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中編7
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互いを結ぶのは

私の話の番で良いのかな。あら、良い様です。ではどうも、縫縄甚助(ぬいなわ・じんすけ)です。今の季節だと、そうだな………旅立ちの寸前ってのも有るけど、果たされた帰郷と言うか、我が子が帰宅する際に、私も変な事態に巻き込まれた話を致しましょうか。

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我が子が、それこそ新型ウイルスの蔓延で、暫(しばら)く帰れなかったのが続いて、妻もその子の帰るだろう時間帯は働きに出ていたから、私が車輛を出そうと言う話をしていて、妻の助言で砂や埃(ほこり)の他、私物にまみれた車内を掃除して虎武(とらたけ)駅に向かった。

それこそ思春期の頃は、訳も無く私を汚いだ何だと毛嫌いしてくれたものだが、進学やそこに絡んで来るアルバイト、更には就職で私みたいなのは勿論の事、反りの合わぬ奴や、下手をすると今で言う、生理的に受け付けない向きとも仕事をせねばならんだろうから、いつ心が折れるか私としては不安だったが、そこは妻譲りの良い意味で気の強い子だった様で、彼女が出てくれる電話口では元気そうな印象で、胸を撫で下ろしたと記憶している。

それにしても、長い。徒歩で30分弱なのだから、車輛なら15分程度で着く筈なのに………

待避場所を見付けた私は、恐らく初めてだろう、我が子への電話連絡をしようと、エンジンを止めて番号に掛けて見る。

トゥルルル………トゥルルル………と20回近く、嫌がられようが、こっちは心配してよこしたと言えば良いやと開き直る格好で、私は携帯電話を耳に当てている。

ボコっ………

ブツっと言う音には近いが、どちらかと言えば、希望の音と表現すべきか、相手が電話口に出ただろう音が下の方の小さなスピーカーから漏れ出る。なのだが………

ボコっ、ブツっ………ぁひゃ、ぉひょ、ぁっああああ………

「俺だ、私だ、父さんだ。急に済まない。何処に居る」

向こうがハウリングと言うか、上手く聞き取れない音なので、一応は名乗るのだが、どうにも向こうが分からない。切れた。

コンコン!と私の座る運転席側ドアガラスが鳴って、こんな事態だから私も警戒しながら目をやる。

黒い背広の老人が立っている。

「どうされました」

少々、気の立っているのも有って、私は警戒しながら尋ねる。

「何ですかあんた」

「御急ぎですかな」

「ああ………子どもを迎えに行くんですがね。繋がらんのです。もう良いですか。又掛け直さねばならんのです」

「これはこれは、失礼を致しました。では失礼」

(乗せてって事だったりじゃ無かったのか………変な爺さんだ)

気は立っていたが、何故か老人と話した事で、私の苛立ちが消え始めた気がする。冷静さの戻って来た私は、彼に悪い事をしたと、窓を開けて謝ろうとした………だが、老人は数秒の内に消えており、街灯やネオンの明かりは、道行く家族連れや家路を急いでいるだろうスーツ姿の中高年、手押し車を押す老婆ばかりを照らしている。

「御免なさい」と念じた私は気を取り直して、再び携帯電話に手を伸ばした。

********************

縫縄克美(ぬいなわ・かつみ)は虎武駅の次である、卯野津(うのつ)駅にて、同じ様にスマートフォンで幾度も連絡をしている。

「アイツ、メッセージアプリ持ってないしな………繋がらねェし、何やってんだ親父の奴。母さんならメッセージアプリで電話掛けりゃ一発なのに。ううっ、マフラー無いと寒っ」

黒髪のショートをガリガリと掻きながら、ギリギリと歯を軋(きし)ませており鋭い目付きで溜め息をつく。

トゥルルル………トゥルルル………と、甚助と同じく着信音が続いてボコっと繋がる音がする。

「何してんの。迎えに来るって言ったじゃん」

「早く出て来なさい。駅前駐車場に居るから」

「はあ?何その言い方。覚えてろよ」

いつもの甚助だと「おお、御免御免」と折れてくれるから、こっちも態度を軟化させるタイミングになるのにと、何処かいつもの父親らしからぬ、威圧的な物言いにカチンと来る克美。ブーツをカコカコと鳴らしながら改札を出て、ビュウと足元のスカートを揺らす位に強く冷たい風の吹く、駅前駐車場に出て来る。

────父親の車輛らしい奴が近付いて来るが、何だか色合いがおかしい。

車種は詳しく無い自分からしても分かる同じ軽自動車だが、少し銀がかった黒では無く、駅の明かりに照らされる色は血の乾いた様な赤黒さである。

「乗りゃ良い。御帰り。早く御乗り」

後部座席のドアを開けた際の父親………いや、運転席に腰掛けてシートベルトを着用しながら服装や体型こそ似ているが、父親と捉えるのも疑わしい存在は前を向いたまま抑揚の無い声で返す。

「てか何?目も見ないで話そうとしてんの?」

わざと反抗的な態度で試そうとするが、一切動じる様子が無い。

「ベルトを締めなさい」

「訊いた事に答えろよ!馬鹿なの?」

自分でも挑発的な言葉が出るのかと驚きつつも、克美は「キモイウザイ」を言うまいと、或る意味最後の精神的なブレーキを掛けながら睨み付ける。

無駄だと思い舌打ちしながら、シートベルトを着用する克美、────カチリと音が車内に響くやいなや、ググンとシフトレバーを切り替えた赤黒い車輛は、勢い良く発進し始める。

「ひぃっ!ぎゃっ!やああ!」

パパァーっと周囲の車輛がクラクションを鳴らすのも構わず、駐車場を飛び出す。

勢いに押されて、克美のスマートフォンが押されたか、低い声………電話が繋がり、受話器の向こうの状況が把握出来ぬ父親の声が、響いているとも知らず。克美の誤って触れた指が、向こう側の声を途切れさせる。

「まさか、卯野津駅に居るって事は………」

腕時計に視線を見やり、不安の溜め息をついて、甚助も車輛を発進させる。

「私が遅刻したも同然だ。嫌われても良いから謝ろう」

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「降ろせよおい!親父じゃ無ェだろお前!」

父親の車輛とも思えず、運転席に居座る存在に罵声を浴びせ始める克美。バックミラーに映る正体で息を飲む。

目が無い。いや、有るべき筈の眼球が無い。穴だ。

「降ろせってんだよ!何なんだよ!気色悪い真似すんなよおい!」

段々と泣き声になる克美、街灯や外灯さえ無い闇を車輛は無視をするが如くスピードを緩めない。

(身体を丸めなさい)

エコーの掛かる様な落ち着きの有る声が、克美の耳元で響く。

(誰だよ、不気味な声出すなよ………誰だよ)

恐怖こそ有れ、あがく位の気持ちは有るのか、克美は耳元の声にさえ噛み付く。

(御父上に逢いたいかどうかです。それは貴方の意思を尊重しましょう。逢いたいかな、彼も貴方が到着されないのを心配しておられます)

(逢いたいに決まってんだろ。てか何で親父の事知ってんだ)

(態度は好きで無いが、御父上の方を優先しましょう。シートベルト着用したまま身体は丸めなさい。毛布も横に有りましょう、抱えたら如何かな)

「────っせーな!」と眉間に皺(シワ)を寄せながらも、腹にグっと毛布を抱きながら、座席と座席のしたに身体を丸め込む克美。

「ぅぉっぷ!」

ゴォン!ボスっバホッ!

鈍い音が響いたかと思うと、勢い良く車内に衝撃が伝わる。キナ臭い。

エアバッグが作動し、ハンドルに突っ伏した姿勢の得体の知れない存在とは別に、ニュウと手が凹んだ運転席のドアから入り込んで来て、ガチャリと鍵を開け、無事だった後部座席のドアが外から開けられる。

「誰!」

我に返った克美はキナ臭くなった車内から出ようとするも、急にドアが開いて警戒の声を出す。

「御父上が来ます。早く御外(おそと)に出て」

強い口調ながら、克美が耳元で囁いて来た、声の主の正体だと感じてハっとする。

「忘れ物ですよ。どうぞ御父上に」

「────有難う」

背広の老人の渡してくれた自分の携帯電話を手に取って唾を飲み込み、一個有った父親である甚助の着信履歴に気付いて番号を発信する。

「────父さん御免、私、克美。卯野津駅から間違って何処かに来ちゃった」

先程の荒々しい口調とは異なる、落ち着き有る根は優しい事を感じさせる声で、電話口に語り掛ける。

「────見えた。ハイビームで済まん、照らすぞ」

「え?」

プツっと通話が終わり、眩(まばゆ)いヘッドライトが斜め前から照らされ、黒に少し銀の混ざるカラーの軽自動車が姿を現す。

「父さん!」

「済まん、良かった。遠く迄来てしまったが、帰ろう」

「御免なさい!」

寒さと申し訳無さで震えながら、甚助から渡された毛布に包まれ、荷物と共に彼の停めた車輛へと歩いて行く克美。卯野津駅を飛び出した父親そっくりの得体の知れない存在とは正反対の、穏やかな走り出しで、後部座席にて、克美の身体の力が抜けて行く………乗っていた車輛が乗っていた際にぶつけたおぼしき衝撃で、身体の節々が痛むのも忘れて。

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「恐ろしい真似をしてくれたものだ。だが、あの親子が無事で何よりだ」

克美を乗せながら、何処かにぶつけた車輛と運転席にエアバッグと共に突っ伏している存在が、ギ、ギギ………と黒い背広の老人の方に、顔を向けて目とおぼしき穴で確認しようとする。

「たわけ!」

杖を横にブンと振る老人、直後に車内にグシャリと潰れる音がした。

────古ぼけて打ち捨てられ、あの車とは似ても似つかない、赤く錆び付いた車輛が正体が元に戻りつつある、有芽元次の視線の先で朽ち果てている。

Concrete
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