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古からの誘い ⑫<開かずの間>

長編15
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古からの誘い ⑫<開かずの間>

室町時代の優れた陰陽師を遠い祖先に持つサラリーマンの五条夏樹。

その古の時代の陰陽師に仕えていた式神であり、夏樹を現代の陰陽師として覚醒させたい瑠香。

そして銀行員でありながら裏稼業として祓い屋を営み、夏樹の秘めたる能力に目を付けた美人霊能力者、美影咲夜。

夏樹は、見た目は小学生、実は二十四歳フリーターの霊感持ちである三波風子と共にその祓い屋の仕事を手伝っており、様々な怪異に出会うのである。

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***********

咲夜と夏樹、そして風子は神奈川県西部にある温泉郷でバスを降りた。

いつものように瑠香は小さいサイズになって夏樹の肩の上に乗っている。

今回はこの温泉街の外れにある民家でお祓いの依頼があり、四人で訪ねてきたのだ。

「いや、なかなか良さそうなところだな。せっかくだから、今夜は皆で温泉旅館に泊るか。」

依頼主の家へと向かって歩きながら、咲夜が楽しそうにそう呟くとバッグからスマホを取り出した。

「今回のお祓いはそんなに時間が掛かりそうなんですか?」

夏樹がそう尋ねると、咲夜は肩を竦めた。

「さあ、それほど手間はかからないと思うよ。家に昔からの”開かずの間”があって、その部屋を開放したいからお祓いをしてくれって。」

「それだけ?それに四人揃って?」

夏樹が怪訝そうな表情で首を傾げると咲夜はニヤッと笑った。

「さあ、依頼主の話だと、その部屋の中からいろんな音や声、それに妙な気配がするらしいぜ。ひょっとすると結構楽しめるかなと思ってさ。」

そう言いながら、咲夜はスマホで近隣の温泉旅館を検索し、そのまま電話を掛けた。

「あ、すみません、今夜泊まりたいのですが、部屋は空いてますか?・・・えっと親子三人です。大人ふたりに、小学生の子供ひとり。」

夏樹と風子はそれを聞いて思わず顔を見合わせ、瑠香が夏樹の肩の上で吹き出した。

「咲夜さん、親子ってひょっとすると私が子供ってことかにゃ?」

風子が口を尖らせてそう言うと、咲夜は大声で笑った。

「あはは、”かにゃ”って、他に誰がいるの。だから風子ちゃん、ばれないよう宿に入る前に化粧を落としておいてね。」

「え“~!」

思い切り不満そうな顔をした風子の頭を咲夜は軽く小突いた。

「風子ちゃんが夏樹の前でスッピンになりたくないのは解らなくないけど、長く一緒に居たいのなら、スッピンを隠しちゃダメよ。分厚い化粧で男を騙して、結婚してから素顔曝して”あんた誰?“って(笑) それはある意味、詐欺よね。」

「そこまで言わにゃくたって・・・」

「まあ、瑠香ちゃんはいつもスッピンだし、私だって温泉に入った後は化粧なんかしないわ。自然体が一番よ。ね、夏樹もそう思うでしょ?」

あまりに化粧っ気のない女性もな~、と思いながらも夏樹は曖昧に頷いた。

「でも咲夜さん、今日は僕も咲夜さんたちと同じ部屋ですか?」

「そうだよ、もし夏樹が煩悩に走るようなことがあれば、瑠香ちゃんに木刀でお仕置きして貰うから大丈夫だよ。はははっ。」

「ちぇっ、咲夜さんは煩悩を持つことを否定しないって言ったじゃないですか。」

「お、なんだ、夏樹はその気になってたのか。いいぞ、相手してやろうか?」

「だめにゃ!」

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**********

温泉街と呼ぶにはちょっと寂しい街中で昼食を済ませ、依頼主の家に向かって歩いて行くと、徐々に周囲の家が疎らになってきた。

そして見えてきた目的の家はかなり大きな、古民家と言っていいような古い平屋木造の家だった。

門を入り玄関に向かって夏樹が声を掛けると、家主である水海道昌彦がすぐに顔を出して四人を快く出迎えてくれた。

「本日はわざわざお越し頂き、ありがとうございます。」

縁側に面した明るく広い和室の居間に通されると、元来親しい人以外には極端に不愛想な咲夜が、特に世間話をすることもなく今回の依頼内容について詳細を問うと、それに頷いた水海道昌彦は、ひとつ咳払いをして特に躊躇う様子もなく話し始めた。

◇◇◇◇◇◇

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そもそもこの家は、築百五十年程の古い家であり、昌彦はこの家で生まれ育った。

しかし、まもなく六十歳を迎えるこの年齢になり、子供達は全員横浜や都内へ引っ越し、両親も他界したことから、もっと便の良いところへ引越そうかと考えたのだ。

そこで不動産屋に相談したところ、昨今の古民家ブームもあり、売却はそれほど難しくないだろうということだったのだが、唯一問題になったのが、件の”あかずの間”だった。

昌彦が物心ついた時には既に開かずの間となっており、それは昌彦の曽祖父の時代からそうだと聞いていた。

そのままでは、曰く付き物件のような扱いを受け、なかなか買い手がつかないか、もしくは安く買い叩かれるかもしれないとのことであり、その部屋を何とか解放したいということらしい。

「自分達で開けてみようとはしなかったんですか?」

渋い顔をして腕を組み黙っている咲夜に代わって夏樹が尋ねると、昌彦は同じように渋い顔をして首を振った。

「小さい頃からあの部屋に入ると命を落とすと聞かされて育ってきたので、とてもそんな勇気はありません。」

「お話では、何やら音や声が聞こえるということですが?」

「ええ、そうなんです。だから尚更、部屋を開けてみようなどという気にはならないんです。」

昌彦の話によると、それは必ずという訳ではないが、部屋の前を何気に通りかかると時折聞こえるという。

特に夜だけということはないが、周囲が静まり返った夜に気づく事が多い。

しかし命に係わると聞かされているため、聞こえても逃げるように自分の部屋に戻るのが常なのだ。

「どんな音や声なんですか?」

質問するのは夏樹ばかりで、昌彦はすっかり夏樹の方を向いて話している。

「音としては、部屋の中で何かを引き摺っているような音が多いですかね。時折、部屋の入り口の襖を内側から叩くような音が聞こえることもあります。」

「声は?」

「声は唸り声のような感じで、男とも女とも判りませんし、はっきり言葉として聞き取れたことはありません。」

夏樹は咲夜の方を振り向いたが、相変わらず黙ったままだ。

瑠香と風子は、にこにこと静かにお茶菓子を美味しそうに頬張っている。

「この家の間取りが分かる平面図みたいなものはありませんか?」

「いえ、何せ古い家だもんで、ちゃんとした図面のような物はないんですが、手書きでもいいですか?」

昌彦は近くの棚から紙とペンを取り出すと、すらすらと見取り図を書き上げた。

「ここが問題の部屋です。」

それは奇妙な部屋だった。

基本的に長方形をした家の北西の角に、四角く飛び出しているのだ。

後から付け足したようにしか見えない。

「もともとは仏間か何かだったんでしょうね。この部屋に接している手前の部屋も今は使っていません。」

問題のその部屋は、いま目の前にある南向きの縁側を西へと進み、突き当たった便所の前を北へ折れた廊下の突き当りになる。

「取り敢えず、その部屋の前まで行ってみるか。」

それまで黙って話を聞いていた咲夜が口を開いた。

「それでは、案内します。こちらです。」

昌彦は先頭に立って縁側を進み、便所の前を曲がった。

すると明るかった廊下がいきなり薄暗くなり、二十メートル程向こうの正面に襖が見える。

やはり、かなり大きな家だ。

近づいて見ると、遠目では分からなかったが、入り口の襖は周囲が木の板で打ち付けてあり、襖の中央には古びたお札が貼り付けてあった。

「風子ちゃん、何か聞こえるか?」

襖の前に立った咲夜が風子に問いかけると、風子は目を閉じて襖へ一歩近づいた。

「えっと・・・え?何にゃ、これ。何だか大きな動物のような気配にゃ。まるで動物園の檻の前にいるみたい。中に何かいるのは間違いないけど…でも、霊の類ではないと思うにゃ。」

それを聞いた咲夜が瑠香を振り向くと、瑠香も神妙な顔をして頷いた。

「これも邪神のようなものかもね。」

「邪神?あの伊豆の廃神社に棲みついていたイタチのような?」

瑠香の言葉に夏樹が驚いたように問いかけた。

「あいつは基本的に動物霊だったけど、こいつはまったく違うわ。姿形までは分からないけど、威圧するような気配だけは伝わってくる。」

すると咲夜が夏樹の肩にポンと手を置いた。

「夏樹、精神を集中しながらこの襖に手のひらを当てて中の様子を感じ取って見ろ。」

「えっ?そんなこと僕に出来ないですよ。」

「四の五の言わずにやってみろ。」

夏樹は素直に大きく深呼吸すると目を瞑ってゆっくりと襖に手のひらを押し当ててみた。

「うわっ!」

手を当てて数秒もせずに、いきなり襖の向こう側でドンという音が響き、夏樹は仰け反ってひっくり返ってしまった。

「な、何なんだよ、これ!」

「そうか、見えたみたいだな。よし、一旦居間に引き上げよう。」

咲夜はそう言って夏樹の手を掴んで引き起こし、来た廊下を戻り始めると、背後から再びドンという音が響いた。

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*********

「で、夏樹には何が見えた?」

四人と昌彦が居間のテーブルを囲んで腰を下ろすと、咲夜が問いかけた。

「部屋の真ん中に、畳一畳分はありそうな巨大な蜘蛛のような生き物がいました。そしてこちらの気配を感じたのかいきなり振り向くと、飛び跳ねるようにこっちへ向かってきたんです。そう、その顔は般若のような女の人の顔で牙を剥いて・・・何かで見た女郎蜘蛛みたいだった。」

「ふむ。」

それを聞いた咲夜は厳しい顔をして腕を組み、何かを考えているようだ。

夏樹と風子、そして昌彦はそれを不安そうに黙って見つめているが、瑠香はいつの間にか、あの黒い木刀を右手に握りしめていた。

「じゃあ、咲夜さん、ちょろっと退治してきましょうか。」

瑠香がそう言ってにこっと微笑み、顔の前で木刀を横一文字にかざすと、咲夜は苦笑いしてそれを押し留めた。

「まあ、ちょっと待って。水海道さん、女郎蜘蛛と聞いて何か思い当たることはありませんか?」

すると昌彦は大きくひとつ頷いた。

「いや、自分自身で見たことがないので言いませんでしたが、夏樹さんの話を聞いて驚きました。曽祖父はあの部屋には女の顔をした化け蜘蛛が棲んでいると常々言っていたんです。まさか本当にそんなモノがいるとは・・・」

「ひいお爺さんは実際にその蜘蛛を見たと?」

「いえ、先代から聞き伝えられていることだとしか。でも、実際にあの部屋で起こる奇妙な事象から、使用人も含めてそれを誰も疑いませんでした。」

「なるほどね。何となく正体は解った。さて、どうやって消してくれようか。」

「何となく?正体は何処からかあの部屋に棲みついた蜘蛛の化け物じゃないんですか?」

咲夜の言葉を聞いた昌彦が怪訝そうな表情で聞き返した。

「ああ、蜘蛛の化け物といえばその通りなんだけどね。」

咲夜、瑠香、そして風子も感じたように、あの部屋に棲みついているのは、霊体でなければ、年老いた生き物が変化(へんげ)したような妖怪の類でもなかった。

話の発端は分からない。

しかし、あの部屋が開かずの間とされ、長い年月の間、この家の住人や出入りする者達があの部屋には蜘蛛の化け物が棲んでいると信じ、恐怖し続ける、その”氣”があれを生み出したのだ。

物の怪は人の心が生み出すとはよく言われること。

都市伝説のように、最初は単なる噂話だったものが、多くの人が信じるようになると、いつの間にかそれが現実となってしまう。

それと似たようなことがこの家で起こったのだろう。

「それでは、あの部屋に棲みついているモノは、この家に住んでいる私達の単なる思い込みだと?」

「最初はね。言ってはなんだけど、ここら辺みたいな田舎の人達は物の怪の存在を真面目に信じている人が多いから、その”氣”も強かったんだろうね。今は完全にあの部屋に存在してしまっている。」

「私達の心が生み出した化け物…それで、その化け物を祓ってくれるんですか?」

昌彦が不安げな表情で咲夜を見つめると、咲夜はにやっと笑った。

「そのために私達を呼んだんですよね。上手く行くかどうかは保証しませんが、やってみます。」

しかしその表情を見る限り、自信満々のようだ。

「さて、ここから先は私と瑠香ちゃんで大丈夫ね。」

咲夜の言葉に、瑠香はどこか嬉しそうににっこりと微笑んで頷くと、木刀を握りしめて立ち上がった。

咲夜と瑠香を先頭に開かずの間へと向かい、風子と夏樹、そして昌彦が続く。

咲夜は部屋の入り口まで来ると、襖の前に正座した。

瑠香はそのすぐ後ろで木刀を握り締め、仁王立ちしている。

咲夜はカバンから取り出した塩で入り口の両脇に盛り塩をすると、以前から貼ってあったお札の隣に新しく梵字が書かれたお札を貼り付け、数珠を掛けた手を合わせた。

「さあ、瑠香ちゃん、始めるよ。いい?」

「もちろん。なんだかわくわくする。ふふっ」

そもそも瑠香の本来の姿は陰陽師の下で物の怪と戦う闘神だったのだろう。

両手で木刀を握り直し、普段の彼女からは想像できないような嬉々とした表情で目を輝かせている。

咲夜が呪文を唱え始めると、すぐに部屋の中から低い唸り声が聞こえ始め、続いてドンッという襖を叩く大きな音が聞こえた。

夏樹と風子、そして昌彦は思わず体を引いたが、咲夜と瑠香は全く動じない。

咲夜が声を一段と大きくして呪文を唱え続けると、ドンドンという襖を叩く音が徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。

「瑠香ちゃん、そろそろいいわよ。」

咲夜の声を聞いた瑠香は、咲夜の肩越しに、固定されている襖を遠慮なく蹴破った。

暗い部屋の内側へと倒れる襖の向こう、舞い上がる埃の中に黒い影が立っている。

それは、夏樹が心の中で見た通り、後ろ足二本で立ち上がっている巨大な蜘蛛だった。

恐ろしい鬼女の顔をし、その髪の毛は足元まで届くほどに長い。

蜘蛛にあるはずのない乳房まであることからして、やはり人間の想像の産物に違いない。

そして残りの六本の足をうねうねと瑠香に向かってくねらせているが、おそらく咲夜の呪文で動きを封じられているのだろう、涎を垂らし苦悶の表情を浮かべたまま、飛び掛かってくる様子はない。

「それじゃ、消えて貰うわね。」

瑠香はそう言って木刀を大上段に振り上げ、一気に蜘蛛の正面へと踏み込むと鬼女の頭頂に目にも止まらぬ速さで木刀を振り下ろした。

ボンッ!!

まるでタイヤが破裂したような鈍い破裂音と共に、蜘蛛はわずかな埃を舞い散らせて消えてしまった。

「ん~、カ・イ・カ・ン」

どこかの映画で聞いた事のあるようなセリフを口にして、瑠香がにやっと笑った次の瞬間。

がさがさがさがさがさ

突然、瑠香の周囲で無数の何かの這いずり回る音が聞こえたかと思うと、五匹、いや十匹以上の子蜘蛛が瑠香へと襲い掛かってきた。

立ち上がると二メートル近かった母蜘蛛と異なり、大きさは小型犬ほどだが、その顔は牙を剥いた赤ん坊であり、怒りに満ちた表情で瑠香に向かってくる。

咲夜の呪文は母蜘蛛に集中していた為か、この子蜘蛛達には効いていないようだ。

母蜘蛛を消された恨みとばかりに、畳の上を這い、また糸を吐いて天井から宙を飛ぶように、そして瑠香を囲む様に移動しながら次々と迫ってくる。

「きゃははは!」

突然瑠香が狂ったように笑い始めた。

そして母蜘蛛の時は両手で握っていた木刀を片手で持つと、反対の手にはいつの間にか同じように黒光りする脇差と思しき長さの木刀が握られているではないか。

「きゃははは!」

瑠香が間近に迫っていた一匹をその脇差で薙ぎ払った。

ボン!

母蜘蛛と同じように塵となって消えるのを見ることもなく、瑠香は返す刀で別の子蜘蛛を薙ぎ払う。

ボン!ボン!ボン!

一匹として瑠香に触れることすら出来ず、大刀、脇差を自在に操る瑠香に子蜘蛛達は次々と消されていく。

「きゃははは!」

ボン!ボン!ボン!

巫女装束を着たツインテールの美少女が両手に持った木刀で襲い来る蜘蛛の化け物に対し、口角を吊り上げ笑いながら薙ぎ払ってゆく。

まるで何かのアニメでも見ているようだ。

ボン!ボン!・・・・ ボン!

僅か一分で最後の一匹を粉砕すると、瑠香はその姿勢のまま動きを止め、ぶるぶるっと身震いした。

「あ~、気持ち良かった。こんなに興奮したのは六百年ぶり。」

さすがの咲夜も、瑠香のその姿をあっけに取られた表情で見ているだけだ。

「瑠香さん、か、か、カッコいいにゃ。」

風子は目をハートにしてそんな瑠香を見ているが、夏樹はどこか不安げな表情だ。

得物を自在に操り、物の怪を消し去ることに狂喜乱舞する瑠香を初めて目の当たりにしたからなのだろうか。

普段の瑠香からは想像できなかった姿だ。

とにかくこの部屋に巣食っていた怪異は消し去った。

四人は窓を開け、部屋中の埃をざっと掃って綺麗にすると、最後に咲夜が部屋のお清めをしてすべてが終了した。

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*********

予約していた宿に入り、ゆっくりと温泉に浸かると、あとはいつもの通りに四人で反省会と称する宴会だ。

「結局、あの部屋は何故開かずの間になったんでしょうね。」

夏樹が、半分答えを期待していないような口調で咲夜に問いかけると、宣言通りにスッピンで浴衣姿の咲夜はこともなげに答えた。

「浮気隠しだな。」

「浮気隠し?どういうことですか?」

「最後に部屋の片づけをしている時に見つけたんだが、棚の引出しの中に、春画の束や張型なんかが入っていたよ。それらや逢引きしているところを家族に見られたくなかったから、開かずの間ということにしたんだろ、きっと。」

「夏樹さん、張型って何にゃ?」

夏樹は何と答えようか一瞬迷ったようだが、苦笑いをしながら風子の問いに答えた。

「あとでグーグル先生に聞いてごらん。僕の口からは説明できないよ。」

それを聞いた咲夜は笑いながら、さらっと話題を変えた。

「しかし瑠香ちゃんの剣さばきは見事だったな。」

瑠香の盃に酒を注ぎながら心底感心したように頷いた。

「今日の物の怪は、数が多かっただけで大した妖力は持ってなかったですからね。」

瑠香も良いストレス解消になったのだろう、いつも以上に上機嫌だ。

「あんな化け物を一発で消すなんて、瑠香さんの黒い刀は何でできてるのかにゃ?」

「ん?これはね、昔、とある神社の御神木の枝を頂いて削り出して作ったものなの。楡の木よ。」

またいつものように瑠香は漆黒の木刀をどこからともなく取り出して目の前にかざした。

「楡?木刀に使うにしては柔らかい木材だけど、大丈夫なの?」

楡と聞いた夏樹が不思議そうに尋ねた。

「うん。これは物理的な攻撃で相手を倒すわけじゃないからいいの。いわゆる霊力を込めて相手を倒す道具なのよ。だからこれ自体はそんなに硬い必要はないの。」

瑠香の振るう刀に触れただけで弾け飛んだ蜘蛛たちの姿が夏樹の脳裏に蘇る。

「楡の木なのに黒いのは何か塗ってあるのかにゃ?」

「ううん、最初は普通の木の色だったんだけど、何匹も物の怪を倒すうちにこんな色になっちゃった。」

「物の怪の血の色ってわけか。触りたくもないな。」

咲夜がそう言って肩を竦めると、何を思ったのか、夏樹がいきなりその木刀に手を伸ばした。

「夏樹さま、ダメです!」

瑠香が慌てて木刀を引っ込めると、夏樹が不満そうな顔をした。

「何で?ちょっと見せてよ。」

「ダメです。これには無数の物の怪の、倒された悔しさなどの残思念が宿っているんです。今の夏樹さまが触ると廃人になりかねませんよ。」

それを聞いて夏樹は慌てて手を引っ込めた。

「いつか、文忠さまを超えるような陰陽師になれば、触れることも操ることも出来るようになりますから。」

文忠とは、古の時代に瑠香を式神として従えていた陰陽師、賀茂文忠のことだ。

瑠香のその言葉を聞いて咲夜がニヤッと笑った。

「瑠香ちゃん、古代日本における陰陽師という呼び名は、官職、つまり役人の一種を指す言葉だったんだ。この時代に陰陽師なんて役職はない。式神の瑠香ちゃんの目から見た陰陽師は、どちらかというと、霊能者や呪術師的な意味合いが濃いんだと思う。そう言う意味で、夏樹はまだまだ成長するよ。大丈夫。」

「ねえねえ、咲夜さんはこんな武器を持っていないのかにゃ?」

「私は、瑠香ちゃんみたいな戦う式神じゃなくて、単なる霊能者だからね。でも魔と戦う必要があれば、いつでもパルが助けてくれるわ。」

「パル?その生活用品の宅配業者みたいな人は誰かにゃ?」

「た、宅配・・・違うわよ。風子ちゃんも前に一度会ったでしょ?私のお友達の白い狼よ。」

咲夜は白狼を召喚できるのだ。

通常は神の使いとされる白狼を自分の眷属として召喚する咲夜に、瑠香も心底驚いていた。

「いいなー、私も召喚できるお友達が欲しいにゃ。」

「風子ちゃんの能力があればできるかもね。夏樹と一緒にしばらく鍛錬してごらん。」

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すると少し何かを考えていた風子が笑顔と共に人差し指を立てた。

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「んとね、んとね、私、カピバラさんを召喚したいにゃ。」

咲「カピ・・・」

夏「・・・」

瑠「・・・、強そうね。」

◇◇◇ FIN

Concrete
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