双子の息子達が行方不明になった。
捜索願いを随分前から手配しているが、今の所、警察からは何一つ連絡がなく、私は生きる希望を見失っていた。
夫は息子達が産まれる前に先立ってしまい、私を支えてくれる者は存在しない。
私は女手一つで家系を支えてきた。大変だったが、それなりの幸せは感じていた。しかし、今は悲しみの絶頂にいる。
仕事を辞め、生活保護を受けるまでに、私の人生は墜落してしまった。
ーー
ある日、当てもなく、ただ繁華街を彷徨っていると、見慣れない路地があった。
そこだけ薄暗く、気味が悪い通りだが、私は何故かその路地へと、無意識に赴いてしまった。
細い路地は、左右に店を構えているわけでもなく、ただ、茶色く錆びれた外壁が並んでいた。
暫く歩くと、奥になにか店らしき建物が聳え立っていた。
私は近付いてその店を確認する。
『祈願屋』
その店の表の看板には、少し掠れた文字でそう記載されていた。
店の外観は、廃墟となった書店のような見た目で、人の気配を全く感じない。しかし、私はまた無意識にその店へ、まるで何者かに誘われてるかのように向かってしまっていた。
時刻はまだ正午を過ぎたばかり、店内は路地よりも薄暗い。辺りには棚のような物が幾つか並べられているが、何も収納されていない。
私は暫く、暗い店内を見渡していた。
「やぁ、いらっしゃい」
突如、店の奥から男の声がする。
人など居ないと勝手に思い込んでいた私はその声に驚いた。しかし、声のする方へ眼をやっても、暗い店内で、その男の姿を認識する事が出来なかった。
見るからに怪しい店内だが、私はその男の方に向かって質問をした。
「表の看板見ました。この店は何の店なんですか?」
男の足音が徐々にこちらへ近付いて来てはいるが、店内が暗過ぎて姿を確認する事が一切出来ない。
「祈願屋の意味を問いてるのかい?それならそのままの意味だよ。人々の願いを叶える場所、とでも言っておこうか」
「願い…ですか…それはどんな願いでも?」
「そうだね。願いに上限を設けた事はないよ。その代わり、それ相応の代償は頂く。それで構わないのなら」
私は既に気が滅入っていたのだろう。冷静に考えたら、お世辞にも普通の空間ではない。でも、それでも私は藁にもすがる想いで口にした。
「わかりました。では、私を息子達に、行方不明になった私の大切な息子達に会わせて下さい」
そう言うと、思っていたより男は私のすぐ近くに来ていた。
「ああ…わかった」
薄気味悪い笑みを浮かばせるような声色と同時に、暗い店内から男の白い歯がチラッと視えた気がした。
「それじゃあ幾つか質問してもいいかい?」
「はい」
暗がりでよく見えないが、恐らく男はメモをするかのようにノートにペンを走らせ始めた。
「貴方の息子達はいつ行方不明に?」
「3ヶ月前です」
「ほぉ、随分経つね。それは辛いね…2人同時にかい?」
「はい」
「どこか出掛け先でかい?それとも突然?」
「突然です。私が仕事を終えて家に帰った時にはもう…」
「家が荒れていた形跡は?」
「ありません」
この辺りの問答は警察と何度もしていたので、私は慣れていた。
「わかった。それじゃあ最後の質問をするね」
男はメモをしていたノートをパタッと閉じ、私の方に気配を向ける。
そして、口を動かす。
「貴方はどんな形であれと、息子達との再会を求める。これが祈願内容で間違いないかい?」
「はい」
私は迷わずそう口にした。
「そうかい。少し奥で調べ物をするから暫く待っていてくれ」
「わかりました」
男の足音が遠のいてゆく。私は言われた通り、その場で待つ事にした。
ーー
暫くして男が戻ってきた。相変わらず暗い闇に覆われていて男の姿は視えない。そして、歪んだような低声で男は言う。
「貴方の息子達と再会する手配が整った」
思ってもいない言葉に私は耳を疑い、咄嗟に口を噤んでしまった。
暫く間を空けて私は慌ただしく男に問う。
「本当に?本当に息子達と…いえ、それで…私の息子達は今無事なんでしょうか?」
「それは答えられない。貴方の祈願内容は息子達との再会。それ以外の事は一切答えるつもりはない」
突き放すように男はそう言って、またノートを開き始める。そして言葉を続けた。
「じゃあ、再会の日時を決めてくれ」
私は訝しむような表情で男が居る闇を凝視した。しかし、いくら眼を凝らしても男の姿は視えない。
カウンターを挟んで、私と男は恐らく向かい合っている。辺りを見渡しても何も無い。この暗闇の空間はどこか歪で静寂としていた。
そして、私は男の質問に答える。
「すぐにでも…今すぐにでも息子達と会わせて下さい」
男はまた、白い歯を覗かせた。不気味に微笑んだとも取れる。そして男はノートを閉じ、言った。
「ああ…わかった」
ーー
その男の声と共に、私の視界は深い闇に覆われた。ここは、先程の空間ではない。
とても狭い場所で私は横たわっている。何故か息が出来ず、起き上がる事さえままならない。
私はもがき苦しみながら、手探りで辺りを探る。
すると、何か柔らかい物に手が触れた。感触からして、何かの生物のように思えた。しかし、どこかネバつきがあり、何かの液体に覆われているようだった。私は直感で、これが血液だと連想された。
そして、私は詰まった息で、小さく囁いた。
「あぁ…そう…だった…」
私は忘れていた。いや、都合良く記憶から消していた、とでも言うべきだろうか。
本当はずっと辛かった。
ずっと、ずっと、ずっと…
私1人で息子達を養うのは金銭的にも精神的にもずっと辛かった。それでも私は必死に自分が幸せであるかのように振る舞っていた。
しかし、表の感情と裏の感情は決して一致してはくれなかった。
せめて1人なら…1人ならば…
現実のストレスが私の脳内を歪なものにさせ、その脳からの指示通りに私は行動した。
まだ幼い2人を押さえつけ、もがく2人の口にガムテープを貼り、身体をロープで縛った。
そして、2人の身体の中心を電動ノコギリで真っ二つに裂いた。
私は2人の断片をそれぞれ持ち上げ、そのままくっつけて、またロープで縛った。
これで1人になった。辛い思いから解放される。私は安堵の表情を浮かばせた。
余った2人の断片は粉々に潰し、黒いゴミ袋に放り込み、捨てた。
私が望んだ通り、息子達は2人だが、1人になった。しかし、人間の身体が癒合するまでは時間が掛かるので、私は暫く棺桶に息子達を入れて地中に埋め、保管した。
しかし、作業を終え、一息つくと、急激に我に返り、現実が押し寄せて来た。
大量の血しぶきで真っ赤に染まる部屋、そして鏡に映った私…ここで私は、また強いストレスに苛まれた。
急いで、部屋を掃除してシャワーを浴びた。
そして、私はこの一連の出来事を記憶から抹消した。
私は息子達を失った悲劇の母親、そう自分自身を偽り、抹消した記憶を都合良く塗り替えた。
実際は捜索願いなど出していない。
私は今、息子達と共に棺桶の中に居る。
記憶が完全に戻った私は腐敗した息子達を強く抱きしめた。そして、薄れる意識で最期に囁いた。
「もう離さない。これからずっと、ずっと…」
ーー 暗い店内、男は棚に収納した子供の肉片を眺め、小さく呟いた。
「ああ、とても無惨だね…」
作者ゲル
本来『祈願』と言う言葉は神や仏に向け、願いを込めて祈る行為なのですが、作中に登場する『男』は果たしてその類の存在なのだろうか…
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