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中編7
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新 鶴の恩返し

『鶴の恩返し』という昔話は皆さんご存じですよね。

主人公は、老夫婦であったり、若者であったりするのですが、基本的に鶴が人間に化けるという話であるにも関わらず、これを怪奇談として受け取る人はいないと思います。

大元の『鶴の恩返し』では、機織りをしている鶴の姿をこっそり覗き見られてしまう事で鶴のつうは去ってしまいます。

また、これを基にした戯曲『夕鶴』では、つうは与ひょうを強く愛する独占欲の強い女として描かれ、与ひょうは惣どと運ずという悪友にそそのかされ、金の亡者と化して結局二人は別れて行く。

そんな話なのですが、そもそもつうは鶴が変化(へんげ)した物の怪なんだよね、というところに軸足を置いて描き直してみました。

それでは、前置きはこの位にして。

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昔々雪深い山奥に、与ひょうという名の心優しい木こりの若者が住んでいました。

与ひょうは早くに両親と死に別れ、山奥で独り生活していたそうです。

ある雪の降る日、与ひょうは町へ薪を売りに行った帰り道、一匹の鶴が猟師の罠に掛かり苦しんでいるのを見掛けました。

その姿を哀れに思った与ひょうは、罠を仕掛けた猟師には申し訳ないと思いながらも、その罠を外して鶴を逃がしてあげたのです。

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その夜のことでした。

とんとん

夜も更けた時間に与ひょうの家の扉を叩く者がいます。

こんな雪の降る深夜に誰だろうと思いながら与ひょうが扉を開けるとそこに立っていたのは美しく若い女性でした。

「どうしたんですか、こんな時間に。」

与ひょうの問い掛けに女の人は深々と頭を下げ、雪の中で道に迷った、一晩泊めてくれないかと言います。

こんな時間にこんな若い女性が?と一瞬訝しく思ったのですが、そもそも純真無垢で紳士的な与ひょうは、突然訪ねてきたその娘、つうを客として丁重にもてなすことにしました。

ひと晩だけのつもりだったのですが、夜が明けても雪は激しく降り続き、つうはそのまま与ひょうの家に留まり続けることになったのです。

つうは泊めてくれるお礼だと言って、食事の支度など与ひょうの身の回りの世話を焼いてくれます。

その見た目の美しさ、その所作、そして作ってくれる美味しい料理。

与ひょうはつうに魅了されていきます。

そしてしばらく降り続いた雪が止んだ日の朝、与ひょうはつうに言いました。

「つう、俺はお前が気に入った。もし嫌でなければこのまま俺の嫁になってくれないか?」

つうは少し考えるような素振りを見せましたが、すぐににっこりとほほ笑むとその申し出を受けました。

そしてその夜、与ひょうは初めてつうと床を共にしたのですが、そこである事に気がつきました。

「つう、おまえは目を閉じる時に下まぶただけで閉じるんだね。まるで鳥みたいだ。」

「あら、そうですか?自分では気がつかなかったけど。お嫌いですか?」

「そんなことはない。目の閉じ方なんて人それぞれなのだろうから、何も問題ないよ。」

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そしてこんなこともありました。

つうは魚を獲ることが得意なようで、時折裏の谷を流れる川へ出かけると、川魚を桶一杯に獲ってきます。

釣り竿も網も持たずに出かけるつうに、どうやって獲っているのかと与ひょうが尋ねても、笑って内緒だと言って教えてくれないのです。

その魚をつうは美味しく料理して与ひょうに出してくれるのですが、ある日与ひょうが台所を覗くと、なんとつうが小魚を生のまま丸呑みしているではないですか。

「つう、そんなことをして、腹を壊すよ。」

思わず与ひょうが声を掛けると、つうは驚いたように振り返り、顔を赤くしました。

「私は子供の頃から生で魚を食べていたので、これが好きなんです。でも与ひょうさんは違うだろうと思って、内緒でこっそり食べていたんです。ごめんなさい。」

「いや、謝ることはない。つうがそうやって食べたいのであれば、気にすることはないよ。」

与ひょうは多少奇妙に思いながらも、つうが気を悪くすることを恐れてか、つうのすることに文句をつけるようなことはしませんでした。

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そんなある日、一里ほど離れた場所に住む与ひょうの木こり仲間である惣どと運ずが与ひょうの家を訪ねてきました。

つうのことを知らなかったふたりは、いつの間にか与ひょうが美人の嫁さんを貰っているのに驚いたのです。

惣ども運ずも独身だったのですが、こんな山奥では嫁を貰う当てもなく、与ひょうが羨ましくて仕方がありません。

そんな与ひょうに対する嫉妬心と、湧き上がる若い欲望から、惣どと運ずは与ひょうが仕事で家を空けている間に、つうを襲おうと計画したのです。

そしてその日、与ひょうが出掛けたのを見届けると、ふたりはこっそり家に近づき、中の様子を窺いました。

しかし家の中につうの姿が見当たりません。

「おかしいな。出かけた様子はないんだが。」

「おい、家の中に鶴がいるぞ。何んでだ?」

不思議に思いながらも、ふたりは家の中へと入って見ました。

「あら、惣どさん、運ずさん、突然どうなさったんですか?与ひょうさんは出掛けているんですけれど。」

家の三和土には、いなかったはずのつうがにこやかに立っているではないですか。

ふたりは驚きましたが、それで目的が変わることはありません。

何も言わずにつうへ襲い掛かりました。

「いや!何をするんですか!」

咄嗟につうは身を翻して家の奥へと逃げ込みます。

しかし家の奥へと逃げ込んでも袋のネズミ。

ふたりはにやにやと奥へと踏み込んでいきます。

ところが…家の奥につうの姿はありません。

代わりにそこには一匹の大きな鶴がこちらを向いて立っているではないですか。

「何だこの鶴は。つうはどこへ行った?」

そう言って惣どが踏み込んでくると、いきなり鶴が羽をばたつかせ鋭いくちばしで襲い掛かってきました。

「うわっ、何だ!た、助けてくれ!」

鋭いくちばしで何度も突かれ、惣どはあっという間に血だらけになっていきます。

「やめろ!何だこの鶴は!」

慌てて鶴を抑え込もうとした運ずは、なんと右目をくちばしで突き刺されてしまいました。

「うぎゃっ!」

ふたりは堪らず家を飛び出して逃げていきました。

そして夕方になり与ひょうが家に戻るとつうは何事もなかったように、にこやかに与ひょうを迎えたのです。

しかしその翌日、与ひょうは仕事に出かけた先で包帯を巻いた惣どと運ずに声を掛けられ、昨日の出来事を伝えられました。

もちろん、ふたりはつうを襲うつもりだったことを伏せて、単に遊びに行ったと話を誤魔化したのですが。

「与ひょうよ、お前は家で鶴を飼っているのか?」

「いいや、どこからか紛れ込んだんじゃないか。」

ふたりにはそう答えましたが、与ひょうの頭にはつうが時折見せていた奇妙な行動が過ります。

しかし、つうとの生活が失われることを恐れる与ひょうは、そんなはずはないと自分に言い聞かせるのでした。

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そうしてふたりの幸せな日々が続き、やがてつうは身籠りました。

しかしつうが産んだのは赤ん坊ではなく、大きな卵でした。

そして与ひょうはつうがあの雪の日に助けた鶴なのだと、つうから直接聞かされたのです。

「この卵は、あなたと私の夫婦の証し、大切に育てて下さい。」

「わかった。約束する。」

つうはそれを聞くとにっこりとほほ笑み、与ひょうの目の前で鶴の姿に戻り、どこかへ飛び去ってしまいました。

自ら正体を明かしたつうはもう一緒に暮らすことは出来なかったのでしょう。

与ひょうは悲しみましたが、最後につうが言い残した通りに約三週間、卵を大切に懐の中で温めました。

つうが残していったこの子供をつうだと思って大切に育てようと。

しかし卵の殻を破って出てきた子供は…

なんと頭が人間、体が鶴の化け物だったのです。

驚いた与ひょうは生まれたばかりの子供を放り出し、家を飛び出し逃げてしまいました。

そして与ひょうはそのまま家を捨てて山を降り、町で仕事を見つけて暮らし始めました。

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そしてその数年後、この山で迦陵頻伽(かりょうびんが)を見たという噂が人々の間で広がり始めたのです。

迦陵頻伽とは、頭が人で体が鳥、極楽浄土に棲み、妙声を以って法を説くと言われている仏教上の生き物です。

噂を聞きつけた与ひょうはすぐにそれが自分とつうの子供だと気がつきます。

そして山に入り、その子供を探しました。

あの時生まれたばかりだった赤ん坊が今まで生きてこられたのは、きっとつうが戻ってきて育てていたに違いないと考えたのです。

もう一度つうに逢いたい。

子供を捨てたという罪の意識はなく、ひたすらつうのことだけを考えて山を登ります。

そして与ひょうはあの頃暮らしていた懐かしい山の中の家にたどり着きました。

何年も放置された家は荒れ果てていましたが、与ひょうは家の中へと入ってみます。

すると家の奥には二匹の鶴がいました。

一匹は痩せこけてうずくまっている雌の鶴。

そしてもう一匹は頭が人間で体が鶴という迦陵頻伽の姿をしています。その顔は与ひょうにそっくりでした。

ここにいるのは間違いなく、つうとその子供だと与ひょうは確信しました。

「つう、逢いたかった。もう一度、元のつうの姿に戻っておくれでないか。」

すると痩せこけた鶴は体を起こすと与ひょうの方を向き、"けーん"とひと鳴きすると、ゆっくり人間の姿に変わっていきます。

「つう・・・」

人間の姿に変わったつうは、以前のような美しい娘ではありませんでした。

鬼のような老婆の顔をしたつう。

その姿を見た与ひょうは思わず逃げ出そうとしました。

「与ひょう!あの時、私達の子供を大切に育てると約束をしたのに!」

そしてつうは、また鶴の姿に戻ると与ひょうに襲い掛かってきました。

そう、昔つうを襲った惣どと運ずにしたように…

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*********

そしてしばらくの後、いなくなった与ひょうを探して、惣どと運ずがこの与ひょうの家を訪れました。

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家の奥には、朽ち果てた与ひょうの亡骸と一匹の鶴の亡骸が並んで横たわり、その枕元には与ひょうにそっくりな顔をした迦陵頻伽がふたりを見つめて座っていたそうです。

◇◇◇ FIN

Concrete
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