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七夕とギリシャ神話の半端な習合による滑稽な結末

中編6
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七夕とギリシャ神話の半端な習合による滑稽な結末

7/7、この日は言わずと知れた七夕の日である。

しかし、日本列島はこの時期、梅雨と季節が重なっており、とても高い確率で雨雲が空を覆ってしまう。

催涙雨、そう呼ばれるこの日の雨は、天の川を荒れさせ、織姫と彦星の年に一度の逢瀬を阻んでしまうのだ。

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20XX年、この年も七夕の夜は雨。もう連続して何年も、この日は晴れた事が無かった。

まるで誰かの陰謀のように、空には厚い雨雲が広がり、夜空は星々が顔を覗かせること無く泣き続けていた。

そしてあくる朝の事だ。地上に咲き誇る全ての紫陽花が、一斉にその花弁の色を青く染め上げた。

止まぬ雨に打たれるその花は、天の川に隔てられた二人の心を現しているようだと、人々は口にする。

逢えない辛さに落ちた涙に、梅雨の花が染まったのだと……

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しかしその厚い雲の上、更にその上の大気圏外では、地球の衛星軌道上にあるハッブル宇宙望遠鏡が、衝撃的な現象を観測した。

なんと、日本では彦星として知られるわし座のアルタイルが、超新星爆発を起こしたのである。

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何の前触れも無く起きたこの現象は、世界中でたちまちトップニースとなり、日本全国で一斉に青く染まった紫陽花との関連も考察された。

そんな中、ある動画がネット上にアップされると、人々は一見なんの突拍子も無いようにさえ思えるその内容に、理屈とは違う、不可解で抗えない納得を覚えた。

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その動画は“白鳥(しらとり)”と名乗る正体不明の男がアップロードしたもので、曰く今回の件は「七夕とギリシャ神話の半端な習合によるものだ」という。

習合とは異なる2つ以上の教義などが、それぞれの良いところを合わせる事であり、特に日本では神社やお寺などの神仏の習合が多かった歴史がある。

男が言うには、星空に関する神話が人々の見上げる夜空の中で混ざり、西洋の伝説と東洋の伝説が一部折衷しつつあったのが原因なのだという事だった。

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白鳥と名乗る男は、実際に幾つかの写真を掲示し、説明を続ける。

そこに写っていたのは、神聖な羽衣を身に纏い、手には竪琴を持った美しい女性だった。

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男は語る。

この女性は七夕伝説で知られる織姫であり、その手にあるのは、ギリシャ神話に伝わるオルフェウスの竪琴である。

織姫星はこと座の一等星であるベガと同一であり、その為、これは神話同士が混ざった姿なのである。

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しかしこの習合は、織姫にとっては好機であった。

こと座のモデルは、芸術の守護神でもあるアポロンが息子のオルフェウスに送った竪琴である。

オルフェウスは竪琴の名手であり、その音色が響けば動物達は集まって聞き入り、騒がしい森や川までもが静まり返ったという。

そう、森や“川”までもが静まり返ったのだ。

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この竪琴の音色ならば、七夕の夜に雨が降り増水した天の川さえ鎮める事が出来るかも知れない。

そして荒れ狂う天の川さえ鎮まれば、カササギが橋を架ける事が出来、雨の日であろうと彦星と逢う事が出来るかも知れない。

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織姫は必死に琴の練習をした。慣れない細い指で、天の川を鎮める為に、神様の意地悪に抗う為に、彦星との年に一度の逢瀬の為に。

そしてついに織姫は竪琴の奏者となり、かのオルフェウスにも匹敵する名手となった。

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その年の7月7日、七夕の夜、梅雨と重なるこの日はやはり雨だった。織姫は催涙雨に濡れながら、しかし落ち着いた足取りで天の川へと赴き、夜空に聞かせるように竪琴の演奏を始めた。

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織姫の演奏が始まると、果たして荒れる天の川はみるみるうちに静まり、美しい音色に誘われるようにカササギが集まると、その川の上へと橋を架けて行った。天の川の向こうへと、幾年かぶりになる、愛しき彼の元へと。

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そうして、織姫と彦星は冷たい雨の中、悲願の逢瀬を果たしたのだ。

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動画の男はここで一度説明を切った。そして掲示していた写真を取り下げると、次の写真を画面に写した。

そこに写っていたのは、皆が想像した通りの、織姫と彦星と思しき男性の、二人の姿だった。

…但し、愛する者同士の再開とは思えない、事件性に満ちた様子である事を除けば……

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写真の中で彦星と思しき男性は血塗れで倒れており、明らかに事切れているように見える。また織姫の手には赤く染まった凶器が握られており、今にも泣きそうな憤怒の表情をしていたのだ。

状況から察するに、織姫が彦星を殺害した事は明白だった。

しかし、何故あれ程までに彦星を想っていた織姫がこんなことを……

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数々の疑問を残したまま、白鳥と名乗る男は再び口を開いた。

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織姫は雨の中、愛しの彼の元へと辿り着いた。

ギリシャ神話との習合によって、こと座の伝説を取込み、天の川を越えたのだ。

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しかし、ギリシャ神話との習合が為されたのは織姫だけでは無かった。

そして悲しいかな、他の神話との習合が必ずしも良い結果へと結びつくとは限らないのだ。

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彦星はわし座の一等星であるアルタイルと同一であり、ギリシャ神話におけるわし座のモデルは、全知全能の神ゼウスが姿を変えたものであるとされる。

ゼウスは大変な女好きの浮気者であると知られており、時に美しい人間に近づく為に姿を変えるのだ。

それは水牛であったり白鳥であったり、大鷲であったりするのだが、このゼウスが邪淫の為に姿を変え大鷲となった時の様子が、わし座のモデルだと言われている。

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彦星はこのゼウスの浮気性が感染(うつ)り、あろうことか雨が降った七夕の晩に、妻である織姫以外の者と浮気をしていたのだ。

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天の川が渡れなければ、織姫が来てバレる事は無いだろうとでも思ったのだろう。

しかし、実際には織姫は川を渡り、そして思いもしなかった不倫場面に出くわしてしまった。

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逢えない辛さに立ち向かい、一途な想いで奇跡さえ起こした織姫と、

逢えないことをいいことに、想い人を裏切った彦星……

二人の関係に亀裂が生じるのは、当然の出来事だった。

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そして、抑えられない悲憤に囚われた織姫は、彦星の仕事道具である農具を使用し殺害。

かわいさあまって憎さ100倍とはいうが、ゼウスの浮気性が混ざったとはいえ、どんな障壁があろうと一心に愛し続けた男からの裏切りだった。

凄惨な彦星の死体からは血飛沫が噴き上がり、それでもなお既に動かぬ元恋人に覆い被さる織姫の憤怒は収まらかったという。

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天上の血溜まりは催涙雨に溶けて流され、そして空を伝って地上へと降り注いだ。

彦星1人の血では雨の色が変わる事は無かったが、その水に溶けた血液由来の鉄分は、空中で酸素と結び付くと酸化鉄となり、地面へと落ちる頃には弱酸性の水溶液となっていた。

この雨が染み込み土壌の酸性度が下がると、酸性土壌かアルカリ性土壌かによって花の色が変わる紫陽花は、一斉に青色へと色彩を変えたのだ。

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最後には超新星爆発という形で爆散した彦星だったが、その最期は特撮ヒーローに倒された怪人の如き華々しさであったという。

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この動画が公開されると、ネット上では様々な反応があった。

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「つまり元凶はゼウス」

「そもそも織姫と彦星って夫婦だったの!?流石に織姫かわいそう……」

「2人にとって1番大事な日に浮気とかマジありえん」

「浮気者の末路が超新星爆発とかウケるんだけどw」

「浮気者には爆⭐︎殺を」

「あれ、浮気相手についての説明が無いけど、ゼウスが大鷲の姿の時に拉致ったガニメデってたしか…♂」

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余談だが、今回の彦星の爆散によって、わし座には大規模な星雲が残り、肉眼でも見る事が出来るこの星雲は、正式には大鷲星雲と名付けられたが、日本をはじめとした多くの国で浮気星雲と呼ばれる事となる。

以降の七夕では、浮気によって失恋した者達が短冊にその相手へ天罰を願う一文を書く習慣が生まれ、SNSでは毎年「#浮気者には爆⭐︎殺を」がトレンド入りするのが恒例となった。

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ちなみにこの事件以降も、不思議な事に七夕の日に雨か降ると、翌日は必ず紫陽花が青く染まる。

爆散した彦星は、それでもなお織姫に許されることは無いのだろう。

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