短編2
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夜の鈴

在住地から幾つか離れた土地の入浴施設からの帰り、私は山間(やまあい)の自動販売機で飲み物を買って飲み終えて、空容器をポンと投げ入れたら澄んだ音色が聞こえた。

チリーン………チリーン………

「下宿の母屋だか、隣の家かは忘れたが、風鈴を取り外し忘れたのが丸分かりな音色に似て懐かしい」

自動販売機の隙間から、ニョキっと首を出す感じで灯りの有る一軒家の群れに視線を投げるも、如何(いかん)せん距離が有るので、風は少し有れど、どうやら取り外し忘れた風鈴では無いらしい。

チリーン………チリーン………

「?!」

近付いて来た………と言うより、私めの目の前に澄んだ音色が居る。こいつァたまげた!襖(ふすま)一枚ならぬ販売機一台隔てた向こうに音の正体が………

ゾワゾワと言う恐怖より、或る意味での形無き獲物が目と鼻の先、正に自動販売機の裏側に居る!

自動販売機の灯りに照らされた中年の、好奇に満ちた笑みは、さぞや不気味だったろう。

「………ほらー、おいっ」

(………れ?あっ、もしやこれって)

そうなのだ、澄んだ音色の正体、熊避(よ)けの鈴だったのと、姿無き持ち主と思った正体も、今頃の時間に犬を連れて歩く飼い主だったのだ。見知らぬ奴に怪訝な表情で問い掛けて来る様な声色で無く、あれは変な方向に行こうとする犬を制する際の呼び掛け方であると、瞬時に分かった。

近付かないと、生き物故に有らぬ方向に歩み出そうとする犬特有の息づかいも分からんだろうし、飼い主の姿も分からんのだけど、急に自動販売機の表から熊みたいな黒い格好の中年が現れてビックリさせてしまっては不味かろう。

そんな風に感じた私は、半ば満足もした格好で、車輛の運転席のドアを開けて乗り込んだ。

然し、入浴施設の前に外食して来た店でも本来鳴り響かない筈の電子チャイムが20:17に鳴っていたけども、あれも何だったのやら。

Concrete
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