短編2
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あとのまつり

『そもさん!』

『……せっぱ』

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『後夜祭のキャンプファイアを前にした男女とかけまして、宇宙遊泳ととく。そのこころは?』

禅問答だかなぞかけだかわからないことを言い出したのは、謎の怪僧……ではなく、織衣だった。

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以前テレビ番組で禅問答のかけごえを知って、その響きにかわいらしさを感じたらしい。昔からよく使う。

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『さあさあ、そのこころは?早くしないと時間切れだよ~』

『……地に足がつかない、だろ?』

『なんだよ!あっさりかよ!』

むくれる織衣。

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僕たちは屋上の隅(すみ)にいて、フェンス越しにグラウンドのキャンプファイアを眺めている。

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微かに聴こえる、軽快な音楽。

火の周りで踊る、影絵の生徒たち。

この夜だけで、なん組のカップルが誕生することだろう。そして何人の玉砕者が出ることやら。

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『……行かないの?』

織衣の髪が夜風に揺れる。

彼女はおずおずと尋ねた。

踊る阿呆に見る阿呆、か。

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織衣が何か言いかけた、その時。

不意に背後の金属製のドアが、耳障りな音とともに開いた。

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「やっぱりここにいた!

ねえご隠居、私と一緒にキャンプファイア行こうよ!」

階段をかけ上がってきたであろう女生徒は、上気した頬でそう言った。

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へえ、こんな僕にも後夜祭のご利益があるのか、と思っていると、後ろ髪をぐいぐい引っ張られた。やめろハゲる。

やれやれ。

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「悪いな、僕はここで天体観測でもしてる方が性にあってる。

それに、一緒に踊る相手なら先約がある」

昔からな。

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夜空を見上げる。

ベガとアルタイル。

僕らの星。

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少女は肩を落として校舎内に帰って行ったが、不意に戻ってきて言った。

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「皆も探してたから、後で顔くらい出してよね。

それにここ、昔死んだ女の子の幽霊が出るって噂があるんだから、あんまりひとりでいない方がいいよ、天野先生」

ご親切にどうも、とおどけた調子で教え子に返事をする。

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再び静寂に包まれた星明かりの屋上。

振り返ると、地に足のつかない織衣が、泣きそうな顔で微笑んでいた。

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冬の夜空のように綺麗なお話ですね。

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