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長編10
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髑髏 その二

「該当するキーワードは有りませんでした」

「該当するターゲットは存在しません」

「該当する────」

何度探しても、関財ユウコの情報は出てこない。

現実世界で実物が死んだと同時に…髑髏から、あのおぞましい写真はおろか、全てのアンチコメントも消えてしまっていた。

関財ユウコの変死が報道されるなり、テレビや動画配信サイトは、生前のゴシップや死因についての考察で持ちきりとなっている。

が…どれを見ても、そこに「髑髏」の二文字は無かった。

俺は…人生で感じたことの無い不安と罪悪感で、ここ数日、飯が喉を通らなくなっていた。

というのも、関財ユウコの件を知って、自分が投稿したターゲット…リリナの情報を消そうとしたのだが…表示される文章は、「消去できません」の繰り返し…

つまり、一度アップした情報は、削除する事は出来ない仕組みらしい。

畑野は「偶然だって!」と言っていたが…サイトの管理者が、関与を疑われるのを恐れたのか…それとも、まさか現実とリンクしてる?いや、まさか…!

俺は、感情任せに写真を投稿した事で、もし第二の関財ユウコを生み出す切っ掛けになってしまったら…と、かなり凹んでいた。

「桐田君!ここ、また間違ってるよー!」

こんな精神状態だ。仕事も全く捗らず、上司からは毎日注意されるし、心配もされる。

だが…「ネットのシューティングゲーム」が理由だなんて…信じて貰える訳がない。正直、暫く会社に行きたくない…なのに…

習慣というのは恐ろしい。重い足取りで「いつも通り」電車に乗り、「いつも通り」エレベーターに乗って、会社に向かう。そしてまた、「いつも通り」…

「桐田さん!あの…お客さんが…!」

席に着くなり、庶務の女子社員が慌てて席にやって来る。客?俺は営業じゃないぞ?客を相手にする仕事…いつの間に?

「…と、とにかく、会議室Aに待たせているので…課長には私から伝えておきますから!」

そう急かされるがまま、廊下を挟んだ向かいの会議室に足を運ぶ。アルファベット順に、AからEまである会議室。その一番小さいA室のドアが開くと…

「お待たせして申し訳ありません、桐田をお連れしました」

「いいえ、こちらこそ急にお呼び立てして…ほら、挨拶しなさい、ケイ!」

「わかってるわよ…初めまして」

スーツ姿で眼鏡を掛けた中年女性の隣。真っ直ぐ通った鼻筋に、マスカラとアイラインがガッツリ塗られた大きな瞳。くっきりと刻まれた二重。

グロスでテカる厚めの唇に、浅い弧を描く、引き締まった頬。花柄のブラウスにスカーフを巻いた華奢な体…

「あっ!」

今朝寄ったコンビニの雑誌コーナーで、笑顔を振りまくその姿が、目の前に現れた。

モデルの「ケイティ」が、そこに座っていたのだ。

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ケイティ…こと三上恵都。ファッション誌やCMにも出ている、トップモデルだ。

そんなゲーノージンがなぜ?と疑問だったが…マネージャーの口から出た言葉に、更に疑問が沸いた。

「…読者モデルのリリナ、ご存じですよね?今、どこにいらっしゃいますか?」

「…は?」

「ですから、リリナの居場所です。ご存じですよね?」

何を言われているのか分からない。リリナ?俺が?知らない、知ってどうする?

「あの…俺がリリナを?ごめんなさい、分からないです」

「はぁ…困ったわね」

「高橋さん、説明しないとわかんなくない?てか、この人全然知らなそーだし!」

三上恵都が僕にずいっと指をさす。カラフルで尖がった爪の先が目の前に迫り、思わず顔を引いた。

「あっ…ごめんなさい(笑)ほら、こんな感じの人に、リリナを匿える訳ないでしょ」

「ケイ!言い方を考えなさい…ご無礼をお許しください。実は…リリナの方からメッセージがありまして…」

高橋さんもとい、マネージャーによると…リリナは読者モデルとして、三上恵都と同じ事務所に所属していた。

が…ここ一年、特に最近は仕事への取り組みが疎かで、ついに三週間前、ある仕事に大穴を開けたのだという。

何度も連絡をして、ようやく電話が繋がったものの…なんと、

「昔の幼馴染みの家にいる、暫く外には出れない」

と…それを最後に、現在音信不通なのだそうだ。

事務所側はリリナの居場所を探すべく、「色々な手段」を使って交友関係を調べた結果…

「『幼馴染』という扱いでリリナと関係があったのは、桐田さんしか居なかったんです」

「えっ…そんな、俺ただの同級生ってだけで…しかも中学の…」

「学校側にも問い合わせて、色々と当たりましたが…親しい間柄と呼べる友人関係は有りませんでした。実際、『リリナとは遊んでただけ』と言う人ばかりで…なので結果、消去法で桐田さんしかいない、と」

「…知りませんよ、リリナの居場所なんて。大体、俺…ただの同級生で、しかも虐められてたし、それに勝手に俺の職場調べられて…こんな風に…」

「…その点は、大変ご無礼を致しました。ですが私共も…」

「知らないです!…大体、勝手に消えたならそのまま放っておけばいいじゃないですか、あんな奴!」

怒りで、膝に置いていた拳が震えていた。いや、恐怖だったかも知れない。

マネージャーは、俺が大きな声を出した事に呆気に取られた顔をした。はぁ…と気の抜けた溜息をついたのは、隣にいた三上恵都だ。

「ねぇ…知らないって。嘘ついてる感じには全然見えないよ。…犯罪者扱いしてるわよ?」

「ケイ…分かったわ、別の手段を考えましょう…」

「もう帰ろ…ごめんなさいね。ちょっと色々ややこしくて、怒って当然よね」

コンビニで見た、あの表紙と同じ、ふわっとした笑顔…俺は、声を荒げてしまった事が、急に恥ずかしくなった。

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「あの…すいません、お役に立てなくて」

「大丈夫…こちらこそごめんね、ちょっと色々あって、マネージャーも気が気じゃないの」

「そうだったんですか…色々って?」

「それ聞く?(笑)あなた面白い!ねえ、今夜ヒマ?飲みに行かない?」

「え、えええ!?」

「さっきの謝罪に奢らせて欲しいの。もちろん、秘密にするから…」

その言葉通り、俺は三上恵都に連れられて飲みに行った。

会社から出るなり、止まっていたタクシーに乗せられるがまま…裏通りにひっそりと佇む、隠れ家的な居酒屋に着くまであっという間で、断るタイミングもなにも無かったのだ。

美女と向かい合って座るなんて、夢でも見てるのか?ってくらい、現実味が無い。しかも相手は、名の知れたモデルだ。

「良いでしょ、ここ、もう数ヵ月も入り浸ってるんだ~」

「…さすが、三上さんらしい…オシャレな所ですね…?」

「私らしい?面白い!(笑)…ありがと、そんな風に、あの人言ってくれたら良かったな」

「え?」

「あたしの旦那!まあ、もうすぐ元旦那になるけどね~、何飲む?」

三上恵都は、プライベートで出会った男性と三年ほど前に結婚をしていた。が…夫は結婚後、妻に対する嫌みや愚痴を吐き出すようになったという。

そして今では、「見た目しか取り柄の無い、生意気な女」扱いしか、されていないそうだ。

「それって…あれですね、モラハラ?」

「そうね…口説いたのも実は、『可愛いし、素直に俺の言う事聞いてくれそうだから』だってさ…表ではイイ夫してるけど」

「そうですか…」

「ちょっと、それしか言う事無いの~?ま、いっか…独身だし、仕方無いわよね」

グラスに残ったワインをグッと飲み干す。確かに…一見、おしとやかで行儀が良く見えるけど…中身は全然違う。三上恵都の夫にしたら、そこが気に入らないのだろう。

「別に良いんだけどね…問題は…はぁ」

「…いいじゃないですか?別れた方がいいですよ!そんな奴」

「え?」

「あっ…」

酒の勢いでつい、口に出てしまった。いくら本心でも…言うべきではなかったか…

「あっはは!案外ハッキリ言うのね?まあそうね…リリナの事は事務所に任せるわ」

「…どうして、そこまでリリナを?」

「リリナ、私の旦那とデキてんのよ」

「えっ!?」

「驚くような事でも無いでしょ、ゴマンといるわよそんなの…これから、調停とか弁護士とか…探さないと何も進まないな…何飲む?」

それから一時間後、俺は泥酔した三上恵都を担いで、居酒屋の上にある部屋まで向かっていた。まさか酒弱いだなんて…あんなにガンガン飲むなよ…

「ごめんね~お兄さん!ここでいいよ!…はぁ、思ってたよりダメージ受けてるな」

上の階には広めの部屋が三つ有り、事務所と倉庫だけだったのを、三上恵都の「別邸」として、一部屋改装したのだという。

それ以来、こっちで生活を始め、自宅には全く帰ってないそうだ。

「どうしてここまで…」

「まあ、あいつと恵都を引き合わせちゃったのオレだし…責任感じちゃってね。まさかマナブが…思ってもみなかったよ…」

「あの…旦那さんが不倫してた事は────」

「ごめん!あと宜しく!ま、帰るもよし、一緒に部屋で過ごすもよし(笑)お代は恵都が全部払ったから!」

店長だという男は、一方的にそう捲し立てると、ドアを閉めた。

「あ、ちょっと…俺まで閉じ込めなくても…」

ベッドに転がり、寝息を立てる三上恵都。その周辺には、粗雑に置かれた服や化粧品や、高そうなクッションやらバッグやらが散乱し…ファッション雑誌が開いたまま床に落ちていた。

拾い上げると、開いたページには…リリナがポーズを決めていた。どこかの町並みの中、俯向きがちに歩く写真────

「あれ、ここって…?」

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「すみません、お邪魔しました…」

と、階段を下りながら言うも、店の前には既に「CLOSE」の看板が下げられ、明かりは消えていた。

ビルを出て、少し離れた場所でタクシーを拾う。そして、タクシーの窓から店が見えなくなると…やっと緊張が解けた。

「はあ…良かった…」

ポケットに仕舞っていた紙切れを取り出す。

三上恵都の部屋にあった雑誌の見開き…リリナの写ったページ…思う事があった俺は、慎重にそこだけを破いた。

そして気づかれないように、雑誌は閉じてクッションの下に隠し…そっと戸を閉めた後、何事も無かったかのように、階下へと向かった。

幸い、三上恵都はスヤスヤと寝息を立てたまま、店も閉店していたから…声をかけられるという心配は無かった。

帰宅するなり、「髑髏」のターゲット一覧を開く。

「やっぱり…ここって…ミホノの!」

思っていた通り。リリナの写っている風景とアングル。そして何より、着ている服。

それら全てが、ターゲットとして投稿された、ミホノの写真と酷似していたのだ。

思えば、最初にミホノの写真を見た時、微かに違和感のようなものがあった。

ミホノのプライベート…しかも、張り込んでないと撮れないような写真を、わざわざ撮ってどうするつもりだったのか?と…でも、これで合点がいく。

誰かが、リリナの写真を加工して、ミホノに変えたのだ。

「でも、何だってそんな手の掛かる事するんだ?」

受話器の向こうで、畑野が言う。そして…俺も同意見だった。今時、画像編集なんて簡単に出来る。技術があれば、顔を変えるのなんか朝飯前だろう。

でも、マイナーなゲームの中だ。そんな手の込んだ加工をして、何になるのだろう。

「…俺、関財ユウコの事件があってから、このゲームって現実とシンクロしてるんじゃないかって、そう思った事もあってさ…」

「それは無いって(笑)言ったろ?考えすぎだよ…関財ユウコはさ、炎上する前から結構ハチャメチャだったし、脅迫状も来てたっぽいし」

「…だよな、でも、ターゲット一覧から消えたのは何でだ?」

「そりゃ、あれだよ、容疑がかかったら、運営が危うくなるって思ったんじゃねーの?」

「アンチコメントの攻撃性を競うゲームだもんな…」

蟲毒。ふと頭の中に、そんな単語が浮かんだ。

毒虫やトカゲやカエルを壺や瓶に詰め込んで共食いさせて、最後に生き残った一匹を使って、呪いをかける────

コメント欄に毒をまき散らす人達は、ターゲットがいなくなったら、お互いに毒を吐くのだろうか?

「そーいやお前、リリナの事なんだけど…」

「え、何か…あったのか?」

「さっきニュースでやってたんだけど…なんか、行方不明らしい」

「行方不明…」

「で、しかも…ミホノのコメントにめっちゃ書いてた人居たろ?『ヨリヒト』って奴。そいつ、ターゲット更新されるとすぐ飛びつく奴だったのに、さっき見てたらさ…お前が投稿したリリナの写真には、何のコメントも書いてないんだわ…なんかオカシクね?」

「…行方不明って、いつから?」

「ニュース見てねぇの?一か月位前からだってさ。まあお前、ミホノに夢中だか────」

ガンッ!!!ガンッ!ガンッ!

突然、窓の外で音が響いた。シャッターのような、金属性の何かを蹴る音…

「おい、大丈夫か?」

スマホを耳に当てたまま、ベランダの戸を開ける。防火倉庫になっている、小さなトタン小屋の傍…一人、街灯に照らされ、立っているその姿は────

「……なんで…?」

「おい、大丈夫か!?」

「…わかんねぇ…」

そこには、さっきの居酒屋の店長が、俺の方を無表情で眺めていた。

そして…耳元からイヤホンのコードを抜くと同時に、口元に人差し指を添えると…静かに笑みを浮かべ…俺に向かって呟いた。

「な に も い う な」

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つづく

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