葡萄畑のお地蔵様《エピローグ》

中編4
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葡萄畑のお地蔵様《エピローグ》

それから三日ほど経ち、警察による現場の規制が解かれた畑にタガネを手にした亮の姿があった。

舞は意識を取り戻したものの、やはり体調が優れずにこの町の病院に移されている。

半原千草の遺体が掘り起こされた畑はすでに綺麗に整地されていたが、あの石は元の位置に転がったままだ。

亮は梃子を使って顔を真っ赤にしながらその石を起こしまっすぐに立てた。

あの夜、この石を舞がいとも簡単に転がしたかと思うと驚きだ。

美大に通っていた頃、授業で簡単な石彫の経験はある。

幸い石は砂岩であり、比較的柔らかいため彫り易そうだ。

亮はマジックでラフな形状を石の上に描くと、タガネを石に当ててハンマーを振り上げた。

「オンカカビサマイソワカ・・・」

報連寺の住職が教えてくれた通り、真言密教で地蔵菩薩を意味するその言葉を唱えながら、頭の中では舞の完治、そして半原千草の冥福を祈りながら、亮はハンマーを振るった。

カーン、カーン・・・

静かな畑に金槌を振るう音が響き渡る。

もちろんこの大きさの石仏は、一日や二日で彫れるものではない。

ましてや亮は微々たる経験しかない素人なのだ。

それでも亮は彫り続けた。

長期戦になるのを覚悟のうえで買い込んできた食料を食べ、疲れると車の中で仮眠を取りながら、昼夜を問わずひたすら彫り続けた。

そして三日目。

持ってきた食料が底をついたため、買い出しに行こうかと思っていたところに一台の車が現れた。

宮坂さんだ。

そして・・・驚いたことに舞も一緒だった。

「舞先輩!大丈夫ですか?」

亮はタガネを置くと舞の傍へ駆け寄った。

「うん、あんまり大丈夫じゃないけど、亮が私の為に頑張ってくれているって宮坂さんから聞いて、じっとしていられなくて。お願いして連れて来て貰ったの。」

「あんまり大丈夫じゃないって・・・」

「うん、ちょっと微熱があって、酷い倦怠感があるかな。」

「まるでコロナの後遺症ですね。」

「あはは、そうね。でも本当にありがとう。」

舞はそう言うと多少おぼつかない足取りで石の傍へ行った。

石仏はおぼろげにその形が分かる程度まで彫り進んでいる。

舞はその前にしゃがむと両手を合わせ、頭を垂れた。宮坂さんもその後ろで同じように手を合わせている。

「さあ、お昼ご飯にしましょ?宮坂さんのお家にお邪魔させて貰っておにぎりを作ってきたの。」

三人は車まで戻ると路肩に座り込み、舞が持ってきた風呂敷包みを広げた。

「うわあ、美味しそう。舞先輩が作ったものを食べるのは初めてですね。いただきまーす!」

亮は嬉しそうに手に嵌めていた軍手を取った。その手はいくつものマメが潰れ、血が滲んで見るからに痛々しい状態だった。

「亮・・・こんなに・・・」

その手を見て舞は思わず涙を溢した。

「泣かないで下さいよ。こんなマメはお地蔵様が完成してしばらくすれば直りますから。でも舞先輩の霊障はちゃんと浄化しないと一生直らないんですよ。」

「亮・・・」

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**********

そうして一週間が過ぎた夕方、亮の石仏が完成した。

その姿は円空の自刻像を彷彿とさせる、両手を合わせ、天を仰ぐ、素朴で優しげな姿だ。

「明日にでも報連寺の住職にお願いして魂入れをして貰いましょう。」

「優しいお顔・・・ありがとう、亮。こんなに見事な石仏が彫れるんなら、会社辞めて野良仏師になった方がいいんじゃない?」

「それって褒めてます?」

穏やかに笑い合いながら、ふたりはお地蔵様の前にしゃがんで静かに手を合わせた。

静けさがふたりを包み込み、どこか遠くで鳴くカラスの声が聞こえる。

その時、突然一陣の風が吹いた。

ふたりが顔を上げるとお地蔵様の向こう側に見覚えのある女性が立っていた。

半原千草だ。

しかし、その姿はあのアパートに現れた時のような悲惨な姿ではなく、顔も服も綺麗なままで穏やかな笑みを浮かべている。

そして彼女は何も言わず、ふたりに向かって深々とお辞儀をして消えていった。

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***********

翌日、お地蔵様の前には、報連寺の住職の他に宮坂や役場の人達、半原千草の遺族、そして町の人達も集まっていた。

あの中華料理屋のお姉さんもいる。

お地蔵様の周りはその人達が持ってきた花束で一杯だ。

「魂入れをするまでもない。この地蔵にはきっちり魂が込められているな。」

住職はそう言いながらも、亮の彫ったお地蔵様に向かって経を唱え、祈りを捧げた。

そして舞の症状もこの一晩で驚くほど改善していた。

「さあ、東京へ帰りましょうか。部長がこの一週間はS町への出張扱いにしてくれるって。」

舞がにこやかにそう告げると、亮はにっこりと頷いた。

「あの~、おふたり、町興しの方もよろしくお願いしますね。」

ふたりの傍で宮坂がどこか嬉しそうにそう声を掛け、ふたりは力強く笑顔で頷いた。

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「ねえ、亮はどうしてあんなに必死になって私の霊障を解こうとしてくれたの?」

東京へ向かう車の中、ハンドルを握ることのできない亮に代わって車を運転している舞が助手席に座る亮に問いかけた。

「どうしてって・・・だって舞先輩が仕事の為に買ったワインで辛い目に遭っているのに、俺は関係ないもん、なんて知らん顔できるわけないでしょ?」

「それだけ?」

舞はどことなく不満そうだ。

「まあ、もともと俺はお人好しな性格なんで、気にしないで下さい。」

「ふうん、まあいいか。」

「でも、あんなことがあったけど、町興しの仕事は頑張りましょうね、舞先輩。」

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********

ところで、

ふたケースが残存していたはずの、半原千草の血を吸って育った葡萄を使ったワイン。

一本は舞の手元で割れた。

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しかし残りは一体どこに行ってしまったのだろうか。

◇◇◇ 葡萄畑のお地蔵様 FIN

Concrete
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@aino様
いつもありがとうございます
楽しんで頂けたなら嬉しいです
今後ともよろしくお願いします

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一気読みしました(*´Д`*)

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