一昨日、仙台から家族揃って両親の暮らす東京郊外の実家へと里帰りしてきた。
コロナの影響もあり、五歳になる娘、そして三歳にる息子にとって初めての里帰りだ。
昨日は久しぶりに実家でのんびりと過ごしたが、今日、八月十三日は箱根九頭龍神社の月次祭(つきなみさい)であり、以前から行ってみたいと言っていた女房の希望で、親父、お袋を含め皆で箱根へと出かけた。
近づく台風の影響が心配されたが、幸い雨に降られることもなく、娘のまどかは初めて乗る遊覧船に大はしゃぎ。
息子の倫太郎も最初はまどかと一緒にはしゃいでいたものの、後半はほとんど爺さんの背中におんぶ、しかしまだ数回しか会えていない孫に懐かれて親父も嬉しそうだ。
大勢の参拝客と一緒に無事お参りを終え、合わせて箱根神社へもお参りもした。
台風が接近し、かつ夏休みの夕方ということもあり、渋滞を予測して早めに箱根を出たのだが、午後三時ですでに渋滞は始まっており、実家に帰り着いたのは、午後六時を過ぎていた。
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見込みよりもずいぶん遅くなったとはいえ、それでもゆっくりと夕食を食べられる時間だ。
「もう、疲れたから簡単で良いわよね。」
女房はお袋と一緒に早速夕食の支度にとりかかり、俺は子供達を風呂に入れた。
親父はのんびりと早々とビールを飲みながらテレビを見ている。
親父も孫の相手で疲れたのだろう。
そして夕食の準備も整い全員がテーブルに座った時だった。
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴った。
「あら、こんな時間に誰かしら?」
お袋が首を傾げたが、近所付き合いの多い実家であり、休みの日の夕方は、近所の人が、潮干狩りに行った、ブドウ狩りに行ったなどと言ってお土産を持ってくることも多い。
時計を見るとまだ七時前であり、外もまだ薄明るい時間だ。
「はーい!」「わんわん」
まどかが椅子から飛び降りて玄関へと走ると、それに飼い犬の蘭丸が嬉しそうに続いた。
・・・
しかしその後、何の声も物音も聞こえない。
玄関が静かなのだ。
どうしたんだろう。
俺は不安になり、玄関へと出てみた。
玄関のドアが開いており、その前でまどかがじっと立ち尽くしていた。
そして蘭丸はお座りをして尻尾を振っている。
玄関のドアの向こうには・・・
「お爺ちゃん・・・お婆ちゃん・・・」
八年ほど前に死んだ俺の爺さん、婆さん、つまりまどかのひい爺さん、ひい婆さんが立っているではないか。
そしてその背後には何人もの年寄りが同じように立っている。
玄関の外の薄闇に寂しそうに皆うなだれて立っているのだ。
どう見ても生きている人間ではない。
どうした、何が起こったのだろう。
どうすればいい?
俺がそれを見て固まっていると、親父が後ろから顔を覗かせた。
「ありゃ。」
玄関の年寄りたちを見て親父も一瞬ビビったようだ。
しかし、親父は何を思ったのか、玄関のドアへとズカズカと歩いて行くではないか。
そして玄関ドアの前に立つと、なんと向こうへ行けと言わんばかりに玄関の向こうにいる幽霊達に向かって手のひらを前後に振ったのだ。
「いや、申し訳ない。すっかり忘れていた。今からすぐ迎えに行くから、皆一度お墓に戻ってくれ。」
それを聞いて俺も思い当たった。
今日は盆の入りなのだ。
ここにいるご先祖たちは、いつまで待っても迎えに来ないので、ここまで来てしまったのだろう。
実家では毎年旧盆に先祖を迎えることを欠かしたことがなかったのだ。
親父に手を振られた先祖たちは何処か不満そうな顔をしたが素直に消えた。
「おい、婆さん、大至急お盆の棚を用意してくれ。そして健吾(俺)とまどかは俺と一緒に改めてご先祖様を迎えにお墓へ行くぞ。完全に暗くなる前だからまだ大丈夫。さあ行こう。」
親父はそう言って大慌てで納戸から提灯を引っ張り出すと、蝋燭や線香を仏壇から手に取って俺達を連れてお墓へと向かった。
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キュウリと茄子の精霊馬を並べ、玄関先で迎え火を焚く炎を眺めながら、まどかはまだ少し不安そうな顔をしている。
少なくとも俺は優しかった爺さん婆さんの顔を知っていたから、それほど怖いとは思わなかったが、まどかにとっては初対面の年寄り達、ましてやあの世から戻ってきた人達だったのだ。
毎年当たり前のように繰り返してきたお盆の行事だが、こんな風にご先祖様から催促を受けたのは初めてだと親父も言っていた。
これからは忘れないようにしないと。
まどかには一応きちんと説明をしたが、しばらくは実家に帰るのを怖がるかもしれない。
それにしても明日から本格的に台風の影響を受けるようだ。
どんなに雨風が酷くても、十六日のお盆明けの日には確実に送り火をしないと。
あのご先祖様達にはきちんとお帰り願いたい。
帰りも牛(茄子)ではなくて、馬(キュウリ)にしておくか。
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
それでは皆さん、良いお盆休みを。
お盆休みの無い方、すみません。お体に気をつけてお仕事頑張ってください。