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中編5
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残酷な女

友人に彼女を紹介された。

容姿端麗。清楚な上にどこかエロさもあり、男が放っておく訳がない雰囲気を持つ、いい女。

出会いのきっかけは、彼女が駅の階段で躓いてしまい、足を挫いて困っている所を助けた事だと言う。

友人は、おぶって医務室まで連れて行ったのだそうだ。

こいつは俺と違い、昔からそうだ。

他人を見過ごせない奴なのだ。

…まぁ、こんな美女なら、俺も下心で動くかも知れないが。

ふと、彼女が俺を見て微笑んだ。

何となく、腹の内を読まれたような気がする。

友人はデレデレで自慢気だったが、しばらくして、彼女の事で相談があると連絡してきた。

付き合いは順調で、彼女に対する不満は何もないそうだ。

だが、とても深刻な問題が一つ。

友人には、彼女と一緒に過ごす夜の記憶が無いのだと言う。

「いざっていう時までは覚えてるんだけど、気が付くと朝なんだ。その間、全然記憶が無いんだよ。」

「…それは、酔ってたからじゃないのか?」

「俺も、最初はそう思ったんだよ。舞い上がってたし。

だから、二回目は飲まなかった。

でも、おんなじなんだよ。それに、いくら酔ってたって、全然覚えて無いって、おかしいだろ。」

俺も考えた事だが、友人も、彼女が睡眠薬でも盛っているのではないかと思ったそうだ。

だが、記憶には無いが、イタした後の形跡はあると言うし、そこまで捏造しているのだとしたら、結構な手間だ。

何の為に?

それとも、本当に記憶を無くしてしまうなら、何か病気なのかもしれない。

夢遊病か何かなのかと思ったが、日中でも同じだったそうだ。

「なぁ。俺、どうしたら良いと思う?」

「うーん。まずは、医者に見てもらうか?

あ。でも、他の女でもそうなのか、試してみたらどうだ?

お前には不釣り合いすぎて、緊張の余り…って事もさ。」

可能性はゼロに近いと思いつつ、不真面目な俺は冗談混じりに提案してみたが、

「そんな事、絶対に出来ない。」

とんでも無いと言うように、目を見開いて友人が言う。

「裏切りたくないし。それに_。絶対に、バレる気がする。何か、彼女って、色々勘が良い所があるんだよ。

_なぁ。俺。どうしたら良いと思う?」

二度目の質問は涙目だ。

ともかくは、医者に見てもらえと答えた。

(…俺なら、別れるけどな。)

いくら好きでも、手放したくない女でも、それとこれとは別だ。

理由はわからないが記憶が無いだなんて、生殺しより酷い。

好きで居続けられるとは、到底思えない。

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生殺し。

俺はふと、大分前に読んだ小説を思い出した。

ショート・ショートと言う、短い小説を書く第一人者が書いた話だ。

現代の雪女の話だったか。

雪山のロッジで、それはもう、いい女と出会い、気持ちが通じたように思われたが、何せ相手は雪女。

窓も扉も開け放し、寒気を入れまくり、自分は完全防寒し会話を交わすが、いざ。と体に触れようとすると、相手は溶けて消えてしまう。

しかも、気温が下がると形が戻り、毎夜現れるから、忘れる事も出来ない。

雪女は、殺すなんて生易しい事はしない…と締めくくられた話だ。

主人公は、会えなくなる冬以外を、悶絶して過ごすだろう。

会った所で、触れられないのだが、だからこそ焦がれる。

友人のように、触れられる上に普段は問題ないが、肝心な部分が記憶に残らないのと、どっちが残酷だろうか。

昔の雪女は、男を凍死させたり、人の暖かい心で溶けたりと言う伝承があった。

_仮に。もし、今の時代を生きる雪女がいるとしたら。

時代と共に強くなり、弱点を克服して、一般社会に溶け込んでいたりしてな。

より、強い力を得て。

俺は、そんな想像をしてしまった。

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その後、友人から医者に診てもらったと知らせがあった。

結果は異常無し。お決まりの、安定剤を飲んで様子を見て…と言われたが、やはりというか、薬を飲んでも、何も変わらなかったそうだ。

俺は、別れる事を提案したが、友人は絶対にイヤだと言った。

すっかり、彼女に心酔している。

いや、手に入らないからこそ、の執着か。

…彼女が何者かはわからないし、やっぱり友人が病気だった可能性も、捨てきれない。

だが、雪女はともかく、男の執着心を利用する何かだとすれば、こんな上手い方法は無いだろう。

手に入れてしまえば、男はある程度満足する生き物だ。だからこそ成立している事も多い。

手に入れたというのは、勿論記憶があっての事で、この場合、手に入っているのは表向きだけだ。

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それから、ひと月程して友人と会った。

例の件は変わらないと言う。

俺は、現実的な可能性をあれから考えた。

やはり彼女が睡眠薬を盛っていて、事後を細工しているとか、あるいは、催眠術で記憶を操作しているとか、少しでも説明の付く事はないかと調べた。

こんな状況が続いたら、友人はいずれ参ってしまうだろう。

聖人じゃあるまいし。

「もういいんだ。…あのな。彼女、妊娠したんだよ。」

と友人は言った。

近く、結婚するつもりだと言う。

妊娠させた記憶も無いのに、それで良いのかと問い質したが、意思が固かった。

自分の子で無い可能性だってあるだろうに。

むしろ、それを承知の上での事か。

(いや、聖人かよ。)

腹の中でツッコミを入れた後、俺は聞いた。

「…それで、彼女にはあの時の記憶が無い事、話したのか?」

「うん。医者に行った後…。凄く…心配してくれた。びっくりしてたけど、俺が良いなら、自分はそれでも構わないってさ。」

俺は何も言えなかったが、放ってもおけず、友人には内緒で、それとなく彼女の事を調べた。

しかし、不信な所は何もなく、妖しい何かに傾倒しているという事も無かった。

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彼女は順調に十月十日を重ね、友人は父親になった。

生まれたのは、とても可愛らしい女の子だった。

子供を見て、"雪のような"と誰かが言った。

触ると溶けてしまいそうな程、儚げで脆く美しく、白くて純真で、無垢だと言う誉め言葉。

だが、雪の怖さを、東北出身の俺は良く知っている。

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友人の子供は、すくすくと育って行った。

子供を可愛がる姿は、親バカそのものだが、聞かなくとも分かる。あっちの方は変わっていないのだと。

子供と戯れる友人を見ながら、俺は彼女に

「良い奴を、選んだね。」

と言った。

本心だったが、含む所もあった。

氷のような空気が流れた後、彼女は何も言わず微笑んだ。

勢いで聞いてみる。

「何であいつを選んだの?」

その問いに彼女は微笑んだまま、

「会った時に、わかったの。この人は私を愛し続けてくれるって。」と答えた。

「何があっても?」

「さぁ。それは…。保険は必要かも知れないけれどね。」と、彼女も含みを持たせるように言った。

その保険には、加入したくない。

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「何?何の話ー?」

割って入る友人に彼女は、

「パパは、優しいねって話。」

と、にこやかに言って、家族の輪に入っていった。

…執着心を利用し、文字通り精を吸い取り、裏切ったら殺されるのかも……なんてな。

俺は、どうせ苦しむなら、サキュバスちゃんでお願いしたいよ。

__こんな邪な考えの俺には、雪女の白羽の矢は、立たないか。

ぼんやり考えていると、彼女がこっちを見て、うっすら笑った気がした。

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