ホテルでは、大学生グループ4名の宿泊者が帰って来ないと、少しの騒ぎになっていた。
ゲレンデ側のレスキュー隊と、近隣住民で構成された消防団で、付近の捜索が行われていた。
消防団から参加する者たちは、2~3人1組となり、捜索することになった。
近所の住宅へ訪問し、大学生らが迷い込み保護されていないかの聞き込みを担当したのは、40代前半のベテランと、20代の青年の2人組であった。
nextpage
「こんばんは!消防団ですが…」
玄関先で、若い隊員が大声で声をかけると、
「どうぞぉ、中に入ってきてくださいな」
と、リビングから声がする。
こんな雪国で、温かい部屋からわざわざ玄関まで出てくることも、億劫なのだろう。
二人は、顔を見合わせ、苦笑いを浮かべながらも、そのリビングへ入っていった。
nextpage
部屋では、ここの奥さんと年寄りがコタツに入ったまま、二人を迎えた。
「聞きましたよ。若い子たちが行方不明になったってねぇ。
ここ2,3日は、吹雪くこともなくて、晴天だったのにねぇ。」
こちらが聞き出すまでもない、狭い集落だ。こんなことは、すぐに噂になる。
『あっ、じゃ、何か気づいたこととかありましたら、連絡もらえますか。お願いしますね。』
若い方の隊員がそれだけ言うと、早々に引き揚げようとした。
nextpage
その時、にこにこ笑っている年寄りがポソリと言った。
「ゆきめに魅入られてなければ、いいがの…」
この言葉に、反応したのは、ベテラン隊員の方だった。
『ゆきめ…?』
nextpage
昔々…自分がまだ幼かった頃、よく祖母から聞かされた。
いや…親もよく言っていた。
「そんなんしてると、ゆきめに連れて行ってもらうからね」と…
こちらに至っては、“なまはげ”の様な効果だろうと、今なら思う。
子供を怖がらせ、言う事を聞かせる親の常套手段だ。
nextpage
しかし、祖母から聞いた話はそうではなかったような…
ただただ、怖いが何度も聞いてしまう…そんなおとぎ話の感覚だった。
男は、どうしても気になった。
nextpage
救助活動は、1分1秒が大事であり、また捜索する人数も重要だ。
そんなことは、救助活動において、何度も何度も叩き込まれたことだ。
しかし、どうしても、この話が気になる。
ただ祖母を懐かしむ…そんなセンチメンタルな気持ちではない…
「おばあちゃん、またそんな昔話のようなことを…お兄さんたちね、今急いでいるのよ。
その話は、又にしましょうね」
奥さんがそう子供に言い含めるように言ったとき…
nextpage
『ばあちゃん、"ゆきめ”って、雪女のことかね?』
つい、煽ってしまった。
若い隊員は、驚いたようにこちらを見たが…なぜか、この話をどうしても聞いておかなければいけない気がしたのだ。
nextpage
「ゆきめが出る時はねぇ、吹雪くそうじゃよ。周りは晴天で、そんなことないのにねぇ。
ゆきめに魅入られた人間だけは、その時急に吹雪いてね、道を失うそうじゃよ。
そしたらね、一本だけ道が見えてくるそうじゃ」
若い隊員が口を挟む。
この隊員にしたって、再び寒空に出たいわけではない。しかも、さぼりだしたのは、大先輩の方なのだ。
nextpage
『雪女って、やっぱり白い着物を着たような?』
「さぁてね…昔はよく見たって人がおったから…着物を着た髪の長い女の時もあれば、外国のお人形さんみたいやったって人もおったしなぁ。
とにかく、一度見たら、目が離せんほどのベッピンさんってことは言うてたなぁ…
ゆきめは嘘つきやからねぇ…
格好も嘘つけるんやないかねぇ…」
『嘘つき…?』
年配の隊員が聞いてみた。
nextpage
「ゆきめは、子供を残すのに、男を誘惑するからねぇ。あの手この手を使うそうじゃよ。
男が一番欲するものを見抜き、ちらつかせる。
金が一番の者には、一生食える金を、仕事を…とかな…
そして、それはそれは見事な御膳を出され、もてなされるそうな。
それに目がくらんだ者は…子を作らされ、用が済んだら食われてしまう…」
『え!?人を食らうんですか?』
「いいや、分からん。なんせ、そこまで魅入られた者は、帰って来れん。
帰って来れても…もう廃人じゃけの」
そこまで言うと、年寄りは急に黙ってしまった。
nextpage
年配の隊員は少し思い出した。
祖母たちの年代は、近所に男の子がいると、
「ゆきめに連れて行かれんように、おなごの格好させんと」
と、褒め言葉に使っていた。
つまり…その誘惑に勝てれば、正気で帰れて、今の話の情報源につながっている…というわけなのか…
nextpage
今まで黙って聞いていた奥さんが、年寄りを代行するように喋りだした。
「おばあちゃんのね、お兄さんが魅入られちゃったって言うんですよ。
ある日、お兄ちゃんが行方不明になってね。
…その日は晴天で、雪山に慣れている村の者が行方不明になるなんて考えられない…事故にあってる可能性があるからと、山探しが始まって…
何日も何日も探したけど、とうとう見つからなくて…
数か月過ぎた頃、ボロボロの焦点も定まらないお兄さんが帰ってきて…
“ゆきめが…”"ゆきめが…”そればかり言って、廃人同様だったそうですよ」
nextpage
しばらくの間、沈黙が流れた。
「あぁ、でもね、いつくらいからやったろうかね…どっかの大きな会社の人達が山に出入りするようになってねぇ。
何かの研究か分からんけどね…
そんな辺りから、ゆきめの噂はピタッと聞かんようになったね。
その会社の人たちが、ゆきめを捕まえたんじゃなかろうか…と話したもんじゃったよ。
男たちの行方不明の事件もピタッとなくなってね。
だから、今の若いもんは、ゆきめの話を知らんのやろうね…」
そう言いながら、老人は若い隊員に優しく微笑んだ。
nextpage
「それでもなぁ…10年くらい前やったかね?ゆきめが出たんよ。ほら、女の子がおらんって騒ぎになってね」
年配の隊員も、その事件のことなら覚えている。
既に消防団に入っていた彼は、警察と一緒に捜索隊として協力していた。
nextpage
『けど、今までの行方不明は、全部男性でしょ?何故、少女が?』
すると、奥さんの方が話し出した。
「そうでしょう。私らからすれば、雪女の話し自体御伽噺のようなのにね、あの事件のときは、年寄り組が“ゆきめだ”“ゆきめだ”って、騒ぎだしてね…
みんな、家の者は年寄りなだめるのに、手がかかったんですよ…」
nextpage
これ以上、時間を潰すわけにもいかず、隊員の二人は、この家を後にした。
玄関を出ると…二人はしばらく何も言わないまま、歩き出した。
大学生が最後に目撃されたのは、リフトに乗る前。
悪ふざけでもして、リフトから飛び降りたのだろう、それなら、足跡がしっかり残っているはずだ…と、今回の捜索は簡単なものと思われていた。
しかし、天候はずっと良かったはずなのに、どこにも足跡は発見されなかったのだ…
二人とも、まさか…とは思いつつ同じことを考えていた…
nextpage
separator
秋良は、春美の手を握りしめ、とにかく走った。
…とはいえ、走りなれていない積雪の上。
春美を引っ張りながら走るというのは、サッカーで鍛えられた足腰でもそんなに遠くへ行けた訳ではなかった。
nextpage
ただ、ありがたいことに、吹雪きは収まっていた。
今の内に、遠くへ、遠くへ…もっともっと…
一心不乱に走っていた。
nextpage
「…って。待って。止まってってば!」
春美が大声で叫び、秋良の手を振りほどいた。
驚いて秋良が振り返ると、鬼の形相で春美が睨みつけていた。
「千夏は?千夏は置いていく気なの?」
秋良は、元々千夏を置いていこう等と考えていた訳ではなかった。
ただ、咄嗟に春美の手を掴み、走り出していたのだ。
nextpage
「私、戻るから。千夏を置いて自分だけ助かることなんてできないから」
そう言い切ると、秋良の返事も聞かず、元の道を歩き出した。
こんな春美だから…
守るのは俺しかいないから…
秋良の筋肉でできた脳みそですら、戻ることは全力で拒否をしていたが…
体は、春美の後を追っていた。
その瞬間、止んでいた吹雪がまた激しく襲ってきた。
nextpage
separator
いくら、葵が華奢で軽かろうと、不慣れな新雪の上を人ひとり背負って歩くのは、一苦労だった。
吹雪は、相変わらずの勢力を保っていた。
nextpage
「この…吹雪き方…お母様が…怒っている…」
『おっ、目が覚めた?歩けるか?』
そう言いながら、葵を雪の上に降ろした。
『何?吹雪き方で、母上様の機嫌が分かるの?すごい親子だなwww』
優しくその場を和ませるように冬弥は言うものの、足は別荘の方へと進めている。
やはり、友達を助けるのか…葵は、少し胸が痛くなった。
nextpage
その瞬間、吹雪が更に強さを増した。
“お母様が怒っている…やはりこの男を虜にして、この男の子供を作らなければ…
お母様が私の代わりを見つけてしまう…
そうなってしまえば…私は用なし…
私が生贄になってしまう…”
nextpage
葵は、“雪道で不安だから”とでもいうように、冬弥の腕を組み、ぴったりと自分の胸を押し付けた。
作者mami-2
☆★☆2月20日 00:45投稿☆★☆
第二回【オマツリレー】作品、第5走者 mamiです。
はい…またしても、やってしまった…と言いますか、何もしなかったと言いますか…
リビングでの会話の4名は、敢えて名前も付けておりません…
つまり、『モブキャラ』でございます。
つまりつまり…話の中盤、後半の先頭【第5走者】は、伏線を張るどころか、回収もせず、名もないモブキャラの会話で終わらせただけでございます…
申し訳ございません。
ロビン様、どうぞ最後は【大長編】で完走させてください。
とりあえず…雪女が「和」か「洋」かのお話もあがっておりましたので、変化自在の様な…
そんなキャラにしてみました。
しかもこれ…どこの方言なんでしょうか…
貴重な経験を、二度もさせていただき、本当に感激です。
また、私のような者に、投票いただいた方、誠に感謝致します。
ありがとうございました。
では、綿貫様、宜しくお願い致します。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【Mountain of Snow Woman】
第一走者 紅茶ミルク番長様
http://kowabana.jp/stories/25592
第二走者 鏡水花様
http://kowabana.jp/stories/25618
第三走者 ラグト様
http://kowabana.jp/stories/25616
第四走者 紺野様
http://kowabana.jp/stories/25630
第六走者 綿貫一様
http://kowabana.jp/stories/25648
第七走者 マガツヒ様
http://kowabana.jp/stories/25654
第八走者 コノハズク様
http://kowabana.jp/stories/25672
第九走者 よもつひらさか様
http://kowabana.jp/stories/25677
第十走者 ロビン魔太郎.com様
http://kowabana.jp/stories/25692
外伝走者 こげ様
http://kowabana.jp/stories/25696
外的走者Ⅱ ゴルゴム13様
http://kowabana.jp/stories/25759
☆☆☆登場人物の紹介☆☆☆
桜田 春美(サクラダ ハルミ)…春に地元の大学院への進学を控える大学4年生。明るく優しい性格で行動力がある。千夏とは高校からの親友。大学のサークルが一緒の4人で昔から色んな場所へ遊びに行っていた。今回の旅行では告白する決意をしてやって来ている。
海野 千夏(ウミノ チナツ)…春に地元で就職を控える大学4年生。社交的で誰に対してもフレンドリーな性格。父親が日本屈指の大手企業の社長で一言に『お金持ち』。今回の旅行も彼女の父親のコネで実現した。
紅葉 秋良(アカハ アキヨシ)…春に県外で就職を控える大学4年生。素直だがかなりの単純脳。頭より先に体が動く性格で、自身がバカだと理解しているタイプ。サッカーのスポーツ特待生で入学したため運動能力は秀でている。
雪森 冬弥(ユキモリ トウヤ)…春に県外の大学院へ進学を控える大学4年生。落ち着いた性格でお兄さん的存在。4人の中で最も頭がいいが、友人の秋良が失敗するのを見て面白がるSな一面も…。
雪光 葵(ユキミツ アオイ)…謎の少女。雪女の娘(?)