吉丸邦英(よしまる・くにひで)です。
戦争体験を語る人が少なくなる中で、小出しにされる新事実等に怒りと年々少なくなる経験者に悲しみを覚えつつ、或る人物に至っては戦争や原爆の資料を読み込み過ぎたが為に、高熱にうかされながらあの日の悲劇の起きる上空に居たり、焼け跡を歩いていたり閃光と高熱に焼かれて、泣き叫ぶ声を聞いて目覚めたりと、戦後40年と言う節目の年に生まれた義務感で吸い寄せている様なのも居るみたいでして………おっと、脱線致しましたな。失敬失敬。では宜しく御願いします。
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あれはそう、暑さも鳴りを潜めた9月の十五夜過ぎだった。
駅前に行く筈のバスが、営業所行きと乗り間違えた私は、運転手のおじさんに呆れられながら、営業所始発の先程待っていたバス停と反対の場所へと連れて行って貰った。勿論、運賃を支払った上で。
「気を付けなさいよ。次の奴が時間置かないで来るから」
私が降りる際、つっけんどんながら運転手のおじさんは駅前に行く路線の時刻表を指し示してくれて、私も「有難う御座います」と頭を下げてゆっくりと降りる。
私以外は乗客の居ない貸切状態で人気(ひとけ)の無い営業所始発のバスだったが、町中(まちなか)のバス停に降りた筈の私は違和感を覚える。
────斜陽の時刻に差し掛かるのに、学生や生徒の帰宅する姿はおろか、おじさんやおばさん、御爺さんや御婆さんの姿さえ見当たらない。
「………どうした事だ」
私は違和感に気付くと、カーキ色の服………軍服らしき物にいつの間にか着替えていた。しかも急に目に飛び込んで来た景色は焼け跡で、バス停の標識が折れ曲がっている。
「何だ、何で………何でこんな所に」
────と、モンペを穿いたオカッパ頭の子が目の前に居た。
「メガネのおいちゃん、頼まれてくれる?」
「────頼み事?」
その子は頷くと、木の箱を私に渡して来る。
「メガネのおいちゃんがここにくるから、借り物したから渡してって。住所の紙、これ。それからバス賃あげるからゴメンナサイって、おかあちゃんが」
(託されてもな………しかもバス賃って今の紙幣と硬貨とは違う)
困惑しながらも私は、何故か持っていた筈の鞄(カバン)がずだ袋になってしまっていたので、中を漁って飴玉を見付けた。
こっちは何故かパッケージが現在の奴である。私は僅かに現代に戻れた気がして、少し安堵する。
「バスに乗りゃその住所に行き着くんだな。分かった」
「ありがと、おいちゃん。袋がなんだかきれい」
飴玉の入った個包装のレモンのイラストが眩しかったか、目を輝かせて行儀良く礼をしてくれたオカッパ頭の子の手前、投げ出す訳に行かないなと、送り出した私は焼け跡の半壊したバス停で、致し方無く待つ事にする。
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ふと意識が戻って辺りを見回すと、先程の斜陽の風景はそのままに、学校帰りの生徒や家路を急ぐおばちゃん、爺さんや婆さんの姿が有って、私は元の鞄の他に木箱を持っていた。私もカーキ色の服から普段着に戻っている。
バスが来る。腕時計はバス停に来てくれる予定時刻を指しており駅前に行く表記なのを確かめて乗り込んだ。
少なくとも十数分を要した筈のあのやり取りから、全然時間が経っていない。
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木箱を渡された事と住所の紙の件を両親に話すと、すぐに彼等は動いて、車に乗せられる。
程無く目的地に着いて、大きな屋敷の玄関に通される。
「おお、君か。何年振りだろう」
地元議会の議員も務めながら、気さくな人物として名の通った好々爺が出迎えてくれる。数年前の引退の際に花束を渡す役割を何故か私が担わされた。
「これ………なんですが」
両親と共に居間に通され、彼等に目配せしながら、卓子(テーブル)の上にゆっくりと私は木箱を置く。
「?」
首を傾げたが、すぐに目を丸くする元議員。
「────何処でコレを?」
「信じて貰えないかもなんですが、実は………」
否定する事無く話を聴いてくれて、パカリと木箱を開けた元議員は、「やはり」と言う顔をして、静かに話し始める。
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空襲や機銃掃射でボロボロにされて終戦を向かえてからの9月、タイミング良く兵隊に取られず、学徒動員で建物疎開のみに終わった遠方から戻った青年時代の元議員は、女の子が半壊したバス停に来るから借り物の入っている木箱を受け取って欲しいと、親戚筋から頼まれたのだと言う。だが、その時間になっても女の子は来ず、諦めて帰宅して彼等に事情を説明して、木箱を託される事にはならなかったのだと。
そして、何故か当時の彼に良く似た風貌の私があの場所に彼と瓜二つの格好で現れてしまい、彼に逢えなかったオカッパ頭の子に渡されたのではと。
「おお、動き始めた」
私と元議員の話している傍で目を盗む感じで木箱の中身を見た父親が驚いて、首を横に振る母親にペシンと背中をはたかれる。
────止まっていたらしい腕時計が、「チチチチチチ」と秒針を動かしている。
(或る意味、私は借り物の腕時計と言うタイムカプセルを託されていたのか………)
思わず顔を上げた視線の先の柱時計の振り子の規則的な動きを見ながら、私はあの時のオカッパ頭の女の子が一体誰だったのかと、元議員の引っ張り出して来た、彼の若かりし日の写真に驚く両親の声を聞いていた。
作者芝阪雁茂
掲示板の御題より。
田舎のひなびたバス停と夏空が急に地獄絵図を運んで来る構図を浮かべながら、ふと次に浮かんだのが、駅前と人気の無い営業所の終点を間違えた自身の失敗を盛り込むと言うアイディアでありました。
遂にタイムカプセル案を昇華………って、急に勢いに乗ってしまい締め切りに間に合わなかったので、掲示板には載せずにこちらに(汗)。
2024(令和6)年9月29日(日曜)脱稿