「あ〜〜〜〜疲れた〜〜〜〜〜」
ようやく仕事を一通り終えた俺は全身の筋肉が発する悲鳴を代弁した。
そのままシャワーを浴びることにした。
思いのほか効率よく進んだので無意識に鼻歌を奏でてしまう。
「ふん〜ふんん🎵〜」
ゴシゴシと疲れた体を癒すように入念に全身を洗う。
お腹も空いてきたし、シャワーを浴び終わったら食べるとするか。
風呂から上がり、ドライヤーで髪の毛を乾かし、仕上げにプレゼントで貰ったお気に入りのオイルを頭皮に馴染ませていく。
俺はこの香りがめちゃくちゃ好きなのだ。
脱衣所に同じ香りのするスプレーをシュッと一振りした。
好きな香りが充満した空間で深呼吸をする。
さて気分もリセットできたし、調理に取り掛かるか!
脱衣所から出てそう意気込むと「ピンポーン」とインターホンが軽快な音を部屋に響き渡らせた。
宅急便かな?と思いスコープを除くとそこにはちょっと小綺麗な服を纏っているおばちゃんが佇んでいた。
なんだろうと思い、チェーンをかけた状態でドアを開ける。
「こんにちは、ちょっとだけいいかしら?」と開口したおばちゃんの笑顔は取って付けただけのように見えた。
「はぁ、どんなご用件ですか?」
「あなた、何か信仰してたりする?」
あぁ、しまった。こういう勧誘方法があることは聞いたことがあるが他人事に思っていた。
「いや、特定の何かを信仰してたりはしませんので」と早く帰ってもらおうと無宗教を貫くことにした。
「まだお若いものね。ただ若いからこそより信仰というものが大事になってっくるのよ。あなた、これは知っている?」と風景画が背景となったパンフレットを見せてきた。
「いえ、知りません」と心底興味が無いような返事をした。実際に全く興味はない。
「そうよね。そういえば最近大きな地震があったでしょ?なんでかわかる?」
「確かプレートがズレた結果では」
「違うのよ、皆がこの神様を信仰しないから起きたことなのよ。信仰しないから負の気が地上にどんどん溜まっていったのよ。ある日ついにその負の気が爆発してしまったの。それが今回の真相よ」
それは初耳だった。まぁ、信仰しないから神様が人類に天罰を下すことはよくある話か。
「それに、アフリカの方でもバッタが大量に繁殖しているでしょ。それもこれが原因。負のエネルギーを食べてどんどんバッタが増え続けてしまっているのよ」
鏡を見なくても分かるが俺の眉間には深いシワがよってるだろう。
「ソウナンデスネ。ただ興味が無いので大丈夫です」
「いいの?このままだと世界は終わりを迎えるわよ?」
「いや、信仰してもしなくても変わらないのでは」
はぁっと盛大におばちゃんはため息をついた。
「ほんっと、若者ってだけで罪ね。無知にも程がある。この世界で生きるだけでも責任っていうのは付きまとってくるものなのよ。みんなで平和な世界を作らなければならないの。それなのにあなたは」
という無茶苦茶な話を聞かされた上、説教も始まり俺もだんだんイラついてきた。
「いや、あんたこそ何様のつもりだよ。勝手に人の家に来て。勝手に信仰しとけよ」
「あなた、何よその言い草!!急にそんな乱暴になって。何かに取り憑かれてでも」と言いかけて急にトーンが弱々しくなっていった。
「なんだよ」と俺はさらに畳み掛けるがおばちゃんの視点は俺の肩の先にあるみたいだ。
俺はその視線を追って後ろを振り向く。が、何もなかった。
「・・・何?」と不安げにおばちゃんに尋ねる。
「ご、ごめんなさいね。いきなりこんなことを言って。」とおばちゃんが狼狽し始めた。
「でも、信仰に負のエネルギーを浄化する力もあるの。ちょっとこの家には負のエネルギーが立ち込めてるかもしれないからお祓いとかでもいいかな」
「え、なんでお祓いなんですか」と当然の疑問を投げた。
「いや、えーっと。その似たような力あると思うし。ちょっと考えてみて。じゃっ、じゃあ、お邪魔しました」と足早に退散していった。
「なんだったんだ」とひとりごちた。
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あの来訪から数日たったある日、スーパーで食材や調味料等を買い込んで自宅へ戻ると家の前に女性の立ち姿が目に入った。
(またかよ、勘弁してくれよ)
「ちょっと、何してるの?」と怒気を込めて言った。
振り向いた女性は見るとあのおばちゃんではなかったが貴婦人を漂わせる雰囲気があった。
「急にごめんなさいね。ある人に頼まれたのよ。この家を見てやってくれって」
「それってどういう意味ですか?」
「胡散臭いのは重々承知しているけども。何か悪い物に取り憑かれてるかもって言われたのよ」とそのおば様は何か遠回しな言い方をしてきた。
ただまた同じ系統の話か。というかこれは霊感商法的なやつでは無いだろうか。確かにあの宗教おばちゃんの最後の行動は不可解ではあったが、演技の可能性も拭えない。
「いや、そういうの本当に大丈夫なので」
「でも、あなたこのまま取り憑かれているとどんどん精神を蝕まれていくわよ」
「もうすでに蝕まれているようなもんですから大丈夫ですよ」と投げやりに答えた。
「でも」と言いかけたおばさんを無視して俺は玄関の扉を開けた。
室内へと入り、鍵を閉めようとしたところおば様は隙間に足を捩じ込んできた。
「ちょ、ちょっと。何してるんすか」
「話を最後まで聞いて!この家に近づいただけで非常に悪い気を放っているのだけは分かったの、取り憑かれてしまったら終わりよ、だから」
「これ以上妙な真似するんだったら警察呼びますよ!!取り憑かれるなら本望だ!!」と売り言葉に買い言葉で叫んだ瞬間、脱衣所の方向から
shake
バンッ!!!!!!!!!
とドアが勢いよく閉められたような音が響いた。
静寂が訪れ、おば様と顔を見合わせた。
「あなた、これでも大丈夫なの?私に任せなさい」とズカズカと部屋に入り込み、一直線に脱衣所へと向かっていく。
「ちょっと待ってくれ」と俺はおば様の後を追いかけた。
風呂場の前でおば様が硬直していた。
俺はおば様の背後から覗き込んだ。
「あなた・・これは」と振り返ったおば様の顔は引き攣っていた。
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東京都〇〇区に住む50代女性が行方不明だと知人の女性からの110番があった。
警視庁は事件に巻き込まれた可能性があるとみて捜査を開始した。
前日に訪れていたと思われる男性に事情聴取を行ったところ、以前にもこの男性の元交際相手も行方不明になっていることが判明。
両事件を関連づけて家宅捜査を行ったところ、浴室より損壊した遺体を発見。
また遺体の一部は依然見つかっていないとのことです。
作者カバネリ