中編6
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虚構の記憶

 双子の息子達が行方不明になった。

 捜索願いを随分前から手配しているが、今の所、警察からは何一つ連絡がなく、私は生きる希望を見失っていた。

 夫は息子達が産まれる前に先立ってしまい、私を支えてくれる者は存在しない。

 私は女手一つで家系を支えてきた。大変だったが、それなりの幸せは感じていた。しかし、今は悲しみの絶頂にいる。

 仕事を辞め、生活保護を受けるまでに、私の人生は墜落してしまった。

 ーー

 ある日、当てもなく、ただ繁華街を彷徨っていると、見慣れない路地があった。

 そこだけ薄暗く、気味が悪い通りだが、私は何故かその路地へと、無意識に赴いてしまった。

 細い路地は、左右に店を構えているわけでもなく、ただ、茶色く錆びれた外壁が並んでいた。

 暫く歩くと、奥になにか店らしき建物が聳え立っていた。

 私は近付いてその店を確認する。

 『祈願屋』

 その店の表の看板には、少し掠れた文字でそう記載されていた。

 店の外観は、廃墟となった書店のような見た目で、人の気配を全く感じない。しかし、私はまた無意識にその店へ、まるで何者かに誘われてるかのように向かってしまっていた。

 時刻はまだ正午を過ぎたばかり、店内は路地よりも薄暗い。辺りには棚のような物が幾つか並べられているが、何も収納されていない。

 私は暫く、暗い店内を見渡していた。

「やぁ、いらっしゃい」

 突如、店の奥から男の声がする。

 人など居ないと勝手に思い込んでいた私はその声に驚いた。しかし、声のする方へ眼をやっても、暗い店内で、その男の姿を認識する事が出来なかった。

 見るからに怪しい店内だが、私はその男の方に向かって質問をした。

「表の看板見ました。この店は何の店なんですか?」

 男の足音が徐々にこちらへ近付いて来てはいるが、店内が暗過ぎて姿を確認する事が一切出来ない。

「祈願屋の意味を問いてるのかい?それならそのままの意味だよ。人々の願いを叶える場所、とでも言っておこうか」

「願い…ですか…それはどんな願いでも?」

「そうだね。願いに上限を設けた事はないよ。その代わり、それ相応の代償は頂く。それで構わないのなら」

 私は既に気が滅入っていたのだろう。冷静に考えたら、お世辞にも普通の空間ではない。でも、それでも私は藁にもすがる想いで口にした。

「わかりました。では、私を息子達に、行方不明になった私の大切な息子達に会わせて下さい」

 そう言うと、思っていたより男は私のすぐ近くに来ていた。

「ああ…わかった」

 薄気味悪い笑みを浮かばせるような声色と同時に、暗い店内から男の白い歯がチラッと視えた気がした。

「それじゃあ幾つか質問してもいいかい?」

「はい」

 暗がりでよく見えないが、恐らく男はメモをするかのようにノートにペンを走らせ始めた。

「貴方の息子達はいつ行方不明に?」

「3ヶ月前です」

「ほぉ、随分経つね。それは辛いね…2人同時にかい?」

「はい」

「どこか出掛け先でかい?それとも突然?」

「突然です。私が仕事を終えて家に帰った時にはもう…」

「家が荒れていた形跡は?」

「ありません」

 この辺りの問答は警察と何度もしていたので、私は慣れていた。

「わかった。それじゃあ最後の質問をするね」

 男はメモをしていたノートをパタッと閉じ、私の方に気配を向ける。

 そして、口を動かす。

「貴方はどんな形であれと、息子達との再会を求める。これが祈願内容で間違いないかい?」

「はい」

 私は迷わずそう口にした。

「そうかい。少し奥で調べ物をするから暫く待っていてくれ」

「わかりました」

 男の足音が遠のいてゆく。私は言われた通り、その場で待つ事にした。

 ーー

 暫くして男が戻ってきた。相変わらず暗い闇に覆われていて男の姿は視えない。そして、歪んだような低声で男は言う。

「貴方の息子達と再会する手配が整った」

 思ってもいない言葉に私は耳を疑い、咄嗟に口を噤んでしまった。

 暫く間を空けて私は慌ただしく男に問う。

「本当に?本当に息子達と…いえ、それで…私の息子達は今無事なんでしょうか?」

「それは答えられない。貴方の祈願内容は息子達との再会。それ以外の事は一切答えるつもりはない」

 突き放すように男はそう言って、またノートを開き始める。そして言葉を続けた。

「じゃあ、再会の日時を決めてくれ」

 私は訝しむような表情で男が居る闇を凝視した。しかし、いくら眼を凝らしても男の姿は視えない。

 カウンターを挟んで、私と男は恐らく向かい合っている。辺りを見渡しても何も無い。この暗闇の空間はどこか歪で静寂としていた。

 そして、私は男の質問に答える。

「すぐにでも…今すぐにでも息子達と会わせて下さい」

 男はまた、白い歯を覗かせた。不気味に微笑んだとも取れる。そして男はノートを閉じ、言った。

「ああ…わかった」

 ーー

 その男の声と共に、私の視界は深い闇に覆われた。ここは、先程の空間ではない。

 とても狭い場所で私は横たわっている。何故か息が出来ず、起き上がる事さえままならない。

 私はもがき苦しみながら、手探りで辺りを探る。

 すると、何か柔らかい物に手が触れた。感触からして、何かの生物のように思えた。しかし、どこかネバつきがあり、何かの液体に覆われているようだった。私は直感で、これが血液だと連想された。

 そして、私は詰まった息で、小さく囁いた。

「あぁ…そう…だった…」

 私は忘れていた。いや、都合良く記憶から消していた、とでも言うべきだろうか。

 本当はずっと辛かった。

 ずっと、ずっと、ずっと…

 私1人で息子達を養うのは金銭的にも精神的にもずっと辛かった。それでも私は必死に自分が幸せであるかのように振る舞っていた。

 しかし、表の感情と裏の感情は決して一致してはくれなかった。

 せめて1人なら…1人ならば…

 現実のストレスが私の脳内を歪なものにさせ、その脳からの指示通りに私は行動した。

 まだ幼い2人を押さえつけ、もがく2人の口にガムテープを貼り、身体をロープで縛った。

 そして、2人の身体の中心を電動ノコギリで真っ二つに裂いた。

 私は2人の断片をそれぞれ持ち上げ、そのままくっつけて、またロープで縛った。

 これで1人になった。辛い思いから解放される。私は安堵の表情を浮かばせた。

 余った2人の断片は粉々に潰し、黒いゴミ袋に放り込み、捨てた。

 私が望んだ通り、息子達は2人だが、1人になった。しかし、人間の身体が癒合するまでは時間が掛かるので、私は暫く棺桶に息子達を入れて地中に埋め、保管した。

 しかし、作業を終え、一息つくと、急激に我に返り、現実が押し寄せて来た。

 大量の血しぶきで真っ赤に染まる部屋、そして鏡に映った私…ここで私は、また強いストレスに苛まれた。

 急いで、部屋を掃除してシャワーを浴びた。

 そして、私はこの一連の出来事を記憶から抹消した。

 私は息子達を失った悲劇の母親、そう自分自身を偽り、抹消した記憶を都合良く塗り替えた。

 実際は捜索願いなど出していない。

 私は今、息子達と共に棺桶の中に居る。

 記憶が完全に戻った私は腐敗した息子達を強く抱きしめた。そして、薄れる意識で最期に囁いた。

「もう離さない。これからずっと、ずっと…」

 

 ーー 暗い店内、男は棚に収納した子供の肉片を眺め、小さく呟いた。

「ああ、とても無惨だね…」

Concrete
コメント怖い
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安心した理由。
仮にこれからバカ左翼作家が丸ごと壊滅しても、代わりは幾らでもいるということだな(笑)。
無理はせず、ボチボチ頑張って下さい。

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