私に写真を渡した後も、いさ美さんが話しづらそうにモジモジしているのを見かねて、私の方から話を振りました。
「どうしたの?何か相談事?」
私の問いに、いさ美さんは申し訳なさそうに話を切り出します。
「実は……独り暮らしを始めようと思いまして……そこで、先輩方にも一緒に物件を見てもらいたくて」
「それってまさか……瑕疵物件調査ってこと?」
自称大学一ビビりの私の心はザワつきました。
そんなの大島てるとか見ればいいじゃん!!
なんて、可愛い後輩に言えない……心優しき先輩の私が、取り敢えずOKすると、いさ美さんはとても喜んでいきました。
A子に安肉喰わせて、一仕事頼めばいいや。
この時は、そう安易に考えていました。
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いさ美さんとの約束の日曜日、早速、私はA子に電話でお願いしてみました。
「アタシ、ムリ!!」
電話の向こうの汎用人型霊体発見器が、あっさり言いました。
「何で!?」
「ちょっとヤボ用でさ」
「ヤボ用って何?それ終わったら来れない?」
「実は、兄貴が女連れてくるって言うから、冷やかしに実家にいるんだよ」
悪趣味極まりないわね……。
「まぁ、大概の場所は気にしなきゃ大丈夫だよ。アタシだってそういうトコに住んでるし」
あなたと一般ピーポーを一緒にするなし!!
他人事だけど他人事のように言うだけ言ってガチャ切りするA子に、腸が煮えくり返りそうな怒りを抱きながら、私はいさ美さんとの待ち合わせ場所に向かいました。
十分ほど早く着きましたが、いさ美さんはもう私を待っています。
本当に良い子だ。
「先輩、ご無理言ってすみません」
丁寧に挨拶するいさ美さんに、私は「いやいや」と手をフリフリしました。
「あの……A子さんは?」
いさ美さんは不安そうに私を見つめますが、気持ちは分かります。
「A子は来れないんだよ……お兄さんの彼女を冷やかしに実家に帰ってるんだって」
私が正直に言うと、いさ美さんは口元をエレガントに隠しながらクスクスと笑いました。
「A子さんらしいですね」
「ホントだよ……こんなことじゃ、うかうか彼氏も作れないよ」
予定はないけど……。
それから少しの間、いさ美さんと雑談を交わして時間を潰した私達は、チラリと時計を確認します。
「じゃあ、行こうか」
「はい!お願いします」
私としては足が重いながらも、いさ美さんの案内で、不動産屋さんへ向かいました。
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とある街中のビルの一角に、そこはありました。
近代的なビルが建ち並ぶ中、そこだけが時代に取り残されたような、一昔前の雑居ビルの佇まいをしていて、ハードボイルドな探偵の事務所がありそうです。
そんな趣あるビルの一階に構えた不動産屋さんの看板を見て、私は嫌な予感が止まりません。
『月舟不動産』
絶対、あの子ん家だ……。
古めかしい木製のドアを開けようとした瞬間、勢い良くドアが開き、「ゴチンッ!!」と、私は額を強かに打ちました。
「いらっしゃ~い!!……アレ?せんぱい、そんなトコで何してるんですか?」
ドアの前でうずくまる私を心配そうに見ているいさ美さんの横で、実行犯の月舟さんがキョトン顔で私を見ています。
あんたのせいだよ!!
余計な一言を言うと、例の『あの顔』されるので、私はグッと痛みと怒りを我慢しました。
「今日はよろしくね。さや子ちゃん」
「もちろん!いさちゃんのために選りすぐりの物件をご用意してますよ?ふぇっふえっふえっ」
何で笑い方が、安達ヶ原の鬼婆みたいなの……。
私は一抹の不安を胸に、いさ美さんの物件の内覧に同行しました。
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一件目はちょっと古めのマンションで、大学からは割りと近めのところにありました。
「ここなら通学も楽でいいね!駅も近いし」
いさ美さんはマンションを見上げながら上機嫌です。
「コンビニも近いし、予算的にも問題ないと思うよ?ふぇっふえっふえっ」
その『ふぇっふえっふえっ』止めてよ……何かありそうに聞こえるから。
「広さはどうなの?」
確かにそこは重要です。
「なんと!間取りは1LDKですよ!!奥さん!!」
テレショップの人みたいに言わないでよ……いさ美さん、独身だよ?
「取り敢えず、見せてもらおうよ……」
人目を気にした私が、早く中へと誘導すると、いさ美さんも同意してくれました。
部屋は三階の角部屋で、日当たりも良さそうです。
鉄の重々しいドアを開けると、奥の部屋のリビングから射し込む日光が、室内を明るく照らしていました。
「わぁ~!明るいねぇ~!!」
入った瞬間から眩しいくらいに明るい部屋と、思ったよりもキレイな部屋に、いさ美さんのテンションは上がります。
「リフォームしたばかりで、家具も一揃えあるから、すぐにでも引っ越せますぜ?ダンナ」
月舟さん、癖が強いよ……。
部屋に上がり、バス、トイレ、キッチンと瞳を輝かせて見ているいさ美さんと、それなりに説明は出来てそうな月舟さんを他所に、私はリビングから寝室へ入ります。
何だか他人の家に上がり込んでいるような不思議な感覚を覚えていると、私のスカートの裾がクイクイと引っ張られました。
後ろを見ると、いつの間にか私のスカートを掴んだまま見上げている女の子が立っていました。
「は……はとちゃ」
私が声を上げようとすると、はとちゃんは口元に人差し指を立てて、「しぃ~っ」とジェスチャーします。
「ここはダメ……やめた方がいいよ」
眉を寄せながら小声で忠告する、はとちゃんに、私は身を屈めて訊きました。
「どうして?」
すると、はとちゃんはツカツカと寝室のクローゼットに歩み寄り、ガラッと扉を開けて、上の方を指差します。
二段になっているクローゼットの上段の棚には、明らかに生きてはいない女の首がゴロリとこちらを向いて横たわっていました。
「ヒィィィ!!」
私が声にならない悲鳴を上げると、はとちゃんはニパッと笑って言いました。
「ねっ?」
そんな天使みたいな顔した子に生首を紹介された時、一体どんな顔をすればいいかなんて、私には分からないよ……。
私はこの部屋に好印象全開でテンションMAXのいさ美さんに、事の次第を話しました。
「そうでしたか……良さそうですが、先輩が言うなら他にします」
いさ美さんが意外にあっさりと諦めてくれたので、私は拍子抜けしてしまいました。
めちゃめちゃ素直な良い子じゃん。
「やっぱバレちゃったか!じゃあ、次に行きましょう!!」
月舟さん、分かってて勧めてたの?
私は月舟さんの見た目とは裏腹過ぎるギャップに、底知れぬ恐ろしさを感じました。
一方のいさ美さんは、こんなことにも眉一つ動かさず、月舟さんに次の物件をお願いしています。
いさ美さんはメンタル強いな……私の勘がそう言っていました。
次の物件は、さっきの場所よりも駅や大学から離れたところにありましたが、築年数は新しく、見た目もオシャレです。
「ここは全室オートロックで、エントランスには防犯カメラもあるし、管理人が常駐してるから、セキュリティも万全ですよ!!お嬢さん!!」
やっとそれらしい売り文句になってきた月舟さんは少し難しい顔をして、いさ美さんに訊きました。
「ここ、いさちゃんの予算を少しオーバーしちゃうんだけど大丈夫かな?」
「え?いくらくらい上がるの?」
いさ美さんも予算のこととなると、流石に身構えます。
「3000円」
ばっきゃろぅ!!この設備で3000円アップなら、何とでもなるわ!!
それを聞いたいさ美さんは、ホッとして言います。
「それくらいなら、一日一食抜けば大丈夫!!」
いさ美さん……一食100円なの?
予算問題も一応解決したところで、内見に入ります。
部屋は五階の真ん中にあり、間取りは1DKと少しスペックは落ちますが、デザイナーズマンションと言うこともあり、人気の物件とのこと。
満室だったけれど、ちょうど一月前に部屋が空いたばかりで、備え付け家具はないものの、白物家電は付いている中々の好物件でした。
部屋に入ると、シューズボックスも大きいし、キッチンも広め。
バスとトイレは別ですが、ユニットバスで浴槽は手狭な印象です。
小さめのウオークインクローゼットもあるし、天井も高く、ロフト付きで広々と使えそうです。
「とっても素敵だね!」
いさ美さんもすっかり気に入っているようで、笑顔を浮かべながらあっちこっち見て回り、月舟さんも後ろからついて回っています。
そんな楽しそうな二人を生暖かい目で見つめていると、いつの間にか私の傍らに、はとちゃんがニコニコして立っていました。
はとちゃんの急な登場にも、何だか慣れてしまった私は、はとちゃんの目線まで膝を折って話しかけます。
「はとちゃん、ここはどうかな?」
私の問いに、はとちゃんはウインクしながら力強く右手の親指を突き出します。
「ありがとね!はとちゃん」
私がお礼を言うと、はとちゃんは恥ずかしがりながら小さくコクンと頷いて、私に抱きついてきました。
私、この子のママになるっ!!
独り身をこじらせた私は、しばし、このホンワカで幸せな時間を噛み締めます。
私の妄想力も神の領域まで高まったようです。
はとちゃんとバーチャル親子体験をお腹一杯楽しんだ私は、はとちゃんからのプリティーなお墨付きも出たことを、いさ美さんに伝えました。
「そうですか!!じゃあ、ここに決めちゃいます!!」
いさ美さんが部屋を見回しながら、草原で子やぎと戯れるアルプスの少女のような、いい顔をしています。
きっと、これからの新生活を想像しているのでしょうが、洗濯とか食事とか一人分は意外とめんどくさいことを知るのは、二、三ヶ月後です。
「毎度あり~」
月舟さん、顔が越後屋みたいになってるから、気をつけなね。
いさ美さんの新しい住まいも無事に決まり、あとは契約するだけ。
月舟さんの不動産屋さんへ戻るために、私達はとりあえず部屋を出ました。
「いさちゃん、友達価格で敷金礼金は無料にするからね」
「そんな、悪いよ!」
突如、仲良し二人が部屋の前の廊下で、レジ前でよく見る小競合いを始めます。
カフェスタッフの私から見れば、すこぶるどうでもいい、あの光景をしばらく静観していると、隣の部屋から出てきた背の高い女性がこちらを見て言います。
「そんなんやったら、ウチがもろたろか?」
その声は……。
「雪先輩!?」
「せんぱい?毎度どうも」
私とほぼ同時に気付いた二人に、雪さんはニヤニヤしながら近づいてフランクに肩を組みました。
「こんなところで奇遇やねぇ」
雪さんにガッチリ肩を組まれた二人は、今ほどまでの話をすると、雪さんが豪快に笑いながら、いさ美さんの肩をバシバシ叩きます。
「ほな、アンタ!ウチのお隣さんになるんかいな!!そうかそうか!!」
偶然にも、知ってる人がお隣同士になるという奇跡の瞬間を目の当たりにした私が、盛り上がる三人を傍観していると、私の左手を小さな手がキュッと握る感触がありました。
私はそっとその手を握り返し、何だか心の中がポカポカしていたのは、また別の話です。
作者ろっこめ
で……出来た……。
このエピソードは、スペシャルエピソード1の『フォトグラフ』直後から始まっています。
http://kowabana.jp/stories/28237
未読の方でも楽しめますが、先に読んでおくと、より楽しんでいただけると思います。
まだチェックしてないので、誤字脱字や読みにくい箇所など、あるかも知れませんが、後でこっそり教えていただけると嬉しいです。
下記リンクから過去作品などに飛べます。
第19話 『プリクラ』
http://kowabana.jp/stories/28244
第21話 『怪談』
http://kowabana.jp/stories/28288