起床すると、すぐに玄関へ向かい、ポストを確認する。
ガサガサと手探りで取り出すと、全てスーパーやうさんくさいエステのチラシだけ。
「よかった…」
ホッとしたのも束の間、リビングにある引き出しと言う引き出しを開けて、「ブツ」が隠されていないか徹底的に調べ上げる。
そして…何もないことを確認して、本当の意味でようやく私の一日が始まる。
この新興住宅地へ引っ越して、早半年…家族水入らずの穏やかな日々。だが…その中に突如訪れた、一人の厄介な存在…
「お義母さん!お義母さん!早く起きて!」
「わかったから…ちょっと待って…」
「ばあば!朝だよー!早くー!」
「ああ…さぁちゃん、待っててね…」
暴力的な義父から家族を守るため、夫が汗水たらして、ようやく貯めたお金で手に入れたマイホーム。私の実家から遠くなった代わりに、義実家からも飛行機の距離になって、ようやく平和に暮らせるはずだった。
それが、どう調べたのか…突然、義母がこの家にやって来て、同居させて欲しいと懇願してきたのが、二か月前のこと。
私と夫がどんなに問い詰めても、義母は、この家を突き止めた方法を吐こうとはしなかった。ただひたすら「お願い、お願い」と…背中を小さく丸めて土下座するだけ。
今更?どの面下げて?義父が、夫や夫の兄弟…果ては私や娘の紗百合にまで手を出そうとするのを、遠巻きに「やめて」としか言わなかったくせに!…四の五の言わずに、さっさと追い出せば良かった。
でも、ただ追い出したら…この人のことだ。義父に嬉々として、私達の居場所を伝えてしまうに違いない。こんな、長年に渡って築き上げた悪しき共依存の為に、今度こそ誰も犠牲にしたくなかった。
だから、私達夫婦は義母に、条件を提示した。
「娘の幼稚園の送り迎えを、十五分以内に行うこと」
「それ以外の外出は、一切認めない、携帯は没収」
「手紙や郵送品の受け取りや送付も一切認めない」
「貴重品や本人確認の書類はこちらで一括管理、持ち出しや隠すのは一切無し」
「これらの条件下にあることを、第三者には絶対に口外しない」
…以上の約束を、一つでも破った場合は、然るべき措置を行う――――
義母は「でも…」と何か言いたそうにしていたけど、夫が強い口調で迫ったら、黙って書面にサインした。
幸い、家から幼稚園までは、歩いて十分も満たない超近場。この住宅地の建設に合わせて作られたとあって、まだ真新しく、ママ友や近所との確執もほぼ無い。
それに、共働きが殆どの家が多いから、六十七歳の義母が送り迎えしたとしても、なんら不自然なことなどない。
…何より、携帯も財布も無い状態で、見ず知らずの片田舎を、仮に紗百合を連れて逃げたとしても…不審者扱いされるだけ。不利にしかならない。
義母は、腰が痛い、眠い…とこぼしているけれど…全ては、自分で招いたこと。
私達に従う以外の選択肢は無い。
「いつまで寝てるんですか?もう紗百合の支度終わりましたよ!」
「分かってる…ちょっとまだ…眠気が…」
「…じゃあ、もういいですよ」
「ちょっと…!待ってって言ってるじゃない…!」
「あれ、母さん起きてないの?ほら…頑張って…昨日もぐっすり寝てたじゃん」
夫は、布団から半身を出したままの義母の両脇に両手を掛けると、グイっと持ち上げて起き上がらせた。
「ほら、もう遅れるよ!」
「うう、ううう…もう…分かったわよ…」
よろよろと、力無くベッドから降りると、義母は部屋の隅のプラケースの中から服を取り出し、あくびをしながらようやく着替えを始めた。
その扉の外で、私と夫は声を潜める。
「…最近、怠慢過ぎない?何で手伝うのよ?」
「仕方ないだろ…ああでもしないと起きないんだから…」
紗百合は、そんな私達をリビングの方からじっと見つめている。
この家で、一点の黒さも無く、まっさらなのは紗百合だけだ。
まさか…大人達の卑しい思惑に巻き込んでしまうなんて、産まれた時は考えもしなかった。
「ごめんなさいね…さぁちゃん、行きましょうか」
「ばあば早くー!遅刻したら先生に怒られちゃう!」
「分かった待って…じゃあ、行ってきますね」
「はい、行ってらっしゃ~い!さゆ、お友達と仲良くね!」
「いってきまーす!」
後ろ姿だけ見ると、祖母と孫が並んで歩くのどかな光景。
でも、実際は違う。
「ごめんね…」
涙が出そうになるのを、グッとこらえてリビングに戻り、洗い物に取り掛かる。
「…まただ」
最近…夫用の朝食のお皿だけ、妙に食べ残しが増えているように感じる。
健康診断は、問題ないって言っていたし…これもやっぱり、同居のストレスだろう。
「じゃあ、俺も行くわ」
「うん、行ってらっしゃい!」
「あ…今日は夕方から打ち合わせがあって、ちょっと遅くなるかも」
「そうなの?分かった」
「…ポスト、大丈夫だった?」
「うん、何も来てなかった」
「…そうか、良かった」
郵便物に敏感なのは、他でもない。義母を通して、義父や義父寄りの人間から、よからぬ配達物が来るかも知れないからだ。
以前住んでいたマンションにいた時、彼らから散々、菓子折り箱でカモフラージュされた罵詈雑言の手紙を受け取っていただけに、そのトラウマが未だに抜けずにいる。
今の所…義母は私達の条件通り、娘を時間内に預けるとすぐに帰宅して、あとは夕飯まで自室に籠って出てこないから、その心配はないと思いたいけれど…
「ただいま戻りました」
「はい、お疲れ様でした」
「ねえ、有美子さん…もう少し、優しく起こして欲しいんだけど…」
「…優しく?笑わせないで。あなたがちゃんと、起きればいいだけの話です」
「でも…」
「私達とのお約束…もう忘れですか?」
「…ううう…」
義母は、何かを言いたそうにしながら、テーブルに用意したおにぎりとお茶を持って、自室へと戻って行く。義母の部屋の窓は嵌め殺しになっていて、尚且つ、廊下の両端も行き止まりだから、黙って外には出られない。
一種の監禁、と言われれば、そうなのだろう…でも、こうでもしないと、いつはっちゃけるとも知れない人間を、留め置くことは出来ないのだ。
…私が時折見る夢…その中の情景のように。
――――お姉様…いつまで私をここに、閉じ込めるおつもりなの?
――――あなたから、汚い男の臭いが消えるまで…
――――消えないわよ?沢山匂い付けしてもらったもの…知ってるでしょう?
――――こんな田舎でわざわざ男を引っかけなくても…家を出て、都会で好きなだけやればいいものを…
――――町は退屈だわ。ドキドキしないもの…所で、お母様はどうしてるのかしら?
――――あなたに知る権利はありません。あなたは…これからもここで、自らの穢れを省み続けるのよ…一生ね
…そう、一生…自分の浅はかさを思い知ってくれればいい…
separator
…さん…
ぃかわ…さん
「及川さん!」
「えっ!」
ふと我に返ると、ノートPCの向こうに映るチャットの面々が、怪訝かつ、心配そうにこちらを覗いていた。
「…大丈夫?」
「あ、ごめんなさい!私…ええっと、プレゼン…私、どこまで話しましたっけ?」
「も~!今はそのプレゼンの打ち合わせですよ(笑)及川さん、何か疲れてません?」
「あ、いや…ごめんなさい…実は夫が…」
「旦那さんどうかしたの?」
「あー、いや…でもこんな時に…」
「よいしょ、っと…はい、部長のチャット退室にしたから、何でも話しなよ」
「え、そんな!部長に知れたら…!」
「いいのいいの!大体、部長が会議に顔出すのなんて最初の十分くらいだもの。あとは呼び出しでいつもいないの。ねっ!」
「そうですよー!」
「…なら、お言葉に甘えて…」
家族以外の誰かに、悩みを打ち明けるなんていつ振りだろう。
なんせ、ここ二カ月…私も夫も、義母の一挙手一投足に注意を払う生活を、ずっと続けているのだ。
まっさらな白壁のマイホーム…なのに、住んでから何故か、今まで見たことのない、まるでリアルに近い情景の不気味な夢ばかり…いや、もしかしてあれは、現実に起きていたのでは…とさえ、思える。
「えー、毎晩って、なんかちょっと怖いですね」
「でしょう…?夢はまだいいんだけど…夫のほうは…ね」
「病院には行った?」
「うん、でも、異常無しって言われて…でも、明らかに、凄く疲れてるの」
「もしかして、土地が悪いんじゃ…」
「ちょっと、高橋さん、言い方!」
「ごめん…でもさ…事故物件とかオカルトとかで、そういうの聞くからさ…」
「あ~…」
「ねえ、及川さん…他には何か、思い当たる節は…」
「う~ん…それは――――」
ゴポッ…
――――まただ。
ゴポ、ゴポッッ…
原因不明の、謎の水音。酷い時は、変な匂いまで感じる。
ほんの数分で消えるから、気のせいかも知れないけれど…この音は、ここに越してきて間もない時から、昼夜関係なく、たまに耳にするようになっていた。
配水管が詰まっている訳では無いし、掃除は徹底している。なのに…
夫も紗百合も、義母も気付いていない。私にだけ、この音が聞こえている…
「もしかして…水はけが悪いんじゃない?」
「えっ…え、水…?!」
「そう、水はけが悪いと、体にも影響受けるって…」
同僚に何気なく言われたことが、夜になっても引っかかる。内見の時は全く気にならなかったけれど、確かに、どこか身体が重いような…まるで、粘度のある「何か」に、足元を引っ張られる感覚。
夫も、無意識の内に感じているのかも知れない―――――
「おかあさん!今日ね、さくらちゃんとふみとくんと、おにごっこして、おえかきしたの!」
「そうなの?良かったわね!どんな絵を描いたの?」
「えーっとね…ほら!」
束の間の、親子の時間。
キラキラとした笑顔で、幼稚園での出来事を話す紗百合を見ているだけで、私の心は解れる。
「わあ素敵!」
「えっとね、これが、さくらちゃん!でね、こっちにいるのが、ふみとくん!それでね、まんなかが、さゆだよ!」
「さゆはお絵描き上手ね!大きくなったら、絵描きさんになるのかしら?」
「う~ん…」
「さすがに、まだ分からないか(笑)ごめんね!」
「ううん…あのね」
紗百合が、急に寂し気な顔を見せる。
「…ばぁばがね…」
「どうしたの?何か言われた?」
「ううん、ちがうの…いつもね、ひろばのところで、ぼーっとしてるの…」
「そうなの…何かされたんじゃないのね?」
「うん、なにもないよ!…でも…」
「でも?」
「ほんとは…おかあさんといっしょがいい!いっしょに、ようちえんにいきたい!」
「…おかあさんも、一緒に行きたい…」
自分の情けなさと弱さが、たまらなく恨めしい。
こんなはずじゃない。こんな気持ちになるために…家族で越して来たんじゃないのに…!
紗百合をぎゅっと抱きしめて、涙が滲むのをどうにか隠す。私の視線は…暗い廊下の奥にある、ドアの向こうの存在を、睨んでいた。
私が…私が紗百合を…
「…絶対に守る…」
「…おかあさん?どうしたの?…だいじょうぶ?」
「…うん!お母さんね、さゆのこと大好きよ」
「さゆも、おかあさんのことだーいすき!!おとうさんもだーいすき!!」
布団に入って、再び紗百合を抱きしめる。
階下で、夫の帰ってくる音を微かに聞きながら…
私は、うつらうつらと、眠りに落ちる。
ゴポッ…
ゴポッ…
separator
――――あなたが…あなたが…お母様を…!?
――――私じゃないわ、やったのはあいつら。私は自分の欲求を満たした、それだけよ。
――――ふざけないで頂戴!!!…唯…なんで…小さい頃はあんなに可愛かったのに…私の陰に隠れて…なんて愚かなことを…!お母様…!なんて不憫な…
――――唯?誰です?そんな名前の女性…知りませんわ。私は、リリア、よ。
――――この淫売女!!!あんたのせいで…!うちの崇高な血筋が…!!!
格子越しに、私の目の前で、怒り狂う女性…それを、私は…いや…私じゃない…私は、この「唯」という女性の意識の隙間に潜り込んで…覗き見ている…そんな感覚。
崇高な血筋…誰…一体何のこと…?
――――フッ…フフフッ…あはははは!!…お姉様ってば…まだそんな、下らないことを…ああ、そうでした、あの母親モドキがそうさせたんだわ…可哀そうに。
――――黙れ!!黙りなさいよ!!!…あんたが、あんたがあいつら全員をけしかけて…母を…!母の清い体を…!
――――あははははは!ははは!…お姉様ってば、人を笑わせるのがお上手ね…漫談でもなさったら如何?…清い体?…処女受胎を信じてらっしゃるの?…フフフッ…
――――黙りなさいよ…!この売女!
――――あの男達も、かつては清い体だったのをお忘れ?それを…あの母親モドキとあなたが、汚い汚いヘドロの沼でぐちゃぐちゃに穢したというのに…
――――ひっ…う…ぐっ…!
――――可笑しい…!ご自分が付けた泥が、自分自身に付いたってだけなのに…こんなに大騒ぎして…!罪深いのはどちらかしら…ねえ?お姉様?
――――あ、ああああ、あああ!!うるさい!!
――――ねえご存じかしら?…ここの土がこーんなに湿っているのは…あのヘドロの池と、繋がっているからなのよ…お姉様が今、立っているその場所も…この空気も…全部、あの男達の臭いでいっぱいなの…
――――…ッッ!ひっ…そんなわけ…
黒ずんだ、泥のような液体…「お姉様」は、上からぽたぽたと落ちてくるそれを、小さい悲鳴を上げながら、振り払おうとする。
けど…黒い液体は、どんどん…その白いブラウスを、綺麗な水色のスカートを…じわじわと汚していく。
そして…
「ねぇ?ふかふかでしょう?柔らかいから…すぐに沈んでしまうわ…」
板張りの床の上からでも、ハッキリと感触が分かる。水分をたっぷりと含んだ、粘度の高いその地面が…ぐらぐらと足元を不安定にさせる。
そして…それは…お姉様の足を取ると…
ズルズルと…
「いや…いやぁあああああ!!どうして…!助け…あああああ!!」
…沈んでゆく。
―――…助けて…た…す…け…て…
ゴポッ…ゴポ、ゴポッッ…
腐臭を含んだ、穢れた液体…
そこに、穢れた人間が沈んでゆく…
ゴポッ…ゴポ、ゴポッッ…
…ああ、そうか…この音は――――
separator
「おかあさん、いってきまーす!」
「行ってらっしゃい!」
紗百合が、いつも通り義母と一緒に幼稚園に向かう。
私は、その姿を見送って、家の鍵を閉めると…義母の部屋の、床の感触を一歩一歩丁寧に確かめる。
トン……キュッ…トンッ…
何故急に、そんなことをしたくなったのか、今でもよく分からない。
夢の中の…あの会話の真意も謎のままだ。
けど…夢から目覚めた時、私の意識は、玄関のポストでも、リビングの引き出しでも無く…この「床下」に向いていた。
何で今まで、気付かなかったのだろう。あの水の音は…ずっと、私に教えてくれていたのかも知れない。
トン……キュッ…トンッ…
トン…トッ…ッ…ギッ―――――ミシッ…!
…柔らかい…
硬いフローリングの…その一部分。服の入ったプラケースに隠れていた、そこだけ…湿気を帯びて、ブニブニと足が沈むのが分かった。
脈打つ心臓に合わせて、汗が生え際から背中へと流れ落ち…全身が不穏な空気に震える。
私は、ゆっくりとプラケースの取っ手に手をかけ、横にずらした。
…すると…見る見るうちに、グズグズに傷み、黒ずんだ床が姿を現す。
「……は……ぁ……」
顔を近づけると、黒ずみだと思っていたそれは、床に空いた穴だった。
そこから…記憶に新しい、あの独特なヘドロの臭いが、少しずつ、少しずつ…漂ってくる。
いつからこんな状態になっていたんだろう。内見の時にも、引っ越した時にも、一切無かったのに。
ゴポッ…ゴポ…
微かに音がする方へ、私は手を伸ばす。
スマートフォンの光に反射して…その先に、何かがあるのを見つけ、ぽっかり口を開けた床下のその奥を覗いた。
まるで、暗闇に浮いているように目に映るそれは…A4サイズの、金属製の箱だった。
その中には――――
「ただいま帰りましたー」
「…!お疲れさまでした…」
逃げないと。
早く…ここから。
一日でも早く…!!
separator
プルルルルル…プルルルルル…プルルルルル…
ブツッ――――お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか…
「…孝介、電話に出ないわ…有美子さんもさぁちゃんも、どこにいるか分からないし…どうしましょう…まあ、仕方ないわね。どうかしら、お父さん」
「フン、家長のオレに黙って一軒家なんてな…卑しい奴らだ!」
「まあ、まあ…孝介の家なんだし…でも、とってもいい家でしょう~?新築よ新築!」
「だからどうした?家長のオレがいるなら、そこはオレの家なんだ!戻って来たら…あの息子と嫁には、いかに自分達が不出来な親不孝者か、分からせてやらないとな…!」
「ちょっとー、さぁちゃんには…やめて頂戴よ?」
「何だそれは…ああ、あの子供か…だいたい、お前が子供だからって甘やかすから、孝介も皆も勝手なことばかりし始めたんだ!」
「だって…まだ子供なのよ?!手加減しないと…しかも女の子だし…」
「関係あるか!そもそもな…オレは今の子供が大きくなったら、そいつらの子供どれかを養子にしようって思ってたんだ。それを勝手に…!このオレに黙って…!許さん!」
「落ち着いて…ね、女の子にはやめましょう?ほら、お姉ちゃんの所だっているじゃない?」
「あいつは連絡を寄越さん。…仕方ないから、孝介の所の奴を一匹引き取ってやるって言ってんだよ!…で?子供は今どこなんだ?」
「きっと幼稚園にいるはずよ?もうすぐ帰りの会が終わる頃だと思う…」
「じゃあ、お前がいつも通り迎えに行け。泣いたり暴れたら、ちゃんと黙らせろよ?いいな?!」
「焦らないで…ね、子供なのよ?びっくりさせちゃうから…」
「うるさい!オレに指図するな!黙ってオレの言う通りにすればいいんだ!」
「…はい、はい…」
「…ごめんくださいー!寿司の配達なんですけれども…」
「ああ、ご苦労…おい、金!」
「これで…すみませんねぇ…」
「あの…一つ聞いても…?」
「何だ?!」
「ここに、ご家族が住んでいらっしゃる…って…」
「だったら何が悪いんだ!」
「あ、いや…失礼しました」
ブロロロロ………
「何かしら…変な人だったわね?」
「近頃は変な奴が多すぎる!だからこそ…子供はオレが徹底的に躾けないとな…!おい、幼稚園はどこだ!」
「ああ、外出てね、上った所よ。よいしょ、よいしょ…って。さぁちゃん、朝と午後ね、一緒に上ったり下りたりしてたのよ~?可愛いあんよでね?」
「フン、知らん!どうでもいい!」
separator
思った通り…やっぱり、本質って変わんないね。
「…どう?」
「幼稚園に向かってった…俺達の読み通りだよ」
「やっぱり…どこまで最低なの…!」
姉親子と、妻と紗百合を乗せたワゴン車の中…あの二人の動向を見張る。
家ではしおらしくしていたけれど…やっぱり、母親は俺達の信用をあっさり裏切った。
最初から、約束を守る気なんてさらさら無かったんだな。
妻が見つけてくれたんだ。部屋の床下に、まさか携帯電話隠してたなんてな…しかも、一昨年病死した兄の携帯を、勝手に…!
幼稚園に向かったってことは…つまり、紗百合を勝手に引き取って、人質にして、俺達を死ぬまで隷属させるつもりなのだろう。
でも、そんな姑息な手はお見通しなんだよ。
携帯と一緒に見つかった、養子縁組のパンフレット…俺達に、散々暴力と暴言振るっておきながら…まだ飽き足らないのか?親父。
でも…一つだけ、感謝していることがある。あんたは、底なしに前時代的な、馬鹿だ、ってことに。
学もキャリアも霞むくらい、周りから人が居なくなっているのにも気づかない。大馬鹿だよ。
「おなかすいちゃった」
「さゆちゃん、はい!これあげる!」
「わあ!りょーくん、ありがとう!」
「あら良平!随分お兄さんしてるじゃーん!」
「ありがとうね、良平君」
「孝介、ねえ、そろそろ…」
「…え、ああ…」
「そうだよ、あんな人達のことは、もういいでしょ?ようやく引っ越しも終わったんだし…これから遊園地行くんだから…」
「…そうだな」
あんたが探し回っている、俺達の大事な宝物は、そこには居ない。どんなに探し回ったって無駄だ。
なんなら、そこには誰も住んでなんかいないんだ。子供なんてもう居ない。
誰もいない―――――
「ねえ、おじさん、早く行きたーい―!」
「さゆもー!」
「はいはい!じゃあ、出発ー!」
「このグミのいろ、おもしろい!」
「それねー、良平がハマってるのよ…惑星グミってやつ!すごい色だよねー…青と灰色って(笑)」
「変じゃないもん!おいしいもん!」
「うん、変じゃないよ!えっとね、さゆもね、ようちえんで、こんな色したふわふわ、たっくさん見たんだー!」
separator
ザ、ザザ…ザザ…
ガタン!ガタ…ガタン…
「おい、やけに真っ暗じゃないか?」
「…」
「おい!」
「そんなこと無いわよぉ…あれ?本当だ!お昼寝かしら…」
「だったら、さっさと探してこい!」
「はいはい…そう急がないで…」
「チッ…お前がのろまだからだろうが…あーー!どいつもこいつも…!オレに黙って好き勝手…!…ん?」
「おじさん、ここで何してるの?」
「あんた、ここの人間か?」
「ここに呼ばれたの?」
「教えてくれ、ここの子供はどこにいるんだ?」
「いないよ」
「え?」
「ここには誰も居ないよ」
「どういうことだ!…じゃあどこに…」
「こっちにいるよ」
「何だ…そこの、広場か?」
「おいで」
「そっちに子供がいるんだな?!」
「おいで」
ガタ…ガタン…
「どうしましょう…!誰もいなかったわ…どうしよう…また殴られちゃう~…はぁ、孝介にも繋がらないし…お父さん!…お父さん?どこ行っちゃったのかしら…ねえー?どこにいるのー?」
ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………
ァ…シ…ウゥ……
「うん?お父さーん?……あらぁ、帰っちゃったのかしら…あ、もしかしたらもう、さぁちゃん連れて帰ったのかしら?じゃあ、戻らないとね…そういえば、さぁちゃんの好物ってなんだったっけ…フフッ、何でもいいわよね?…何かしら…やけに寒いわねぇ…足元が…あら?ぬかるんで…!動かない…どうしましょう…あああ、さぁちゃん…!」
ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………
ザ、ザザ…ザザ…ザザザザザ………
作者rano_2
ご無沙汰しております。
以前投稿した、「分譲地の怪」シリーズ。久々の新作を書いてみました。
過去作はこちらになります。こちらから読み進めると、分かり易いかと思います。
よろしくお願いします。
シリーズ①
https://kowabana.jp/stories/36387
シリーズ②
https://kowabana.jp/stories/36434