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「惣右介シリーズ その四」

長編12
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「惣右介シリーズ その四」

惣右介シリーズ①「足吊川」

  第一話 とある逸話

  第二話 惣右介という男

  第三話 善行

  ▷第四話 女将と監獄

  第五話 夜の帳が上がれば

  最終話 帰路

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これまでのあらすじ

この物語の主人公、松永惣右介は、足吊川の下流に位置する糸丈町へと降り立った。女将と顔を合わせ、宿に荷物を預けた彼は、逸話の舞台である足吊川の河原に行き、そこで小鮎の入ったビニール袋を拾った。その後に訪ねた資料館では、土地についての新しい発見に喜ぶとともに、あらためてその逸話の酷さを思い知った。

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その夜、大浴場でゆっくりとお湯を楽しんだ惣右介は、部屋に戻ってくると、机一面に用意されていたものに驚いた。

彼はこれまでに懐石料理というものを食べたことがなかったが、目の前にあるのはまさにそれなのだと思った。

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四季折々の食材はその素材の良さを最大限に生かしたかたちで調理され、あえて質素な器に盛る飾り気のなさが、それぞれの料理をより高級なものに仕立て上げていた。

配膳を整えた女将は、唖然とした表情で立ち尽くす男の浴衣姿を見やると、優美な微笑みを浮かべて料理の説明を簡単にした。

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簡単とはいえ、慣れているであろうに決して手を抜かない彼女の説明に、惣右介の腹は昼と同じように鳴ろうとした。もちろん彼は女将の前だという理由で、必死にその恥をさらさないよう心がけた。

昼食の蕎麦は大盛にして、腹八分目どころか満腹になったはずなのに、夜になると元どおりの空腹であることがなぜかおかしくて、笑いそうになったがそれも堪えた。

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やがてすべての説明が終わると、「ごゆっくり」と言って女将は退室した。

そこでようやく、彼は目の前の料理に腰を据えて向かい合うことができた。

数ある皿の中でも特に目を引いたのは、やはり鮎の塩焼きと、それから、鯵の素揚げであった。

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彼は昼間に資料館で仕入れてきた、新鮮な情報を思い出した。

どうやらこの地域では、魚は塩焼きにするのが一般的であるらしい。

もっとも塩焼きにするのは「川魚」に限定した話であり、それもやはり、あの逸話が関係しているのだろうが、そのつながりまでは資料館では知ることができなかった。

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まずは塩焼きを食べてみると、極上な素材の味と絶妙な味つけに舌鼓を打った。

また、鯵の素揚げの方も地酒のお供に最高の出来栄えで、まるで竹馬の歩行のように、酒と素揚げを入れ替わり口に運ぶ手がとまらなかった。

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もちろん他の皿も絶品揃いで、しばらくは黙々と料理を堪能していたのだが、酔いも完全に回り切った頃、ふと誰かと話したい衝動に駆られた。

しかし、気ままな一人旅の難点として、その部屋には彼以外誰もいなかった。

暇になった彼の頭の中は、ぐるぐると鈍く回転しながら、昼間の振り返りをはじめた。

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…そして気づいたのは、足吊川の以前の名が「鯵釣川」だったことによる恐ろしい事実についてであった。

それは、「彼」を嘘の罪人として処刑した上の役人たちは、「鯵釣川」の名になぞらえた処刑方法を採用したという発見である。

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昼間の惣右介のように、この土地をさらに興味深いものと思える点で、"足吊"の処刑方法は成功していた。

しかし、その酷さに気づいた今となっては、昼間楽しめていたはずの川の美しさやその名前の面白さを、純粋には楽しめなくなっていた。

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ふと、今日の人通りの少なさは、他の人はこの土地の「本当の姿」に気づいているからなのかと思った。

そして、自分はまんまと騙されたのだ。ここは、決して観光地などではなかった。

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観光地とは、訪れた者に何かしらの楽しみを与える場所だと惣右介は考えていた。

それならばこの場所は、訪れた者を明るみになった事実によって不快にする、ちょっとした避暑地に過ぎないように思った。

あれだけ楽しみにしていた分、失望と憤りは、大きかった。

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不完全なものはその不完全さゆえに、形をなしていくうちに予想していなかった姿を見せることがある。

それもまた、楽しみの一つではあるが、いっそのこと知らなければよかったという後悔は、ときに大きな失望へと変わる。

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そう思うと、惣右介はなぜか目の前の料理までもが、自分を慰めるだけの陳腐なものに見えて、食べる気が失せてすっと手を引いた。

そんな時、部屋の扉が引かれて、お盆を持った女将が入ってきた。

「おひつのおかわりはよろしいですか」

「ええ、十分にごちそうになりました」

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そこで女将の視線は、三分の一は残っている料理の上を素早く走り、お口に合いませんでしたか?とゆっくりした口調で尋ねた。

「そういうわけでは…」そう言って惣右介は口をつぐんだ。

その先をどう続ければいいのか、わからなかった。

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「おひとりだと、観光のお話がしたくてもできないでしょう?」

よろしければ、私がお供いたしますわ。

女将はそう言うと、惣右介から少し離れた、しかし決して遠くない場所に、綺麗な動作で腰掛けた。

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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。

この言葉はまさに彼女のためのものであり、中庭の草木を統べる優美な花は、彼女で間違いなかったのだ。

ひとつ、この土地で信用できることができた惣右介は、さっきまでの沈んだ気持ちが嘘のように、誰かに話したいと思っていたことをさらけはじめた。

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実際に見た川が、想像よりも綺麗だったこと。それから資料館に赴いたこと。そこで、興味深い事実を知ったこと。最初はそれに感嘆したが、今では失望していること。

なんなら、昼の蕎麦を大盛にしたことまで、気づかないうちに話してしまっていた。

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女将はその間、静かに、しかしたしかな声となった頷きを返し、ひたすら聞き役に徹していた。

そのような彼女の姿勢に気づいた惣右介は、自分の饒舌を軽く詫びた後、彼女の声も聞きたくて話を振ってみた。

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「ところで、この魚は投網で獲ったのではないのでしょう?」

ふと、昼間のビニール袋のことも話そうかと思ったが、やめた。

自分の善行を褒めて欲しいから言ったのだと、思われたくなかった。

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「ええ、川魚はすべて、釣り師が釣り上げております」

女将はそう言うと、不敵な笑みを浮かべた。

惣右介は、彼女は自分の心を読んでいるのだと思った。あるいは、顔に出てしまっていたのか。

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彼は、「釣り上げる」と聞いた瞬間に「吊り上げる」を連想してしまい、また苦い思いが込み上げてくるのを感じたのだ。

一方で、川魚を塩焼きにするという、資料館でもわからなかった理由が、ようやく腑に落ちた気がした。

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女将もそれを察してか、まるで答え合わせをする先生のように、こう言った。

「そうです。だからこその"塩"焼きです」

だから、安心して食べてくださいね。

惣右介は、もし今晩何かあるとしたら、それは間違いなくビニール袋のせいなのだと思った。

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それから女将は、空いた皿のいくつかを下げて部屋から出ていった。

客のことをよく見てくれているのだな。あるいは、自分だからなのか。

それはないな、と彼は自虐的に笑った。

この宿に何人が泊まっているのか知らないが、自分だけを見ているなんてことは、決してない。

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彼はまた、箸を動かし始めた。

体感では20分ほど話し込んだ気がしたが、腕時計を見てみると、おそらく女将のいた時間はその半分にも満たなかった。

楽しい時間というのは早く過ぎるものだと思っていたが、やはりこの土地では、時間の流れはゆっくり進むらしい。

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そしてすべての料理を食べ終えた時、ちょうどいいタイミングで、後ろの扉は引かれた。

デザートです、と女将が差し出したわらび餅の皿を、これはありがとうございます、と言って受け取る。

惣右介の胸の内では、言いようのない違和感が募る。

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それは強いて言えば、はじめてこの宿にきた時に抱いた違和感であり、ホームページを見た時の「何かに似ている」という違和感でもあった。

しかし、もうこれ以上深くは考えたくなかった。

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ともかく、彼女のおかげで、この晩餐は楽しい思い出として旅行鞄に仕舞い込むことができたのだ。

惣右介はそう思った。

そう、思うことにした。

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本日二度目のお湯を満喫して、部屋に戻ったのは22時を回る頃であった。

部屋にはすでに布団が敷いてあって、寝転んでみると、旅館の寝具特有の"のり"のきいた肌触りと、湯で火照った体に沁みる冷たさが気持ちよかった。

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しかし、旅の疲れですぐにでも寝てしまえるというわけではなかった。

むしろ、旅の醍醐味は、その晩にこそあるとさえ彼は思っていた。

日常から解放されて、旅先の景色を見ながら、今日一日を振り返る晩酌などで夜をもて遊ぶ。

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いつもならそうしていたのだが、今日の惣右介が寝られないのは、晩酌が楽しみなためではなかった。

彼には、「謎解き」という課題が出されていたのだ。

今日一日抱いた違和感を、完全に消化してから眠りにつきたいと考えていた。

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しかしそれは、案外呆気なく答えを表した。

彼は一日中つけていた腕時計を外して、枕元に置いた。

その行為はなんだか「時間」というものから離れた気がして、日常からの逃避を容易なものにした。

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リラックスした状態だからこそ、普段は気づかないことに気づく。それはまるで日常という水中では息を止めるのに精一杯で、水から顔を出してはじめて川の美しさに気づくようなものである。

そして、その川を知った上でもう一度潜ってみると、また違った景色が見えることもある。

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彼はこの旅行も半ばにして、ようやく本当に日常から解き放たれたように思った。

そして、日常と同義の「当たり前」について考えてみると、普段なら見えなかったものが次第に見えはじめた。

それは、この宿の、本当の姿となって現れた。

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-パノプティコン。

彼の頭の中に、ある巨大な円筒状の建物が、大きな音を立ててそびえ立った。

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「パノプティコン」とは、ひとことで言えば「監獄」である。

ただ、一般的な刑務所に想像される独房とは違って、個々の部屋は円状に配置され、その中央に位置する展望塔から看守はすべての収容者を監視することができるという奇妙な形式をとっていた。

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功利主義の創始者であり、パノプティコンの考案者でもあるベンサムが言うには「犯罪者を恒常的な監視下におけば彼らに生産的労働習慣を身につけさせられる」らしく、実際にその設計を採用している刑務所も世界には存在する。

惣右介は大学時代、刑法の講義の雑談でそれについて知ったのだが、いま自分が泊まっているこの宿は、まさにパノプティコンの思想に則っていることに気づいたのであった。

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この宿が似ていたのは、実際には見たことのなかった、空想上の「パノプティコン」であった。

旅館でありながら民宿のようなアットホームさを感じるのも、中庭にロビーがあるのも、そもそも建物が円筒状であるのも、すべてパノプティコンで説明がついた。

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また、たびたび感じた違和感は、どうも自分は「見られている」という違和感であった。

それは、旅行者として抱くには決して相応しくない違和感だ。

というのも旅というのは日常からの逃避であり、それはまた、人の目からの逃避でもあるのだから。

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先程のわらび餅についても、どうして女将は自分が料理を食べ終えたことを把握できたのだろうと疑問に思っていた。

しかし今となっては、彼女は自分を「見ていた」のだから、デザートを出すタイミングがばっちりなのも当然のことであった。

もちろん、こちらからは「看守」の姿は見えなかった。

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そして惣右介が食事中に気づいた、この町への失望も、実はこの「監獄」の発想に起因していたのだと思った。

ここは、たしかに観光地ではなかった。

今でこそ観光地として整備されているが、おそらくここは罪を背負った者が飛ばされる「受刑地」として栄えたのである。

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考えてみれば、この土地の負の記憶は、犯罪者に罪を意識させ、改心させるのに打ってつけではないか。

受刑者の心を清める大自然もあり、宿場とされていた黒い家屋は、実は牢屋だったのではないか?

惣右介はそのように考えると同時に、まるで自分も受刑者であるように、無意識のうちに、己の罪について考えてしまっていた。

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繰り返すが、旅は日常から、そして人の目からの逃避である。

それは、日常の中で人に向いていた己の目を、非日常的な空間において、誰でもない自分に向けて見つめ直す時間でもあるのだ。

しかしこの時の惣右介は、自分のことよりも、もっと案ずるべき人がいた。

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-もしここが受刑地であるならば、あまりにも、「彼」が報われないではないか。

彼とはもちろん、吊るされた「彼」である。

惣右介は、名前も知らない彼と、無意識のうちに自分を重ね合わせて考えてしまった。

一方で、彼と自分との待遇は、重ね合わせるにはあまりにも違いすぎていた。

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片方は、ちょっとした行動が人々の想像によってみるみるうちに武勇伝になり、小さな英雄として国からの礼状まで受けとった者。

もう片方は、命を賭して民俗の保全を遂行したのにもかかわらず、嘘の罪によって処刑され、挙句の果てに守りたかった土地を、受刑地とされてしまった者。

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そして、ここが受刑地であることは、実際に来てみるまで巧妙に隠されていたことを知った。

それは現時点ではあくまで惣右介の憶測に過ぎず、決して「真実」ではない。

しかし、少なくとも彼には、そもそも外の環境において、真実なんて存在しないように思われた。

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資料館に満足できる量の情報がなかったのも、公開できる情報がないのではなく、町がそれを公開したくないからなのだと、彼は思った。

それは、「彼」が憎んでいた上の役人のしていることと変わらず、自分はもしかしたら情報を隠されたことに対して、「彼」と同じ身になって憤りを感じていたのだと思った。

しかし、もし公開されても、それが真実であるとは限らない。

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すべては、周りの「目」次第なのである。

信じたいものを信じるその「目」の前では、真実も、正義も、存在しない。

しかし、それでも、真実は完全に存在しないわけではなかった。

そこでやっと、惣右介は自分を見つめ直した。

やはり、自分は礼状を受け取る前に、自分しか知らない「真実」を話すべきだったのだと後悔した。

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真実とはつまり、人の中にしかないのだ。

そして、それを隠して特別な有給までもらって、のこのこと旅行を楽しんだ自分は、大袈裟ではあるが罪人というに相応しいような気がしてきた。

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今日一日、精一杯働いていた同僚は、自分を見てどう思うだろうか。

そもそも、自分がこの会社に入ったのも、邪な考えから社長を助けたからであった。

自分はあの時、人の目がある日常の中だったからこそ幼女を助けたのであって、本来は英雄扱いされるような人間ではないじゃないか。

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学生時代に遡ってみても、自分は俗にいう優等生であったが、それはがんじがらめな規律と、人の目があったからで、それらから解放されたいまの自分は、本当はどうしようもない人間なのだ。

社会というのは、きっと甘くない。いつか自分の嘘は呆気なくバレて、みんなの作り上げた武勇伝が粉々になった時には、きっと自分は袋叩きにされるに決まってる。

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惣右介は、旅行鞄に入れて持ってきた例の礼状を取り出してみた。

その筒はずっしりとした重さを伴って、彼の手のひらに落ち着いた。

その重さは、自覚した罪の重さなのか、将又、一度隠してしまった真実を墓場まで隠し通すことの「責任」の重さなのか彼にはわからなかった。

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それを鞄にしまって、ようやく床につく。

あっぴろげな部屋には、時折秋の虫の声が聴こえてきた。おそらく、中庭で鳴いているのだろう。

いまも、女将は自分のことを見ているのだろうか。

女将の目には、自分はどのように映っているのだろうか。

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リモコンで部屋の電気を消してみても、ロビーの光が届くせいか、完全な夜は訪れていないように感じた。

そして夜の不着は、夜明けの不着でもあった。

彼の心は夕焼け空のように薄暗く、それはいつまでも薄暗いままだった。

旅の夜は、本来こうではない。

やはり、ここは受刑地であると思った。

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自分にはわずかに小さく感じる布団の中で、惣右介は身を丸めて目を瞑った。

町の観光に加えて、散々思考世界の旅をした彼は、自分でも気づかないほどに疲れていた。

そして、相変わらず秋の声音が鳴り響く中、まるで沈むように、深い眠りに落ちていった。

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…ロビーの明かりは消えることなく、その中で二つの目が惣右介の予想通り自分を「見ている」ことに、もちろん彼は、気づいていなかった。

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足吊川 第四話「女将と監獄」了

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