分け、道とも言えないような道をしばらく歩くと、突然視界が開け、ちょうど六畳間程の空間が現れました。

と、同時に空気が明らかに変わるのがわかりました。

山の中とは言え夏の昼間です、既に身体は汗だくです。それなのにここに来た途端鳥肌がぶわっと立つのがわかりました。寒い…それに、やたらと暗い。

日が当たらない暗さではなく、空気自体に膜が張ってるような、世界が白黒になったような暗さでした。

不気味だな…辺りを見回すと空間を囲む木々の一本に、立て札のようなものが打ち付けられているのを発見しました。

木に直接打ちつけるなんて珍しいな…と思い近付くと、白い木の札に"嵯峨家式場"という文字が書かれていました。札自体は古いもののように見えましたが、文字は最近書かれたもののように感じたそうです。

それにしても、式場とは。

告別式とか、通夜とか、結婚式とかそう言う類の文字は見当たらず、ただ式場としか書かれていませんでした。

札の打ち付けられた木の脇には先ほどと同じような細い獣道がうっすらと伸びているのがわかりました。

先程からの雰囲気と、ただならぬ気配を感じるこの立て札に何とも言えぬ恐怖心を感じたものの、好奇心には勝てず、佐藤さんは獣道を進みました。

すると歩き始めて5分もしないうちに目の前に突然、鳥居のようなものが現れました。

真っ白に塗られた木製の鳥居…しかし、鳥居ではありません。鳥居は円の様な形をしていますが、こちらはもっと簡素で、2本の柱を建て、その上部にもう1本柱を横に打ち付けただけのような。そして横の柱の中央には"式場門"の文字。

また式場だ。これが門てことか…一体何なのだろう?何かの跡地か?

佐藤さんが思案を巡らしていると、突然それは現れました。

門の向こう側、鬱蒼と茂る木々の間に黒い着物を着た女性が3名、向こうに向かって歩いています。

女性達はうつむき加減で、物悲しそうにゆっくりと、ようやく一歩一歩を踏み出すように遠ざかっていきます。

佐藤さんは咄嗟に声をかけそうになりましたがふと思い止まりました。

女性達の違和感に気付いたのです。

女性達はそこに"映し出されている"ようだったそうなんです。まるで、その場所にスクリーンがあって、そこに映写機で映像を投影しているような、ぼんやりとした違和感。そこで佐藤さんは、彼女らがこの世のものではないと感じたそうです。

これはまずい、引き返さねば。

と思い踵を返そうとした時、佐藤さんは更なる異変に気づきました。

いつの間にか、自分自身も門の"向こう側"にいたのです。動いた覚えはありません。しかし確かに、先程いた場所から移動して、門を潜っていました。

ふと目を戻すと、先ほどの女性達がこちらを向いていました。うつむいたまま一列に並んでこちらを向いています。ノイズのかかった映像のように見える為、表情は分かりません。ただ確実にこちらを認識してこちらを見ています。

あ…

恐怖のあまり、声にならない声が出ました。

きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

突然女性達が目を見開き、真っ暗な口を目一杯大きく開け、一斉に叫びはじめました。

腰が抜けそうになるのを必死に耐え、佐藤さんは来た道を全力で駆け戻りました。

バイクに乗り、エンジンをかけ、そのままUターンして全速力で峠を下りました。

悲鳴はまだ聞こえます。それも、すぐ近くから。

佐藤さんは悲鳴をかき消すように大声で叫びながらアクセルを全開にし、街に戻った時には全身がびしょびしょになる程汗をかいていました。

悲鳴もいつの間にか消えていました。

空腹も忘れ、どうやって帰ったかも忘れるほど夢中で家に戻り、全て忘れよう、何かの間違いだ。暑さと空腹で幻でも見たんだと、無理矢理自分を説得し、何事もなかったように過ごす事にしました。

しかし、何事もなく過ごせたのはこの日まででした。

翌日、佐藤さんは原因不明の高熱に倒れます。

汗が冷えたせいか…と思いましたが、熱は1週間下がらず、実家からお母さんが看病に訪れるほどでした。

お母さんは佐藤さんの部屋に入るなり

「なにこの部屋、暗いわね。日当たりが悪いわけでも無いのに…」

と妙な事を呟き、2日ほど佐藤さん宅に泊まり佐藤さんを看病しました。

そして1週間後、お母さんは脳梗塞で亡くなりました。

さらにその数週間後、今度はお父さんが仕事場で事故に遭い両足を折る大怪我をしました。

さらに不幸は止まず、佐藤さんの2つ年下の妹が職場の人間関係を苦に自ら命を断ちました。

佐藤さん自身の身体も一向に快方に向かわず、そうこうしているうちにお父さんが精神を病んでしまい、入院する事に。

佐藤さんはあの時のあの場所の事がずっと頭から離れず、インターネットで、どうにかお祓いのようなものを頼める人を探しました。

電話をすると、開口一番その霊能者はこう言ったそうです

"これは私達のようなものではどうする事もできません。山そのものが穢れのようになっていて、その山を背負ってるような状態です。山を祓うなんて私のようなものにはとても…応急処置のようなことしかできません"

佐藤さんは今でも、応急処置によって何とか心身を保っている状態らしいです。

応急処置というのは、言ってみれば治らない傷口に絆創膏を貼って出血を止めてるようなものだから、いつかは剥がれるし、血は吹き出す。その都度絆創膏を替えなければいけないが、それもいつかは効かなくなるそうです。

なぜ佐藤さん本人ではなく、周りの人ばかりが倒れてしまったのかについては、霊能者曰く

"山を背負ってる事であなた自体の霊力のようなものも一時的に巨大になっていて、山の穢れを周りに撒き散らしている状態。その状態で近くにいたお母さんや、そのお母さんと一番近くで接触したお父さんや妹さんが影響を受けてしまった"

そうです。

そして、あの場所と"式場門"については霊能者の方にもわからないそうで、なぜ佐藤さんがその場に呼ばれてしまったのかもわからないそう。

この話を聞いたのが12月の末、佐藤さんの身体は未だに良くなっていません。

私は佐藤さんと直接会っていませんので、今のところ身体に不調はありません。

皆さんも、山道で白い立札を見つけた時は、気をつけてください。

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