そう、それは
突然のこと
彼女と前から約束していた
アイスクリーム屋さんの行列に並んでいる時のことでした
真夏の暑い日差しの中で
少し調子が悪そうだった彼女は
倒れたらしいんです
らしい、と言うのは
僕はそのとき彼女のそばにいなかったんです
僕たちは些細な事で喧嘩をしてしまいました
待ち時間が長かったことにも僕は少しイラついてたのかもしれません
少し頭を冷やそうと気まずいまま
彼女を1人残し僕は列を離れてしまいました
彼女からごめんねのラインが入り
僕も反省をし、列に戻ろうと歩いていると
列が乱れ人だかりができていました
そう、彼女が倒れていたんです
打ち所が悪かったと言うのが医者の見解でした
彼女の意識は戻ることなく
3日後に短い生涯を終えました
僕はあまりの突然の別れに
この事とどう向き合っていいかわからないでいました
実は付き合ってまだひと月ほどで
その日も3回目のデートでした
まだ彼女の事を誰よりも知っているほどでもなく
何枚かの写真がスマホに残っているぐらいで
ほんとに
まだ、これからでした
そう言えば
僕のどこが好きで付き合ってくれたのかも聞いていなかったし
知りたいこと、聞きたいことが沢山ありました
彼女の両親とも病院で始めて会いました
友人?
お付き合いさせていただいている?
どう挨拶しようかも迷いましたが
そのままを、言いました
ご両親は付き合っている男性がいることも知らなかったそうで
今までも彼氏がいた記憶はないと言っていました
彼女が入院してからの三日間、毎日病院に行きましたが、付き合いの浅い僕がそこにいることも場違いに思えていました
亡くなった時に母親に
短すぎる生涯でも
最後に青春の一欠片でも経験できたのは良かった、と
泣きながら、そう言われました
葬儀にも参加はしましたが
どこにいていいかもよくわからず
親戚の人たちも僕をどう扱ったらいいかわからない感じでした
ただ、なんで倒れた時に横にいなかったのかと、
そんな気持ちは言葉には出されなくても感じました
遺影の彼女は笑っていましたが
僕には笑いかけてくれているようには思えませんでした
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全てが終わり
なんとなく荷物の整理をしていると
文房具屋の紙袋が出てきました
中を見ると日記帳でした
そう言えば
最後のデートの日に
彼女が買って
偶然、僕が預かったままになっていたものでした
もちろんなにも書かれていないはずの
新品であるその日記帳をめくると
初めてのデートの思い出が綴られていました
何を食べた
何の映画を観た
そんな他愛のないことが書かれていました
あと、
運命かも、と書かれていました
それを僕は不思議と怖いとは思いませんでした
あまりに短かった彼女との付き合いなので
そう、彼女の事自体夢の出来事か
僕の妄想だったのかもと
思うようになっていたのです
明日起きると
日記帳は真っ白でなにも書かれていない、
そんな気もしてましたし
そのまま日記帳を閉じました
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次の日
起きて日記帳を見ると
また次のデートのことが綴られていました
僕が美味しいと言ったもの、
可愛いと言ったもの、
あと、
離れたくない、と書かれていました
僕は読みながら
明日、
僕が見るのは最後の日の日記だろうか
その日事故に遭ってしまった彼女は
どんな思いだったんだろうか
そんな事を思いながら僕は眠りました
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次の日ページをめくると
デートの前の日の日付がありました
「約束をしていたアイスクリーム屋さん
恋人が出来たら一緒に行きたいと夢に見ていた
少し待つみたいだけど
その間いろんな話も出来るし楽しみ」と
そのページには
花が1枚挟まれていました
紫色の可愛い5枚の花びらでした
「アイスクリームにライラックを添えて…」
と、日記は終えていました
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次の日からは日記は綴られる事はありませんでした
日記帳に、文字が現れる事自体不思議な事ですが
次に書かれることは
最後の僕への気持ちだと思っていたので
ここで終わってしまうのは
なのとなく腑に落ちませんでした
あの日記は生前の彼女の思いが現れたものなのか
それとも、今、彼女が書いているものなのか
そんな思いもあり
その答えも僕は知りたいと思いました
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49日の法事にも誘われましたが
参加はできませんでした
それまでも彼女を助けられなかった負い目が僕から消えることはありませんでしたから
法要の当日、
僕はアイスクリーム屋さんに並んでいました
あの日記帳の中で唯一書かれていた未来のこと
それをしてあげようと思いました
中で1人で食べるのははずかしかったですけど
彼女への最後の弔いのつもりで
席を待ちました
30分ぐらい待ったと思います
1人席がないこともあり
僕は2人席へ案内されました
彼女が好きそうな味は全く見当もつきませんでしたので
メニューの1番上にある
バニラを頼みました
バニラアイスがテーブルに運ばれ
店員さんが去ると
僕は日記帳に挟まれていた花びらをそっとアイスの上に乗せました
その時、視線を感じて顔を上げたんですが
そこには誰も座っていませんでした
アイスを見ると
花びらは消え
うっすらと紫色の模様をつけていました
僕はアイスを食べ終え店を出ました
もう彼女にして上げられることもないと思いました
信号待ちをしていると
すこし気持ちも軽くなった気がしました
信号が変わり歩き始めると
目の前を紫色の花びらが通り過ぎた気がしたんです
立ち止まりその先に顔を向けると
一台の車が迫ってきていました
僕の生きている時の記憶はここで終わることになります
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あの時の車の運転手の顔が
満面の笑顔をたたえた彼女の顔に変わったように見えたのは
僕の勘違いじゃなさそうです
僕が知りたかった答えも聞くことができましたし
だって
僕の隣にはずっと…ね
作者月舟
三題怪談イベント作品と言うことで
いつもと違う感じで書いてしまいました
全く怖くない、怪談じゃない!
駄文だ!
そんなお叱りもお待ちしております〜
紫色のライラックの花言葉は
初恋で
通常4枚の花びらですが
5枚のものを見つけ飲み込むと
好きな人と永遠にいられるという
伝説があるそうです…
お題の初恋はライラックに…
三題怪談の題材
『日記帳』
『初恋』
『アイスクリーム』
参加者及び参加作品
よもつひらさか様 『イチゴアイス』
http://kowabana.jp/stories/28388
ろっこめ様『追憶の君へ』
http://kowabana.jp/stories/28393
ろっこめ様 『秘め事』(二作目)
http://kowabana.jp/stories/28398
流れ人様 『彼女は壊れ、壊れた』
http://kowabana.jp/stories/28399
吉井様 『君の為に』
http://kowabana.jp/stories/28396
月舟様 『彼女の答え』
http://kowabana.jp/stories/28401
ロビンM様『黑ノート』
http://kowabana.jp/stories/28407
フレール様『過去と未来のノスタルジア』
http://kowabana.jp/stories/28410
綿貫一様『あの夏への扉』
http://kowabana.jp/stories/28455
修行者様『三題話』
http://kowabana.jp/stories/28482
ラグド様『死神のすごろく』
http://kowabana.jp/stories/28483
流れ人様『夕暮れ時の赤』
http://kowabana.jp/stories/28484