1
転居したマンションの壁紙がおかしい。
半月ほど前の入居時には何ともなかったのに、急速に影か染みのようなものが浮かび上がってきて。まるで薄めたインクか墨汁でも零したかのように、白い壁紙が変色してくるのだとか。
たしか、そんな話だった。
「ひょっとしたら、カビか何かが、新しい壁紙を裏側から突き抜けてきてるか?」
けれど、本当に心配していたのは。
「まさかとは思うけど。血の跡とかじゃないかなー、って」
少し笑うようなやるせない表情は、本心の不安のせいだったのだろうか。
どうでもいいようなことだけれど、住んでいる自分自身の部屋だから逃げられない。もっとも身近であるゆえに、一分一秒ですら離れられない。
ストレスのようで、目が据わって、どこか脅迫観念めいた病的な早口に感じた。
たとえ道端のゴミや虫が、一般論でありふれていても、それが自分の家の前や部屋の中だったら、全然意味が違ってくる。人間の意識は主観であるし。
「ほら。事件とか。人殺しやリストカットみたいなの。あんまり考えたくないけどさ」
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2
その後に当事者の知人にまた会ったとき、どうなったか訊ねてみた。
するとそいつはギョッとして。
「べ、別に」
誤魔化すように目を逸らす。
見ての通り、何事か隠している様子であった。
だが困っているとか、怖れているというより、単に話しづらいとか、そんな風に思えた。それだけでも軽い安心を覚えたが、やはり気にはなる。
興味を持ってじっと顔を見ていると(たぶんからかい半分のニヤニヤになっていた?)、その知人は急に、少し涙を目に溜めた。
「見に来る?」
なんだか意を決している顔だった。
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3
道すがら、少し照れるみたいな寂しげな面差しで話してくれたことには。
「悪戯だったんだ、娘の。あの部屋って北向きだからさ、「炙り出し」みたいな仕掛けをしても、すぐには反応しなかったんだと思う。離婚の話で来たときに、ついてきて。たぶんそのときにコッソリやったんじゃないかな?」
見せられた部屋の、白い壁紙。
さながら聖骸布の奇跡のように、壁に可憐な小さな少女の顔が陰影で浮かび上がってきていた。まるで絵画の名人が書いた水墨画のように。
不可思議な「炙り出し」ポートレートの近くの壁には、ネジ釘に吊るし、プラスチックの小さな花瓶までが取り付けられていた。
「あのとき、帰りの道で事故に遭って。でも帰り際に、「また会いに来たい」って泣いてぐずってて。だから、「絶対に」って約束してた」
泣き出した知人に、どこからか子供の声がした。
私にも聞こえた。「また会いに来るから」。
白い壁紙の顔が流れるように崩れ落ち、その壁に穴が開く。まるで強い酸でもかけたように。壁の中の空間が露わになる。
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そこには切り取り剥がされた、子供の顔らしきものが貼りつけられていた。
shake
知人は突如として奇声を上げ、涙とよだれをダラダラ流し、両手で頭を抱えて叫びだした。尿と大便の臭いまで漂ってきた。
フローリングに両手で蹲り、嘔吐しながらさかんにブツブツ呟いている。
「あいつが悪いんだ、あいつが悪いんだ」
「愛してたからなんだよ。愛してたんだから!」
とうとう気が狂ったらしい。
精神が限界だったのだろうか。
「もう無理なんだよっ! 早く刑務所に入れて死刑に! なんでこんなことになったのか、わけわからない! 精神病院で夢見てるんだ! そーだった」
屁と大便を漏らしながら、バッタリと卒倒して倒れてしまう。臭かったが、あまりの無残さに、恐怖や怒りより同情に近かった。
あとで聞いた話では、そいつの離婚した配偶者は交通事故で、そのとき一緒にいたはずの子供は行方不明になっていたらしい。離婚の原因は苦悩と不和による家庭内暴力と、レイプで生まれた子供への物理的・性的虐待だったそうだ。
@End@
作者退会会員
普通のショート怪談です。今回はちと本格的に怖い(酷すぎ)。
(備考)
このサイトの掲示板に「余命三年時事日記」の話題立てといた(笑)。「保守速報」とかも自分で検索してご覧ください。ても
(掲示板)たぶん「余命三年時事日記」(実在ブログ)が一番怖い
https://kowabana.jp/boards/101207