最近、俺の職場にやたらと肥えた男がいる。
そいつは中途採用でうちの会社に入って来たのだが、いつも人と目を合わせず、ボサボサの髪の毛はフケが付着し、伸び放題の前髪で目が完全に隠れていて、まともに表情なんて見れたもんじゃない。声も小さく、何を言ってるのか分からないし、まあとにかく≪気持ち悪い≫のだ。
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俺の会社は、所謂、町の小さな工場の部品製造である。
小さなネジやボルトなどの金属部品を毎日、約1万個近く製造する。
ひとりひとりが与えられた持ち場で働くので、同僚同士の会話などほとんどない。
昼食の際に、少し会話をする程度である。
そんな職場だからこそ、集まってくる奴は、何かしら癖の強い奴らばかりである。
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全身に入れ墨が入った、明らかに刑務所から出所して来たであろう風貌の男や、人と会話するのが苦手な奴ら。稀に、俺みたいに本気でこういった仕事が好きで就職する奴もいるが、そんなのは微々たるものだ。大概は、何かしら≪表舞台≫では働けない奴らが集う場所である。
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うちの所長は、物好きというか変わった人で、どんな奴でも一発即日採用が基本なのだ。
寛大なのか、何も考えていないのか…
仕事自体はそれほどキツいものでは無いから、離職率も低い。
求人募集をかけるのは滅多にないことで、たまに短期のバイト募集をするくらいだ。
今回、珍しく社員として募集をかけたのは、長い事勤続した先輩たち数名が、この度定年で退職するためだ。
その募集で入ってきたのが、先程の≪やたらと肥えた男≫である。
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この男が入職してから1ヵ月が経とうとしていた。
相変わらず、俺も含めて男と会話をする奴はいない。
唯一のコミュニケーションの場になる昼食の時間でさえも、男はふいっとどこかへ行ってしまう。よっぽど人付き合いが苦手なのか。いや、それにしても露骨に周りを避けすぎな気もする。
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そんなある日、俺は実家へ帰省する為に10日ほど有給を使わせて貰った。
久々の実家は至極心地よく、10日の休暇なんてあっという間に終わってしまった。
久々の出勤の日、現実へ戻るという億劫、気だるさから溜め息を尽きつつ、職場のタイムカードを押す。
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「…おはようございます。」
小さな声が後ろからして振り向いた。
あの男が立っている。
こいつから声を掛けてくることなんてあったか?
何の心境の変化かと些か驚きはしたが、無視する理由もない。
俺は「おはよう。」と挨拶を返した。
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そそくさと俺の前を通り過ぎるそいつを目で追いつつ、ふと違和感を感じた。
…俺が休んでいる間に、美容室にでも行ったのだろうか。
ボサボサだった髪は綺麗に整えられ、フケだらけだったはずが天使の輪(所謂、キューティクルというやつだ)まで見えている。
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「ま、関係無いか。」
そう独り言を呟き、久々の仕事に励んだ。
昼休憩を終え、通常業務へ戻ろうとした時、所長に声を掛けられた。
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「おい!!山川!!」
「何ですか?」
俺は所長に近付く。
「ちょっと今から大量の搬入があってな。数量点検は安藤の担当なんだが、1人で捌ききれる量じゃないんだ。山川も手伝ってやってくれ。」
「あ、はい。分かりました。」
所長命令に大人しく頷き、搬入倉庫へ向かう。
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倉庫の扉を開けた其処にいたのは、あの≪やたらと肥えた男≫だった。
…こいつ、安藤って名前だったのか。
あまりに会話も接点もなかったもんで、名前なんて全然知らなかった。
「所長に手伝いを任されてさ。よろしくな。」
俺がそう言うと、安藤は深く頭を下げた。
何かしらの言葉は発したのかもしれないが、如何せん声が小さすぎて聞き取れない。
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そんなこんなで2人がかりの数量点検作業が始まった。
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2時間程経った頃だろうか、安藤が点検していたブースから激しい落下音が聞こえた。
「!!??」
驚いた俺は、慌ててそのブースへ走る。
「大丈夫か!?」
「…。」
棚から数箱の段ボールが落ち、安藤はその下敷きになっていた。
返事は無いが、小さな呻き声が聞こえる。
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箱の中身は薄い鉄板だが、それが数箱ともなるとそこそこの重量である。
俺は急いで箱を退かし、安藤を引っ張り出した。
どうやら骨折などはしていないようだ。
「…すいません。ありがとうございます。」
そう言った安藤と目が合った。
今まで、ちゃんと顔を見て話したことは無かったが、こいつは所謂…
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「お前、結構イケメンじゃん。」
安否の確認よりも先に、そう口をついて出てしまった。
切れ長の二重に、少し高い鼻。薄い唇。
待て待て。こいつ、愛想良くして、あと20kgは痩せればジャ〇ーズも夢じゃないんじゃね?
身体に肉が付きやすいタイプなのか、顔の肉付きはほどほどで、見れば見るほどにただのイケメンだった。
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パンパンと身体の埃を叩きながら安藤が立ち上がる。
俺に軽く頭を下げ、散らばった鉄板を片付け始める。
つられて俺も手伝う。
無言で作業を進めていた時、安藤が不意に口を開いた。
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「…顔、褒めてくれて嬉しいです。ありがとうございます。」
俺は驚いたが、話すきっかけが出来たのが何だか嬉しかった。
「いや、お前前髪とか切ってさ、軽くダイエットでもすればモテモテになるぜ。」
「ダイエット、ですか…」
そこで安藤は口を噤む。チラリと横目で見ると苦笑いをしていた。
そこからの会話は無く、再び各自の持ち場へ戻り、仕事を続けた。
その日の就業後、タイムカードを押したところで安藤とはち会った。
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「あの、今日は手伝ってくれてありがとうございました。」
「いや、所長命令だからさ。それより、お前怪我とかしてないか?」
「…大丈夫です。」
「なら良いんだよ。また、明日な。」
「あの…」
帰ろうと背を向けた俺に安藤が声を掛ける。
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「先輩、俺の顔を褒めてくれたじゃないですか?痩せたらもっとモテるぞって。」
「ああ、言ったな。それがどうした?」
「…顔が良くなっても、頭が良くなっても、髪がシルクのみたいに綺麗になっても、歯並びが輝くくらいに綺麗になっても、運動が出来るようになっても、五感が超人並みに長けるようになっても、俺…痩せることは出来ないんですよ。」
安藤の発言に俺は首を傾げた。
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「だって、ねえ、先輩。食べたらどうしても太るじゃないですか。」
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安藤は帰って行った。
俺は、しばらくその場に立ち尽くし、安藤の告げた言葉の意味を脳内で考察した。
そして、気付いてしまった。
あいつは、最後に何て言った?
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『先輩、力持ちですよね。あんな重い鉄板の入った段ボールを動かせるなんて。羨ましいです。』
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全身の力が抜け、地へへたり込んだ。
「あーあ…仕事、明日から探さねーと。」
俺は自分の両腕に視線をやり、そう呟いた。
作者雪-2
お久しぶりです。
秋も深まり、朝晩はとても涼しくなりましたね。
ようやく私の季節が来ようとしています。雪だけに。
今回のお話しは、お題アプリで出て来たものをチョイスして執筆しました。
なんて難しい題材なの。
分かんないよ。イメージ出来ねーよ。なんて悪態をつきながらさささーっと大雑把に筆を進めました。
なので、誤字脱字などは目を瞑って頂ければ…幸い…です…
以前チラッと言いました、私が書きたくて書きたくてようやく書きあがった作品。
今回の投稿作品は、それとは違うのですが、その作品を書き終ってから絶賛バーンアウト中です。
…というか、その作品を投稿するのが少し怖いです。
投稿してしまったら、自分にとっての最後の作品になってしまうのではないか…
なんて思ってしまってる私です。
↓7月アワード受賞作品↓
【トモダチ △】怖45
http://kowabana.jp/stories/29158
↓8月アワード受賞作品↓
【夏みかん】怖57
http://kowabana.jp/stories/29459
↓9月アワード受賞作品↓
【恐怖】怖48
http://kowabana.jp/stories/29719
お時間のある時のお目汚しになればと思います。