分譲地の怪~第八棟の場合~

長編16
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分譲地の怪~第八棟の場合~

起床すると、すぐに玄関へ向かい、ポストを確認する。

ガサガサと手探りで取り出すと、全てスーパーやうさんくさいエステのチラシだけ。

「よかった…」

ホッとしたのも束の間、リビングにある引き出しと言う引き出しを開けて、「ブツ」が隠されていないか徹底的に調べ上げる。

そして…何もないことを確認して、本当の意味でようやく私の一日が始まる。

この新興住宅地へ引っ越して、早半年…家族水入らずの穏やかな日々。だが…その中に突如訪れた、一人の厄介な存在…

「お義母さん!お義母さん!早く起きて!」

「わかったから…ちょっと待って…」

「ばあば!朝だよー!早くー!」

「ああ…さぁちゃん、待っててね…」

暴力的な義父から家族を守るため、夫が汗水たらして、ようやく貯めたお金で手に入れたマイホーム。私の実家から遠くなった代わりに、義実家からも飛行機の距離になって、ようやく平和に暮らせるはずだった。

それが、どう調べたのか…突然、義母がこの家にやって来て、同居させて欲しいと懇願してきたのが、二か月前のこと。

私と夫がどんなに問い詰めても、義母は、この家を突き止めた方法を吐こうとはしなかった。ただひたすら「お願い、お願い」と…背中を小さく丸めて土下座するだけ。

今更?どの面下げて?義父が、夫や夫の兄弟…果ては私や娘の紗百合にまで手を出そうとするのを、遠巻きに「やめて」としか言わなかったくせに!…四の五の言わずに、さっさと追い出せば良かった。

でも、ただ追い出したら…この人のことだ。義父に嬉々として、私達の居場所を伝えてしまうに違いない。こんな、長年に渡って築き上げた悪しき共依存の為に、今度こそ誰も犠牲にしたくなかった。

だから、私達夫婦は義母に、条件を提示した。

「娘の幼稚園の送り迎えを、十五分以内に行うこと」

「それ以外の外出は、一切認めない、携帯は没収」

「手紙や郵送品の受け取りや送付も一切認めない」

「貴重品や本人確認の書類はこちらで一括管理、持ち出しや隠すのは一切無し」

「これらの条件下にあることを、第三者には絶対に口外しない」

…以上の約束を、一つでも破った場合は、然るべき措置を行う――――

義母は「でも…」と何か言いたそうにしていたけど、夫が強い口調で迫ったら、黙って書面にサインした。

幸い、家から幼稚園までは、歩いて十分も満たない超近場。この住宅地の建設に合わせて作られたとあって、まだ真新しく、ママ友や近所との確執もほぼ無い。

それに、共働きが殆どの家が多いから、六十七歳の義母が送り迎えしたとしても、なんら不自然なことなどない。

…何より、携帯も財布も無い状態で、見ず知らずの片田舎を、仮に紗百合を連れて逃げたとしても…不審者扱いされるだけ。不利にしかならない。

義母は、腰が痛い、眠い…とこぼしているけれど…全ては、自分で招いたこと。

私達に従う以外の選択肢は無い。

「いつまで寝てるんですか?もう紗百合の支度終わりましたよ!」

「分かってる…ちょっとまだ…眠気が…」

「…じゃあ、もういいですよ」

「ちょっと…!待ってって言ってるじゃない…!」

「あれ、母さん起きてないの?ほら…頑張って…昨日もぐっすり寝てたじゃん」

夫は、布団から半身を出したままの義母の両脇に両手を掛けると、グイっと持ち上げて起き上がらせた。

「ほら、もう遅れるよ!」

「うう、ううう…もう…分かったわよ…」

よろよろと、力無くベッドから降りると、義母は部屋の隅のプラケースの中から服を取り出し、あくびをしながらようやく着替えを始めた。

その扉の外で、私と夫は声を潜める。

「…最近、怠慢過ぎない?何で手伝うのよ?」

「仕方ないだろ…ああでもしないと起きないんだから…」

紗百合は、そんな私達をリビングの方からじっと見つめている。

この家で、一点の黒さも無く、まっさらなのは紗百合だけだ。

まさか…大人達の卑しい思惑に巻き込んでしまうなんて、産まれた時は考えもしなかった。

「ごめんなさいね…さぁちゃん、行きましょうか」

「ばあば早くー!遅刻したら先生に怒られちゃう!」

「分かった待って…じゃあ、行ってきますね」

「はい、行ってらっしゃ~い!さゆ、お友達と仲良くね!」

「いってきまーす!」

後ろ姿だけ見ると、祖母と孫が並んで歩くのどかな光景。

でも、実際は違う。

「ごめんね…」

涙が出そうになるのを、グッとこらえてリビングに戻り、洗い物に取り掛かる。

「…まただ」

最近…夫用の朝食のお皿だけ、妙に食べ残しが増えているように感じる。

健康診断は、問題ないって言っていたし…これもやっぱり、同居のストレスだろう。

「じゃあ、俺も行くわ」

「うん、行ってらっしゃい!」

「あ…今日は夕方から打ち合わせがあって、ちょっと遅くなるかも」

「そうなの?分かった」

「…ポスト、大丈夫だった?」

「うん、何も来てなかった」

「…そうか、良かった」

郵便物に敏感なのは、他でもない。義母を通して、義父や義父寄りの人間から、よからぬ配達物が来るかも知れないからだ。

以前住んでいたマンションにいた時、彼らから散々、菓子折り箱でカモフラージュされた罵詈雑言の手紙を受け取っていただけに、そのトラウマが未だに抜けずにいる。

今の所…義母は私達の条件通り、娘を時間内に預けるとすぐに帰宅して、あとは夕飯まで自室に籠って出てこないから、その心配はないと思いたいけれど…

「ただいま戻りました」

「はい、お疲れ様でした」

「ねえ、有美子さん…もう少し、優しく起こして欲しいんだけど…」

「…優しく?笑わせないで。あなたがちゃんと、起きればいいだけの話です」

「でも…」

「私達とのお約束…もう忘れですか?」

「…ううう…」

義母は、何かを言いたそうにしながら、テーブルに用意したおにぎりとお茶を持って、自室へと戻って行く。義母の部屋の窓は嵌め殺しになっていて、尚且つ、廊下の両端も行き止まりだから、黙って外には出られない。

一種の監禁、と言われれば、そうなのだろう…でも、こうでもしないと、いつはっちゃけるとも知れない人間を、留め置くことは出来ないのだ。

…私が時折見る夢…その中の情景のように。

――――お姉様…いつまで私をここに、閉じ込めるおつもりなの?

――――あなたから、汚い男の臭いが消えるまで…

――――消えないわよ?沢山匂い付けしてもらったもの…知ってるでしょう?

――――こんな田舎でわざわざ男を引っかけなくても…家を出て、都会で好きなだけやればいいものを…

――――町は退屈だわ。ドキドキしないもの…所で、お母様はどうしてるのかしら?

――――あなたに知る権利はありません。あなたは…これからもここで、自らの穢れを省み続けるのよ…一生ね

…そう、一生…自分の浅はかさを思い知ってくれればいい…

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…さん…

ぃかわ…さん

「及川さん!」

「えっ!」

ふと我に返ると、ノートPCの向こうに映るチャットの面々が、怪訝かつ、心配そうにこちらを覗いていた。

「…大丈夫?」

「あ、ごめんなさい!私…ええっと、プレゼン…私、どこまで話しましたっけ?」

「も~!今はそのプレゼンの打ち合わせですよ(笑)及川さん、何か疲れてません?」

「あ、いや…ごめんなさい…実は夫が…」

「旦那さんどうかしたの?」

「あー、いや…でもこんな時に…」

「よいしょ、っと…はい、部長のチャット退室にしたから、何でも話しなよ」

「え、そんな!部長に知れたら…!」

「いいのいいの!大体、部長が会議に顔出すのなんて最初の十分くらいだもの。あとは呼び出しでいつもいないの。ねっ!」

「そうですよー!」

「…なら、お言葉に甘えて…」

家族以外の誰かに、悩みを打ち明けるなんていつ振りだろう。

なんせ、ここ二カ月…私も夫も、義母の一挙手一投足に注意を払う生活を、ずっと続けているのだ。

まっさらな白壁のマイホーム…なのに、住んでから何故か、今まで見たことのない、まるでリアルに近い情景の不気味な夢ばかり…いや、もしかしてあれは、現実に起きていたのでは…とさえ、思える。

「えー、毎晩って、なんかちょっと怖いですね」

「でしょう…?夢はまだいいんだけど…夫のほうは…ね」

「病院には行った?」

「うん、でも、異常無しって言われて…でも、明らかに、凄く疲れてるの」

「もしかして、土地が悪いんじゃ…」

「ちょっと、高橋さん、言い方!」

「ごめん…でもさ…事故物件とかオカルトとかで、そういうの聞くからさ…」

「あ~…」

「ねえ、及川さん…他には何か、思い当たる節は…」

「う~ん…それは――――」

ゴポッ…

――――まただ。

ゴポ、ゴポッッ…

原因不明の、謎の水音。酷い時は、変な匂いまで感じる。

ほんの数分で消えるから、気のせいかも知れないけれど…この音は、ここに越してきて間もない時から、昼夜関係なく、たまに耳にするようになっていた。

配水管が詰まっている訳では無いし、掃除は徹底している。なのに…

夫も紗百合も、義母も気付いていない。私にだけ、この音が聞こえている…

「もしかして…水はけが悪いんじゃない?」

「えっ…え、水…?!」

「そう、水はけが悪いと、体にも影響受けるって…」

同僚に何気なく言われたことが、夜になっても引っかかる。内見の時は全く気にならなかったけれど、確かに、どこか身体が重いような…まるで、粘度のある「何か」に、足元を引っ張られる感覚。

夫も、無意識の内に感じているのかも知れない―――――

「おかあさん!今日ね、さくらちゃんとふみとくんと、おにごっこして、おえかきしたの!」

「そうなの?良かったわね!どんな絵を描いたの?」

「えーっとね…ほら!」

束の間の、親子の時間。

キラキラとした笑顔で、幼稚園での出来事を話す紗百合を見ているだけで、私の心は解れる。

「わあ素敵!」

「えっとね、これが、さくらちゃん!でね、こっちにいるのが、ふみとくん!それでね、まんなかが、さゆだよ!」

「さゆはお絵描き上手ね!大きくなったら、絵描きさんになるのかしら?」

「う~ん…」

「さすがに、まだ分からないか(笑)ごめんね!」

「ううん…あのね」

紗百合が、急に寂し気な顔を見せる。

「…ばぁばがね…」

「どうしたの?何か言われた?」

「ううん、ちがうの…いつもね、ひろばのところで、ぼーっとしてるの…」

「そうなの…何かされたんじゃないのね?」

「うん、なにもないよ!…でも…」

「でも?」

「ほんとは…おかあさんといっしょがいい!いっしょに、ようちえんにいきたい!」

「…おかあさんも、一緒に行きたい…」

自分の情けなさと弱さが、たまらなく恨めしい。

こんなはずじゃない。こんな気持ちになるために…家族で越して来たんじゃないのに…!

紗百合をぎゅっと抱きしめて、涙が滲むのをどうにか隠す。私の視線は…暗い廊下の奥にある、ドアの向こうの存在を、睨んでいた。

私が…私が紗百合を…

「…絶対に守る…」

「…おかあさん?どうしたの?…だいじょうぶ?」

「…うん!お母さんね、さゆのこと大好きよ」

「さゆも、おかあさんのことだーいすき!!おとうさんもだーいすき!!」

布団に入って、再び紗百合を抱きしめる。

階下で、夫の帰ってくる音を微かに聞きながら…

私は、うつらうつらと、眠りに落ちる。

ゴポッ…

ゴポッ…

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――――あなたが…あなたが…お母様を…!?

――――私じゃないわ、やったのはあいつら。私は自分の欲求を満たした、それだけよ。

――――ふざけないで頂戴!!!…唯…なんで…小さい頃はあんなに可愛かったのに…私の陰に隠れて…なんて愚かなことを…!お母様…!なんて不憫な…

――――唯?誰です?そんな名前の女性…知りませんわ。私は、リリア、よ。

――――この淫売女!!!あんたのせいで…!うちの崇高な血筋が…!!!

格子越しに、私の目の前で、怒り狂う女性…それを、私は…いや…私じゃない…私は、この「唯」という女性の意識の隙間に潜り込んで…覗き見ている…そんな感覚。

崇高な血筋…誰…一体何のこと…?

――――フッ…フフフッ…あはははは!!…お姉様ってば…まだそんな、下らないことを…ああ、そうでした、あの母親モドキがそうさせたんだわ…可哀そうに。

――――黙れ!!黙りなさいよ!!!…あんたが、あんたがあいつら全員をけしかけて…母を…!母の清い体を…!

――――あははははは!ははは!…お姉様ってば、人を笑わせるのがお上手ね…漫談でもなさったら如何?…清い体?…処女受胎を信じてらっしゃるの?…フフフッ…

――――黙りなさいよ…!この売女!

――――あの男達も、かつては清い体だったのをお忘れ?それを…あの母親モドキとあなたが、汚い汚いヘドロの沼でぐちゃぐちゃに穢したというのに…

――――ひっ…う…ぐっ…!

――――可笑しい…!ご自分が付けた泥が、自分自身に付いたってだけなのに…こんなに大騒ぎして…!罪深いのはどちらかしら…ねえ?お姉様?

――――あ、ああああ、あああ!!うるさい!!

――――ねえご存じかしら?…ここの土がこーんなに湿っているのは…あのヘドロの池と、繋がっているからなのよ…お姉様が今、立っているその場所も…この空気も…全部、あの男達の臭いでいっぱいなの…

――――…ッッ!ひっ…そんなわけ…

黒ずんだ、泥のような液体…「お姉様」は、上からぽたぽたと落ちてくるそれを、小さい悲鳴を上げながら、振り払おうとする。

けど…黒い液体は、どんどん…その白いブラウスを、綺麗な水色のスカートを…じわじわと汚していく。

そして…

「ねぇ?ふかふかでしょう?柔らかいから…すぐに沈んでしまうわ…」

板張りの床の上からでも、ハッキリと感触が分かる。水分をたっぷりと含んだ、粘度の高いその地面が…ぐらぐらと足元を不安定にさせる。

そして…それは…お姉様の足を取ると…

ズルズルと…

「いや…いやぁあああああ!!どうして…!助け…あああああ!!」

…沈んでゆく。

―――…助けて…た…す…け…て…

ゴポッ…ゴポ、ゴポッッ…

腐臭を含んだ、穢れた液体…

そこに、穢れた人間が沈んでゆく…

ゴポッ…ゴポ、ゴポッッ…

…ああ、そうか…この音は――――

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「おかあさん、いってきまーす!」

「行ってらっしゃい!」

紗百合が、いつも通り義母と一緒に幼稚園に向かう。

私は、その姿を見送って、家の鍵を閉めると…義母の部屋の、床の感触を一歩一歩丁寧に確かめる。

トン……キュッ…トンッ…

何故急に、そんなことをしたくなったのか、今でもよく分からない。

夢の中の…あの会話の真意も謎のままだ。

けど…夢から目覚めた時、私の意識は、玄関のポストでも、リビングの引き出しでも無く…この「床下」に向いていた。

何で今まで、気付かなかったのだろう。あの水の音は…ずっと、私に教えてくれていたのかも知れない。

トン……キュッ…トンッ…

トン…トッ…ッ…ギッ―――――ミシッ…!

…柔らかい…

硬いフローリングの…その一部分。服の入ったプラケースに隠れていた、そこだけ…湿気を帯びて、ブニブニと足が沈むのが分かった。

脈打つ心臓に合わせて、汗が生え際から背中へと流れ落ち…全身が不穏な空気に震える。

私は、ゆっくりとプラケースの取っ手に手をかけ、横にずらした。

…すると…見る見るうちに、グズグズに傷み、黒ずんだ床が姿を現す。

「……は……ぁ……」

顔を近づけると、黒ずみだと思っていたそれは、床に空いた穴だった。

そこから…記憶に新しい、あの独特なヘドロの臭いが、少しずつ、少しずつ…漂ってくる。

いつからこんな状態になっていたんだろう。内見の時にも、引っ越した時にも、一切無かったのに。

ゴポッ…ゴポ…

微かに音がする方へ、私は手を伸ばす。

スマートフォンの光に反射して…その先に、何かがあるのを見つけ、ぽっかり口を開けた床下のその奥を覗いた。

まるで、暗闇に浮いているように目に映るそれは…A4サイズの、金属製の箱だった。

その中には――――

「ただいま帰りましたー」

「…!お疲れさまでした…」

逃げないと。

早く…ここから。

一日でも早く…!!

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プルルルルル…プルルルルル…プルルルルル…

ブツッ――――お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか…

「…孝介、電話に出ないわ…有美子さんもさぁちゃんも、どこにいるか分からないし…どうしましょう…まあ、仕方ないわね。どうかしら、お父さん」

「フン、家長のオレに黙って一軒家なんてな…卑しい奴らだ!」

「まあ、まあ…孝介の家なんだし…でも、とってもいい家でしょう~?新築よ新築!」

「だからどうした?家長のオレがいるなら、そこはオレの家なんだ!戻って来たら…あの息子と嫁には、いかに自分達が不出来な親不孝者か、分からせてやらないとな…!」

「ちょっとー、さぁちゃんには…やめて頂戴よ?」

「何だそれは…ああ、あの子供か…だいたい、お前が子供だからって甘やかすから、孝介も皆も勝手なことばかりし始めたんだ!」

「だって…まだ子供なのよ?!手加減しないと…しかも女の子だし…」

「関係あるか!そもそもな…オレは今の子供が大きくなったら、そいつらの子供どれかを養子にしようって思ってたんだ。それを勝手に…!このオレに黙って…!許さん!」

「落ち着いて…ね、女の子にはやめましょう?ほら、お姉ちゃんの所だっているじゃない?」

「あいつは連絡を寄越さん。…仕方ないから、孝介の所の奴を一匹引き取ってやるって言ってんだよ!…で?子供は今どこなんだ?」

「きっと幼稚園にいるはずよ?もうすぐ帰りの会が終わる頃だと思う…」

「じゃあ、お前がいつも通り迎えに行け。泣いたり暴れたら、ちゃんと黙らせろよ?いいな?!」

「焦らないで…ね、子供なのよ?びっくりさせちゃうから…」

「うるさい!オレに指図するな!黙ってオレの言う通りにすればいいんだ!」

「…はい、はい…」

「…ごめんくださいー!寿司の配達なんですけれども…」

「ああ、ご苦労…おい、金!」

「これで…すみませんねぇ…」

「あの…一つ聞いても…?」

「何だ?!」

「ここに、ご家族が住んでいらっしゃる…って…」

「だったら何が悪いんだ!」

「あ、いや…失礼しました」

ブロロロロ………

「何かしら…変な人だったわね?」

「近頃は変な奴が多すぎる!だからこそ…子供はオレが徹底的に躾けないとな…!おい、幼稚園はどこだ!」

「ああ、外出てね、上った所よ。よいしょ、よいしょ…って。さぁちゃん、朝と午後ね、一緒に上ったり下りたりしてたのよ~?可愛いあんよでね?」

「フン、知らん!どうでもいい!」

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思った通り…やっぱり、本質って変わんないね。

「…どう?」

「幼稚園に向かってった…俺達の読み通りだよ」

「やっぱり…どこまで最低なの…!」

姉親子と、妻と紗百合を乗せたワゴン車の中…あの二人の動向を見張る。

家ではしおらしくしていたけれど…やっぱり、母親は俺達の信用をあっさり裏切った。

最初から、約束を守る気なんてさらさら無かったんだな。

妻が見つけてくれたんだ。部屋の床下に、まさか携帯電話隠してたなんてな…しかも、一昨年病死した兄の携帯を、勝手に…!

幼稚園に向かったってことは…つまり、紗百合を勝手に引き取って、人質にして、俺達を死ぬまで隷属させるつもりなのだろう。

でも、そんな姑息な手はお見通しなんだよ。

携帯と一緒に見つかった、養子縁組のパンフレット…俺達に、散々暴力と暴言振るっておきながら…まだ飽き足らないのか?親父。

でも…一つだけ、感謝していることがある。あんたは、底なしに前時代的な、馬鹿だ、ってことに。

学もキャリアも霞むくらい、周りから人が居なくなっているのにも気づかない。大馬鹿だよ。

「おなかすいちゃった」

「さゆちゃん、はい!これあげる!」

「わあ!りょーくん、ありがとう!」

「あら良平!随分お兄さんしてるじゃーん!」

「ありがとうね、良平君」

「孝介、ねえ、そろそろ…」

「…え、ああ…」

「そうだよ、あんな人達のことは、もういいでしょ?ようやく引っ越しも終わったんだし…これから遊園地行くんだから…」

「…そうだな」

あんたが探し回っている、俺達の大事な宝物は、そこには居ない。どんなに探し回ったって無駄だ。

なんなら、そこには誰も住んでなんかいないんだ。子供なんてもう居ない。

誰もいない―――――

「ねえ、おじさん、早く行きたーい―!」

「さゆもー!」

「はいはい!じゃあ、出発ー!」

「このグミのいろ、おもしろい!」

「それねー、良平がハマってるのよ…惑星グミってやつ!すごい色だよねー…青と灰色って(笑)」

「変じゃないもん!おいしいもん!」

「うん、変じゃないよ!えっとね、さゆもね、ようちえんで、こんな色したふわふわ、たっくさん見たんだー!」

separator

ザ、ザザ…ザザ…

ガタン!ガタ…ガタン…

「おい、やけに真っ暗じゃないか?」

「…」

「おい!」

「そんなこと無いわよぉ…あれ?本当だ!お昼寝かしら…」

「だったら、さっさと探してこい!」

「はいはい…そう急がないで…」

「チッ…お前がのろまだからだろうが…あーー!どいつもこいつも…!オレに黙って好き勝手…!…ん?」

「おじさん、ここで何してるの?」

「あんた、ここの人間か?」

「ここに呼ばれたの?」

「教えてくれ、ここの子供はどこにいるんだ?」

「いないよ」

「え?」

「ここには誰も居ないよ」

「どういうことだ!…じゃあどこに…」

「こっちにいるよ」

「何だ…そこの、広場か?」

「おいで」

「そっちに子供がいるんだな?!」

「おいで」

ガタ…ガタン…

「どうしましょう…!誰もいなかったわ…どうしよう…また殴られちゃう~…はぁ、孝介にも繋がらないし…お父さん!…お父さん?どこ行っちゃったのかしら…ねえー?どこにいるのー?」

ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………

ァ…シ…ウゥ……

「うん?お父さーん?……あらぁ、帰っちゃったのかしら…あ、もしかしたらもう、さぁちゃん連れて帰ったのかしら?じゃあ、戻らないとね…そういえば、さぁちゃんの好物ってなんだったっけ…フフッ、何でもいいわよね?…何かしら…やけに寒いわねぇ…足元が…あら?ぬかるんで…!動かない…どうしましょう…あああ、さぁちゃん…!」

ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………

ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………

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