中編7
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紗夜の日記

私がまだ幼い頃、紗夜という女の子とよく一緒に遊んでいた記憶が僅かにある。近所の公園でブランコに乗ったり、すべり台をすべったり、学校が終わったら家に帰らずに、よくその子と日が暮れるまで遊んでいた。

今思えば、その子が、どこの子で、いくつだったのかもわからない。いつの間にかその子とは遊ばなくなり、疎遠になってしまっていた。

あれからかなりの年月が経つ。紗夜とは色々な話をした。でも、正直内容までは鮮明に思い出せない。

紗夜とはよく交換日記をしていた。今になってその日記が部屋の片付けをしていたら出てきた。それが紗夜という女の子を思い出すきっかけだった。

私は内容を覚えてないが、なんだか懐かしいと思いその日記を手に取り、ページを捲った。

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7月1日

きょうはいいてんきだった。でもあさからママやパパのこえがうるさかった。

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日記は紗夜から始まっていた。短いが、とても子供らしい文字でその日の出来事が書かれていた。

次は私のページ。何の変哲もない日常が書かれていた。見ればこんなこと書いてたなー。と思い出す程度にどうでも良い内容だった。

次のページを捲った。

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7月5日

きょうはそとにおさんぽにいった。ひとりでおさんぽははじめてだった。カエルさんがげこげこないてた。カエルさんがうるさかった。だから×した。

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私は首を傾げた。文字は可愛らしいものだが、内容になんだか違和感を覚えた。「×した」って……。

次は私のページ、またどうでもいい内容だから割愛。

次のページを捲った。

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7月11日

うるさいなぁ。うるさいなぁ。ママもパパもそとのおとも。ぜんぶあたしにとってじゃま。

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なんだか乱暴な表現。乱雑な文字になってきた。

私は妙に続きが気になり、自分のページを飛ばし、次を読んだ。

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7月16日

みみがいたい……みみがいたい……ママもパパも……ほんとにうるさい……

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7月19日

ママがいつもごはんをつくるときにつかってるもの。これで×せば……

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日記は日付け事にページが変わる。1日1ページで私達は毎日書いている訳ではないので所々白紙のページがある。でも、ここからページを捲ると暫く白紙が続いた。恐らく、夏休みの期間に入ったのだろう。私は学校がある日しか紗夜と遊んでなかったのだろうか?

それにしてもこの頃の私は違和感がなかったのだろうか……大体交換日記というのはその日の些細な出来事を書いたり、日記での会話を楽しんだりするもの……私は自分の些細な日常を忠実に書いていた。でも、紗夜の日常はとても些細なものに感じれない。家庭環境に問題でもあったのだろうか……。

私は白紙のページを捲っていく。

夏休み後、私のページから始まる。私は夏休み中の出来事、本当に些細なありふれた日常が書かれていた。

その次、私は少し心臓の鼓動を高鳴らせ、紗夜のページを捲った。

すると、ここで初めて絵が描かれていた。乱雑な線を入り組ませながら顔面を黒く塗りつぶされた2人が横になっている。そして、その2人の中央でニッコリと微笑む少女が描かれていた。少女は手に刃物のような物を持っていた。微笑む少女とは裏腹に左右の2人は顔以外の全てを真っ赤に塗り潰されていた。

私はゾッとしながら文字を読んだ。

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9月5日

ママもパパも、あかくなった。くさくなった。もううごかない。これでやっとしずかになった。でも、まだちょっとうるさい……なんでだろ……なんでだろ……

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この頃の私は紗夜の文章を理解することが出来なかったのか……それともこの文章を読んでなかったのか……どちらにせよ、この後私達は普通に公園で子供らしい遊びをしていたと思うと鳥肌が立つ。

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9月8日

みみのなかがざぁざぁというおとがする。そとのおとがうるさいのかな?じゃあもういっそのこと

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9月10日

みみを×した。そとのおとはもうきこえない。みみはいたいけどやっとしずかになった。もうあたしのじゃまをするものはいない。ぜんぶ×した。だから、これからはいっぱいあそべるね。これからずっと。ずっと。

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その文章と共にまた絵が描かれていた。ニッコリと微笑む少女の顔、その左右、耳のある部位が赤く塗り潰されていた。

次は私のページ、私は相変わらずの些細な日常を書いていた。そこからページが白紙になった。

恐らくここでもう紗夜とは遊ばなくなったんだろう。この日記が本当ならば、紗夜の外見は……いやいや、そんな訳ない。私は冷静に考えた。これが事実なら普通に動ける訳ないし、そんな紗夜の悍ましい見た目を忘れる訳ないし、そもそも親を……考えれば考える程、私は冷静になり、次第にこの日記の信憑性が薄れてきた。

そして思い出した。そうだ、私は今部屋の片付けをしてたんだった。懐かしい物が出てきたから、ついつい意識が逸れてしまっていた。私は少し休憩しようと日記を閉じ、机に置いた。ゆっくりと立ち上がって冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。

コップを唇に当て、そのまま喉をごくごくと鳴らしながら麦茶を飲んだ。

その瞬間、私はむせ返ってしまった。喉をごほごほと鳴らしながらコップを置いた。

喉を整えると、私は「え……?」と囁いた。

冷静に考えるとおかしい事がある。少なくても2つ。

私は紗夜と疎遠になってかなりの月日が経つ。当時私は実家に住んでいて、今は1人暮らしをしている。私は実家から何も持たずに引っ越したはず。なのにこの日記がここにあるのはどう考えてもおかしい……。

いや、そもそもあの日記、最後は私で終わっている。という事は今、あの日記を持ってるのは紗夜のはずでは……?

私は不気味に感じ、全身に鳥肌が立った。

ふと机に置いたあの日記に目をやった。すると、ページが開かれていた。さっき閉じたはずなのに……。

恐る恐る日記に近づくと、まだ見てないページが開かれていた。

それは日記の最終ページ辺りで、また絵が描かれていた。

どこかの部屋でニッコリと微笑み左右の耳を赤く塗り潰された少女と、その下で女性と思しき人物が倒れている。顔を黒く塗り潰され、身体を赤く塗り潰された状態……しかもその塗り潰された赤は先程とは違い、なんだかカピカピしていた。まるで本物の血液が使用されたかのように分厚く濃い。それに、その女性と思しき人物の身体からは様々な臓器が零れ落ちていた。それがあまりにリアルで、思わず胃の中の物を吐き出しそうになる。

そして、私は恐る恐る続きの文字を確認した。

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1月10日

ねぇ、何であれから遊んでくれなくなったの?あたしが怖くなったの?貴方だけがあたしの友達じゃなかったの?ねぇ、せっかく邪魔者を殺したのに。せっかく静かになったのに、貴方もあたしにとって邪魔な存在なの?ねぇ、教えてよ?

ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ

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私は思わず日記を放り投げた。そして、また悍ましい程の鳥肌を立て、額から大量の汗が滴り落ち、恐怖で身体をガタガタふるわせた。

絵も文字も先程みたいな子供のような物ではなく、しっかりとした画力、文字となっていた。そして、よく見ると、この部屋…物の配置…私の部屋…?倒れている人も恐らく私…?それにこの日付け…年数は書かれてないが月日は今日…紗夜という者は一体…?

私がそう考えた瞬間、耳元で生暖かい吐息と共に、声が囁かれた。

 

「ねぇ」

Concrete
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