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「はいはい、解りました。見回り今まで以上に徹底いたしますんで。はい・・はい・・。これからも、どうぞよろしくお願いし・・・。」
ガシャン
言い終わらぬうちに切られた電話。
夜勤入りしてから、これで5件目のクレームだ。
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「また、くそガキたちの仕業か。ったく・・。」
田中は、忌々し気に首筋の汗を拭う。
「真夜中だっていうのによ。やけに蒸し暑いぜ。エアコン効いてんのか?」
「まぁまぁ、そうイライラしなさんな。時節柄、この手の苦情は、毎年の如くあるものさ。」
今年定年を迎える吉田が笑いながら宥める。
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「いい加減にしてほしいですよ。さっきは、川久保とかいう酒屋の娘の失踪騒ぎ。その前は、高校生が廃工場の敷地内に入り込んでどんちゃん騒ぎ。その前は、センサーに触れて駆けつけた警備員と小競り合い。その前は、色恋沙汰のあげく乱闘。いい加減にしてもらわないと。身体がいくつあっても足りん。」
田中は、ぬるくなった麦茶を一気に飲み干し、顔を洗って来ますわ。と部屋から出て行った。
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「頭でも冷やして来いや。」
贅肉で丸くなった背中
呟く内容としぐさ
(あいつもそろそろ中年だな。)
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吉田は、ふとディスクに置かれたメモを見た。
『川久保史華 19歳 家事手伝い。老舗 川久保酒屋の一人娘。一昨日の夜、友人数名と出かけるも、未だ連絡つかず。
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午前0時半
「これから五人で心霊スポット・皆殺しの家に向かいまちゅ。」
「ちょっと、そんな危ないとこ止めとき。」
「(。・ω・。)ノ♡進さーんや夏美ちゃんと一緒だから。怖くないもんね。」
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遊び友たちとのlineのやりとり。
→連絡が途絶えたのは、土曜の深夜。
まだ遊興している可能性大。明朝まで様子をみて連絡がつかなければ捜索願』
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長年の勘とでもいうのだろうか。
吉田に一抹の不安がよぎる。
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そういえば、あの日も、蒸し暑い夜だった。
数年前、ここに赴任して初めて担当した殺人事件。
辺り一面、血の海で凄惨を極めた現場が目に浮かぶ。
目的を遂げた犯人は、自ら猟銃を口に加え発砲して果てた。
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大人4人に子どもが3人。一家7人全員がその犠牲となったのだ。
犯人の動機については、推測の域を出ない。
事件のあった別荘地は、買い手がつかず、国の所有物になっているはずだ。
「立ち入り禁止」の看板の先には、老朽化した建物が7棟、未だ取り壊されずに残っていると。
近寄るだけなら問題はない。
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中には入れないはずだ。仮に入れたとしても、封印を解かない以上、大丈夫だと思っていたのだが。
「もしや、あいつのせいで。」
厭な汗が背中をつたう。
そんな馬鹿な。あの日、あの時、完璧に封印したはずだ。
もう二度と「あいつ」が出て来られないように。
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憂さ晴らしが済んた田中が、清々しい顔をして戻って来た。
「どうしました。顔が真っ青ですよ。」
チッ
吉田は、心の中で舌打ちをした。
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「忙しいところをすまん。ちょっと調べ物をしたいのだが、手伝ってくれないだろうか。それと、このパソコン使わせてもらえないかな?」
「べ、別に構いませんけど。何かお探しですか?また、始まりましたかね。吉田さんの霊感いや勘働き(かんばたらき)ってやつが。」
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田中は相好を崩し、冷えた缶コーヒーを手渡す。
「ありがとう。眠気覚ましになるよ。実は、そのメモのお陰で一気に覚醒しちゃったんだがね。」
「このメモがなにか?どうせまた若者の火遊びでしょうよ。けろっとした顔をして戻って来ますよ。」
「だといいんだがな。悪いがこのメモに書かれているお嬢さん。史華さんとその交友関係について詳しく知りたい。
朝になってからでいいから、後から川久保さん宅に電話入れておいてくれないか。明朝、家に帰宅していたのならそれに越したことはないからね。」
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(酒屋の娘・・皆殺しの家・・心霊スポット・・猟奇殺人)
吉田は、記憶の糸を辿りながら、パソコンの画面に食い入るように過去の犯罪データを洗い出す。
猟奇大量殺人に関する類似事件。ある一人の男の名が挙がって来た。
「津山三十人殺し」都井睦雄にも匹敵するほどの男。
「被疑者死亡。だが、遺体の頭部を含む上半身の損傷が激しく本人との確認できず。」
封印しただけだ。あいつはまだ、生きているのかもしれない。もし、生きているとしたら、どんな形で我々の前に姿を顕すつもりだ。
全身ぞわぞわと総毛立った。
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全ての母親が我が子を愛するとは限らない。
自ら腹を痛めて産んだ子ですら、時に疎ましく、時に憎しみを抱く者もいる。
あれほど待ち望んだ妊娠。
なのに、夏子は、なぜか喜べなかった。
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産みたくない。
この子を産んだらとんでもないことが起こりそう。
そんな胸騒ぎがした。
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堕胎は罪。費用もかかる。なら自然流産だ。
「そんなに無理せんでもよか。」
と周りに気遣われつつも、夏子は、臨月まで働き通した。
心身を酷使することで、この子を産まなくて済むかもしれない。
そんな思いとは裏腹に、お腹の子は、痩せてやつれた女らしさのかけらもない母親の胎内の、どこから栄養を摂っているのか解らぬほど、順調にすくすくと育って行った。
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「いいですね。心音もしっかりしているし。お腹の張りもない。このまま無事産まれるように頑張ってください。」
医師から優しい言葉をかけられても、少しも嬉しくはなかった。
「私はどうかしているのだろうか。こんな精神状態で、果たして良い母親になれるのだろうか。」
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時はいたずらに過ぎてゆき、やがて、出産の時を迎えた。
看護師と助産師が子宮口の様子を見て、「まだですね。陣痛の感覚が短く成ったら、この手元のブザーを押して呼んでください。」と言って戻って行った。
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ひとり分娩室に残された夏子の耳に、
「・・・を・・す」
ブツブツと呟くような重く低い声が聞こえてきた。
え?上半身を起こして辺りを見渡しても誰もいない。
「・・・を・・す」
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突然、激しい痛みが身体中を駆け巡った。
「お・えを・ろす」
呟きは夏子の身体の奥から聞こえている。
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「おまえをころす」
三度目はハッキリと聞こえた。
激しい身体の痛みとともに、ぬるっとした感触が下腹部を覆う。
身をよじりながら、再度上半身を起こしてみる。
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分娩台に広げられた今まさに赤ん坊が生まれようとしているところから、ドロドロに赤く焼けただれた醜い男の顔が覗いていた。
顔には、目がなく大きな穴が二つ開いていて、口も鼻もあるのか解らなかった。
その顔は、夏子に向かって、にやりと歪んだ笑みを浮かべ、ぐいと身をよじると赤黒く平べったい手で腹ばいになりながら、にじり寄って来た。
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二つの穴のような目らしきものがあるだけ。
声は、どこから出ているのか解らない。
「おまえをころす」
「おまえをころす」
「おまえをころす」
「ギャー!誰か助けて。誰か。」
夏子は、激痛に耐え、ありったけの力で叫んだ。
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気が付くと、笑顔で見つめる看護師と医師がいた。
「おめでとうございます。よく頑張りましたね。元気な男の子ですよ。」
「少し赤ちゃんが大きくてね。ちょっとお手伝いさせていただきました。すみません。」
看護師から手渡されたのは、まるまると太った玉のような赤ん坊だった。
おぎゃあおぎゃあという声を聴いているうちに、夏子は、初めての出産によるストレスで悪い夢でも見たのだ。と思うことにした。
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子どもは、秀夫と名付けられた。
秀夫は、驚くほど手のかからない子だったが、夏子は、時折、石を抱いているような錯覚に陥った。
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ある日を境に、おっぱいを含ませても、おむつを変えている時も、夏子を見てケタケタと笑っている時ですら、不安と恐怖が、頻繁に夏子を襲った。
「この子可愛くない。」
「産まなければよかった。産むんじゃなかった。」
その思いは、月日を重ねるごとに、重く心にのしかかっていった。
なぜ、自分のお腹を痛めた子に、そんな残酷な思いを抱いてしまうのか夏子は理解できなかった。
我が子に抱く罪悪感と嫌悪感。
二つの相反する感情が、産後の夏子を、よりいっそうブルーな気分にさせていた。
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夏子の嫁ぎ先は、街中から離れた山間部に位置し、代々農業を営んでいた。
主に畑作が中心で、広大な土地に野菜や果物を作っては、近隣の市町村に卸していた。
だが、それだけでは到底生活は維持できない。
農家の男たちは、杜氏(とうじ)として働いていた。
杜氏とは、酒造り職人のことである。
酒造りは、ほとんど冬場に行われる。
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彼らは、春から夏にかけては、農業で生計を立て、秋から春にかけて、地元の酒造業者の元で他の杜氏職人たちと寝食を共にしながら酒造りに励んだのだった。
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やがて、時代は、明治に代わり、別荘地ブームが訪れると、夏場は、海を一望できる山間部の別荘地。冬場は、杜氏職人としての人脈を生かし、日本酒の美味しく飲める囲炉裏の別荘地。としてその名を馳せるようになっていった。
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秀夫の先祖も、農業をする傍ら、広大な土地に7棟建てられた別荘地の管理人として、代々その任を担って来た。
文明開化とともにやって来た西洋文化。
山間部とはいえ、少し行った先には、海もある。
港には、珍しい魚もあがった。
上手く波に乗れたのだろう。
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昭和のバブル経済がはじけてからは、かつての賑わいはなくなったとはいうものの、毎年別荘地を訪れる家族とは、身内のように親しくなっていった。
秀夫も別荘の庭の草取り、部屋の掃除など物心がついた頃から手伝わされた。
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秀夫の父、耕作は、病弱だった。
冬場、杜氏として働くには、身体の負担が大きかったのかもしれない。
秀夫が小学校の三年生の時、流行り病に罹患し、あれよあれよというまに急死した。
秀夫は、病身だった父親の記憶があまりない。
幼い頃から、母親の夏子とは、そりが合わず、同居していた祖父母に溺愛されて育った。
山間部にほど近い農家だったことや、年中無休状態の別荘地の管理人。
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秀夫は、冷たい母親と年寄り二人に育てられたせいもあり、父親が亡くなってからは、借りてきた猫のように大人しく無口で、どこか憂いと翳りのある子に育った。
繁忙期の別荘には、管理人の休日はないに等しい。
家族が、テレビを前に食卓を囲む一家団欒を知らないまま育った秀夫である。
当然のように夏休みや冬休み、一家で出かけたことは一度もなく、当時流行っていたテレビ番組や休日の出来事など、学校の同級生と歓談したこともない。
義務教育9年間を通し友人と呼べるものは、ひとりも出来なかった。
やがて、秀夫は、中学校を卒業すると、定時制高校に進学し、家族が食する分と別荘の所有者に提供するための野菜や果物を作り、別荘を訪れる家族が少なくなる冬場の三か月は、杜氏職人の修行に費やした。
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そんな折、祖父母が相次いで急逝した。
葬儀は、夏子に代わって秀夫が喪主を務めた。
祖父母がいなくなったことで、別荘地の管理は、母の夏子とすることになったのだが
夏子は、ますます秀夫を忌み嫌うようになった。
「母一人子一人になったではないか。もう少し母子らしく、お互い愛情をもって接したらどうだ。」
周囲の忠告にも耳を貸さず、夏子は、次第に精神を病んでいった。
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「私はあの子に殺される。あの子は、鬼だ。悪魔だ。」
などと言いだすようになり、
秀夫もまた、
「あんな女は、母親でも身内でもない。」
と宣う。
同じ屋根の下に住みながら、終日顔を合わせないことも珍しくなかった。
実の母子が憎しみ合う。
秀夫の祖父母の葬儀の際、些細なことで罵倒し合う母子の姿を目の当たりにしたのは、親類縁者だけではなかった。
父耕作が、生前親しくしていた地元の畑作農家の人たちも、その様に震えあがった。
そして、秀夫が定時制高校を卒業する頃には、誰ひとりとして寄り付かなくなってしまった。
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その年の秋。
秀夫が杜氏の修行に出かけた留守のさなかに、夏子が自宅の鴨居に首をつって死んでいるのが見つかった。
その足元には、大量の睡眠薬を取り出した後のプラスチックの欠片が散らばっていた。
指先は、爪が全て剥がされており、両手は血にまみれ、小柄でやせ細った身体が、ゆらりゆらりと 振り子のように左右に揺れていた。
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死後硬直したのだろう。
全身ぐったりと萎え、ただぶら下がっているだけの遺体にもかかわらず、なぜか、か細い左腕だけが真横に伸び、人差し指は、白い壁のある一点を指していた。
恐る恐る目で追ったその先には、
赤黒い文字で、
「おまえをころす」
と書かれていた。
第一発見者である 民生委員は、あまりにも異様な様に腰を抜かし、しばらくその場から動けなかったという。
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むせ返るような臭気が辺りを覆っている。
夏美は、急に立ち止まった。
「どうした。夏美ちゃん。早く行かないと。太郎と洋子が危ない。」
「待って!!微かな声が聞こえるの。小さいけれど何か喋ってる。進さんには聞こえないかな。」
「えっ?」
進は、耳を澄ませるが、辺りはしんと静まり返っている。
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「そっちに行ったらダメだと言ってる。」
夏美は、太郎と洋子が行った先とは別方向に歩き出した。
「・・・・・・・・」
その時だった。
ガッシャーンガリガリガリガリ
「おまえもママを奪いに来たのか。」
窓の外から史華に憑りついた何者かが追って中に入って来た。
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「ママを返せ。」
「うわ、ヤバい。こっち来るぞ。夏美ちゃん。」
長い廊下のその先から、ずるずるずると這いながら、こっちにやって来る。
「進さん、早く。こっちへ来て。」
夏美は、向かって左側の小さな洋室に入るよう手招きした。
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「ここは安心みたいね。」
懐中電灯で中を照らす。
小さな子ども用のベットと小さなテーブル。
壁には、可愛い模様が施されている。
どうやら、子ども部屋のようだ。
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「・・が・た・・て」
「ん?」
子ども用のベットの下から、微かな声が聞こえてきた。
「今度は聞こえたでしょ。」
「あぁ、良く聞きとれないけど。子どもかな?」
「この建物の中では、いい方かも。少なくとも敵意は感じなくない?」
「とにかく、ここで一旦作戦を練らないと。太郎と洋子さん。そして、廊下をウロウロしている史華に正気に戻ってもらわないと。」
「ええ、そうね。」
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「・ね・がい・す・て」
また声が聞こえた。今度は、壁の先、クローゼットの中からだった。
進と夏美は、目で頷いた。
「『お願い助けて』と言ってるね。」
「俺が話しかけてみる。」
進は、目を閉じて意識を集中させ、心で念じた。
「僕たちも助けたい。でも、その前に君に聴きたいことがある。教えてくれないだろうか。」
作者あんみつ姫
4番走者のあんみつ姫です。
お読みいただきましてありがとうございました。
深夜、投稿する際、システムメンテナンスと重なってしまい、少し遅れてアップいたしました。
多くの支えと励ましを頂き、心より感謝申し上げます。
前半のお三人様の後を受け、中盤に差し掛かる四番手として、話に奥行きと彩を持たせるため、伏線を引かせていただきました。
そのため、人物が若干増えております。
お楽しみいただけたかと存じます。
尚、このバトンは、いつも的確で機知にとんだコメントで私たちをハッと言わせてくれる素敵なお姉様。
mami様にお渡しいたします。
mami様は、前回のロビン祭りにおいて、とても初めてとは思えないほどクオリティの高い作品をアップしてくださいました。
今回も楽しみにしております。
これまでのお話は、以下リンク先をクリックしてご覧ください。
第一走者:ロビンM太郎.com様→http://kowabana.jp/stories/25198
第二走者:鏡水花様→http://kowabana.jp/stories/25206
第三走者:紅茶ミルク番長様→http://kowabana.jp/stories/25219
本作の続きは、
第五走者:mami様→http://kowabana.jp/stories/25244
第六走者:ゴルゴム13様→http://kowabana.jp/stories/25256
第七走者:ラグト様→http://kowabana.jp/stories/25269
第八走者:龍田詩織様→http://kowabana.jp/stories/25277
第九走者:小夜子様→http://kowabana.jp/stories/25283
第十走者:よもつひらさか様→http://kowabana.jp/stories/25296
この後も、引き続きリレー合作「皆殺しの家」をお楽しみください。
【登場人物】
野呂 太郎 → 年齢20歳、元暴走族上がりのオラオラ系だが、現在はすっかり丸くなり、ガソリンスタンドで契約社員として勤めている。霊感多少有り。
龍田 進 → 年齢20歳 太郎の親友(幼馴染み)。太郎とは正反対の容姿で、頭脳明晰な大学生。実家暮らし。霊媒体質。
平坂 洋子 → 年齢19歳、太郎の彼女。一方的な太郎の片思いと積極的なアプローチに負け、三カ月前から付き合い始めた。 社会人一年目の美容部員。霊感無し。
川久保 史華 → 年齢19歳。洋子の親友。高校卒業後、実家の由緒ある酒屋さんの手伝いをしている。話し口調は萌え系。密かに龍田進に想いを寄せている。霊感無し。
野呂 夏美 → 年齢17歳。太郎の妹で美人。口調は男っぽく柔道の有段者。意外と泣き虫。高校二年生。霊媒体質。
…※ これ以外の、建物の形状、殺害された家族構成、犯人の素性、等のイメージ描写は全て皆様にお任せ致します。
後、ご質問、ご要望、参加希望者の方がおられましたら、ロビンM太郎.com宛てにお願い致します♪
…
※解説文は随時更新します!