百物語【 三十二話〜三十四話】

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百物語【 三十二話〜三十四話】

皆さま、お暑うございます。綿貫(わたぬき)でございます。

山サン様の身の毛のよだつ話の後を受けまして、行かせていただきたいと思います。

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さて、次第次第に夜も更けて、闇も深くなってまいりました。

この昏い部屋におりますと、皆さまのお顔もわかりませんで、どなたも等しく影法師に見えますね。

ひとりふたり、見知らぬ方が混じっていても分からないかもしれません。

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そちらの後ろの方に浮かんで見える白い顔は、ロビンさんだとはわかるのですが……。

shake

え?ロビンさんはこっち?

いやいや、オカシイですねえ……。

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さて、いつもは「噺」ばかりの私ですが、今宵は怪談百物語ということでして、私が聞きかじったハナシをば、語らせていただきたいと存じます。

どうぞ、お聞き流しのほどを願っておきます。

それでは、こんなハナシを。

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第三十二話【深夜のコンビニ】

知り合いの女性、Sさんの話である。

Sさんは昨年まで、地元のコンビニでバイトをしていた。

「店舗が実家の近くだったので、深夜のシフトにもよく入ってました」

彼女が勤めていた店舗は、田舎町の県道沿いにあり、深い林道に入っていく手前に位置していた。

「おかげで夏場は虫がすごくって。軒先の殺虫灯が、いつもバチンバチン音を立ててました」

私、あの音苦手なんです。びっくりしちゃって。

そう言ってSさんは笑った。

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Sさんが深夜、バイトをしていると、度々不思議なことが起こったという。

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「入店音が鳴って、ドアが開くんです。反射的に『いらっしゃいませ』って口にしながら振り向くんですけど、そこには誰もいなくって」

店舗のドアは自動ドアではない。人が押して開くタイプだ。

ドアはかすかに揺れている。

入店音は確かに鳴った。

しかし店の中にも外にも、人影はない。

「風のせいとか、センサーの誤作動のせいって自分を納得させてました」

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レジにいて、たまたま視線を下げていると、視界の隅に女性の足元が映る。

会計待ちの客かと顔を上げると、やはり人影はない。

「白のウェジサンダルで、爪には真っ赤なマニュキュアが塗られていました」

視たのは一度や二度ではない。

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「レジにいて、雑誌棚越しに店の外を見ると、軒下に髪の長い女性の後ろ姿が見えることがあったんです。

……深夜2時とかにですよ?

店の前には車は一台も停まってなくて。

この人、どこから来たの?って思って。

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それにずっと背中向けたまま、店の外にいるんです。

入ってこないんです。ずっと。

私、それが厭で厭で。

奥にいるNさんに、声をかけたんです」

Nさんは年上の、二十代半ばの男性だ。

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「また出たって?」

そう言って、Nさんがヘラヘラとした笑顔を浮かべながら、店の奥からのっそり出てくると、後ろ姿の女は軒先から消えている。

Nさんはバイトの先輩だが、これまで一度もそんな女を視たことはないと言う。

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「女も、毎日出るってわけじゃないみたいで。

私も、たまに見ちゃうだけっだったんですけど……。

でも、ある時気付いたんです。

私がその女を視るのって、深夜のシフトでNさんと一緒の時だけだなって」

Nさんはわりとイケメンで、細身で長身だ。女子受けは良さそうだった。

Sさん自身は、Nさんの軽薄なノリが好きではなかったわけだが。

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もしかして、Nさん目当てのストーカー?

でも、明らかに不自然なことが起こっているし、Nさんとすったもんだあった上で亡くなった女性の幽霊とか……。

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「当のNさんが気にしてないんじゃ、意味ないじゃないですか?

関係ない私をおどかしてないで、Nさんの方に化けて出てほしいって思いました」

Nさんは本当に、あの女が視えていないのだろうか?

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sound:11

ある土砂降りの晩のことだった。

店の外は真っ暗で、車の一台も通らない。

凄まじい風に、森の木々が狂ったように身を躍らせている。

Sさんはなんとなく外を見たくなくて、レジ前の棚の陳列を整理していた。

Nさんは背後の、レジスペースの中で雑誌を読んでいた。

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shake

チャララン♪チャララン♪

不意に入店音が響いた。

ぎょっとしてSさんはドアに目をやった。

人影はない。また誤作動だろうか。

しかし、確かに店内に侵入してきたものがあった。

泥水だった。

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真っ白なリノリウムの床を、一筋の泥水が流れ込んでくる。

「店舗の前は国道を挟んで山ですから。すごい雨だったし、それで泥水が流れ込んできちゃったんですね」

泥水はスルスルと蛇のように、Sさんの方に進んでくる。

雑巾を持ってこなくては、そう思ったSさんの目の前で、それまで真っすぐ進んでいた泥水は急に進路を変えた。

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「急に、くいって。

レジの中へ。

Nさんの足元へ。

もともと、店の中にそんな傾斜なんてないはずなのに。

おかしな動きでした」

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shake

「ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

不意に、Nさんが絶叫した。

足元を凝視したまま、ガタガタと震えている。

Sさんの位置からだと、レジ台に隠れて彼の下半身は見えなかった。

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「やっぱり、Nさんにも前から視えていたんだと思います。

女の人の名前、叫んでたし」

再び軽快な入店音が鳴り出し、その後しばらく鳴り止まなかった。

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………

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………

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………

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第三十三話【のたうつ】

会社員の男性、Iさんから聞いた話だ。

うっとおしい長雨が続く、梅雨の時期のことである。

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「その日、飲み会で遅くなって、終電で最寄駅に着いたんです。

朝から降り続いていた雨が上がって、薄い雲が空を覆っていました。

月が、月見そばのくずれた黄身みたいに、ぼんやりと雲を照らしてて。

空気は生温くジメジメして、息苦しい感じでした」

すべてが曖昧な夜だった。

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下町の、迷路のように細く入り組んだ道をだらだらと歩く。

と、Iさんは、道の先、青白い街灯の光のわずか外に、奇妙なモノを見た。

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人の形をした影であった。

頭の先から足の先まで、すべてが真っ黒だった。

どちらが表でどちらが裏なのか、判然としない。

その表面は、なんだかヌラヌラと濡れているように思えた。

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その妙なモノは、街灯の光の外、薄ぼんやりとした陰の中で、うごめいていた。

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「なんていうんでしょうか。

蛸踊り?

温かいご飯に、鰹節をかけた時の感じっていうのかな?

あ、前衛芸術のダンスって言った方が、カッコいいのかな?」

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――ぬる、

―くね、

――ゆら、

びたん、

――――ぬる、

――びしゃ、

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「気持ち悪かったなあ。近づきたくなかった」

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――ぴちゃ、

―ぴたん、

―――ふわ、

shake

――ビチャビチャビチャ!

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陸に打ち上げられた鯉のように、濡れた路面の上を跳ね回り、壁にその身をぶつけていた。

壁には、人型の染みができていた。

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「気味が悪かったのに、しばらく目が離せなかったんです。

ハッと気づいて、急いで道を変えて帰りました」

部屋に帰って布団をかぶっても、瞼の裏にあの奇妙な影の動きがちらついた。

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「翌日です。明るくなってから、昨夜の場所に行ってみました。

……確かめない方が怖いですから」

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壁の染みはなくなっていた。

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濡れた路面にはたくさんの黒い虫が集まって、何かを必死に舐めていた。

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………

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………

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………

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第三十四話【窓】

OLのTさんの話である。

Tさんは一人暮らしをしており、住まいは2階建てのアパートの、3部屋並んだ真ん中の部屋である。

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「会社帰り、アパートの前の道から、ふと部屋の窓を見たんです」

カーテンが半分開いていた。

朝出かける際に、閉め忘れていたようだった。

「あららって思ったんですけど、」

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不意に部屋の中から白い手が覗き、カーテンをシャッと閉めた。

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Tさんは一人暮らしである。

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恐る恐る、部屋の前まで来て鍵を開けるも、中は無人であった。

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綿貫さん、初めまして~~

あの。。すんごい怖いんですけど、どうしましょ。
冒頭から、いきなり暗い部屋に引きずり込まれて、物語に強制参加の上、正座してるような
緊張感が(T^T)

読み終わって、コメする手が震えてます。マジです怖いですっ!

ちょっと文句言いたくなるくらいの怖さです!

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綿貫さん、お元気でしょうか?お久しぶりです。

コンビニとか24時間営業の場所は何かしら起きますよね。
Nさんが見たものはやはりストーカーの霊⁇
もしくはまた別の⁇ とにかくゾッとした話で怖かったです!

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3話とも暗い中で聞いたらもっと嫌ですね
もう明るい所でしか読めません…
綿貫一さんの次なんて投稿する方が怖いです〜
誰の後でも怖いですけど〜

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