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中編6
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霊能者

その女性の名は伊織凛

俺が子供の頃から、母と親しくしている霊能者だ。

昔、俺と母に取り憑いた霊を祓って貰ってからずっと親しくしている。

母から聞いた話では、俺がまだ幼稚園に通っていた頃に父が浮気をし、散々もめた挙句に浮気相手の女性が自殺した。

そしてその女性の幽霊が俺達家族の所へ現れるようになったそうだ。

この女の幽霊のことは俺もうっすらと憶えている。

父の浮気が発覚してから母は父と寝室を別にし、俺は母と一緒に寝ていたが、夜中に目を覚ますと青白い顔をした髪の長い女が枕元に座り、俺の顔を恐ろしい顔で覗き込んでいるのだ。

そして日によっては、寝ている母の上に馬乗りになって首を絞めている時もあった。

まだ幼く幽霊という存在の怖さも充分に理解していなかった俺は、母が殺されると思い、その女に夢中で飛び掛かるのだが、その途端に女の幽霊は消えてしまうのだった。

もちろん父の所にも現れていたのだろう、父はしばらくして精神を病み、結局入院することになってしまった。

そしてそれを機に母は父と離婚した。

離婚後、俺は母と一緒に母の実家に身を寄せたのだが、驚くことにそこにもあの幽霊は現れ、姿を現すだけではなく、俺と母は病気や怪我に見舞われ続けたのだ。

そこで知り合いが紹介してくれたのが、凛さんだった。

聞くところによれば、彼女はある古い神社の娘として生まれ、父親である神主にその霊能力を認められると幼い頃から父親から様々な訓練を受け、高校を卒業すると同時に真言密教の寺へ修行僧として入山して更に鍛錬を積んだ。

(彼女によると、人は神道と仏教を区別したがるが、霊的な事象に関してはそのアプローチ方法が異なるだけで境目などないのだと言っていた。)

実家の神社は弟が継いだが、彼女はその神社の主巫女として、弟をサポートし様々な霊的な問題を解決しているらしい。

そしてその実力は本物のようで、あの長年苦しめられた浮気相手の幽霊を数時間の祈祷を以って追い払ってくれたのだ。

「恨みを持って死んだ自殺者の霊は成仏させることが出来ないから、病院にいるあなたの元ご主人の所に追い払っておいたわ。」

彼女はさらっとそう言って笑った。

そしてそれ以来、凜さんと母親はずっと懇意にしているのだ。

彼女によると俺は霊媒体質で、様々なところで霊を拾ってくるらしい。

もちろん俺自身は明確にそれと認識することは無いのだが、気分が優れない、体調が悪いなどと言うと、しょうがない子ねと言いながら、祓ってくれる。

不思議とそれですっきりと良くなることが多く、もちろん霊的な仕業ではなく単なる風邪や食当たりなどの時も、それはそれでちゃんと指摘してくれるのだ。

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*********

凜さんによれば、前々々世で俺と凜さんは夫婦だったらしく、俺と母に取り憑いた霊を祓うことになったのも、その過去の因果により導かれたのだそうだ。

そんなことで凜さんは俺の事を非常に可愛がってくれた。

しかし遠い昔に結ばれていた夫婦だったと言われても、母親よりも五歳ほど年下の彼女は俺と二十歳以上離れており、俺からすればりっぱなおばさんだ。

もちろん面と向かってそんなことは言えないが。

そんな彼女は未だ独身なのだ。

俺が十七だから、今年三十八になるはず。

俺の目から見てそれなりに美人であり、結婚する気になれば相手には困らなそうなのだが。

「凜さんは結婚しないの?」

まだ遠慮のない小学生の頃、一度直接彼女に聞いた事がある。

彼女は、自分は神に仕える身であり、今の能力を維持するためには結婚は出来ないのだと言った。

「今の仕事を止めちゃえば、結婚できるんだよね。」

「そうね。」

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**********

そんな彼女が先日亡くなった。

表向きは病死ということになっているのだが、母の話ではお祓いに失敗して悪霊に取り殺されたということらしい。

そしてその日から彼女は俺のところに現れるようになった。

深夜、ふと目が醒めるとベッドで添い寝しているのだ。

最初は驚いたが、小さい頃から親しくし、優しくかわいがってくれていただけに恐怖は感じなかった。

「ヒロ君は霊感もあるし、霊媒体質だからこうやって私をちゃんと認識してくれるから嬉しいわ。」

霊感の全くない人は、傍に寄って話しかけても全く気付いてくれないからつまらないそうだ。

しかし俺には生きている頃と全く変わらないように感じる。

実際に彼女の葬式へ出席し、棺桶の中に横たわる姿を見ていなければ幽霊とは思わないだろう。

それだけに、年が離れているとはいえ、十七の俺がまだ三十代の女盛りと言っていい凜さんと同じ布団で横になって落ち着いて眠れるわけがない。

「実はね、私、生きている間に男性経験が無いの。」

凜さんがはにかんだような表情でそう囁いた。

神に仕える巫女は、厳密には処女でなければならないらしい。

そして霊的な能力も処女の方が強いと一般的に言われており、自分の能力を維持するために処女を守っていたのだと彼女は言った。

「それが何となく心残りで、どうせなら昔は私と夫婦だったヒロ君の所へ行こうと思ったわけよ。」

俺自身もまだ高校生で女性経験などない。

それでも凜さんがそれを望んでいる以上、凜さんを抱き寄せることに抵抗は無かった。

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*********

凜さんと夜を共にするようになって数日が経った頃、俺は彼女に聞いてみた。

「凜さんは、それなりに修業を積んできた霊能者なんだから、死んだ後自分がどうすべきなのか知っているんでしょ?」

「もちろん知っているわよ。」

まるで阿弥陀如来のようなうっすらとした笑みを浮かべて凜さんは当たり前のように答えた。

「こんなところにいてもいいの?」

「いいのよ。取り敢えず四十九日まではね。」

仏教的な知識はあまりない俺でもその程度の知識はあった。

「そっか、四十九日で向こうの世界へ行くんだね。」

「行かないっていう選択肢もあるのよ。ずっとヒロ君の傍にいることもできるし、それに…」

「それに?」

聞き返した俺に対し、凜さんはそれまでの穏やかな笑みを崩して口角を上げた怪しげな笑顔に変えた。

「ヒロ君を道連れにすることもね。」

「え・・・」

「霊能者だからと言って、必ずしも正義のヒロインとは限らないのよ。」

凜さんはそう言って俺の上に覆い被さってきた。

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***********

そして凜さんが亡くなった日から四十九日が過ぎた。

しかし凜さんは相変わらず夜になると俺のベッドに現れる。

「このまま、ヒロ君の守護霊になっちゃおうかな。」

「俺には守護霊っていなかったんだ?」

「いるわよ。ヒロ君が小さい頃に取り憑かれた悪霊から、ヒロ君を守ることもできなかった弱っちい先祖の霊が。」

こらこら、事実そうかもしれないけど、一応ご先祖様ならそれなりにリスペクトしないと。

「まあ、私が憑いていれば安心よね。」

「守護霊と毎日エッチするなんて聞いた事無いけど…」

「いいのよ。人間関係なんて人それぞれなんだから。」

人間関係…というのだろうか。

それよりも凜さんの幽霊が現れるようになってから俺はかなり痩せた。

凜さんは守護霊などと言っているが、このままいけば、おそらく俺は百箇日あたりで凜さんに引っ張られることになるような気がする。

まあ、それならそれでもいいか。

どうせ小さい頃、凜さんに助けて貰った命だし。

夜は楽しいし・・・

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でも、もし母さんがその事実を知ったら、凜さんのことを恨むだろうな。

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生きている人間が幽霊を心底恨むとどうなるんだろう…

◇◇◇ FIN

Concrete
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