分譲地の怪~第十棟の場合~

長編13
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分譲地の怪~第十棟の場合~

「ひいぃ…頼む…助けてくれ…、お許しください!お許しを…!!!」

男は、縄で縛られ、引きずられながら…ひたすら懇願していた。

「ならぬ!さっさと連れていけ!」

「踏ん張ったって無駄だ。さっさと歩けこの野郎!」

「ぐあっ!…痛ぇえ…うぅっ…助けて…嫌だ、嫌だ…!」

本気で嫌がっているのは明白。だが…拒絶の言葉を並べている、その口元と表情は、何故か笑みを浮かべていた。

卑しい、醜い笑みを。

「お姉さま、アレが、あの男が…?」

妹の唯が、目線を前に向けたまま、私の服の袖をぎゅっと握りしめて言った。

男は、尚も叫び続ける。叫びながら足を踏ん張るけど、思い切り縄を引っ張られてすぐ転ぶ。その繰り返し。最初に見た時よりも、体は随分痩せこけていた。

「そうよ、唯。あいつが、あいつがお母様を…さあ、よく見ていなさい。」

「お姉さま…!」

「唯、大丈夫よ…もうすぐ終わる。これで…これでお母さまも報われるわ…」

そう、こいつのせいで、…!お母様の純潔な体は!――――――

「お嬢様方!ここにいたのですね…!」

突然、背後で女中の声が響いた。

と同時に…男が、首だけグニャリとこちらに曲げ、私を見る。

そして、さっきまでの卑しい表情は消え…零れ落ちんばかりに見開いた目玉を、こちらに向けて光らせている。

いつの間にか、辺りのざわめきや木々の揺れといった一切の音は消え…何故か、唯も女中も、執行人すらも、直前の動作を保ったまま動かない。

その中を…男だけが、悪臭を放つ体を引きずりながら、私の目の前まで迫っていた。

「あ…!あ、あ…!」

叫ぼうにも言葉が出ず、寒気と恐怖で体が震え出す。

そんな状態の私を…男は眼球だけ、チラ、チラ、と動かして舐めるように見た後…その忌々しい口元から、私に向かって、汚らわしい言葉を吐き捨てた。

ざ ま あ み ろ !!!

途端に、時間が動き出す。

「あああ、ああ…あああ!!!」

「お姉さま!」

「早うこちらへ!こんな所にいては穢れます!」

なんで、なんであいつは…

なんで…

か…さん…ぉヵあさ…ん…

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「おかーさん!起きて―!」

息子の声が、鼓膜に響いて飛び起きる。

「あれ、今日って…」

「きょうはぼくの『にゅうがくしき』でしょっ!」

「あ、うそ…寝坊したー!!」

この町に越してきて五か月。

引っ越してきたその日に、息子の史人(ふみと)が誕生日を迎え、めでたく幼稚園に通える年齢となった。

親と離れるのを寂しがって泣くかと思いきや、史人は園に通うのを、毎日指折り数えては、とても楽しみにしていた。

それは、お絵描きが大好きな史人にとって、上から下まで真っ白な塗装で覆われた幼稚園の外観が、「巨大なスケッチブックに見えた」から、と知ったのは、ついこの間の事。

そして、遂に今日が待ちに待った「史人の幼稚園入学式」だったのだが…まさかこんな時に限って、変な夢にうなされて、寝坊するなんて…

「史人、行くよー!」

「はーい!」

幸い、徒歩五分という超至近距離にあったから何とか間に合ったけれど…ここまで焦る事態は久々だ。

「おはようございまーす!ごめんなさい、遅くなりました!」

廊下越しに教室を覗くと、中では同い年の子供達が元気に遊んでいる。

その賑やかな空間を前に、史人は私の手を離れ、吸い寄せられるように先生のエプロンの端を握りながら、

「行ってきまーす!」

…と、ハイテンションで私に手を振った。

「頑張ってね、友達と仲良くね!先生、よろしくお願いします。」

史人と先生に笑顔を向け、私は幼稚園を後にする。

周囲をぐるりと木々に囲まれ、やや薄暗いが…ぽっかりと開いた空から太陽光が差し込み、幼稚園と、その隣にある広場を照らす。

その広場の中央には、マンホール大の石が地面に埋まっていて、それを中心に、半径二メートル程の地面が徹底的に除草され、円を描いている…。

幼稚園の見学に来た時から、ずっと気になっていた。

先生達に尋ねてもみたが、皆、この町に赴任したばかりで、口を揃えたように「お祭か何かだと思うのですが…」と言うのみ。詳細を知る者はいない。

一体どういう意図で…?私は、立ち止まって、今一度まじまじと広場を見つめながら、一歩足を進めた。

が…その時だった。

突然、体中がざわざわとした違和感に覆われ、同時に、背中の辺りを誰かに見られているような感覚に陥る。

「あれ、私、なんで…」

急いでその場を後にするも、その妙な視線はなかなか消えず…

ずっと下を向いて歩いていたせいで、あっと気が付いた時には、私は人とぶつかっていた。

「す、すみません…大丈夫ですか」

「ええ…ていうか、史人君ママじゃない、おはよう!」

それは、私の家の前、「第九棟」に住む、安江さん親子だった。

よく見ると、安江さんの背後に隠れるようにして、息子の裕太君が、私をじっと見つめている…

「裕太君、おはよう」

と声をかけるも、裕太君は、真ん丸な可愛らしい目でこちらを見つめたまま、動かない。

「裕太、おはよう、は?」

「ごめんなさい…私がぶつかっちゃったせいで…びっくりしたかな?」

「大丈夫よ。…なんか最近、急に恥ずかしがり屋になっちゃって。ね、裕太?」

裕太君は、すっかり安江さんの背後に隠れて姿を消してしまった。

確か、年齢は史人の一個下で、三歳のはず。その割に…身に着けているものは中々にお洒落。

そして、それを着せている安江さんも、都会育ちを伺わせる雰囲気を纏っていた。

「じゃあ、私こっちだから。ほら裕太、バイバイは?も~、裕太ったら…ごめんなさいね」

「ううん、いいのよ。裕太君、行ってらっしゃい」

結局、裕太君は安江さんの背に隠れたまま、幼稚園へと去っていった―――

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うら寂しさの残る町の一角…家族向けに建てられた分譲住宅地。

幼稚園と同じく、上から下まで真っ白な住宅が左右にキッチリと並ぶその一つ。表札の横に「第十棟」と書かれた扉を開けたその先に、私と史人の暮らす日常がある。

玄関からリビングに沿って、様々なゴミが賑やかに散乱した…母一人子一人の我が家だ。

「…汚い…」

元夫が、見知らぬ女性と不貞な関係を持っていると知ったその瞬間に、それまで専業に徹すべく蓋をしていた「労働意欲」は底知れぬ力を発揮し…瞬く間に、収入は元夫の倍を超えた。

おかげで、養育費を貰わずとも余裕で生活出来るし、この家の購入も容易かった。

が…その代わりに、家事はどんどん後回し。家族が一人減ったからと言って、ゴミの量が減るわけではなかった。

新居なのに、さすがにこのままではまずい。一人暮らしならまだいいが…今は一児の母なのだ。

「…よし、やるか!」

思い立ったが吉日。幸い、今日は休みを取ったから、時間は存分に有る。

私は台所からゴミ袋を取り出すと、リビングや廊下に置き去りになった不要物を、思い切ってどんどん詰め込んだ。

履きつぶしたスニーカー、壊れたプラ容器、紙屑、消費期限切れの食材…と、破竹のごとく玄関とリビングを片付ける。

そして…その勢いを維持したまま、私は、リビングの奥に続く仕事部屋に入るなり、窓のカーテンを思い切り開けた。

が…その時だった。

窓越しに、全裸の男が、浴室のブラインドを全開にしてシャワーを浴びていたのだ。

…安江さんの家…という事は、あれ、安江さんの旦那―――!?

「…っ、ぐっ!…」

思わず叫びそうになったのを、すんでの所で抑える。

安江さん家の浴室の窓が大きい事も、その為にブラインドを設置した事も知っていた。…が、それを全開にしたままの入浴…しかも、窓は摺りガラスではないから丸見えだ。

忘れているのか、いや、もしかしてわざと…?どちらにせよ、人の家の、人の旦那の裸なんて、見ても何にも面白くないし…非常に気まずい。

しかも、恰幅が貧相というか…家庭を持つ成人男性にしては、かなり痩せこけていた。

なんにせよ、このままじゃ他の住人にも丸見えの状態だろう。安江さんに教えるべきか…ああでも…あれ、寒気がする…寒い…え、

寒い?

ふと、そばにあった姿見が目に入る。するとそこには、額からドロドロとした汗を流す自分の姿が映っていた。

―――――苦しい…寒い…

寒気はいつの間にか、腰の付け根辺りから全身にかけて、じわじわと侵食していた。

足元が震えて、うまく歩けない。

それでも、私はどうにか二階の寝室へと向かい…戸を開けるなり、布団の上に仰向けに倒れ込んだ。

掃除を張り切り過ぎたせいだろうか?それとも、さっきのショック?

と言うか…こんな状態で、果たして史人をお迎えに行けるのだろうか…

天井をぼんやりと見つめながら、頭の中では様々な不安が渦巻いた。

それまで、急な体調不良とは全くの無縁だったのだが…引っ越してからというもの、体力の衰えを頻繁に感じるようになっていた。

しかも、体調が崩れるのは決まって家の中で、言葉にし難い、モヤモヤとした空気を感じ取った時…

分かっているのはそれだけで、モヤモヤした空気の正体も、根本の原因も不明だった。

病院で検査をするも全くの異常無し。それどころか…不思議な事に、モヤモヤが消えると、嘘のように、体力も気力も元に戻るのだ。

「仕方ない…寝よう」

目を瞑って力を抜く。

階下では、まだシャワーの音が微かに聞こえ、他の一切の音は聞こえてこない。

一体いつまで風呂に入っているつもりだろう…

「しんどい…苦しい…」

―――――しんどい、苦しい…

―――――……、…る…、こ、ぉるこ…かおるこ…

―――――香子、こんな所にいたのですね。もうここへ来てはなりません。

―――――お母様、どうして?

―――――あの者達の穢れが移るからですよ。ああ臭い、臭い…

―――――穢れ?でも、お父様は、違うと…

―――――やめて頂戴!所詮、そんなものはあの男の綺麗事…我が血筋は、他の誰よりも清く崇高なのです。あのような、土くれと泥にまみれて暮らす汚い者とは違うのですよ。

―――――お母様…でも、

―――――口答えは許しません!いいですね…?ほんの少しでも穢れが移ったら、それは…我が一族にとって「死」に値するほど、罪深い事なのですよ…分かった?

―――――…ごめんなさい、お母様…

―――――お母様…おかあさま…

―――――ぉか…さま…ぁ…さま…

―――――ぁ…み…あみ…

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「亜美?」

「えっ!?」

聞き慣れた声で目が覚めると…傍らには、いつの間にか兄が立っていた。

「…お兄ちゃん、何で…?」

「も~、びっくりするわ…突然、幼稚園から連絡来るし…お前に連絡しても繋がんねぇし…家まで来たら鍵開けっ放しだしよ…まあ、とりあえずお前が無事で良かったわ」

…幼稚園?

「うそ…史人、何かあったの!?」

「ああ…突然大泣きだって。もう収まったみたいだけど。迎えに来いってさ」

「…そう」

「…起きられるか?とりあえず行って来なよ。…全く、何事かと思ったわ」

兄は、ここから二つ隣の町で、奥さんと子供と暮らしている。

この町に越したのも、遠からず近からずの場所に家族が居れば安心だというのと…万が一、お互い何かあった時を考えての事。

幼稚園に連絡先を渡していたのも、その為だった。

「しっかりしないとね、なんか、助けられてばかりだな…」

「良かったな、幼稚園が近くて。…所で、話は変わるけど、さっきお隣さんの家の通ったらさ…」

「ああ…安江さん?」

「…その、旦那?風呂場丸見えでシャワー浴びてたよ…」

―――――え?

時刻は正午過ぎ…私が布団に入ってから、ゆうに二時間は経っている。

あの人、その間もずっと風呂場に…?

だが、不安な私と正反対に、兄は笑いながら、「体がふやけちまうな」と一言言うのみで、私の体を起こしたのち、早々に部屋から出て行ってしまった。

「…洒落にならないよ、全く…」

布団から立ち上がり、辺りを見回す。モヤモヤとした空気はもう感じられず、寒気も汗も収まっていた。

階段を降り、身支度をして玄関に向かうと…兄の靴に付いていたであろう、靴底の形をした砂泥が、微かに玄関の床に残されていた。

―――――泥にまみれた人間…

ふと、夢で見た事を思い出す。

縄で縛られ引きずられるボロ着姿の男と…その様子を隠れ見る、純白のブラウスとスカートを纏った「私」と「妹」、その後ろから追ってきた、薄手の着物姿の「女中」…

そして、「土くれと泥にまみれた人」や「父親」を侮蔑し、自らを「崇高な存在」だと娘に無理矢理言い聞かせる「母親」…

覚えている限り、喋り方も恰好も現代のものとは違っていたから、きっと、昔見た映画とかドラマの内容が、夢に出てきたのだろう。

匂いも、服の質感もかなりリアルだったけど…私に妹はいないし、家族も全員、世間一般のどこにでもいる庶民でしかないから、絶対にありえない。

「調子狂うな…もしかして、星座占いも最下位だったりして…」

そう暢気に考えていたのも束の間。

園の入り口…泣き腫らした顔をして、先生と一緒にいる史人を一目見るなり、私は胸が締め付けられた。

「史人君、ほら、お母さん来たよ!」

先生曰く、史人は隣の広場で遊んでいる最中に突然ぐずり出し、「怖い、怖い」と言って止まらなかったそうだ。

「おかあさん…ごめんなさい…」

史人は、泣き過ぎたせいか放心状態といった様子で、ぼんやりと私を見つめたまま、そう言ったきり、顔を伏せた。

いつも、どんなにぐずっても歩かせていたけれど…その姿を見て、私は堪らず史人を抱きかかえた。

「史人、ごめんね…寂しい思いさせてしまって、ごめんね…」

家に帰るなり、私は史人の大好きなお菓子を並べ、お気に入りのアニメのDVDを流し…史人がこちらを見るたびに、優しく抱きしめ、頭を撫でた。

しばらく経って、安心したのか…史人はぐっすりと眠りに落ちたけれど、私の気持ちは中々収まらなかった。

―――ごめんね…親の都合で振り回して、ごめんなさい…―――

史人の寝顔に何度も何度も心の中で謝りながら、時折、リビングの窓越しに映る、第八棟の外壁を眺めた。

あそこにも、同じ幼稚園に通う子供がいる。けれど…送り迎えはいつも初老の女性。噂では、女性の娘とその夫が、子供に殆ど関心が無いらしい…

「最っ低…!自分達の子供なのに…!」

事情はどうあれ、子供に寂しい思いをさせるなんて…最低、私も最低…私も…

「…穢れてる…」

数時間後…ふいにクレヨンの匂いがして目が覚めた。

いつの間にか寝ていたと気付き、ふと目の前を見ると、史人がテーブルに画用紙を広げ、しきりに何かを描いていた。

「史人、何を描いてるの?」

「う~ん……」

自分でも、良く分かっていないらしい。

だが…その手は、休みなく色を塗り込んでいて…出来上がるのはいつも、黒と水色が混ざりあった、ボールのようなものだった。

その形を、史人はいくつも、いくつも、描き続けている―――――

「これは、なあに?」

「う~ん……」

汚れたボール?なにかの惑星?拾い上げてまじまじと眺めたものの…一体何なのか全く分からない。

「史人、先生が怖かったの?」

「ううん」

「…お友達が怖かった?」

「ううん」

「でも…なにか怖い事があったんでしょう?」

「うん…よくわかんないけど…丸くて…下から赤い水がぽたぽたしてるの……」

私は、それ以上聞く事が出来なかった。

と言うより…聞いてはいけない。

さっきからずっと…あの雑木林の方向から、

誰かの視線を感じて仕方ないのだ。

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数日後、史人はいつもの元気を取り戻し、幼稚園に復帰した。

同時に、安江さんの家の風呂場はブラインドが下げられ、シャワーの音もいつの間にか止んでいた。

ただ…

「こんにちは!安江さん」

「こんにちはー!…ああもう、裕太!どうしたのよ…」

ギャアアアアァ!!!いやだ!!!いやだ!!!うわああああ!!!

裕太君の絶叫が、広場中に響く―――

裕太君だけじゃない。他の園児も、触発されたように次々と泣き叫び、先生や親がどうにかなだめようとしても、「怖い、怖い」と言って収まらない。

…その中で、史人は一人、狂ったように絵を描き続けていた。

床に、窓に、幼稚園の白い外壁に…黒と水色が混ざり合った、ボールのようなもの…

家の空いたスペースに、何枚も何枚も打ち捨てられているものと、全く同じものを…

「史人!何してるの!画用紙に描きなさい!…史人!お母さん怒るよ!ふみ――――」

突然、四歳とは思えない力で、史人は私を突き飛ばした。

そして…爛々と見開いた眼球だけを動かしながら、後ろに倒れ込んだ私を、じっと見つめている。

その顔は…何故か、見覚えのある面影を表していた。

―――――ざ ま あ み ろ !!!―――――

あの夢が、私に何を伝えたかったのかは分からない。

けれど…ずっと気になっていた、あの正体がようやく分かった気がする。

あの、広場の石…引きずられる男…雑木林…史人の絵…

そうか、あれは…

「おかあさん!だいじょうぶ…?痛い?」

ふと気づくと、いつもの史人が、心配な顔で私の傍に座っていた。

「実は…今の家、売ろうと思ってるの」

引っ越してまだ半年の持ち家を手放す、という結構重大な相談にもかかわらず、兄は相変わらず楽観的だった。

「まあ、いいんじゃない?…そうだ、俺もちょっと気になる事があってさ…空気、おかしくなかった?」

幼稚園から連絡を受け、私の家に来た時…兄も私と同じように、モヤモヤと澱んだ空気を感じていたらしい。

早々に家を出たのも、それが理由だった。

「最初の頃、嫁が良い顔しなかっただろ?…あれ実は、お前が近くに越して来るのが嫌だとか、そういう事じゃないんだ。なんか、土地のいわくが何とか…って。良く分からんが。それで…いっその事うちの離れに住めと言ってるんだが…」

「…いいの?」

「俺らは全然大丈夫だし、歓迎するよ。まあ、亜美の気持ち次第だが…」

もう、客の元に向かう事も無い。

ノートパソコンと携帯端末があれば、後は私が、画面の向こうにいる相手の妄想を、出来る限り忠実に演じて、満足させるだけ…

現実には、そう簡単には存在しない…だが、男の頭の中には、確実に存在する、「理想の女」…それが、私の仕事。

元夫にも、家族にも、誰にも明かしていないし、明かせない。もちろん、史人にも。

「…ありがとう。でも、自分で探すから大丈夫」

「そうか、まあ、無理するなよ」

「ありがとう」

通話を切って、窓の外を眺める。

今度は、別の場所から延々とシャワーの音が鳴り響いている―――

よくよく考えると、ここに住んでいる家族。いつからか、男性だけが疲れ切って痩せて…変な匂いがした。

直に嗅いだわけじゃないけど、兄のように、土木仕事で汗臭いのとは全然違う。

そう…まるで、ヘドロのような…ドロドロとした…

…夢で嗅いだ匂いと一緒の。

「…汚い…」

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@天虚空蔵 さま
読んで頂きありがとうございます!
これから、住人の思惑と土地の曰くにじわじわと迫っていくので、乞うご期待下さいませ(^o^)

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