その映画館は、シャッター通りと化した商店街の片隅にひっそりと佇んでいました。
私は、大好きな映画のリバイバル上映があると聞きつけこの映画館を訪れたのです。
どうやって経営が成り立っているのだろうと心配になる程寂れていましたが、何でも有志によるクラウドファンディングによって閉館の危機を脱したそう。
何はともあれ30席程しかない座席はそれでもガラガラでした。
私は最後列の真ん中に陣取り、DVDやサブスクでしか見たことの無い作品をスクリーンの大画面で見られることに胸を躍らせていました。
上映が始まって10分ほどした頃でしょうか、入口の方から女性が1人入ってくるのがわかりました。女性はゆっくりとスクリーンの前を横切り私の左隣の席に座りました。
暗いのでハッキリは見えませんでしたが、黒っぽいワンピースを着た長い髪の女でした。
「遅れてきてスクリーンを横切って、しかもわざわざ隣に座るなんて変な客だな…」
なんて思いつつ映画を観ていると、あるシーンで突然画面が切り替わりました。
それは一瞬で、戦時中の都市部…東京か満州かそんな感じの街並みに馬車や自動車が往来していました。画面は白黒で、当然その映画の中にそんなシーンはありません。しかし一瞬だったせいか他の観客も特に気にしている様子はありませんでした。
しかし、私の隣に座った女だけが、首を前後に揺らしながら声を出して笑っていました。
クック…ヒッヒ………ヒッヒッヒ…
と、笑いが堪えられないような感じで…
何がおかしいんだと少し不気味さすら感じる笑い方でした。
その後も彼女は何でもないシーンで突然笑い出したり、アーーとかンーーとか声を出すので私は全く映画に集中できず、かと言って他の客の迷惑になるので声を出して注意することもできず、気がつけばエンドロールが流れていました。
エンドロール中も女は体を揺らしたり手を叩いたりと子供のように落ち着きがなく、私のイライラもピークに達しようとしていました。
上映が終わり館内が明るくなり、私は一体どんな女なんだろうとふと隣を見ると、既に女はいませんでした。
女が立ち上がる気配も出口に向かう様子も無かった為私は唖然とし、女が座っていた椅子に目をやりました、
そこには数匹の色とりどりの芋虫が蠢いていました。
私は思わず声をあげ、近くにいた係員を呼びました、
係員は信じられないと言うような顔をし、すぐに処理しますと言って箒とちりとりで芋虫を片付け、他にはいないかと何気なく座席の下を覗き込みました。
するとそこには、封筒がひとつ置いてありました。
私は髪が悪くなって逃げるように映画館を出ました。
落ち着こうと外の自販機で水を買い、駐車場に向かおうとしたその時、何かの気配を感じふと映画館の方を振り返りました。
ひっそりと佇む映画館の入り口のガラス越しに、受付をする係員が見えました。
それは先程封筒を拾った係員でしたが、係員に重なるようにガラスに何かの影が映り込んでいました。
まさにあの女が頭を振って大笑いしていました。
係員が動くたびに、女は手を叩いたり頭を振ったりしながら笑っていました。
私はあれが何だったのか全くわかりません。
幽霊なのか生き霊なのかはたまた別の何かなのか…
オチのない話で申し訳ありませんが、これはこの夏私が体験してしまった何とも不思議で不気味な話です。
作者文