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長編17
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SOY CLYSIS 3

music:2

街中に化物が溢れかえる――

これがゾンビ映画なら、食料や生活必需品を求めてショッピングモールに向かった主人公が、先に逃げ込んでいた人々と考えの違いから口論になり、仲間割れをしている間にゾンビの大群にバリケードを突破されパニックに陥る……という流れがお定まりだが、今、この町が陥っている事態はそれとは少々ケースが異なる。

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第一に、多くのゾンビ映画が、『いつ助けがくるかわからない』という状況であるのに対し、今回は明朝5時に自衛隊が大規模な掃討作戦を予定していると、すでに発表されている点。

つまり、〈ゲームセットの時間があらかじめ定められている〉ということだ。

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これは逃げ回る立場の人間にとっては希望だ。

そして、食糧や物品を確保するために、皆が皆ショッピングモールへ向かわなくてもよい、ということにもなる。

ほんの8時間やそこらなら、飲まず食わずでも死ぬことはないからだ。

それより、安全な場所で籠城を決め込むか、逃げ回ることに専念した方がよい。

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だが、第二のゾンビ映画との相違点、これが問題だ。

人間を襲う化物は、ゾンビでなく〈鬼〉なのである。

〈噛まれれば奴らの仲間入り〉という、最も注意すべき点は同じなのだが、殊、動きに関して言えば鬼はゾンビよりも脅威だ。

素早いし、力も強い。

関節も自由自在に動くため、建物の2階だろうが平気でよじ登ってくる。

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よって、籠城を決め込むのは今回の場合、実はかなり危険だ。

先ほども、家の窓を破壊され、奴らの仲間入りを果たした老夫婦を目撃したばかりだ。

生き残るには、常に奴らから逃げ回り、場合によっては戦うしかない。

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第三の相違点、それは奴らとの戦い方だ。

ゾンビに対抗するには銃火器が基本だ。

しかし、ここは日本。そんなもの、警察官かヤクザでもない限り、所持は難しいだろう。

だが、今回の敵、鬼にはもっと身近なモノが対抗手段になる。

〈豆〉だ。

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炒った大豆。福豆。

折しも今日は節分。

多くの家庭には豆まき用の豆があった。

これを鬼の身体にぶつければ、奴らはひるむ。

さらに口中に投げ込むことができれば、奴らの頭部は粉みじんになり、倒れる。

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また、〈歳の数だけ豆を食べる〉ことで、鬼を寄せ付けない効果も確認されている。

これさえ出来れば確実に今回の災禍はやり過ごせる。

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しかし、歳の数という制限は、人々を見えない巨大な振るいにかけた。

子供や若者なら、手元の福豆でも足りたであろう。

しかし、高齢になればなるほど事は困難になる。

年齢に足る豆を得られなかったものは、ひたすら逃げ続けるしかない。

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「――ハア、ハア」

若い女の鬼を倒し、なんとか人の気配のない公園まで逃げ延びた俺は、そこで乱れた息を整えていた。

真冬の深夜、空気は凍てつくように冷たい。

上空では薄い雲が月を隠していた。

公園の背の高い時計台を見ると、午前2時を回ったところだった。

あと、3時間。

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時間が経過するにつれ、鬼との遭遇率が上がってきていた。

当初は老人の鬼が多かったが、先ほどのように若い鬼も目立ってきた。

はじめ、〈歳の数だけの豆を喰えなかった〉、素早く動くことのできない老人たちが犠牲になり、その数を増やしていった結果、多勢に無勢で追い詰められた若い層にも犠牲者が出始めているのだろう。

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捕まえる方の鬼だけが、時間とともに増えていく鬼ごっこ。

残り時間は少ないとはいえ、終盤になればなるほど逃げる人間側の不利は増していく。

このままでは――

俺は焦りを隠せなかった。

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握りこんだ手のひらの中には、残りの豆が握られていた。

17~8粒といったところだろう。

これが俺に残された、奴らに対抗しうる唯一の武器であり、希望だ。

途中、コンビニやスーパーなどを覗いてみたが、既に豆は残っていなかった。

近隣の住人がいち早く回収してしまったのだろう。

家を飛び出してから、一度として補充が利かなかった。

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豆が尽きれば、あとはもう逃げ回るしか生き残る手段はなくなる。

しかし、すでに身体には疲労がたまっており、動きは自分でわかるほどに落ちている。

学生時代、陸上部で鳴らした俺だったが、ここのところまともな運動などしていなかったため、腹周りには余計な肉が付いていた。

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「ジムにでも行っていればよかったな……」

こんな時だというのに、思わず苦笑する。

その時だった。

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music:6

shake

「いやあああああああああ!」

絹を裂くような女の悲鳴が公園内に響いた。

思わず声の方を見ると、パジャマ姿の若い女が、数匹の鬼に追われているのが見えた。

女はこちらに向かって駆けてくる。

俺はただちにその場を離れようと足を動かしていた。

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他人を助けている余裕など、今の自分にはなかった。

豆も残り少ない。体力もない。

それでも俺は生き残らなければいけない。

家に残してきた、息子のためにも。

しかし。

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「助けて――、助けてください」

女が俺の姿に気付いて、切れ切れの息の下、助けを求めてきた。

その声には聞き覚えがあった。

やがて、公園の街灯の下に現れたのは、隣家に住む少女だった。

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俺は進路を変えて少女の方へ走ると、彼女を追う数匹の鬼の中でも最も彼女に肉薄した一匹に向かって、豆を投げつけた。

当然、口には入らない。だが、それでよかった。

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逃げ場がないなら戦うしかないし、一匹ならまだ仕留められる可能性も高い。

しかし、解放された広い場所で、相手が複数であるならば、逃げることを優先させた方が合理的だ。

その場合、豆は一時的に相手の足を止めるだけでも、十分その役目を果たす。

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放たれた豆は鬼の顔に当たり、相手はひるんだ。

その隙に少女の手を取ると、俺たちは全力で公園から逃げ出した。

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music:2

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少女はスガコといった。

隣家に住む橋田家の一人娘で、今は隣町の大学に通っていると聞いている。

かずきが生まれる1年ほど前に今の家に越してきた俺とはもう6年、彼女が中学生の頃からのご近所づきあいだ。

これが彼女を見捨てず、危険を冒してまで助けた理由。

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「――大丈夫か、スガコちゃん」

俺は、身体を折って荒い息をついているスガコに向かって、声をかけた。

「――はあ、は、はい、なんとか、はあ、大丈夫、です」

走って乱れたショートカットを手ですきながら、顔を上げる。

改めて見ると、上着も羽織らずパジャマ一枚の格好は、この真冬にはつらそうに見えた。

自分のジャンパーを脱いで、彼女の肩にかけてやる。

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「あ、悪いです――」

「いいんだよ。それより、そんな格好で出て来なくちゃいけなかったってことは、その、橋田さん達は――」

着の身着のままの格好で飛び出さざるを得なかった。それだけ緊急だったということだ。

「はい……。父も、母も、鬼に……」

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wallpaper:22

家族で夕飯を食べ、居間でくつろいでいる時だったという。

shake

突如、居間の窓ガラスを叩き割って、大柄な身体の男が乗り込んできた。

『――な、なんだお前は!警察を呼ぶぞ!』

彼女の父親は、妻と娘を背にかくまうと、侵入してきた男に向かってそう警告した。

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『ウウ……ウウウウウ……』

しかし、男はそれに応えなかった。

顔を伏せ、小声でしばらくうなっていたかと思うと、

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shake

『ウオオオオオオアアアアアアアアアアアアアア』

奇声を上げながら、野太い腕で彼女の父親の首を掴んだ。

そのまま、片手で父親の身体を床から浮かべると、さらにその手に力を込めた。

sound:36

――ボキリ

気味の悪い音とともに、それまで暴れていた父親は身体を弛緩させた。

彼の首は妙な角度に折れ曲がっていた。

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shake

『いやああああああああああああああ』

母親が悲鳴を上げる。

男の顔が彼女たちの方を向いた。

男の額には二本の突起があった。

ちょうど、お伽噺に出てくる鬼の角のような――

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男の背後で点けっぱなしになっていたテレビが、バラエティ番組から警報音とともに不意に切り替わり、緊迫した様子のアナウンサーの顔を映し出した。

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『緊急放送――』

やめて、近づかないで!アナタ!アナタ!

『感染症による非常事態宣言――、○○県××市△△町一帯は、防疫隔離地区に指定され――』

いや、離して!スガコ逃げなさい!早く!はや――、

『保菌者は〈鬼〉によく似た姿に――、対処法は――』

shake

sound:36

ボキボキボキボキ

あぐっ――

shake

いやあああああああああああ、お母さん、お母さん!

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「父と母は鬼に殺されました。私は、ひとり、逃げ出して――」

スガコは涙ぐみ、肩を震わせた。俺は彼女の背をそっと撫でてやった。

そうか、橋田さんご夫婦が――

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しばらくして、少し落ち着いたのか、スガコは涙をふきながら顔を上げた。

「――あの、かずき君は……どうされたんですか?」

「ああ、大丈夫だ。今は家にいる。

〈年齢分の豆〉は食べたからな、あいつは心配ない。だが、俺には数が足りなかったんで、こうして逃げ回っているんだ。

家にいて、鬼に襲われた場合、かずきが巻き込まれる恐れがあるからな」

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スガコはほっと胸をなで下ろしていた。

彼女はかずきが生まれたばかりの頃から、実の弟のように可愛がってくれている。

そして、母のない息子のために、それこそ母親のように世話を焼いてくれてもいた。

息子の姿がここになかったことで、心配をかけたことを申し訳なく思った。

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「ありがとう。とにかく、俺はなんとしてもかずきの許に帰らなくちゃいけない。

スガコちゃん、状況は分かっているか?ニュースの放送は?」

スガコは首を振った。母親が襲われている最中に放送が始まったため、全てを聞いているかは怪しいと。

俺は彼女に事情を説明した。

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「――というわけだ。とにかく、あともう、2時間くらいか。

5時ちょうどに開始されるという自衛隊の一斉掃討作戦まで、俺たちは鬼ごっこを続けなきゃいけない。

ちなみに、武器になる豆はこれだけだ」

俺は手のひらの豆を見せる。

残り15粒。

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「これだけだと、スガコちゃんの年齢分にも足りないな」

彼女は今、19のはずだ。

いいえ、とスガコは激しく首を振る。

「江成さんの大事な豆を、私なんかがもらうなんて、考えてもいません!

それはどうか、江成さんのためだけに使ってください。

……って、さっき私を助けてくれた時にも、使っていただいたんでした」

本当にすみません、と深々頭を下げた。

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「いいんだよ。困った時はお互いさまだ。

さあ、とにかく広い場所に行こう。複数の鬼に襲われた時、逃げ道を確保できる場所でないと」

「それなら、この近所に私が通っていた小学校があります。

校庭なら見通しもいいし、逃げられるスペースはたくさんあります。

それに、こういう緊急時の集合場所にもなってますから、逃げ延びてる人たちとも合流できるかも――」

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俺は頷くと、二人して小学校を目指した。

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空模様が怪しい。

上空の雲は分厚くなり、いつ降りだしてもおかしくないように思えた。

この状況下で雨まで降って来られた日には最悪だ。

俺たちは途中のコンビニで傘を拝借した。

使うことがないとよいのだが。

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wallpaper:220

小学校の正門は強固な柵で閉じられていたが、俺たちはなんとかそれをよじ登って侵入した。

予想に反して、校庭には誰の姿もなかった。

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「――誰も、いませんね」

「ああ。逃げ伸びた人がいると思ったんだが。まあ、鬼の姿もないのが幸いだな」

俺たちはそのまま、校庭の中心に向かって歩を進めた。

鬼の侵入があった際、すぐに発見できて、余裕を持って対処できるように。

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「こんな時ですけど、なんか懐かしいです。

ここに来るの、何年ぶりだろう。前を通りかかることはあっても、中に入るのはたぶん卒業して以来です」

スガコはきょろきょろと校舎や校庭を見渡す。それから、足元を見て小さな声を上げた。

「あら――?」

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「どうした?」

「いえ、校庭に石灰で線が引かれてるんですが、これなんだろう。

校庭の真ん中を中心に、円形、直線、文字?

運動会とかの、整列の目印とかかな?」

「今2月だけどなあ。そんな時期に運動会なんてあるのかい?」

ないですけどねえ。ふたりしてそんなことを話しながら、校庭の中心に着いた。

後は周囲に注意を配りながら、タイムリミットを待つだけだ。

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夜の学校は静寂に包まれていた。

俺は傘を杖代わりにしたまま、その場にしゃがみこんで、闇に眼を凝らして正門の方を見つめた。

スガコは立ったまま背合わせで反対の方角を見張る。

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「……一体、どれくらいの人が生き残っているんでしょう。

どれくらいの人が歳の数だけの豆を食べて危機を免れてて、どれくらいの人が鬼になっちゃったんでしょうか」

スガコがぽつりとつぶやく。

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「そうだな。かずきのように、年齢の低い子供や赤ん坊は、歳の分の豆を食べて生き延びているだろう。

俺みたいなおっさんの年齢になってくると、きつくなってくるな。普通に35粒も豆を食うだけでも大変だ。

高齢者になればなるほど、十分な豆を手に入れることは難しくなってくる。

かといって、逃げ回れる体力もないだろうからな」

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「この町は人口2万人くらいって聞いたことがあります。

今は元気なおじいちゃんおばあちゃんが増えてますから、そのうちの3~4割がお年寄りだとして、6~8,000人の方が、その――」

まあ、全員が全員ってわけじゃないだろうがな。俺は笑って応える。

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「今日は幸い節分だった。鬼に対抗する手段である豆も、各家庭に少しはあった。たまたま多く買っていた家族はラッキーだったな――」

言ってから、スガコの家のことを思い出し、慌てて口を閉じる。

背後のスガコに動揺した様子はなかった。

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「――江成さん。私、今日が節分っていうことで、おつかいのときにスーパーに行ったんですけど、節分コーナーの豆、売り切れてたんです」

夕方だったんですけど。カズコが言う。

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俺とかずきが夕飯の買い出しに行ったときにはまだ売り場にあった。

それでも残りはわずかだったと思う。

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「例年って、節分を過ぎても残った豆とか売ってるじゃないですか。

それが今年に限って、出回っている量が少なかったなんてことは……私の考えすぎですかね?」

「事件起きることを知っている誰かがいて、そいつが豆をあらかじめ買い占めていた、と?」

「それか、豆を少なくしか『流通させなかった』、とか」

買い占め、なら個人単位から一企業程度の規模で可能だ。

しかし、流通量をいじくる、となるともっと大がかりなもの想像しなければならなくなる。

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物品の流通を操作できる。

迅速過ぎるように感じられる、非常事態宣言。

近年叫ばれている、高齢者問題の当事者たちが、真っ先に犠牲になっていく今回の騒動の構造。

陰謀論のごとき疑念が、ちょうど今、夜空を覆っている灰色の雲のように頭の中を広がっていく。

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「まさか――な」

そう言って笑おうとしたときだった。

music:6

shake

ガシャーン!

正門の鉄の柵が甲高い声で鳴いた。

まるで、交通事故のような凄まじい力の衝突を予想させる音。

視線が吸い寄せられる。

そこには――

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shake

「お、鬼だ。おいおいおい、なんだあの数。どっから湧いた?今までどこに隠れてた?やつら、柵を数と力で無理やり突破しようとしてやがる。――ああ、先頭の方の鬼が、後ろから押されて柵に挟まれて潰れていく。ああ、柵が、柵が――」

shake

「江成さん!こっち、こっちからもすごい人数!

鬼、鬼です!押し寄せてくる」

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振り返ると、校舎の塀をよじ登って、無数の鬼が校庭に降り立っていた。

大多数を占める、老人の鬼。

動きの素早い若者の鬼。

その足元に、踏まれ、蹴られながらも前進を続ける子供の鬼。

鬼、

鬼、

鬼。

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「どうしてだ?なんだってこんな場所に集まってくる?俺たちがなんかしたってのか?

くそ!時間、時間は?」

校舎の壁に備え付けられた時計の文字盤を見る。

4時45分。

くそ、ここまで来て!

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shake

「ウウウウウウウウウウウ」

「アアアアアアア」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

押し寄せてくる、圧倒的な人数の鬼たち。

恐ろしさに、足が震える。

身体から力が抜ける。

かずき、かずき。

お前の許に帰りたい。パパはお前を一人にしたりなんかしない。でも、これじゃあもう――

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shake

「――江成さん!しっかりしてください!かずき君の許に帰るんでしょ?あきらめないで!」

激しい叱咤の声に、呆然としていた気持ちが正気に戻される。

「スガコ――?」

横を向くと、スガコが並んで前方の鬼の津波を睨んでいた。

しかし、その手は俺の服の裾を掴み、脚は見てわかるほど震えている。

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「ああ、そうだな。俺は帰る。かずきの許に。

鬼がなんだ。ちょっと角が生えたくらいの、お伽噺のやられ役じゃないか!」

残りの豆をスガコに手渡す。

「これは――?」

「肉弾戦じゃ、スガコちゃんは不利だろ。できるだけ俺から離れないでくれ。どうしてもというときには、それを投げつけろ!」

俺は手にした傘を握りこんだ。

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押し寄せてくる鬼の津波。

明らかに、ここ、校庭の中心を目指して殺到している。

俺たちが目的か?それともこの場所に用があるのか?

とにかく、津波の最も薄い場所を目指して、そこを突破し校外へ脱出する!

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shake

「ああああああああああああああああああああああああああ!」

こちらに向かって手を伸ばす老人の鬼の眼に、金属の傘の先を深々と突き刺す。

よろけた鬼を蹴り倒し、背後の鬼をよけてかわす。

傘で射し、足払いをかけ、タックルをかまし、蹴り飛ばす。

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5匹ほど突破したとき、動きの素早い若い男の鬼が、あっという間に間合いを詰めて俺の眼前に現れた。

俺はひるんだ。

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shake

「カアアアアアアアアアアアアアアアア」

大口を開けて迫る鬼。

――噛まれる!

その刹那、

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shake

パンッ――!

風船の割れるような、小気味のいい音。

鬼の頭が弾けた。

振り返ると、息を切らせたスガコがこちらを泣きそうな目で見ている。

「ナイス!スガコちゃん」

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再び駆け出す。

傘と肉弾戦で道を拓き、ピンチの時にはスガコが豆を投げる。

まるでずっとチームを組んでいたかのようなコンビネーション。

「息がぴったりだな!俺たち、気が合うみたいだな、スガコちゃん!」

「江成さんこそ!あと、こんな時ですけど、ちゃん付けはいい加減止めてください!私、もう子供じゃないんで!」

確かにこんな時なのに、だ。俺は思わず笑ってしまった。

「ああ、スガコ――」

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「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

振り返った瞬間だった。

スガコの首筋に、大柄な身体をした鬼が取りつき、思い切り歯を立てていた。

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「――かはっ。あ、あああ、ああああ」

男に身体を抑え込まれたまま、ビクビクと痙攣するスガコ。

手の平から残りの豆が地面に落ちる。

やがて、その額からは前髪を押しのけ、二本の角が――

shake

「スガコ!」

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押し寄せる他の鬼たち。

俺は奥歯を噛みしめ、その場を後にする。

傘を手に、がむしゃらに校門を目指す。

shake

wallpaper:220

どけ!俺は帰る!かずきの許へ!よくもスガコを!お前ら!この鬼が!

あともう少しというところで、傘の先端が折れた。

同時に俺の足も止まった。

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「ここまでか……」

目の前には、校門の外まであふれんばかりの鬼。

背後にもこちらに迫ってくる鬼。

武器もない。

体力も限界だ。

「ごめんな、かずき。パパ、おうちに帰れなさそうだ……」

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鬼が一斉に、口を開けて迫る。

思わず目を閉じた、その時だった――

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「あああああああああああああああああああああああああああ!」

聞き覚えのある声とともに、ドスンという鈍い音が響いた。

恐る恐る目を開けてみる。ジャンパーを羽織った、パジャマ姿。

首筋には痛々しい血の跡。

額に2本の角を生やした、

「スガ、コ――?」

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スガコはかすかに振り返り、口元だけで笑う。

そして前方に向き直ると、押し寄せる鬼たちを凄まじい力でなぎ倒し始めた。

「な、な――」

俺はそれを呆然と、口を開けたまま立ち尽くして見ていた。

ほんのわずかの間に、俺の周りからは鬼が一掃されていた。

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music:1

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「スガコ、お前、どうして?その角、お前、鬼なのか?意識は、あるのか?」

息ひとつ乱さぬまま、スガコは俺の前まで歩いてきた。

そして、自分で自分の身体を両手で抱き、震えながら言った。

「はい、意識は、あります。でも、身体は鬼になった、それは間違いないみたいです。

すごい力が湧いてきます。これだけ動いて、息一つ乱れません。

それにこの角……。あはは、どうしましょう?」

スガコは笑いながら、泣いていた。

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俺は震えるスガコの身体を思わず抱きしめていた。

shake

「っ!?――江成さん?ダメです、私、いつ暴れ出すかわからないんですよ?鬼――なんですから」

「君は鬼じゃない、スガコだ。鬼であってもスガコだ。

ありがとう、助けてくれて。君がいなければ、俺は死んでいた。

どうして、あんな無茶を。いくら、鬼の身体になったからって――」

抱きしめたスガコの身体が、急に温かくなった気がした。

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「――それは、さっき私を助けてくれたお礼というか……。いつもお世話になっているお返しというか……。

――嘘です。子供の頃から、ずっと憧れてました、江成さんのこと」

思わず、スガコの顔を見る。

真っ赤だった。これじゃ赤鬼だ。

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「そりゃ気づかなかったな。俺なんてオッサンだぜ?かずきもいるし……」

「奥さんが亡くなって、それでもかずき君を寂しがらせないように頑張ってる江成さんのこと、ずっと見てました。きっと、自分だって奥さんを亡くされてつらいのに。

初めは、いいお父さんだなって思ってました。

でも、よく見るようになって、かずき君からも色々教えてもらって。それで――」

今度はこっちが赤くなる番だ。冬だというのに、顔を熱い。

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その時、町中にサイレンが響き渡った。

空を埋め尽くす、大量の軍事用ヘリ。

と、同時に、空から何が降ってきた。

ついに降りだしたかと思い、手で受け止めると、それは〈豆〉だった。

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空から大量の豆が降ってくる。それも、尋常な量じゃない。

豆の雨だった。

学校に倒れ伏していた鬼たちの上に、豆が降り注ぐ。

と、途端に鬼の姿が崩れ、溶けだした。

これまで、口の中に投げ入れなければ、鬼の身体を破壊することはできなかったのに。

何か特殊な豆なのかもしれない。

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みるみる鬼たちの姿が消えていく。

校庭を覆っていた、スガコに倒された大量の鬼たち。

その身体は地面に溶け、しみ込んで消えた。

まるで雪のように。

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「これが掃討作戦?もう5時になっていたのか。これで――」

これで終わりか。ゲームセット。俺たちは生き残った。

shake

「――熱っ!」

スガコがびくりと身体を震わせる。

そして、手の甲をさすっている。見ると、小さなやけどのようになっていた。

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「どうした?」

「あはは……。ほら、私、鬼になっちゃったから、この雨の中じゃ無事じゃいられないみたいです。

せっかく、江成さんに告白できたのに、残念ですけど、お別れ、ですね」

そう言ってスガコは笑った。

そう言ってスガコは泣いた。

「スガコ――」

俺は、黙って、

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shake

バッ――

手にした傘を広げた。

空から降る豆が傘に当たって、ポツポツと音を立てる。

「――江成さん?どうして?」

スガコがうるんだ目で見つめてくる。

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「鬼の目に涙は似合わないよ。

スガコはちゃんとスガコのままなんだから、退治されていいわけがない。

どうなるかわからないけど、俺が君を守る。今度はこっちがお礼をする番だ」

それに――

「それに、スガコのご両親もこともあるし、どうだ?俺とかずきと一緒に暮らさないか?

かずきはスガコに懐いているし、俺としたはありがたいんだが」

スガコはぽかんとした顔をしている。

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「――江成さん、それってプロポーズですか?」

「え?プロポーズって……あ、いやいや、あの、一緒に暮らそうって、あ、でもかずきにも母親がいた方が、俺もスガコの告白は嬉しかったし、あの、あれ?」

いい年をしてしどろもどろになる俺。

そんな俺の様子を見て、スガコが笑った。

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嫌な予感しかしない( ´×ω×` )

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