僕には今年十歳になる姪っ子がいる。
名前は瑠璃子、実の姉の子供だ。
瑠璃子は見た目、普通の小学四年生の可愛い女の子なのだが、彼女には特殊な能力がある。
人の内面が見えるのだ。
彼女の場合、それはその人の顔に現れるらしい。
人は誰しも他の人と接する時、その表情から相手が何を考えているのが読み取ろうとする。
瑠璃子はその感性が異常に鋭く、それは彼女の視覚にも影響を及ぼして相手の顔かたちまで変わって見えてしまうのだ。
姉と義兄にはそのような能力は全くなく、瑠璃子の事は極端に人見知りの激しい子ということで納得していたようだが、正確には人見知りとは全く違う。
強面で怒りっぽく気難しいおじさんでも、心根が優しい人は優しい顔に見え、瑠璃子はすぐに懐く。
逆に世間一般には、優しく良い人で通っているような人物でも、性根が悪ければ決して近づかないのだ。
そんな瑠璃子を僕が引き取る事になった。
彼女の両親、つまり姉と義兄が突然亡くなったのだ。
事故ではない。
瑠璃子を引き取った後、両親が亡くなったその時の事を瑠璃子は僕に話してくれた。
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その日の夕方、瑠璃子が学校から帰ってきて二階にある自分の部屋で宿題をやっていると、玄関のチャイムが鳴った。
誰が来たのかと顔を上げると、すぐに玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ごめんください、岩添真紀です。」
その声と名前には憶えがある。
以前訪ねてきたことのある、母親の学生時代の友人だ。
「あ、真紀?入って。今、夕飯の支度をしていてちょっと手が離せないの。」
台所からだろう、母親の声が聞こえてきた。
「ごめんね、忙しい時間に。」
その声と共にドアの閉まる音が聞こえ、靴を脱いで家に入ってくる気配がする。
瑠璃子も知らない人ではない為、挨拶だけでもしようと部屋を出て一階へと降りようとした時、階段の途中で玄関から入ってきた彼女の姿が見えた。
「あら、瑠璃子ちゃん、こんにちは。」
岩添真紀も瑠璃子に気がついたのだろう、階段を見上げて軽く会釈をした。
「こんにち・・・ひっ!」
その場で挨拶を返そうとした瑠璃子の足が止まった。
瑠璃子に向けた彼女の声は、間違いなく岩添真紀の声だ。
しかし階下に見える彼女の顔は、記憶とは全く異なっている。
鬼女、そう、般若の面を彷彿とさせるような恐ろしい顔であり、なんと角まで生えているではないか。
以前に会った時は、とても優しい顔だったのに。
瑠璃子は怖い顔をした人をこれまで何人も見てきたが、ここまで恐ろしい顔は見たことがない。
いったい彼女に何があったのか。
「瑠璃子ちゃん?どうしたの?」
般若の顔をした彼女が以前と変わらない優しい声で問いかけてくる。
しかし瑠璃子はあまりの恐怖に答えることが出来ず、そのまま踵を返すと自分の部屋に逃げ込んでしまった。
「ごめんね、真紀。そこに座ってちょっと待っていて。」
相変わらず普段通りの母親の声が奥から聞こえる。
母親には何の異常も感じられないのだろう。
何が起こっているのか分からず、途方に暮れた瑠璃子は電話を手にした。
自営業を営んでいる父親は自宅近くの工場で仕事をしているはずだ。
こんな時間に電話すると怒られるかもしれないと思いながらも瑠璃子は父親に助けを求めた。
「パパ、あのね・・・ママのお友達の真紀さんが・・・ものすごく怖い顔をしてママを訪ねてきてるの。」
普段から瑠璃子が恐ろしい顔を見たと言っても苦笑いをしてスルーする父親のことだ。
一笑に伏されるかと思ったが、意外な反応が返ってきた。
「真紀が?すぐ戻る。」
父親はそれだけ言ってすぐに電話を切った。
真紀?父親が彼女を呼び捨てにしたことに違和感があったが、それどころではない。
電話を置いた瑠璃子は部屋の入り口に近寄り、ドアに耳をつけて階下の様子を窺った。
その途端だった。
「ぎゃ~!真紀、やめて!」
母親らしき、しかしこれまで聞いたこともない悲鳴が聞こえた。
どたばたと争うような物音が聞こえている。
しかしそれはすぐに聞こえなくなった。
お母さんが殺された?
そう思った瑠璃子はその場で固まってしまった。
しかし、すぐにミシミシと階段を上がってくる足音が聞こえてくるではないか。
お母さんを殺したあの般若が次に自分の所へ向かってくる。
瑠璃子は慌てて押入れの中へと逃げ込み、積んである箱に足を掛けると天板を外して天井裏へと逃げ込んだ。
天板を元に戻して梁の上にうずくまり、じっと部屋の様子を窺う。
すぐに般若が部屋の中に入ってきたのが分かった。
「瑠璃子ちゃん?」
優しい猫なで声が聞こえる。
「畜生、逃げられたか?」
吐き捨てるような声が聞こえたところで玄関のドアが勢いよく開く音が聞こえた。
「おい!大丈夫か⁉」
玄関から勢いよく駆け込んで、大声で叫んだのは父親だ。
「うわ!おい、お前!しっかりしろ!」
するとその声を聞いた般若が部屋を飛び出すと、もの凄い勢いで階段を掛け降りて行った。
瑠璃子は急いで天井裏から部屋へ降りると、机の上に置いてあった電話を掴んで再び天井裏へ戻り、110番へ電話を掛けたのだった。
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**********
自分の姿を見られている瑠璃子の口を封じるために必死で瑠璃子を探しているところに警察が駆けつけ、岩添真紀は殺人の現行犯で逮捕された。
もちろん原因は父親の浮気だ。
初めて岩添真紀が家へ遊びに来た時、父親が奇妙な顔をして岩添真紀を見ていたのを瑠璃子は憶えているという。
しかしその顔がどのような意味を持つのか、小学生の瑠璃子には理解できなかった。
それから程なく父親は岩添真紀と関係を持ったが、罪悪感からなのだろうか、父親が別れ話を切り出したところ、彼女が怒り狂ったらしい。
しかし、殺人にまで至るとは。
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話し終えた瑠璃子は大きくため息を吐いた。
「小さい頃から、人の顔が変わって見えることが凄く嫌だった。でも、そのお陰で私は助かったの・・・」
僕は瑠璃子の頭を優しく撫でた。
「そうだね。だから、お父さんとお母さんの分もしっかり生きて行かなくちゃ。叔父さんが精一杯面倒見るからさ。」
その言葉に瑠璃子は頷かなかった。
「あの時、私はひとりで逃げちゃったの。こうなるかもしれないって感じながら・・・あの時お母さんにちゃんと言ってれば・・・」
「でも、それは後から考えても仕方がないことだ。あの場でそんな事を言い出せば、また違う事態になっていたかもしれない。起こってしまったことは受け入れるしかないよ。」
「うん・・・」
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*********
こうして瑠璃子との生活が始まったのだった。
瑠璃子は自分の奇妙な能力を上手に隠しながら僕と生活している。
両親を失った傷が癒えることはないのかもしれないが、おそらく大丈夫だろう。
…
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しかし、時々思う。
瑠璃子に僕の顔はどのように見えているのだろう。
聞いてみたいけど・・・
やっぱり聞きたくないかな。
…
◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
聞きたくないって思うということは、何かあるんでしょうね。
あんな事とか、こんな事とか。
俺もこんな女の子の傍には居たくないです(笑)