つい先日、米寿を迎えた私にとって、冬は辛い季節になる。冷えた空気は容赦なく関節の節々を痛めつけ、私の動きを鈍くさせた。
4年前に夫を亡くした私は、その時期から徐々に心も身体も衰弱してしまった。『現実』という名の暗雲が私の感情に覆い被さり、どこか私という存在そのものを蝕もうとしているようだった。
近所へ買い物に行くだけでも億劫だ。軋む関節は、歩行バランスを即座に乱し、まともに歩けない。
やっとの思いで店に着き、日用品や食材コーナーに眼をやるが、それを自宅まで持ち運ぶ気力が湧かない。
仕方なくスーパーを出て、近くのベンチに腰を落とす。
「はぁ」
私は溜息を漏らした。
このままでは生活すらまともに出来ない。
そんな事を考えていた私は、ふと思い出したかのように、ある広告が脳裏を過らせた。
それは、某食品会社の宅配サービスである。その広告には、確か65歳以上の方は宅配料が掛からないと記されていた筈、私はまた軋む身体をなんとか誤魔化しながら帰宅し、その広告チラシを確認した。
これだ。と思い、私はすぐに連絡してその宅配サービスと契約した。
それから食材や日用品が毎週決まった曜日、決まった時間に届くようになった。
チャイムの音が鳴り、玄関のドアを開けると、いつも爽やかな笑顔で青年は手渡しで食材や日用品を渡してくれる。
満足に身動きが出来ない私にとって、それはとても有難い限りだった。
ーー
私がこのサービスを利用しておよそ半年が経過した頃、異変が起こった。
いつものように爽やかな笑顔で商品を渡してくれる青年。
でも、今日はなんだか雰囲気が違って視えた。
いつも曜日、いつもの時間、いつもの青年、そしていつもの笑顔。どれをとってもいつも通り。その筈だが…どこかいつもと違う。
違和感を覚えてならない。歌うように爽やかな口調で商品を手渡す青年の双眸は、なぜか心からの笑顔ではないような気がしてならない。
青年の前に置かれた社名のロゴが入った水色の折り畳み式ケースが何段も重なり、1番上から順番に商品を渡してくれる。いつもと同じ作業。
1段目の商品は食品だった。いつものようにケースから袋を取り出し、渡してくれる。
2段目も食品だった。また、いつものようにケースから袋を取り出し、渡してくれる。
青年は渡し終えたケースを折り畳んで真横へ置いていく。これもいつものこと。
そして、3段目に突入する時、突如、違和感が押し寄せる。
先程まで青年の胸まで積まれていたケースは作業を終える度に折り畳まれ、その段差は低くなる。
今はみぞおち付近まで段差が低くなってる。
青年は屈みながらその作業をしているので、私は気が付かなかった…
青年の下半身に眼をやると、大腿部付近に肌色が見えた。
え…。と小さく声を上げるが、青年は作業の手を止めない。
淡々と青年の下半身が露出されていく。
遂に全てのケースが青年の真横へ折り畳まれ、置かれる。
そして、青年は立ち上がった。
「以上になります。ありがとうございました」
口調は、いつも通りの爽やかなものだったが、その青年の表情は、今まで見た事のない程、無で満ち溢れていた。
その後私は、立ち上がった青年の下半身に眼を向けてしまう。
青年は、下半身に一切の衣類を纏ってなかった。
そして、大胆に出現され、剥き出しにされた青年の『ソレ』に自然と注目し、全身に鳥肌を立てた。
だが、私が1番恐怖に感じたのは青年の『ソレ』そのものではない。
『ソレ』の周りをうにょうにょと徘徊するかのように蠢めく存在。よく見ると、それは毛ではなく、真っ黒で長細い、複数のミミズだった…
作者ゲル