長編13
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quarter(クォーター)

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2000年4月、私――葉月恭介は、都内の大学へ進学するため、山手線の東側、とある昔ながらの下町に下宿を借りた。

一応、名のある大学の文学部に籍を置いたわけだが、どうにも不真面目な学生であった私は、度々講義をサボタージュしては、趣味の喫茶店巡りにいそしんでいたのであった。

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私が好きだったのは『レトロな純喫茶』という奴で、明るく綺麗で新しい、若い女性が好みそうな今風の喫茶店とは違い、薄暗く静かで時代がかった、どこか秘密基地めいた雰囲気を持つそれであった(すべて私の主観によるものだが)。

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桜の見ごろも終わりかけたある日、私は下宿のすぐ近くに、一軒の喫茶店を発見した。

通りから離れた場所にあり、目立たない店構えであったためか、これまで気づかなかったのだ。

とある著名な文豪の名を冠した店だった。

初めて入る店に感じる、やや緊張した心持ちを楽しみながら、入り口のドアを開ける。

カラン――と小さくドアベルが鳴った。

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足を踏み入れると、木製の床がギシギシ鳴った。

店内は薄暗く、それほど広くはなかった。

五つほどのテーブル席と、椅子の並んだ木製のカウンター。

壁に掛けられた、多くの額縁。

収められているのは、スケッチであったり、ジャズミュージシャンの写真だったり、猫の写真であったりした。

それらが間接照明の明かりに浮かび上がっている。

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無造作で雑多に見えて、妙に収まりが良い。

雰囲気の良い空間だった。

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店内にはジャズミュージックが控えめな音量で流れていた。

静かなので気が付かなかったが、薄闇に沈んだテーブル席はすべて客で埋まっており、私は空いているカウンターの席に腰を降ろした。

カウンター席の真上の天井からは、傘を被った電球がケーブルでぶら下がっており、木のテーブルに暖かな色合いの光を投げかけていた。

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私がメニューを探していると、カウンターの奥の方の席に座っていた、私より少し年上――二十代半ばと思われる、長い髪の落ち着いた雰囲気の女性が、おもむろに立ち上がると私にそれを手渡した。

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「ご注文がお決まりになりましたら、お声をかけてください」

静かな声でそう言ってから元の席に戻ると、テーブルの上に置かれた読みさしの文庫本を手に取って、視線を落とした。

この女性は客ではなかったのだ。

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メニューを見て注文を決めると、それを察した女性店員が顔を上げた。

改めて見ると、美しい女(ひと)だった。

少しだけ西洋の血が混じっているのではないだろうか。目鼻立ちのはっきりとした顔だった。

注文を告げる。

女性は、カウンターの内側で煙草を吸いながら新聞を広げていた婆さんに向かって、私の注文を伝えた。

「ブレンドと、レアチーズひとつです」

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しばらくして出された、真っ白なレアチーズケーキには、血のように真っ赤なブルーベリーソースがかかっていた。

自然な甘さで、コーヒーとよく合った。

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舌つづみを打っていると、不意にカウンターの内側から、毛足の長い猫がひょっこりと顔を覗かせた。

どうやらカウンターの内側にも椅子が置かれているらしい。猫はそこにいて顔を上げたのだ。

ぎょっとして見つめあっていると、やがて猫はカウンターの上に音もなく飛び乗った。

そして悠々とした仕草で、私のケーキに顔を近づけてきた。

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「モモ、だめよ」

女性店員はやや慌てた様子で私に近づくと、「すみません」と微笑みながら猫をかかえ上げ、赤ん坊のような格好で胸に抱いた。

猫は豊満な胸に顔を摺り寄せ、ゴロゴロと喉を鳴らした。

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その日はコーヒー一杯とケーキひとつで1時間ほど粘り、店を後にした。

私はこの店の常連になった。

もちろん、目的はこの女性店員だった。

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店員は、如月末子(きさらぎすえこ)と云った。

歳は24。

母方の祖母が英国人の、クォーターだということだった。

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うぶな田舎者であった私は、はじめ、末子に話しかけることができずにいた。

それでも、足しげく店に通ううち、店の飼い猫であるモモのことや、いつも読んでいる本のことなどをきっかけに、言葉を交わすようになった。

名前や年齢、祖母の話なども彼女自身の口から聞いたことだ。

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彼女は本が好きで、客が注文を出すのを待つ間、よく文庫本を読んでいた(カウンターの内側のこと――コーヒーを淹れたり料理をしたり、洗い物をしたりはマスターである婆さんがしていたため、彼女は注文を聞いたり食器を下げたり、会計をしたり猫をカウンターから降ろしたりする役目をしていた)。

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私は末子の気を引くべく、少しでもこの空間に合った大人っぽさを演出しようと努力した。

具体的には、この頃刊行されていた京極夏彦のサイコロのように分厚い単行本を、彼女にこれ見よがしに読んでいた。

一方で彼女が読んでいたのは漱石や鴎外、太宰に三島由紀夫といった、私にとっては『名前は知っていても読んだことのない』文豪たちの本が多かった。

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本の中身や、それを書いた文豪たちの生きた時代の話などを、彼女は私に語ってくれた。

彼女の話は大学の講義よりもよほど面白く、臨場感を感じさせるものだった。

私はますます彼女に魅力を感じ、夢中になった。

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季節は巡り、夏が過ぎ、秋になった。

この頃から、末子がため息をつくことが多くなった。

秋は人をセンチメンタルにさせる。

そして、愁いを帯びた彼女の瞳は、悩まし気で美しい。

恋心に曇った私の目には、そんな風にしか映らなかった。

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だから、やがて冬になり、年も改まったある日のこと、私は唐突に驚く羽目になる。

店に彼女の姿が見えないことを店主の婆さんに尋ねると、彼女はこう云ったのだ。

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「末子ちゃんなら、しばらく店には来ないよ。

しばらくってどれくらいかって?

そう――、次に来るのは4年後だよ」

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こうして、私の喫茶店通いは終わった。

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次に私がその店を訪れたのは、ちょうど4年後、2004年の4月――初めて末子と出会ったのと同じ季節――のことだった。

あえて言わせてもらうが、この時は別に、彼女との再会を目的に店を訪れたわけではなかった。

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当時、私は就職活動に失敗し、大学を留年して5年生に進級したばかりだった。

単位も必要十分、卒論もあとわずか手を入れるだけで完成という妙に余裕のある状態であったことに加え、同期の友人たちは皆卒業してしまい、大学に行っても面白くないという時期だったのだ。

部屋でダラダラしていることにも飽きて、久しぶりに近所の喫茶店にでも顔を出すか、と思いたったのである。

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しかし、そこに4年ぶりの、かつての想い人の姿を見て、くすぶっていた恋心が再燃してしまった。

30近いはずの彼女は、それでも以前とほぼ変わらずに見えた。

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再び、私の喫茶店通いが始まった。

何しろ、時間は有り余っていたのである。

2年目の就職活動であっさり内定をもらった私は、それ以降の時間のほぼすべてを彼女に費やした。

私はもう、上京したての田舎者ではなかった。

彼女も、そんな私のことを意識し始めた。

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夏のはじめに、私は彼女に告白をした。

歳の差を理由に渋っていた彼女に、私は4年前からの気持ちを伝え、ついに首を縦に振らせることに成功した。

こうして、末子との交際が始まった。

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2004年の夏は、私がそれまで体験したどの夏よりも、熱い季節だった。

世はちょうど、8月13日から行われたアテネオリンピックの、日本人のメダルラッシュに沸いていた。

私はそれを尻目に、取りたての運転免許で末子とドライブに行ったり、夏祭りに行ったり、ホテルに行ったりしていた。

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私は、この年上の恋人が愛しくて仕方がなかった。

出逢った当時24だった彼女は、この時28。対して私は23。

しかし、若作りな彼女は、私と同年代に見られることが多かった。

友人に紹介するときも、あえて年齢には触れず、あとでこっそり――彼女のいないところで――ネタばらしをしては、恋人自慢していた。

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彼女は喫茶店のバイトも続けていた。

彼女が仕事の時は、私も喫茶店で時を過ごす。

バイトのない日も彼女と一緒に過ごす。

当時公開されていた映画にかけて云うなら、まさに、世界の中心で大声で愛を叫んでいた季節だった。

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季節は巡り、秋になった。

また、末子はため息をつくことが多くなった。

ただ、この時の私は彼女との交際に依然浮かれており、そのことに気が付かなかった。

何しろ、末子と出逢った最初の一年は、もう4年も前の話だったのだ。

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これが、彼女特有の別れの前兆だなんてことは、私の頭からはすっかり抜け落ちていたのだった。

翌年の1月、店主の婆さんに4年前と同じ台詞を聞かされるまでは。

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再びの彼女の失踪によって、私は深い失意を味わったが、ちょうど社会に出るようになったことが、結果として良い処方箋となった。

何しろ 覚えること、すべきことは山のようにあった。

慣れぬスーツを着て、会社の先輩の後を付いて歩く日々。

慌ただしく過ぎていく時の中で、末子のことを思い出す時間は減っていった。

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2年目。初めての後輩ができた。

都内の女子大出身だという彼女は、実に明るく素直で、私のことを先輩と慕ってくれた。

3年目。プロジェクトで私と後輩女子は同じチームになった。

連日続く残業に、酒場で愚痴をこぼしながら、彼女との仲は少しずつ近づいていった。

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その年の暮れ、私は彼女から告白を受け、付き合うようになった。

幸せだった。

だから――

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翌年の春、例の喫茶店に後輩の彼女とともに訪れたのは、何かを期待していたわけでは、けしてなかったはずなのだ。

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2008年4月。

4年ぶりに見る末子は、初めて出会った頃からあまり変わっていなかった。

驚いた。

彼女はすでに32歳のはずだ。

いかに若作りだとはいえ、27歳の私よりも幾分幼く見えるとは。

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彼女は私の姿を見ると、大層狼狽した。

それはそうだろう。

4年前、交際中だったにも関わらず、なんの別れの言葉もなく姿を消したのだ。

それによって、私がどれだけ傷ついたことか。

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私の横に、後輩の彼女の姿を認め、さらに末子は動揺したようだった。

表にはそれを出さないよう努めていたが、私にはわかる。

私は子供っぽい復讐心から、あえて末子に言葉をかけた。

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「店員さん、こちらの彼女には、どのケーキがおすすめですかね?」

末子は瞳の奥に深い悲しみを宿しながら、顔では微笑みながら応える。

「……こちらの、チョコタルトなどおすすめです」

「じゃあ、こちらのレアチーズケーキをお願いします」

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私の言葉に、末子も後輩の彼女も驚いて顔を上げた。

それでも末子は、かしこまりましたと云って、店主の婆さんに注文を伝えた。

婆さんは以前見たときよりも4年分だけ、確実に老いていた。

やれやれとため息をつきながら、コーヒーとケーキを末子に手渡す。

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末子が震える手で私たちのテーブルに置いたレアチーズケーキは、以前と変わらぬ血のように真っ赤なブルーベリーソースがかかっていた。

猫のモモの姿は、もうなかった。

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後輩の彼女とは、それから2年ほど付き合って、別れた。

悲しかったが、私はもう大人になっていた。

その程度のことに、いつまでも動揺しているわけにはいかなかった。

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仕事は、任される分量が増えて忙しくなっていた。

しかし、その分だけ毎日が充実していた。

小惑星探査機はやぶさの地球帰還に沸いた、2010年。

東日本大震災に見舞われた、2011年。

そして――

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2012年1月1日。

年も改まった、午前1時頃。

私は、確信を持ってある場所に向かっていた。

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そこには、彼女――如月末子がいた。

36歳の彼女。

それでも、相変わらず20代後半にしか見えない。

潰れた喫茶店の前で、呆然と立ち尽くす、彼女の姿がそこにはあった。

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「その喫茶店、去年の夏に店主の婆さんが亡くなって、閉めたんだよ」

31歳になった私の声に、彼女はびくりと肩を震わせ振り返る。

そして、首を垂れた。

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「そっか――。梅ちゃん、亡くなっちゃったんだ」

その声にはなぜか、年の近い友人を亡くした時のような響きがあった。

そして、彼女は顔を上げて、私を見た。

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「――葉月恭介さん。

これから、すべてをお話しします。

どうか、聞いていただけませんか――」

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貴方は、私のこの姿を見て、不思議に思われていることでしょうね。

貴方と初めて出逢ったのが、12年前。

貴方が19歳、私は24とお伝えしたはずです。

今、貴方は31歳。

しかし、私は今年の2月に27歳になるのです。

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けしてふざけているのではありません。

これはひとえに、私が人さまとは異なった時の過ごし方をしていることに起因するのです。

簡単に云ってしまえば、私は4年に一度しか歳をとらないのです。

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私の生まれを云いましょう。

明治37年2月29日――西暦に直すと、1904年になります。

今から、100年以上も昔のことになりますね。

ちょうど、日露戦争が起こった年なのです。

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この日は、明治31年(西暦1898年)『勅令第90号(閏年ニ関スル件)』によって定められた、閏年(うるうどし)の日だったのです。

帝都東京の、わりに裕福な家に生まれた私は、乳母日傘(おんばひがさ)で育てられました(もちろん、私自身にその記憶はございませんが)。

ところがその年の暮れ、幼い私の姿は、屋敷から突然消え失せてしまったのです。

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家じゅうの者が、大騒ぎをして私のことを探しました。

しかし、天狗に隠されたか、人さらいにでも連れ去られたか、私の行方はしれませんでした。

両親は悲嘆に暮れました。

しかし、それでもなんとかその傷を癒した、4年後のことでございます。

私はひょっこり、赤ん坊の姿のまま、屋敷に現れたのです。

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皆、大層驚きました。

それはそうでしょう。

4年もの間、どこへ行っていたかもしれず、まして歳もとっていなかったのですから。

しかし、子煩悩の両親はそんなことは気にもせず、私を手厚く育てました。

そしてその年の暮れ――

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私はやはり、また忽然と姿を消したのです。

そしてまた4年が過ぎ、年が明けると消えた時の年恰好のまま、私が現れる。

皆、気味悪がりました。

この児は魔に魅入られているのではないか、などと皆口々に云いました。

ところがそんな中、ある学のない下男がカレンダアを見て云ったのです。

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お嬢さんは、閏年の度にお帰りになりますだなあ――。

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果たして、その男の云う通りでした。

以降の私は閏年の度に姿を現し、年が改まるとどこぞへともなく消え失せる――そんな生を送ってまいりました。

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消えている間、どこにいるかは私にもわかりません。

私自身は、「気が付いたら4年が過ぎている」という感覚に過ぎないのです。

しかし、周囲は4年分歳を重ねます。

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明治、大正――

長い時の果てに、親族や近しいものは皆死に絶えました。

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昭和の戦禍、そして復興と、この国の移り変わりも見てまいりました。

多くの人々と出会い、そして時とともに別れを告げました。

皆私より後から生まれ、私よりも先に逝く――。

私は皆と同じ時間を生きられないのです。

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私の人生は、水面を跳ねる飛び石です。

4年ごとに現れ、消えて、出会いと別れを繰り返す。

この喫茶店の梅ちゃんとは、彼女が女学生の頃に知り合いました。

私のこの体質のことも、彼女はちゃんと知っていて、それでもこれまで変わらずに付き合い続けてくれたのです。

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行き場のない私に、仕事と住む場所を用意してくれました。

時の移ろいに付いていけなくなっている私にとって、この時が止まったような喫茶店は、とても居心地のよい場所でした。

そんな彼女も、もういない――。

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恭介さん。

貴方に最初に出逢ったとき、24歳とお伝えしたのは嘘偽りはございません。

私の中では、私は24歳だったのです。

ですがそのあと、私は4年に一度しか、歳をとっていなかったのです。

見た目が年齢に合わなくなってくるのも当然のことですよね。

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私は今、27です。

貴方は31。

ふふ、追い抜かれちゃいましたね。

あのお上り(おのぼり)の学生さんが、こんなに立派な男性になってしまうなんて。

時の流れは残酷です。

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8年前は、お別れも告げられず、申し訳ありませんでした。

ですが、待っていてほしいとも、私の口からは云えなかったのです。

だってそうでしょう?

次に会えるのは4年後。

その次は8年後。

会うたび二人の時間は離れていく――。

そんな女を、待ってくれと云えましょうか。

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さようなら、恭介さん。

私はもう、此処にはいられません。

此処に、私の居場所はないのですから。

今まで、ご迷惑をおかけしました――

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末子はそう云って頭を下げた。

私はため息をつくと、震える末子の肩に着ていたコートを脱いでかけてやった。

末子が驚いて顔を上げる。

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「恭介さん、これは――」

「末子、私はもう、19の上京したての学生じゃない。

31の、一人の男なのだよ。

今日の話も、どこか予想はついていた。

なんといっても、初めて君に逢ってから12年、いつもどこかで君のことを考え続けてきたのだから。

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その上で、君に伝えたいことがある。

私と一緒になってくれ。

それを、私は今日、君に云いにきたのだよ」

末子は大きく首を横に振った。

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shake

「だって!

私は、4年に一度しか貴方と逢うことができない。

貴方と同じ時間を生きられない。

これから例えば50年、貴方と寄り添ったとしても、そのうち一緒にいられるのは、たったの12年なんですよ。

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私はそう、クォーター(1/4)なんです。

そんな思いを、貴方にさせるなんて――」

私は思わず笑った。

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「生まれも日本と英国のクォーターなら、一緒に過ごす時間もクォーターか。

雨が降ったら出逢えない、織姫と彦星といい勝負だな――」

それでもこちらは、4年に一度必ず逢える。

それならそれで充分だ。

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瞳を潤ませる末子に、私は云った。

「どうか、如月末子から、葉月末子になっておくれ。

夏休みの宿題に追われる子供にとっては、聞きたくない名前になってしまうのが難だが。

それに、あまり駄々をこねるもんじゃない。

なんといっても――」

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年長者の意見は聞くものだからね――。

その言葉に、12年越しの想い人はようやく微笑んだ。

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智花様、ありがとうございます。
楽しんでいただけたのでしたら嬉しいです。

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綿様

初めまして、ですね!

いやー、ナント深みのある話ですこと。、
このストーリーは素晴らしいです。真似は出来るかも知れませんが、思いつかないです。

また、切なくて楽しい話を読ませて頂きたいです!

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綿貫一さま

いずれまた一人になる。それでも独りでいるのはつらく寂しいものなのでしょうね。
ハッピーエンドのはずなのに切ない、きれいなお噺でした。

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