1:蘭(あららぎ)ユウジの今の悩みは2つある。
一つは水霊(みづち)だ。
衣通(そとおり)カナコに憑いた水霊をユウジが2つに分けて、お互いのガムランボールに宿った。
その水霊が安定するのに、数ヶ月を要した。
しかし、安定すると、水霊はしきりにユウジに契約を持ち掛けて来た。
水霊は龍の姿をしている。ユウジの持つガムランボールから出て、ユウジの身体に巻き付き、彼にしか聞こえない声で契約を持ち掛けてくる。
正直、鬱陶しい。
ユウジにとっては某アニメの台詞
『僕と契約して○○になってよ』
と思っている。
ユウジが契約に対して、後ろ向きな事には、理由がある。
それは、カナコと分けた水霊をどうするか。話し合っていた。
ユウジは切り分けた水霊には、怨念が少し残っている事は感じ取っていた。
切り分けた傷もある。
ユウジは当初、水の綺麗な川に水霊を放す事を考えていたが、カナコに却下された。
理由は、自然に放す。つまりは、水霊を自由にすると、再び一つになり、散った怨念を呼び起こしかねない。
そう。それこそ、ユウジの切り分けた行動が無意味になり、救われたカナコは水霊の呪いを受ける。
それこそ、想い合う2人が別れた意味も無くなる。
そして、水霊自身が、長い年月受け入れ続けた怨念から解放したユウジに感謝している。
カナコが言うには、切り分けた水霊のレベルなら、人間が眷属として使える。
これを放すなんてもったいないと。
人間は『気』持つ。人によってはそれを霊力と呼ぶ者もいる。
それは、人が生きるのに必要なもので活力に繋がる精神エネルギーだ。
眷属として契約すると、『気』を吸われる。
しかし、契約者の指示で動いてくれる。
水霊なら、大抵の霊を倒す事は容易い。
強力な護衛になるだろう。
現時点で、不動明王に守られているユウジの護りは硬い。
しかし、攻撃する方法は少なく、水霊を眷属にすれば、可能になる。
魅力的な部分は多いが、半分に分けたとはいえ、元は神。
その吸われる『気』多い。
カナコは才能を持ち、修行しているので、それをある程度制御出来るが、ユウジにはそれが無い。
『気』を吸われれば、身体の怠さなどが出る為、生活に支障が出る可能性もある。
吸われる『気』をある程度制御すれば、そんな事も無いが、それがユウジに出来るかどうかである。
2:来店を告げるチャイムが店内に鳴り響く。
ドアに視線を向けると、ユウジは来店客に身構える。
「ユージさーん、こんばんはー」
そう言いながらユウジに抱きついてくる女性。小坂(こさか)ミズキである。
ユウジと同じアイドルグループが好きな、常連客の小坂ナオキの妹で、年齢はユウジの一回り下の22歳。
「また酔ってるな。離れろ、暑い」
ミズキは目を閉じて唇を尖らせ、ユウジの顔に近づける。
「酒臭い。近づくな」
すると再び、チャイムが鳴る。
ミズキがユウジから離れる。
来店したのは、ナオキだった。
「なんだー、お兄さんじゃん、ならまだくっつくー」
「ほら、小坂さん迎えに来てくれたんだから、離れろ」
「蘭さん、何時もすみません。ほら、ミズキ帰るよ」
ナオキが言っても離れないミズキ。
仕方なく、ユウジが頭を撫でてなだめる。
ミズキはようやく、ユウジから離れ、手を振り店から出ようとする。
「またおいで」
笑顔で兄妹を見送った。
酔いが覚めれば普通に謝罪してくる。
からかわれているとしか、ユウジは思っていない。
ユウジのもう一つの悩みこそ、ミズキの事である。
3:ナオキとユウジが話す様になったきっかけは、ユウジが働く店のキャンペーンで、アイドルグループのグッズを配っていた時に話す様になった。
そして、ある日。女性連れで来た為、軽い挨拶で済ませようとしたら、妹と紹介された。
すると、次からは、ミズキが1人で来店し、少し話す様になった。
ナオキとの待ち合わせに店に来ていて、兄が迎えに来る。
そんな日が続いた。
そして、いつしか、泥酔状態で来店し、ユウジに絡む様になった。
いくらユウジが言ってもやめず、レジに居ると、レジまで入って来るので、諦めたユウジはレジから出て応じる様になった。
この話を聞いたタルパは
『俺なら食う』
という彼らしい事を言った。
ユウジがそれをしない理由。
年齢だ。
一回りも歳下だと、抵抗を感じる。
ユウジはとアイドル好きなところから歳下が好みなのは、言うまでも無い。
しかし、若者の未来を奪う事に強く抵抗を感じている。
ミズキが本気で自分に想いを寄せているのであれば、その時に考える。
それがユウジの出した結論である。
文句を言いながら、無理矢理引き離そうとしないのは、悪い気していない現れだろう。
4:数日経った時。
暫く、ミズキの姿を見なかった。
ナオキが、暗い顔で来店した。
理由を聞くと
「蘭さん。ミズキが交通事故で…死にました」
葬式には、ユウジも参加した。
ナオキ達には、母親しか居ない。
幼い頃病気で父親を亡くしているのだ。
祖父母がそれなりの資産を持っていた為、生活に困る事は無かったが、ミズキはその影響で、歳上に惹かれる様になった。
ユウジに絡んで居たのは、父親に甘える事が出来なかった反動では無いかと聞かされた。
ナオキが一通り説明した為、母親から感謝された。
ユウジはミズキの自分への態度の理由が分かったのであった。
5:49日を過ぎて、成仏出来ないでいるミズキの霊の存在に最初に気付いたのは、水霊だった。
怨霊になりかけている。
もっと、ユウジに甘えたい。
ユウジと一緒に居たい。
その気持ちが強過ぎて成仏する道を拒んでいる。
水霊は良く知っている。
かつて、人柱として川に沈められる少女。
この世を怨みながら逝く魂の怨念だけ引き取り、天上へと送ってきた。
長い年月見て来た光景だった。
水霊はミズキの霊に話しかけた。
『人の子よ。あの男に近づけないか?』
水霊は、怨霊になりかけているミズキに説明した。
このままでは、怨霊となり、ユウジを苦しめる事になると。
下手をすれば、不動明王の炎で焼かれる。
その苦しみは辛いと。
水霊は提案した。
それは、自分の中に入る事だ。
意識は残らないだろう。
しかし、ユウジのそばには居れる。
このまま怨霊になれば、いずれ祓われる。
もちろん、ユウジが怒って契約しない可能性もある事も水霊は言った。
ミズキは選択した。水霊と同化する事を。
6:ユウジの帰宅後、水霊は起きた事をユウジに話した。
彼は怒るかも知れない。
余計な事をした。
しかし、水霊は怨霊となりかけたミズキを見過ごせなかった。
水霊は自らを犠牲にして人を救って来たのだ。
暫くの沈黙。
「水霊、一つ聞きたい。名前を字違いで同音にしたら、ミズキちゃんの魂に悪い影響ある?」
『いや、問題無い。字が違えば、それは別だよ』
「よし、水霊。俺と契約だ。お前に『美月(みづき)』の名前を付ける。これからは俺の眷属だ」
水霊の宿るガムランボールのモチーフが月の為、月という字を入れたかったのだ。
水霊、もとい、美月の姿がミズキの姿に変わる。
『ユウジさん、これからはずっと一緒ですよ』
ユウジが見たミズキの最期の姿だった。
7:数日後、ユウジは、とある地方の川に来て居た。
美月を水の綺麗な川で一度は遊ばせたい。
そう思ったからだ。
美月も喜んでる。
帰り道。
髪を短く切りそろえ、サングラスをかけた女性とすれ違った。
膝丈のスカートから覗かせる脚線。
その美しさに目が行くのが、ユウジが男だからだろう。
女性が振り返る。
「やっぱり。彼、面白いモノ憑けてる」
ユウジがこの女性、氷乃(ひの)ユリナと出会うのはまだ先の事だ。
作者蘭ユウジ
『水霊(みづち)に呪われた女』の後日談です。
『水霊(みづち)に呪われた女』
第1話https://kowabana.jp/stories/34868
第2話https://kowabana.jp/stories/34888
第3話https://kowabana.jp/stories/34920
第4話https://kowabana.jp/stories/34931
最終話https://kowabana.jp/stories/35078