「なあ佐藤、ウチの兄貴から聞いたんだけどさ。」
昼休みに教室でパンをかじりながら漫画を読んでいると、高一の時からの腐れ縁である級友の田中が声を掛けてきた。
「駅の向こう側にお寺があるだろ?」
「ああ、秋になると墓地に曼殊沙華が一面に咲く寺だな。」
「そう、その寺の墓地の一番奥に無縁仏の墓があるんだ。」
「知らん。」
「普通知らねえよ。そんで、深夜になるとそのお墓の前にすげーエロい女の幽霊が出るんだってよ。」
「ほう、エロいってどんな風に?」
「それがさ、兄貴の奴、ニヤニヤするだけで教えてくれねえんだよ。」
とはいえエロいという形容詞は、たとえそれが幽霊であっても高校三年の童貞男子にとって聞き捨てならない言葉だ。
わざわざ田中がこんな話題を振ってくるのだから、見に行こうという誘いなのは間違いない。
「なるほど。そそる話だな。で、いつ行くんだ?」
もちろん幽霊は怖いが、それを超えるある種の煩悩が俺達を駆り立て、見に行かないという選択肢はないのだ。
しかし気持ちははやるのだが、深夜ということで土曜の夜に決行することにした。
「へへへっ、楽しみだな。」
田中はニヤニヤしながら俺の肩を叩いた。
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そして当日、約束の夜十一時に待ち合わせの山門へ行くと田中は既に待っていた。
「お、佐藤、それはビデオカメラだな?」
「おお、ナイトビジョン付きだぜ。エロい幽霊が出るんだったら、絶対記録しておかないとな。」
「いい絵が撮れたらダビングしてくれよ。」
「ああ、そしたらどこかの動画サイトに投稿して賞金でも貰うか。」
「法律に引っ掛かって投稿できない位のエロさだといいな。」
「はははっ、そしたらモザイクを入れるさ。」
小声でそんな緊張感も恐怖心もない馬鹿話をしながら、俺達はこっそりと墓地へと入って行った。
幸い墓地には所々に街灯があり、持ってきた懐中電灯を使うことなく目的の場所へたどり着いたのだが、やはり直接幽霊と向き合うのは怖いため、無縁墓から十メートル程離れた墓石の影で待つことにした。
時間を追うごとに近くを通る車の音も減り、静けさが増してくる。
それに伴って俺と田中の会話も途切れがちになり、徐々に緊張感が増してきた。
「なあ田中、その幽霊がこっちへ襲い掛かってくることはないのか?」
「知らん。でも少なくともこれまではここで何か起きたって話は聞かないから大丈夫じゃないか?」
「これまでは・・・か。」
その瞬間、周囲を照らしていた街灯がいきなり消えた。
びくっとして時計を見ると、ぴったり零時。
どうやらタイマーで消えるようだが、墓地周辺の街灯りにより辛うじて周囲の墓石が確認できるくらいの明るさはある。
暗くなってから更に口数も減り、ふたりでじっと無縁墓の辺りを眺めていた。
どのくらい時間が経っただろうか。
何も起こらず、ついウトウトしていると、突然田中が肘を突いてきた。
「で、出た!」
慌てて顔を上げると墓石の前にぼんやりと白い影が立っているのが見える。
暗闇の中で目を凝らすと、白っぽいワンピースを着ていることから女性であることは判った。
あれがエロい幽霊なのか?
俺達は墓石の影から身を乗り出すようにしてその幽霊を注視した。
確かに服はボロボロで、前開きの胸元からは乳房の大部分が露出しており、スカートの裂け目から太腿が付け根近くまで覗いている。
しかしその顔は…
闇の中、髪で顔が隠れているのかと一瞬思ったのだが…
その女の幽霊には、頭部、そして左腕がなかった。
その姿でじっとお墓の前に立っているのだ。
俺はその姿にその場で固まってしまった。
そしてしばらくすると俺達に気づいたのだろうか、こちらに向かってくるではないか。
首のない身体がふらふらとゆっくりと近づいてくる。
ホラー映画のワンシーンそのものだ。
「ひっ、ひえっ!」
とても色気など感じる対象ではない。
俺は田中の腕を掴み、夢中でその場から逃げ出した。
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息を切らして一緒に俺の自宅へ戻ると、ビデオカメラを確認した。
しかしあれだけはっきりと見えていたはずのあの姿は、カメラには全く写っていなかった。
間違いなくこの世の存在ではないのだ。
そして驚いたことにその映像を見た田中は舌打ちをして、翌日もう一回じっくり見てくると言い出したのだ。
あの頭と片腕の無い姿を見て、俺は恐怖しか湧かなかったが、田中はそうではなかったようだ。
「お前がいきなり逃げ出すから、じっくり見れなかったんだ。俺はもう一度行ってちゃんと見てくる。」
「やめておけよ。相手は本物の幽霊だぞ。」
もちろん俺は付き合う気は無かったが、その次の日の夜に田中はこれから行ってくるとメッセージを送ってきた。
あいつのスケベは本物だなと今更ながらに感心したが、この日はその後、田中から何の報告もなかった。
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翌日の月曜日、俺は田中から話を聞くのを楽しみに学校に行ったが、田中は欠席していた。
もしかしたら田中に何かあったのか。
不安に思っていると担任の先生から呼び出され、田中が昨夜から行方不明だと聞かされた。
先生は仲の良かった俺が何か知っているのではないかと呼び出したのだ。
昨夜から行方不明だということは、墓地に行った後、何らかの事件か事故に巻き込まれたのは間違いない。
俺は正直に、土曜の夜、ふたりで墓地へ幽霊探検に行ったがよく分からないものに出会い、田中がひとりでもう一度確認してくると昨夜半に連絡してきたことを伝えた。
ただ、田中の名誉の為にその幽霊がエロい姿の女性だということは言わなかった。
俺の話により、寺、そしてその周辺が捜索されたが彼は見つからず、結局、田中が見つかったのは寺から二キロほど離れた河原だった。
夕方になって、河原を散歩中の人に発見されたのだが、田中は河原に生い茂った草の中でぼんやりと座り込んでいたそうだ。
そしてその腕には驚いたことに黒い髪の毛の絡みついた頭蓋骨が抱きかかえられていた。
意識が朦朧としていた田中は発見されてすぐ病院に運ばれたが、意識が正常に戻るまでの丸一日近く、ずっとうわ言の様に「て、て、て」と繰り返していたという。
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その後の警察の捜査で、頭蓋骨の身元が判明した。
田中が発見された河原から、十数キロ川を遡った上流で、ある大雨の日に行方不明になった女性がいたらしい。
川に流されたに違いないと噂されたが、その当時の捜索では彼女は見つからなかった。
しかし田中が抱えていた頭蓋骨は、その歯の治療痕等からその女性であることが判明したのだ。
そして俺と田中の話から、無縁仏として葬られた胴体との照合が行われ、その当時の捜査資料にあったDNA鑑定結果などから彼女の胴体であったことが確認された。
寺の近くの河原で頭と左腕のない胴体が発見されたのは、女性が行方不明になってから数年が経過しており、残念ながらその当時は行方不明の彼女との照合が行われなかったということだ。
完全に警察の落ち度だが、事情聴取に当たった警察官が話してくれたのは、その胴体が発見された時、遺体はかなり時間が経って腐敗が進んでいたが、数年と言うレベルではなく一年未満ではないかと思われるような状態だったそうだ。
その時間的なズレにより照合が行われなかったのだろう。
しかし、もしそうだとすると行方不明になった当時、いったい彼女に何があったのだろうか。
時間軸としては腑に落ちないところもあるが、結局彼女は川に落ちて流され死亡したと結論付けられ、彼女の実家にて埋葬されたようだ。
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特に怪我など無かった田中はすぐに退院してきた。
田中が俺に語ったところによると、あの夜、墓地へ行った田中の前に再び現れた彼女の霊は、前日と違って田中に近づくことはなく殆ど動かなかったそうだ。
そこで田中はゆっくりとその幽霊に近づいてみた。
二度目ということもあり、恐怖心よりもスケベ心の方が勝っていたんだと自分で言った。
傍まで寄ってもじっと立っているだけで全く動かない。
そこでマネキンにでも触れるかのように動かない幽霊に手を伸ばし、恐る恐る胸を触ってみたが全く反応しない。
「どうだった?胸の感触は?」
「冷たかったけど、柔らかかった。」
田中は嬉しそうにそう言うと話を続けた。
周りには誰もおらず、相手が全く動かないのであればと、今度はスカートをめくってみようと手を伸ばし、スカートに触れたと思った途端に意識がなくなったそうだ。
それは単にタイミング的にそうだったのか、胸はOKだがそこから先はダメだったのか、それは判らないと彼は大笑いした。
そしてその後、何度かスケベ田中に誘われて深夜にあの無縁墓の前に行ってみたが、彼女の幽霊を見ることはなかった。
…
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ただ、田中は今でもあの河原に近づくと、無性にまだ見つかっていない左手を探しに行きたい衝動に駆られるらしい。
…
◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
この作品は、先日掲示板に投稿したものを大幅に修正、加筆したものになります。
この話や、頭のない幽霊が走ってくるような怖いビデオがある一方で、頭だけの生首がふわふわと飛んでくる場合もあります。
幽霊って身体のどの部分で思考しているんですかね。