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球体関節人形のゆきちゃん

長編8
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球体関節人形のゆきちゃん

私が小学校六年生になったこの春、大好きだった、中学二年生で従姉の美幸お姉ちゃんが交通事故で亡くなりました。

美幸お姉ちゃんのお父さんは、お姉ちゃんが小学生の頃に病気で他界し、それからは叔母さんとふたりで生活していたのですが、叔母さんはこれからひとりぼっちになってしまい、さぞかし悲しんでいることとと思います。

私はお母さんと一緒にお葬式へ参列したのですが、お葬式の後で叔母さんに自宅へ呼ばれ、美幸お姉ちゃんの部屋へと連れて行かれました。

「留美ちゃんは美幸ととっても仲良くしてくれたから、この部屋にある物、何でも持って帰って頂戴。形見分けよ。」

形見分けという言葉は初めて聞いたのですが、お母さんに聞くと死んだ人の記念になるものということのようです。

ぐるっと部屋の中を見回すとベッドのヘッドボードに置いてある球体関節人形が目に留まりました。

身長は五十センチ程、十歳くらいの可愛い女の子を模した人形で、ツインテールの黒髪に濃紺のフリル付きワンピースを着ています。

美幸お姉ちゃんが、小学生の頃からこの人形を非常に可愛がっていたのはよく知っていました。

人形の名前は、『ゆきちゃん』

お父さんから誕生日のプレゼントとして貰ったそうです。

実はこれまでも、美幸お姉ちゃんの部屋へ遊びに行くたびにこの人形で遊ばせて貰っていました。

このような球体関節を施された人形を持っていなかった私は、硬い材料でできた人形の手や足、胴体が人間と同じように動くのが不思議で仕方がなかったのです。

美幸お姉ちゃんの部屋に入った瞬間、私自身が気に入っていたということもあったのでしょう、この人形が連れて帰ってくれと訴えかけているような気持ちになりました。

「叔母ちゃん、本当に貰って帰っていいの?美幸お姉ちゃんのお気に入りだったのに。」

それを聞いて叔母さんは、死んだ子供の部屋をいつまでもそのままにする親も多いけれど、いくら悲しんでももう娘は帰ってこないから、と言いました。

そしていつまでも現世の人間が死んだ子に未練を残すことはあまり良いことではない、彷徨わずにちゃんと成仏して貰うために、四十九日までに最低限の思い出の品々を整理した後、引き取り手のない遺品は燃やすと言ったのです。

それを聞いて、この人形を燃やしてしまってはいけない、そう強く感じた私はゆきちゃんを抱きしめて家に持ち帰りました。

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家に帰ると早速妹の美玖が駆け寄ってきました。

「それ、美幸姉ちゃんのお人形だ。連れて帰って来たの?」

「うん。お姉ちゃんの形見なの。大事にしようね。」

そこでふと気づきました。

小学校三年になる美玖は美幸お姉さんの部屋に遊びに行ったことがないはず。

なぜこの人形のことを知っているのでしょうか。

そして普段であれば私が何か楽しげなものを持って帰ると、貸して、貸して、と煩いくらいに詰め寄ってくるのに、今日は手を出そうとせずにじっと見ているだけなんです。

死んだ人の形見ということで遠慮しているのでしょうか。

そんな美玖をリビングにおいて、私は自分の部屋に入るとゆきちゃんをどこに置こうか場所を探しました。

「抱いて寝るにはちょっと硬いかな。」

そう思い、結局お姉さんと同じようにベッドの枕元に座らせたのです。

ヘッドボードに寄り掛かる様にしてえんこしている姿はお姉ちゃんの部屋に置いてあった時と同じ。

でも何か違和感があるんです。

もちろんお姉ちゃんの部屋とはヘッドボードの形も違うし、シーツや枕カバーの模様も違う。

でもそうじゃない。お姉ちゃんの部屋に置いてあった時のゆきちゃんと何かが違うんです。

何だろう。

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その日はお葬式があり昼間勉強が出来なかったことで、夜遅くまで学校の宿題をやっていました。

机に向かっていると、ふと誰かに見られているような視線を感じたんです。

もちろん部屋には私の他に誰もいません。

部屋の中を見回すと、ベッドの上のゆきちゃんが目に留まりました。

おそらく、昨日までそこに居なかったゆきちゃんが何気なく視界に入り、無意識のうちにその存在を気に留めてしまったのでしょう。

私は気を取り直して宿題を終わらせるとベッドに入りました。

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深夜、ふと目が醒めました。

普段は一度眠ると朝まで起きないのですが、耳元で声が聞こえたような気がしたのです。

(お母さん・・・)

そう聞こえたような気がしたのですが、目が醒めると同時に側頭部に何かが当たっているのに気がつきました。

何だろうと思い、それに手を伸ばすとそれはゆきちゃんの手でした。

座らせ方が悪くて私の方に倒れてきたようです。

ゆきちゃんを座らせ直しながら、ふと思いました。

今聞こえた(お母さん)と言うのは、叔母さんのことでしょうか、それともゆきちゃんにとっては美幸お姉ちゃんがお母さんだったのでしょうか。

取り敢えず、夢か気のせいだと思い、再び布団を被って眠りにつきました。

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翌朝、目が醒めると変な夢を見たなと思いながら、枕元を見ると夕べちゃんと座らせたはずのゆきちゃんがいません。

「あれ?ゆきちゃん、どこ?」

体を起こして部屋を見回すと、ゆきちゃんはドアのところに落ちていました。

ベッドから落ちる距離ではなく、おそらく私が寝ぼけて投げてしまったのでしょう。

「ごめんね、ゆきちゃん。」

しかし、学校から帰ると、ゆきちゃんはまたドアのところに落ちているではありませんか。

私はてっきり妹の美玖が私のいない間にゆきちゃんと遊んだのだと思い、遊んだのなら元の位置へ戻すように注意しました。

しかし美玖は、私の部屋には入っていないと言い張るのです。

後から考えてみれば、ここで何か変だと気がついてもよさそうなものでしたが、ずっと以前から美幸お姉ちゃんと一緒に遊んでいたお人形なので、違和感は有ったもののあまり深くは考えてみませんでした。

しかし翌朝、ゆきちゃんはやっぱりドアのところに落ちていました。

いいえ、落ちていたのではありません。

こちらに背を向けて、ドアに両手をついて立っていたのです。

それを見て、初めてゾッとしたのですが、それと同時に先日の(お母さん…)という声が脳裏に蘇りました。

この子には美幸お姉ちゃんの魂が宿ってる。

この子は家に帰りたいんだ。

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私はその日、学校から帰るとすぐにゆきちゃんを抱えて叔母さんの家へと向かいました。

状況を話して人形を返すと言うと、驚いたことに叔母さんは眉を寄せ怒ったような表情で引き取れないというではないですか。

もう美幸お姉ちゃんの遺品は全て処分しており、置く場所などないと。

でもこの人形が帰りたがっている以上は私のウチに置いておくわけにはいきません。

「でもこの人形には美幸お姉ちゃんの魂が宿っていて、この家に帰りたがっているのよ。」

すると叔母さんは本当に怒りだしてしまいました。

「そんなわけがないでしょ!あなたが持って帰ったんだから、いらないならあなたが責任をもって処分してよ!」

私は優しかった叔母さんがなぜこんなに怒っているのか訳が分らず、黙ってしまいました。

「あなたが本当に要らないなら、こんな人形なんか燃やしちゃえばいいでしょ!」

その言葉を聞いた途端、腕の中で人形がびくっと震えたような気がしました。

この子をこの家に置いて帰ってはいけない、私はそう思ってゆきちゃんを連れて家に帰りました。

「ごめんね、ゆきちゃん。あの家にはもう帰れないみたい。だから私と一緒にここにいてね。」

また、ベッドのヘッドボードのところにゆきちゃんを座らせたのですが、私の気持ちのせいでしょうか、ゆきちゃんの顔がとっても悲しそうに見えました。

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明け方、まだ暗いうちに家の電話が鳴りました。

その音で目を覚ますと、ばたばたと足音が聞こえ、お母さんが電話に出たようです。

「えっ、火事?それで洋子は?・・・そんな・・・」

洋子とはお母さんの妹のあの叔母さんのことです。叔母さんの家が火事になったということでしょうか。

私は急いで階段を掛け降りると、電話を握ったまま呆然としているお母さんのところに駆け寄りました。

「叔母さんの家が火事なの?叔母さんは?」

未明の出来事であり、まだ消火中だということですが火の勢いが凄く、叔母さんは逃げ遅れたようだということです。

「そんな・・・」

「私、ちょっと行ってくるから、あなたは美玖と一緒にお留守番をしていて頂戴。」

お母さんはそう言うと、お父さんと一緒に家を飛び出していきました。

昼間、怖い顔をして怒っていた叔母さんの顔が思い出されます。

美玖はまだぐっすりと眠っており、私は仕方なく自分の部屋へと戻りました。

部屋に入ったところで、窓が開いていることに気がつきました。

夕べ、閉め忘れたのでしょうか。

「あの家に戻らなくて良かったね。」

ベッドに座ると、そう声を掛けながらゆきちゃんを抱き上げました。

「え、何?」

ザラっとした感触があり、手で撫でてみるとゆきちゃんの足には土が付いていたのです。

「ゆきちゃん、窓から外に出ていた?」

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やはり叔母さんは火事により、焼け死んでしまったとのことでした。

姉であるお母さんは、身内が誰もいなくなっていた叔母さんの事後処理に追われています。

まだ小学生の私には詳しく教えてくれないのですが、お父さんとの会話を聞くと驚くようなことが判ってきました。

叔母さんが焼死した時、家にはもうひとり若い男性の遺体があり、警察が身元を調べているということ。

そして交通事故で死んだ美幸お姉ちゃんには多額の生命保険が掛けられていたらしいのですが、そのお金も交通事故の示談金も全く行方がわからないようです。

いくら小学生の私でもこれらのことが何を意味しているのか想像するに易い事。

美幸お姉ちゃんは殺された…

ゆきちゃんは、家に帰りたくて私の部屋から出ようとしていたのではなく、もしかしたら叔母さんに復讐しようとしていたのかもしれません。

(燃やしちゃえばいいでしょ!)

あの時叔母さんはそう言いました。

燃やされたのは、叔母さんの方だったということでしょうか。

開いていた窓とゆきちゃんの足の汚れ。

状況証拠だけで確証はないのですが…

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**************

ゆきちゃんが美幸お姉ちゃんの恨みを晴らそうとしたのか、美幸お姉ちゃん自身がゆきちゃんに取り憑いてそうしたのか。

どちらなのかは分らないけど、あの火事のあと、ゆきちゃんが勝手に動くことはなくなりました。今は穏やかな表情でベッドの上に座っています。

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そしてこのことは、誰にも話さないことに決めています。

私とゆきちゃんだけの永遠の秘密です。

◇◇◇ FIN

Concrete
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