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柱時計を抱く男───召喚者シリーズ

長編16
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柱時計を抱く男───召喚者シリーズ

ジリジリと照り付ける炎天下の11:00過ぎ、路肩に軽自動車が停まっており、エンジンは掛けられたままで、運転席で目を閉じている男が居る。

助手席に座る女は、そんな男───園部元蔵の光景を不思議そうに見ている。

「あっ、済みません。では参りましょうか」

ゆっくりと軽自動車を発進させる男。

「………で、あの御祈りは、儀式か何かなの?8:00過ぎにも御祈りしてたみたいだけど」

不思議そうな表情のままに、女───沓掛里代が訊く。

「───笑わないで、聴いて下さいます?」

「大丈夫よ、灘江君じゃ無いんだから。あっ、嫌いな人出しちゃって御免ね」

「大丈夫ですよ」

「休みの日は、8:15と11:02に祈りを捧げてまして」

「その時刻って………あの悲劇が起きた時間ね」

「………ええ」

沓掛の脳裏に、二種類のキノコ雲が屹立(きつりつ)する映像が浮かび上がる………

程無く、二人を乗せた車輛は一軒の建物に辿り着いた。

呼び鈴を鳴らすと、家政婦とおぼしき妙齢の女性が無表情で園部と沓掛を出迎える。

「御電話で訪問を御伝えしておりました、沓掛です。こちらは園部君」

園部が呼び掛けに応じて妙齢の女性に会釈する。

「御二方が、懺悔なさりたいとの旨でありましたね」

返答にギョっとする園部だが、「ハイ、そうです」と沓掛は返す。

園部が事態を飲み込めないままに、懺悔室へと案内される───ふと、園部はこうなれば懺悔して見ようかと、思い立つ。

間仕切りの前に牧師の気配を感じ取ると、園部が語り始める。

「えー私は、神に背を向けたとも言えるハードボイルド文学に心酔しながら、福祉の学校に学びまして………」

「ちょっと、園部君!」

慌てて沓掛が制止する。

「え?ですけど………」

───額面通りに受け取った園部の行為が、滑稽(こっけい)であったのか、間仕切りから笑い声が響く。

「ハッハハハハハ………」

キイと間仕切りが開かれ、牧師が御辞儀をしていた………

「いや、誠に失礼な真似を致しまして………」

朗らかな口調で牧師は謝り、名前を名乗り二人に詳細を話し始める。

「前に居りました牧師が体調不良で入院しましてですね………急遽私、滝守末博(たきもり・すえひろ)がこちらを任されております。先程御二人が御逢いしたのが、長年この教会を世話してくれている、松早(まつはや)さん。懺悔室こそ有りますが、私は牧師ですし、バプテスト………プロテスタントですね」

沓掛が依頼された旨の資料に目を通しながら、園部はメモを取っている。

「───それでですね、本題に移りたいのですが………夜更けに礼拝堂で、人の声がするんです。いや、人の声がする前に柱時計の音が鳴りまして、直後にバチンと、壊れる様な音がするんですよ」

「………うー、そうしますと年期の入った柱時計だったりは礼拝堂には無いんですね」

メモを取っていた園部が顔を上げて滝守に訊ねる。

「では、懺悔室を出ましょう」

園部と沓掛の入って来た扉とは別のドアを滝守は開ける。

───ステンドグラスの前に立派なパイプオルガンが聳(そび)え立つ様に置かれてはいるが、正反対に位置する出入り口である扉の上に掛かっているのは丸い電池式の新し目の掛け時計だった。

「監視カメラだったりは………」

「いや、付けてはいないですね」

無表情な顔で園部は頷きながら沓掛を見てから、話し始める。

「一晩、礼拝堂にビデオカメラを置かせて貰えますか」

「うーん………前例は無いですが、事が事ですし、どちらにセットしましょうか………」

バッグから園部は、三台の小型ビデオカメラを取り出す。

「SDカードですんで、データを圧縮すれば一晩どころか幾日分も録れますが………取り敢えず、一晩にしますかね」

説明しながらも、何だか園部の落ち着きの無さが目立つ。

「園部君?先刻(さっき)の人の警戒でもしてるの?」

園部に沓掛が問う。

「あの人だと礼拝堂も御掃除されるでしょうから、取り外されて下手すると壊される気がして………こちらが早朝に取りに来る形にしますか」

「確かに午後………ああ、これからですね。礼拝堂を掃除しますし、夕方になると帰宅の時間で、翌日は8:00にいつも来ております」

「………そだ、泊まる手も有るかもです」

「どうして?園部君。あっ」

何も今の所は起きていないが、監視用のビデオカメラを置いた矢先に、教会の今の主である滝守に何か起こり兼ねない危険性を加味した園部の発言に気付く沓掛。

「そうしたら、ちょっと待ってて」

スマートフォンを取り出して、電話を掛ける沓掛。すぐに誰かに繋がったか、数分間頼み込む様な口調で話している………画面から顔を離して、トンと液晶画面を押して通話を終えた。

「佐縄君が来てくれるって。園部君は確か、明日仕事だったわね。本業優先って事で安心して」

「はあ」

沓掛や滝守の他、佐縄の足迄も引っ張ってしまった気のする園部、申し訳無さで眉間に皺(しわ)を寄せて目を閉じる。

「ボーン………」

「?」

目を開けた園部、確かに柱時計の音が聞こえた。だが沓掛も滝守も気付いていない様で、依頼内容の確認と打ち合わせをしている。

沓掛と別れて帰宅し、アパートの台所の壁にもたれ掛かる園部………ふと気付くと、何故かカーキ色の軍服に身を包んでおり、坂の多い住宅地の道の真ん中に立っていた。

サイレンが鳴り、「空襲警報じゃ!」と走って来た女性達に勢い良く手を引っ張られて、彼女等と共に慌てて防空壕に飛び込む。

やがて警報が鳴り止んで、人々は外に出始めるも背筋に嫌なものを感じた園部は腕時計を見る………

11:02。

叫ぼうとするも、程無く閃光に包まれる………と言うより、強制的に光を浴びせられる形で直後、グワンと叩き付けられる。

意識を取り戻すと、そこには真っ赤………と言うより赤黒く燃える目の前の風景、先程引っ張って来てくれた女性達は?そこに居る人の形をした真っ黒な集団は何?誰なの?

園部が手を触れると、ズルリとその人の形をした一つは力無く崩れ落ち、グシャリと音を立てる────触れたのは、一瞬にして高熱で焼かれた人間だった。

「ギィィィィィヤァァァァァっ!!」

着けていた腕時計は原型をとどめておらず、自身の腕も焼けており、狂った様に叫び声を上げる園部。

ガっ!!

───床に頭を打ち付けていた園部。

「?!」

教会から帰って来たままの格好で、夜明け前の台所にて変な姿勢で目を覚ました。

「………生きてた」

恐る恐る腕時計を見る………時計はコチコチと何事も無かったかの様に時を刻んでおり、腕には傷一つ付いていなかった。

余りに生々しい夢を見たのと、おかしな姿勢───不自然な筋トレの様な格好───で眠ってしまっていた為、身体に力が入らなくなってしまっている。

───探偵事務所、社長と佐縄が居る。

「佐縄君、御疲れ様だったわね。灘江君もそろそろ来る頃だわ」

頷く佐縄。

「スンマセン社長、休ませて貰っちゃって」

───短い夏休みを貰っていた灘江が顔を見せる。

「あれ、サナさん。何スかこれ」

「うん、ちょっと興味深いものが録れたんだ」

ビデオカメラの一台よりSDカードを取り出した佐縄、パソコンのカードスロットに差し込む。

────依頼を受けた牧師が居る教会の礼拝堂の俯瞰(ふかん)映像が映し出される。

「バッチリ映されてるわね、佐縄君」

「赤外線搭載ですしね。もっとも、この機能を搭載したビデオカメラの購入主は園部君ですし、貢献度は高いかもですよ」

「チェっ」

───ビデオカメラの購入主が園部だと知った灘江は、露骨に嫌な顔をする。

ムっと社長が灘江を見ようとした瞬間、

「ボーン!ボーン!ボーン!」

「?!」

突如として映像の中の礼拝堂に響き渡る、柱時計の時報音………

社長や灘江は目を見開いており、佐縄は昨夜自身が目撃した光景と擦り合わせる感じで、映像を凝視する。

「バチン!」

「!!」

柱時計の心臓部が壊れる様な独特な音。

───直後に、うずくまる人影が礼拝堂中央部の長椅子と長椅子との間に現れる。

「………、………」

───何かを喋っている様に映る。

「佐縄君、音量は最大?」

「ええ」

「拡大は出来ない?」

社長の問いに頷く佐縄、マウスをクリックして、うずくまる人影を拡大しようとするが、上手く行かない。

「あく迄も、今のは俯瞰の映像でしたから………別なのも観ましょう」

佐縄は二台目のビデオカメラからSDカードを取り出し、カードスロットの中身を取り替える。

今度の映像は、牧師の立つ場所から素通しするアングル───先程の礼拝堂の中央部が鮮明になる。

「あっ!!何か抱いてる!」

灘江がうずくまる人影が何やら大事そうに抱えているのに気付く。

徐々に人影が鮮明になり、男の姿を形成して行く。

「!!」

映像を観ている一同が、その男の声を聴き取る。

「シスター………何処に行ったんだよ………シスター」

「………シスター?」

一時停止させられる映像。

眉を曲げる灘江、妹か姉を指す横文字と捉えていて、こんがらがる表情になる。

「灘江君、必ずしも御姉さんか妹さんとは、限らないかもよ。もしかして………」

社長が腕組みを数秒したのち、ふと閃(ひらめ)いた顔になる。

「もしかしたら、修道女(しゅうどうじょ)の意味合いでのシスターじゃないかしら」

「確かにそうですね………然し、シスターですと、確かカトリック教会で、今回の現場がバプテスト………プロテスタントの教会ですから、これは又」

「同じキリスト教でも違うんスね」

「うん」

ポヘーと驚いている灘江に、深く頷いて見る佐縄。

「だとしたら、カトリックとプロテスタントの教会を間違えて侵入して来た、いわゆる迷い霊みたいなものかしら」

「ないしは、長崎の地から誰か連れて来たか」

「!」

再び足音を立てずに、いつの間にやら現れた園部。

「おい、何なんだ長崎の地からってのはよ」

いきなりぶっ飛んだ話をされた灘江は、園部に不機嫌な顔で訊く。

「ちょっと、突っ込んだ話をさせて貰いますと………長崎に落とされた原爆は、地上508mで11:02に炸裂しました。そこが浦上天主堂のほぼ真上で、その時に集まっていた信徒が、全員命を落としたんです。広島に落とされた際は、腕時計や懐中時計がその時刻を指したまま破壊された物が数多く有りましたが、長崎ですと柱時計が多数有って………」

「坂の多い町だったし、広島の状況とは違って、本来ならばそれ以上の破壊力こそ有ったものの、山肌が削られる形になったってね。それで、破壊された家屋の下や焼け残った柱に、その時掛けられてた柱時計がその時刻を指したまま、壊れてるのが多数見付かったって話が考えられるね」

妙に突っ込んだ園部の話に、難無く斬り込んで行ける佐縄に驚いている社長と、饒舌(じょうぜつ)な園部に対し、まるで人の不幸を嬉々として解説している様な感じがして、不愉快さを覚える灘江。

「マニアックな話は分かったけど、長崎から誰が連れて来たってんだよ。なァ。原爆に関して話してたって、全然話は始まらねェんだよ。園部さんよお、知り合いが長崎に居ますってんなら、話は別………」

「灘江君、いい加減になさい!」

ムスっとした顔はしているが、言うだけ言った様な顔をする灘江と、 鼻でゆっくり息を吐き出す園部、呆れている社長に、少々狼狽(うろた)えている佐縄。

「そうだ、牧師さんに訊いて見ますか」

駄目で元々と言う表情で、園部が提案する。

牧師に映像を見せるのは、日を改めてと言う話になり、灘江は一旦帰された。

───数日後、佐縄と共に再び教会の懺悔室に待機する園部。

「知り合いに長崎の方?」

「はい、張って頂いた佐縄さんと映像を解析して見ましたが、確かに柱時計が鳴る音と壊れる音に、うずくまって何やら抱える男の様な格好のボンヤリした存在が出て来て、音声を聴く限りでは〝シスター〟と発言しておりまして………」

「何だろう」と不思議そうな顔をする牧師に、園部が語り掛ける。

「長崎に原爆が落とされた際、カトリック教会の浦上天主堂のほぼ真上で爆発して、集まっていた人達が全員亡くなりました。柱時計の時報を数えたら11回で、バチンと言う音は、11:02で爆発して破壊された際の奴だと推測出来ます」

「───然し、此処はプロテスタントの教会で………」

「正にそこなんです。何故にカトリック教会の修道女を呼ぶ男の様な亡霊が、プロテスタントの教会に現れたのか、そんで牧師さんに長崎出身者が居ないか御訊きしたくて………って、御免なさい。長くなっちゃいました」

直後、コンコンと園部達の背後の扉を叩く音がする。

「はい、どうぞ」

後ろを向きながら園部が言う。

ゆっくりと扉を叩いた主が現れた………松早。

「どうしました、松早さん」

穏やかな口調で訊ねる滝守。

「───御宅等、一体何を嗅ぎ回ろうって話ですか。夜に変なのが出るって、何なんですか。神聖な場所に、おかしなものなんて出る筈無いじゃありませんか」

「然し………」と反論しようとした園部を制する佐縄。

「おっしゃる様に、こちらは神聖な場所です。その聖域にそれこそ迷える存在が出たみたいなんです。現に、滝守牧師も私も特に蝕まれた様な異常も無い。悪霊ならば、それこそポルターガイスト現象の様な物が飛んだり、異常空間に長時間押し込められた事で、精神的に参ってしまうケースも有る訳ですから」

分かった様な分からない様な表情をしながら、佐縄の説明を聴いている松早。

「松早さん、奇妙な事が起きてはいますが、調べてるだけなんで、何の心配も要りませんよ」

肯定も否定もしないながらも釈然としない顔で、懺悔室を出て行こうとする松早。

直後、

「ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!」

「?!」

突如として響き渡る、柱時計の時報音。

園部だけで無く、佐縄も滝守も松早さえも驚いた顔をしている。

懺悔室を飛び出す園部。だが、ふっくらした体つきの為、勢いは有れど動き自体は鈍重で、つんのめりそうになる。

「バチン!」

再び柱時計の心臓部の壊れる音、園部は無意識に自身の腕時計と礼拝堂の時計を見比べる。

15:00前を指す針。

ステンドグラスが、昼下がりの穏やかな光を取り込み、人影が粗い画質の映像の如く現れるのをスポットライトの様に照らす。

「………お父ちゃん?」

ハっとして、園部と佐縄と滝守の三人が声のした方向を見る………疑り深い主張を繰り返していた筈の松早が、呆然と人影を見て立ち尽くしている。

「!!………確かに何か抱えてる」

小声で、園部が呟き驚くのを聴く佐縄。

────あの大きさは、八角形の柱時計と見た。

「お父ちゃん!何で!」

松早が叫ぶやいなや、「シスター」と繰り返していた人影がチラリと彼女の方を向き、赤黒く染まった泣き顔を見せた直後に、ゆっくりと消えてしまう。

「お父ちゃん………とは?」

園部が無意識に口にした言葉に振り向いた松早。

うつむきながら答える。

「………御話し致します」

───キッチンの卓子(テーブル)に座る滝守牧師に佐縄、園部に松早。

「私は身寄りが無くて、養子として引き取られたんです。お父ちゃん………いや、父親が酷い火傷を負っていたのは知っていましたけど、生前何も言わなかったのは、もしかしたら………」

「御父様が亡くなられたのは………」

「つい数年前で90歳でした。この教会で働かせて貰う様になったのも生前ずっと、此処を世話してくれていた父のつてで、体調を崩された牧師さんも、父程で無いにせよ、御高齢でして………でも、いわゆるクリスチャンでもありませんでしたし、洗礼を受ける事も、私達兄弟………いいえ、同じく血の繋がらない孤児だった彼等にも、無理に洗礼を受ける必要は無いよと言ってくれました」

園部の問いに、先程迄頑なだった松早は穏やかに答える。

「父は壊れた時計を家の壁に掛けておりましたが、御葬式の済んだ後に帰って来たんですけど、その………」

「まさか、消えていたと」

「ええ、その掛けられておりました柱だけ、日焼けしてない痕になっておりました。勿論、押し入れの天袋に至る迄、兄弟総出で探しましたけど、やっぱり出て来ませんでした………」

壊れていたとは言え、重さもそれなりに有る柱時計であるから、忽然(こつぜん)と消えるのは確かに不自然と、園部や佐縄は驚かされる。

事務所に戻った園部と佐縄は、今迄の収穫を社長に報告する。

「それでですが社長、少し調べたい事が」

「どうしたのよ、園部君。急に」

驚いた顔の社長、亡くなった松早の父親の話をする園部。

「じゃあ、亡くなった人の情報を調べる訳だから今は個人情報だ何だって騒がれるから、突っ込み過ぎない程度に」

社長からそう返して貰い許可を取り付けた園部は頭を下げて、事務所を後にする。

***********************

数日後に、沓掛に佐縄と、社長を前にして園部が話している。

「松早さんの父親である、松早竹二(たけじ)さんですが、長崎に住んでいたのが分かりました」

「!!」

「彼も身寄りが無い、いや元々がアウトロー同然で行き倒れになっていたのを、浦上天主堂に出入りしていたシスターの一人に助けられて、それで彼も働き口を見付けて、天主堂に出入りしていたとの話でしたが………」

「───原爆で、シスター達を亡くしたのね」

「………はい。それで、たまたま近くに壊れて落ちていた、何の関係も無い柱時計をシスターの形見として、長崎を離れたそうです」

「そうなると、長崎からこの土地に来た理由も、孤児達を養子に迎えて育てながらも、教会を世話する身で一生を終えたのも何と無く見えて来る気がするね」

沓掛と佐縄が園部の報告に返答しながら、社長は聴き入っている。

「そうなるとよ、その松早さんの父親は成仏出来ずに夜な夜な、礼拝堂に現れては消えてるって話になるじゃない。あの世か何処かで、シスターさんに逢えてない事になるわね」

「最後のチャンスでしょうから、もう一回行きます」

佐縄が間髪入れず提案する。

「では佐縄君、園部君を頼むわ」

「頼りにしてるわ」と言うよりは、「園部君と言い出しっぺになったからには、その亡霊を見届けて」との重味を添えた響きに聞こえて、重く頷く佐縄。

***********************

程無く決行の夜を迎え、教会の礼拝堂には園部に佐縄、沓掛や滝守、松早の姿の他に同じく身寄りの無い生い立ちで血の繋がらない兄である、公彦が駆け付けてくれた。

「千代(ちよ)、葬式を出したのに親父が成仏出来ねェってのは、何だか申し訳無ェよ。喪主だったから俺、手違いでも有ったのかな」

「いいえ、私もお父ちゃんの姿を見て、日が浅いから………でも、悪霊みたいな話じゃ無いって」

公彦はいわゆるスキンヘッドの眼鏡を掛けた強面(コワモテ)の男で口調は荒いものの、松早への返答から、家族思いな印象を受ける。古希(こき)が近い様だがシャンとした背筋で、おもむろに数珠(じゅず)を取り出す。

「御経を唱えるにしても、追い払うで無くて謝るのと感謝を伝えとこうかなって、思いましてね」

「有難う御座いますっ」

思わず頭(こうべ)を垂れる園部。

いつものボンヤリした感じから一転した様な園部の姿に、佐縄や沓掛はポカンとしている。

照明が落とされ、一同は礼拝堂の目立たぬ所に移動する。

闇の中に居る為、うつらうつらとし始める園部。

「あれ、おいアンタ」

公彦が園部を揺すり起こそうとする。

「いや、これで良いんです」

制止する佐縄に、眉間に皺(シワ)を寄せて変な顔をする公彦。

「ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!ボーン!」

「!!」

再び礼拝堂に響き渡る柱時計の時報音、「バチン!」と壊れる音が響き、人影が粗い映像の如くボンヤリ現れ、うずくまっている姿がハッキリして行く。

「シスター………何処に行ったんだよシスター………」

その光景を凝視している公彦、無言で何故か鼻をすすっている。

「親父………あの柱時計………」

「兄さん!あれは!」

小声で公彦に話し掛ける松早。

スウっと、ゆっくり白い影が現れ、人の形の格好になり、うずくまり柱時計を抱える人影───松早竹二の亡霊───に穏やかに歩み寄る。

黒衣(こくい)の美しい顔立ちをした女性へと姿を変えた白い影は、そっと竹二の亡霊に寄り添う。

『竹二さん………御免なさい………あの時、私も逢いたかった………』

『俺も………シスター………でもよ、何人も身寄りが無い子を育てる事が出来てよ………幸せだった………有難う………お前達………』

松早や公彦の姿を認識しているのか、シスターに寄り添われた竹二は、火傷をした際………被爆した際のボロボロな姿の若かりし日の姿で、こちらを見ている。目に涙を浮かべながら。

ウ────────────────────っ!!

「?!」

ピカっ!!………グワァァァァァァン!ゴゴゴゴゴ………

空襲警報のサイレンに加え閃光と衝撃波、地鳴りと共に礼拝堂は真夜中にも関わらずいきなりあの時の時刻、1945(昭和20)年8月9日、11:02の光景が再現され、一同は巻き込まれる。

声無く叩き付けられる一同、松早は「お父ちゃん!」、公彦は「親父!」と叫ぶも言葉にならず、手を取り合った竹二とシスターは、燃え盛る原爆投下後の炎の中に消え去って行く………涙を流しながら。

***********************

───礼拝堂に朝日が優しく差し込む。

ボンヤリと最初に起き上がったのは園部だった。

「………あれ?あっ、佐縄さん!沓掛さん!滝守さん!松早さん!松早さんの御兄さんも!」

園部の絶叫に気が付いて、フラフラと意識を取り戻し始める一同。

「全くアンタねェ、真っ暗闇になったからって寝ないで下さいよ。大変だったんですからね、あの後」

呆れながら、公彦は園部に説教する。

「??」

事態の飲み込めない園部に対して、沓掛が昨日の顛末を話し、あの時の惨状が目の前で繰り広げられたのを知る園部。

「でも………今迄以上に、礼拝堂の空気が澄んでる感じがする」

松早がそれと無く呟き、滝守牧師も佐縄や沓掛、園部に公彦へと全員に礼を述べる。

「あっ!!」

パタパタと園部が長椅子と長椅子の間に異変を感じて、駆け寄る。

「う~ん、重い。初めて柱時計を持ちましたよ。おや?」

「千代っ!!あの柱時計だ!消えて散々探したのに………」

「兄さん、この写真………」

「親父の惚れた女………いや、思い人ってこの人だったのか………」

「この人優しそうな顔してるね、兄さん」

柱時計の壊れた振り子部分に挟まる写真を確認する一同………モノクロ写真で、端の方こそ焦げては居るが、シスターと隣には笑顔で佇む、火傷無き竹二の姿が………そして破壊される前の浦上天主堂が彼等の背後に映り込んでいた………二人を祝福し見守っているかの様に。

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