短編2
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リンゴの記憶

「ニュートンはリンゴ食べるの好きだったのかしら?」

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ある秋の夜、場所はいつもの校舎の屋上だった。

僕と織衣(おりえ)は天文部の顧問がくれた青森土産のリンゴを齧りながら、くだらない話をしていた。

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「それは知らないが、何しろリンゴでよかったよな。

例えば投身自殺を目撃して万有引力をひらめいていたら、後世に語れないエピソードになってたはずだ」

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「どうしてまーくんはそんなにひねくれてるの?

だから『図書室のご隠居』なんて言われるんだよ」

おかげさまで。

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軽口を叩いていた織衣が、何かに気付いて不意に黙りこむ。

誰もいない空間を見つめ、ぽつりとつぶやいた。

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「……飛び降りっていえば、あのフェンスの陰にいる子、もう何度飛び降りたのかな。

ずっと苦しみ続けなきゃいけないなんて、かわいそうだよ……」

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彼女は幼い頃、心臓の発作で生死の境をさ迷ったことがある。以来目に見えないものを視るようになった。

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僕は死んだら全てが終わりと思っている。

幽霊なんているわけがない。

ただ。

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「……もし仮に、だ」

ただ、織衣の悲しげな顔を見ていたくなくて、つい口を開いてしまう。

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「死の間際に発せられた感情が、光よりもずっと遅く拡散する性質を持つある種のエネルギーだとしたら、それが生前の姿を持って周囲から観測されるのに、通常の視覚情報と比べて大きな時間差を生むかもしれない。例えば、今とか」

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「えと……難しくてよくわかんないんだけど、つまり?」

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「『彼女』が苦しんだのは、過去の一回だけで、後は皆、蜃気楼みたいなものだってこと。

……だから織衣が傷つく必要はない」

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僕はそっぽを向きながら言う。

織衣は一瞬きょとんとした後、微笑んだ。

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「ずいぶん苦しい学説ですね、センセイ?」

それは言った本人が一番わかってる。

夜空を見上げると、三日月まで僕を笑っていた。

頬が熱い。

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「でも、まーくん。

私が視てるのが『女の子』だって、よくわかったね?」

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その言葉の意味に気付いた時、僕は小さく息を飲んだ。

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まーくん、幽霊なんていないと言いながら、霊感あるかもね。

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