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魅惑の旧校舎(仮)第七話 (第四回リレー怪談)

長編29
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魅惑の旧校舎(仮)第七話 (第四回リレー怪談)

 悪い夢を見ていた気がする。

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 直前まで全力疾走でもしていたかのように心臓は早鐘を打っているし、痛いほど握りしめていた手のひらはもちろん、額や背中にまでじっとりと汗をかいていた。

 はあ、と深くため息をつく。

 肺の中にこもっていた重い空気と一緒に、全身の力が抜けていく。それとともに、悪夢の残滓も砂時計の砂のように、さらさらと跡形もなく消え失せてしまった。胸の中に、冷たい感触だけを残して。

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 まぶたを開くと、見慣れた教室の風景だった。教師が板書する音だけが、規則的に響いている。

 頬杖をついたまま、窓の外に目を向ける。空は鼠色の雲に覆われていた。校庭を挟んで古めかしい時計塔と、黒っぽい旧校舎が見える。3月上旬、そろそろ春休みを迎えるというのに、景色はまだ冬の色に染まっている。

 午後の教室は暖かく、私の他にも何人か、睡魔に負けそうになっている生徒の姿が見てとれた。皆ゆらゆらと、頭で船を漕いでいる。

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「OK!Miss月島、プリーズ アンサー ディス クエスチョン」

 不意に自分の名前を呼ばれ、身体がギクリと硬直する。

 見ると、いつの間に振り返ったのか、教壇に立つ教師がこちらを見つめている。

「あ、あのすみません、ちょっとぼんやりしちゃって……。わ、わかりません……」

 しどろもどろになって応えると、教師はオーバーな仕草で肩をすくめて見せた。

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「Oh……、ユー アー スリーピー? ミー トゥー。But、ウィー アー イン クラス ライト ナウ。 Please ビー ケアフル」

「はい……、すみません、先生……」

 耳まで真っ赤になっていると、教師はブンブンと大きく頭を左右に振って、笑顔でこう言った。

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「ノーノーノー。Please コール ミー Mrs.甘瓜。OK?」

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「やーい、セーラの寝坊助さん」

 友人の麻希子がからかってくる。ほっぺをつっつくな、痛い。

「うるさいな。最近なんだかずっと眠たいのよ」

「ふーん。生理?」

「違うって。ここ1ヶ月くらいずっとなんだから。なんだろう、病気かしら」

 放課後の教室には私と麻希子のふたりしかいなかった。それをいいことに友人は鞄からポッキーの箱を取り出すと、ポリポリとリスのように食べ始めた。私もご相伴にあずかる。

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「私はセーラが冬眠したがってるだけだと思うけどな。ねえ、ところで進路希望のプリント、もう出した?」

 私は鞄の中にしまってある、白紙のプリントを思い出していた。忘れていたわけではない。書けないだけなのだ。

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「あんたはいいよね、頭いいから。どこの大学でも選び放題でしょ。私なんて馬鹿だから、Fランしか行けないし。あーあ、いっそのこと美大とか専門行こっかなー」

「麻希子、料理得意だし、製菓学校とかね」

 以前、彼女の家で食べさせてもらった手作りチーズケーキは、元来和食党で洋菓子が得意でない私からしても、十分美味しかった。料理なんて家庭科の授業でしかしない私は、素直に尊敬してしまう。

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「それもいいかもねー。うちの親いい加減だし、案外OKしてくれるかも」

 そう言って笑う麻希子に、私はこっそり羨望の眼差しを向けた。

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 部活に行くという麻希子と別れ、私はひとり、校内をぶらついていた。

 本当なら今日はこれから塾に行かねばならないのだが、そんな気分ではなかった。

 麻希子が言うように、私の成績は学年でも上位だし、今から努力すればランクの高い大学にも行けるだろう。

 だが、そこにはあるのだろうか? 今の私の、絵画に向ける興味以上のものが、果たして。

 

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 足はなんとなく時計塔に向いていた。

 ロンドンのビッグ・ベンを模したと言われる、学園創設当時から存在する建造物。この学園自体、今年で130周年を迎えるというのだから、たいそう古いものだ。

 石と煉瓦で組まれた壁には生き物の毛細血管のように蔦が這い、無数の葉を広げている。

 真下から見上げると、角度の関係で文字盤はよく見えない。いまだ正確に時を刻む一方で、その鐘の音を聞いたものはいない。生徒の間では「鳴らずの時計塔」の名で呼ばれていた。

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「あら、月島さん?」

「ひゃっ!」  

 背後から急に肩を叩かれて、思わず変な声が出てしまった。とても恥ずかしい。

「あ、甘瓜先生……、いや、Mrs.甘瓜」

「今は授業中じゃないから甘瓜先生でいいわよ、月島聖良(せいら)さん」

 私の慌てた様子に、教師はクスクスと笑った。

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「フルネーム、覚えてくれてるんですか?」

「昔から人の名前を覚えるのは得意なの。どうしたの? こんなところにひとりで。古い建物に興味があるのかしら?」

 いったい、この人はいつ来たんだろう。確かにぼんやりしていたかも知れないが、背後に立たれるまで足音に気がつかないものだろうか。

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「いえ、ただなんとなく眺めていただけです。先生こそ、どうしてこんなところに?」

「私? 私もなんとなく。懐かしい、変わってないなーって思って、久しぶりに見に来たんだ、この時計塔」

 懐かしい?

「ええ。私、この学園の卒業生だから。もう10年くらい前になるかな。共学になって間もない頃よ」

 そうだったのか。

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 英語教師の甘瓜花波(かなみ)先生は、産休に入られた前任の先生の代わって、1ヶ月ほど前に赴任してきた。

 歳は20代後半で、結婚していてお子さんもいらっしゃるそうだが、若々しくて、大学生くらいに見える。それに同性の私が見ても、はっとするくらいの美人だ。私の憧れる、日本的な顔立ちの美人。特に、オニキスのような美しい漆黒をまとった、強い意思を感じさせる瞳が魅力的だ。

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 赴任初日、馬鹿な男子たちが校舎裏で先生への告白の列を成したそうだが(そのときはまだ、既婚という情報は出回っていなかった。職場に指輪を着けてこない主義だということも)、彼ら全員真っ向から手酷く振られたらしい。以来、男子からは「甘瓜先生は甘くない」と言われて恐れられている。

「娘も今年、小学校に上がったから働き始めたんだ。娘は私よりしっかりものだから。でもまさか、職場がかつての母校になるとは思ってなかったんだけど」

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「――先生。先生は、どうして教師になったんですか?」

 私はふと尋ねてみたくなった。同級生にも、親や担任教師といった大人にも、こんなこと訊いたことはなかった。他人の進路の話など。

 自分たちの先輩であり、大人なのに見た目は歳の近いお姉さんのように見える、そんな彼女になら訊いてみたいと思ったのだ。

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「親友の影響――かな」

 甘瓜先生は遠い目をして微笑んだ。

「この学園に通ってた頃、私には親友がいたんだ。その子がね、いつか教師になりたいって言ってて、私もそれに感化されちゃったって感じかな」

 私と同い年の頃に、彼女たちは自分の将来を具体的に考えていたんだ。皆が行くから、親が言うから、なんとなく大学に行く、なんてことではなく。私は少しショックを受けた。

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「それで先生は、教師になったんですね。――その親友さんはどうされたんですか?」

「彼女も大学に通いながら、英会話教師のアルバイトをしていたわ。将来のための練習だって言って。なんと言ってもネイティブだったからね、彼女。でも、そこである男性と出会って、子供ができて、大学を中退したの。父親に反対されて、駆け落ち同然で結婚してね」

 なかなか波乱万丈みたいだ。そんな感想が顔に出ていたのか、甘瓜先生はクスクスと笑った。

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「――私も、ね」

「え?」

 聞けば甘瓜先生も在学中にお付き合いをしていた男性と学生結婚をして大学を中退。出産、子育ての後、大学に通い直して教員採用試験を受けたらしい。彼女が教師になったのは、わりと最近のことだったのだ。

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「――そこまでして、なりたかったんですか?」

 口に出してから、失礼な言い方だったかもと後悔した。先生は笑っていた。

「うん。どうしても教師になりたかった。彼女ーーマリアが生きて果たせなかった夢を、私がなんとしても叶えたかったから」

 私は息を飲んだ。

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「――亡くなったんですか? 親友さん」

「ええ。子供を産んですぐに、ね。いいのよ月島さん、悲しい顔をしないで。あの子はきっとわかっていて、それを選んだんだから。そういう、強い人だったから。今、彼女はこの学園の敷地内にある墓地に眠っているわ。彼女の家が、この学園の関係者だったみたいで。私が教師になってやって来たのを見て、きっと笑ってくれているはず。もしかしたらいずれ、彼女の子供――大神……遊輔君だったかしら?――、私の娘の美波と同級生になるその男の子を、私が教える日が来るかもしれない。その日を迎えることが、今の私の新しい目標なのよ」

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 そこまで言って、ごめんなさいね、と甘瓜先生は頭を下げた。

「少し、話し過ぎちゃった。こんな話、これまで誰にもしたことなかったんだけど。きっとあなたのそのきれいな瞳が、マリアのとよく似ていたからね」

 先生が私の瞳を覗き込む。私の、緑色の瞳を。私にとって、コンプレックスであるそれを。

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「……曾祖母がイギリス人だったそうです。後にスコットランドに移住したそうですが。私は日本生まれの日本育ちで、海外旅行すらしたことありません。和食好きですし……。それに、五教科だと英語が一番苦手なんです!」

「……それは、英語教師である私への宣戦布告かしら?」

 気のせいだろうか? 笑顔を浮かべた甘瓜先生の、その背後が陽炎のように揺らいだ気がする。こ……怖い。

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「い、いえ……! そうじゃなくて。この目の色のせいで、幼い頃からまわりの子によくからかわれたんです。『お前だけ目の色が違う。その目で俺たちと同じ色が見えてるのか?』って。私だって、赤は赤、青は青、黄色は黄色に見えています。空にかかる虹も、夕日に染まる海も、舞散る桜だって、綺麗に見えてるんです! だから私は、私が描く絵で、私が見ているこの世界が、美しいことを証明したい! だから私は――」

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 美大に行きたい、と私は訴えていた。

今日初めて親しく話した、年上の女性を相手に。まるで、これまで胸の中にわだかまっていたものすべてを吐き出すかのように。

 先生は黙ってそれを聞いていた。

 不意に我に返った私は、頬が熱くなるのを感じた。私ったら、なんでこんなことを急に? 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!

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 「Good! Miss月島。素敵な夢じゃない! 担任でもない私が言うのもなんだけど、先生、あなたのこと応援するわ。Never give up! Girl's be ambitious、よ!」

 そう言って先生は、親指を立てた。 

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 思いがけない反応に、私の頬はさっきよりもずっと熱くなっていた。緑色の瞳からなにかがこぼれそうな気がしたので、私は思わず古い時計塔を見上げたのだった。

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 辺りはすっかり暗くなっていた。

 それでも私は、先生に色々なこと話し続けていた。先生も楽しそうにそれを聞いてくれていたのだが、そこへ突然、男性の低い声が響いた。

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「甘瓜先生、もう完全下校時刻ですよ。生徒に帰宅を促すべき立場のあなたが、一緒になっておしゃべりに興じていていいんですか?」

 声の主は、まるで周囲の闇から浮き出るようにして現れた。身につけているものが上下黒だったからか。それでも、直前まで気配すら感じられなかった。

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「も、申し訳ありません、八島さん。すぐに下校させますので」

「当然です。まったく、しっかりしてください。新任とはいえ、あなたはこの伝統ある学園の教師なんですよ?」

 それだけ言うと、男はさっさと校舎の方へ去ってしまった。注意をするためだけに、わざわざこんなところまで来たのだろうか。

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「すみません先生、私が引き止めていたばかりに叱られてしまって……」

「いいのよ、とっても楽しかったから。私の方こそ、ごめんなさいね。もう暗いから、気をつけて帰ってね?」

「はい。あの、先生、あの方は――?」

 私はさきほどの男性のことを尋ねた。これまで校内で見かけたことのない顔だったからだ。

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「ああ、あの方は財政難のこの学園に、最近たくさんの寄付をくださった団体の、会長秘書さんよ」

 なるほど、大口スポンサーというわけか。だから先生たちも頭が上がらない、と。

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「お金を出した以上、学園の様子をしっかり知っておく必要があるって言って、時々ああして見回ってらっしゃるの。大きな団体の会長秘書をされているだけあって、とても頭の良い方よ。英語も話せて、私より上手いくらい。目端も利くし、細かいことにもよく気がつくの。ああして、私たち教師にも厳しくご指導いただけるわ。つまり――」

 ああ、なるほど。要するに――。

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「「嫌なやつ!」」

 きれいにハモったのがおかしくて、私たちは笑いあった。

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 悪い夢を見ていた気がする。

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 翌日、午後の授業を終えた私は、ひとり旧校舎の辺りをぶらついていた。

 昨日は結局塾をさぼってしまい、それが親にバレて大目玉をもらったのだが、今日もやはり行く気が起きない。

 朝、ベッドの中で目を覚ました時から、すでにぐったり疲れているのだ。なんとなく一日中眠たくて、やる気が起きない。

 本気で病院に行った方がいいのかしら。そんなことをぼんやり考えていると、

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「月島さん!」

「ひゃあ!」

 不意に肩を叩かれて、変な声を出してしまう。

「ウフフ。やっぱり可愛いわね、ビックリした時のあなたの声って」

 ニヤニヤした表情の甘瓜先生がそこにいた。見た目に反して、意外と子供っぽい人なのかもしれない。

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「もう、驚かさないでください!」

「あはは、ごめんごめん。月島さんの無防備な後ろ姿が見えたものだから、つい。あれ……? 大丈夫? なんか体調悪そうだけど……」

「いえ、ちょっと眠たいだけです。最近ずっとこんな感じで……。夜更かしはしていないんですが……。夢見が悪いんでしょうか。朝起きた時に、いつも胸がザワザワしているんです……」

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「そう……。まあ、あれね! 進路も含めて、悩み多きお年頃だしね。私でよかったら、なんでも相談してちょうだい?」

 先生はニッコリ笑うと、まかせておいて、と胸を叩いた。いちいち仕草がオーバーな人だ。私を元気づけようとしてくれたのかもしれない。そう思うと、胸の中がほんのり温かくなった気がした。

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 と、その時だった。

 異変が、起こった。

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 私の、生き物の本能的な部分が、まず反応した。

 ナニかくる。

 ナニかとてつもなく大きくて、危険なものがやってくる。

 無意識のうちに、感覚を研ぎ澄ませていた。目から、耳から、肌から、匂いから。そのナニかの正体をいち早く知ろうと、身体が瞬時に最大限の警戒体制をとっていた。

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 ソレは、足元の地面の奥深くからやってきた。ズズズ……という不気味な音を伴って。

 凄まじい速さで地の底から昇ってきたソレは、地上に到達した瞬間、その暴力的な力を一気に解放した。

 世界が、振動した。

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「地震!?」

「月島さん!」

 立っていることができず、地面にしゃがみこむ。私の身体の上に、甘瓜先生が覆い被さってきた。

 頭上で何かが砕ける甲高い音が響いた。旧校舎の窓が割れたのだ。ガラスが大小様々な破片となって、雹(ひょう)のように降り注いでくる。

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「っ!」

「先生!?」

「大丈夫だから! それより、頭を上げないで!」

 揺れが収まるまでに、どれくらいの時間が経っただろうか。まるで地面ごと巨人の手でめちゃくちゃに振り回されたかのような、恐怖のひとときだった。

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「……大丈夫だった? 怪我はない?」

 自分の身体を見回す。右手の甲にけっうな量の血がついていたが、そのわりに痛みはあまりなかった。はっとして顔を上げる。

 先生の服の、右腕の肩の部分が裂けて、そこから血が染み出している。きっと大きなガラス片で切ったのだろう。私の手に付いていたのは、先生の血だったのだ。

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「私より先生が!」

「ああ……うん、大丈夫。見た目ほど深く切れてはいないみたいだから。とりあえず、ここから離れましょう。また大きな揺れがあるかもしれないわ」

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 私は先生に肩を貸して、新校舎の保健室まで移動した。保健の先生は不在だった。すでに避難誘導されていたのかもしれない。

 棚から消毒液と包帯を拝借して、先生の腕に応急処置をする。

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「ありがとう、本当に大丈夫よ。月島さんこそ血が付いているわ。どこか切ってない?」

「はい、私はかすり傷です。先生がとっさにかばってくれたおかげで……。これは先生の血が流れて付いただけです」

 それを聞くと、一瞬安堵の表情を浮かべた先生は、すぐに顔を曇らせた。

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「……あのね、月島さん。こんなときに訊くのもなんだけど、あなたの体調が優れなくなったのって、いつ頃からだった?」

 私は少々面食らってしまった。たしかにこんなときに訊くことでもない気がするが。

「ええと……1ヶ月くらい前だったかと思います。2月の初め……そうだ、ちょうど先生が赴任してきた頃でした」

 甘瓜先生の顔が、ますます曇る。

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「そう……。月島さん、もしかしたらなんだけど、その……夢が……。いえ、やっぱりなんでもないわ。何か変わったことがあったら、すぐに言ってちょうだい。できる限り力になるから」

 そう言って、先生は私の手を力強く握った。

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 この時の地震は、東日本を中心に甚大な被害をもたらした、未曾有の大災害であった。

 大勢の人が命を落とし、住む家を失い、不自由な生活を余儀なくされることになった。

 ただ、私はそれとは別に、自身がすでに恐ろしい事件に巻き込まれていたことを、後になって知るのだった。

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 どことも知れぬ薄暗い廊下を、ひとり歩いていた。

 窓の外を見ると、不吉に輝く赤い満月が、見覚えのある時計塔を照らし出していた。

 すると、ここは鳳徳学園の旧校舎なのだろうか。 

 なぜ私はここにいるのだろう。わからない。何も思い出せない。

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 不意に、どこからか低い唸り声が聞こえた。獰猛な大型犬を連想した私は、とっさに耳を澄ませ、忍び足でその場から遠ざかった。

 廊下を進み、階段を上って、また廊下を進んで、今度は降りて……。足を運ぶ度きしむ床板に冷や冷やしながら、私は進み続ける。

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 1階に降りた時だった。

 不意にブーツの音が聞こえた。階段の陰からそっと音のした方を覗いた私は、思わず叫び声を上げそうになった。

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 廊下の向こう。

 火の玉。火球。鬼火。

 呼び方は何でもいい。それらがいくつも宙を飛び交っている。そしてその中心に、背の高い何者かの姿があった。

 その何者かのシルエットに、違和感を覚えて目を凝らす。違和感の正体はすぐにわかった。

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 頭部が歪んでいるのだ。縦長のカボチャとでも言えばいいのか、ともかく不格好な輪郭が見て取れる。

 それだけじゃない。その手には紅蓮の炎を纏った、禍々しいまでに大ぶりな鎌が握られているのだった。

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 非現実的な光景に、私は息を呑んだまま固まっていた。

 と、鎌の怪人が突如こちらを振り向いた。

「あ……、あ……」

 喉から、かすれた声がこぼれる。

 本当は思い切り悲鳴を上げたかった。叫んで叫んで、身体の中から恐怖を絞り出したかった。

 しかし、視線を通して伝わってくる怪人の強烈な悪意が、私からそのわずかな自由すら奪っていた。

 手足から力が抜け、へなへなとその場にしゃがみこんでしまう。

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 逃げなきゃいけないのに! 逃げなきゃ、あの鎌で殺されてしまうかもしれないのに――!

 わかっているのに、思いとうらはらに、身体はいっこうに動いてくれない。

 その時だった。

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(逃げて!)

 声が聞こえた気がした。

 とても懐かしい、力強い声。

(逃げて月島さん! さあ立って! 早く!)

 その声にはじかれるように、身体が自由を取り戻す。

 私は立ち上がると、怪人に背を向けた。

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 私は走る。

 走って、走って、走った。

 長い廊下の先は闇だ。私が進む度、闇の中から次々と新たな廊下が生み出されるかのようだった。

 ギシギシと床がきしむ音、自らの荒い呼吸音、そして背後から響く、コツコツというブーツの音が鼓膜を揺らした。

 私は懸命に走っているというのに、対して、ブーツの足音はゆるやかなはずなのに。その差が広がったようには思えない。いくら歩幅が違おうが、そんなことあるだろうか。

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 見上げると、教室のプレートが見えた。「調理実習室」とある。少し進むと「理科室」のプレート。さらに進むと「理科準備室」のプレートが目に入った。

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 走って、走って、走って。

 再び教室のプレート。

 そこには「調理実習室」の文字。

『なんで!? なんでまた調理実習室なの? 一本道を走り続けているはずなのに!』

 少し進むと「理科室」のプレート。さらに進むと「理科準備室」のプレート。再び「調理実習室」。

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 理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。理科室。理科準備室。調理実習室。

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 ループする景色。遠ざからない追跡者の足音。

 そこで私はようやく気がつく。

 これは夢だ。現実じゃない。

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 私はたしか、断続的に起こる余震に怯えながら、自分の部屋のベッドで眠りについたはずだ。枕元に置いた時計の針は、午前1時を指していた。お気に入りのワニのねいぐるみを抱きしめて眠ったはずなのだ。そうだ、思い出した。

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 これは夢、これは夢だ。制服姿で、入ったこともない旧校舎にいることも。カボチャ頭の大鎌の怪人に追いかけられていることも。全部全部、悪い夢。

 私は息を切らして立ち止まった。これが夢なら、この息苦しさも、全身を包む冷たい汗の感触も、カビ臭い旧校舎の匂いも、すべて私の脳が作り出した錯覚のはずだ。

 目の前に立つ、大鎌の怪人さえも。

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「これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢……」

 怪人が、紅蓮の炎をまとった禍々しい大鎌を振り上げる。窓から射し込む赤い月の光に、刃がギラリと凶悪な輝きを放つ。それが今、私めがけて振り下ろされて――!

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布瑠部(ふるべ)由良由良止(ゆらゆらと)布瑠部(ふるべ)掛けまくも畏き鳥鳴海神(とりなるみのかみ)禍つ事(まがつこと)祓ひ給へ

(翔――!)

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 流麗な祝詞のようなものが聞こえ、そのあと、力強い声が響いた。次の瞬間、背後でガラスの砕けるような音がしたかと思うと、何もない中空から突如、光輝く鳥が姿を現わした。

 鳥は暗闇を裂く光の矢のように、怪人に向けて一直線に飛翔すると、不気味なカボチャ顔にその鋭いくちばしを突き立てた。怪人が鎌を振り上げたまま体勢を崩す。

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「大丈夫? 月島さん」

 唖然としている私の肩を、誰かの手が叩いた。

「うひゃあ――!」

「もう、あいかわらず可愛いんだから。でも今はそんなこと言ってられないわ。逃げるわよ!」

「先生……?」

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 そこにいたのは、甘瓜先生だった。腕に包帯を巻いて、昼間見たままの姿をしている。

 これは私の夢のはず。夢だからこそ、頼りになる先生の登場を無意識に願ってしまったのかもしれないが……。さっきの祝詞のようなもの。初めて聞くものだった。自分の知らない情報も、夢に現れるものだろうか。

 色々なことが急に起こったことで考えがまとまらず、身体を動かすのが遅れた。今は一瞬の判断ミスが取り返しのつかないことになると、わかっていたはずなのに。

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「危ないっ!」 

 甘瓜先生が包帯を巻いていない左腕で、私を突き飛ばした。伸ばした左腕の上に、紅蓮の大鎌が振り下ろされる。

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 ブツン――。

 嫌な音がして、ぼとり、と何かが床の上に落ちた。

 先生の左手だった。

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「先生っ!」

「うぐっ……、鳥鳴海神、もう一度だけ、お願い……!」

 かすれた声に呼応するように、先ほどの光る鳥がすごい速さでこちらにとって返す。

 ふたたびガラスの砕けるような音がして、強い衝撃があった。思わず目を閉じる。

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 しばらくしてまぶたを開くと、辺りは静寂に包まれていた。

 赤い月の光が射し込む薄暗い廊下。そこには私と、先生と、光る鳥だけがいた。あの怪人の姿はなかった。

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「先生、大丈夫ですか!?」

 私はあわてて先生のもとに駆け寄る。先生は左腕を押さえてうずくまっていた。

「先生! 先生ごめんなさい! 私が……、私がぼんやりしていたせいで、先生が……、先生が……!」

 

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額に脂汗を浮かべた甘瓜先生は、それでも気丈に微笑んでみせた。

「大丈夫……心配しないで。私は大丈夫だから……。それより、謝らなくちゃいけないのは私の方……。あなたを危険に巻き込んでしまった……」

「そんな……、なんで先生が謝るんですか?」

「血……よ」

 そう言って先生は、床に垂れて黒いシミを作っている、己の血を見下ろした。

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「血――?」

「――ええ。月島さん、1ヶ月くらい前、私が赴任してきた頃から体調が悪くなったと言っていたでしょう? おそらくあなたは、私の影響を受けて、この世界に招かれてしまったんだと思う。それでもまだ、その影響は弱かった。だけど今日の昼間、地震があった時、私の流した血が傷口からあなたの中に入りこんでしまったんだと思うの。そのせいで『縁』が強化されて、あなたはこの世界で人の形を持つほどになってしまった――」

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「この世界……?」

「そう、夢の世界。――魔の蠢く夜の中、『魔夜中』の世界よ」

 魔夜中。ここはやはり夢の中だったのだ。しかし、今の話を信じるなら、彼女は夢の産物ではなく、同じ夢を見ている生身の存在ということになる。

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「だから昼間、私に何か言いかけたんですね?」

「ええ。もしかしたら、私の血を受けたあなたに、影響が出てしまうかと思ったの……。でも、確証はなかったから、はっきり言えなかった。ごめんなさい……」

 先生は頭を下げる。

 だが、いくら先生のせいで恐ろしい目にあっているとはいえ、所詮は夢の話だ。眠っているときは死すら意識するような状況に思えても、目を覚ませば朝の光の中に消えていく程度の、はかない出来事であるはずだ。なにもそこまで……。

 私がそう言うと、先生は困ったように言葉を詰まらせた。なおも問いかけようとすると、彼女以外の口から反応があった。

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「うつし世は夢 夜の夢こそまこと。――そうですよね? 甘瓜先生」

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 大人の男性の声だった。それもごく最近聞いた覚えのある声だ。

 廊下の暗闇から沁み出すように姿を現した、漆黒の装いの男。

 昨日、時計塔の前で私たちを咎めた、嫌な奴。

 学園に巨額の寄付をした団体の、会長秘書を務める男。

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 八島だった。

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「日本の探偵小説の祖である、著名な作家の言葉です。そう――、この夜の世界は夢であって、夢ではない。肉体という枷(かせ)から解き放たれた、魂の法則が支配する世界。もうひとつの現実なのです」

 八島は唄うような調子でそう言った。

「もうひとつの、現実……」

 まるで暗示にかかったかのように、私はその言葉を繰り返す。実際、八島の声を聴くと、頭の芯がぼうっとしてくる。

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「そうです。あなたの意識が覚醒しようとも、この世界は消滅せずにここある――あり続ける。あなたも、そこの甘瓜先生も、招かれてしまったのです。この魔夜中という夜毎のパーティーに。朝になってのお帰りは自由だが、夜になれば再び招待状が届く。なあに、ドレスコードはフリーです。魂ひとつでお越し下さればよい」

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「この学園に赴任してきた日から、ずっとこのおかしな夢を見続けていたのは、あなたのせいだったのね、八島さん」

 先生が八島を睨みつける。その肩には光る鳥が停まっている。

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「ええ、ええ、その通り。そちらのお嬢さんは予定外のご参加でしたが、先生、あなたはこのパーティーのメインのお客様のひとりだ。なにしろ、あの忌々しい『甘瓜』の女なのだからな!」

 急に激しくなった語気に、思わずはっとする。八島は「失礼」と短く口にすると、ふたたびゆったりとした口調で話し始めた。

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「――それにしても、甘瓜先生。先ほどは実にお見事でした。この世界の『裏側』に閉じ込めていたお嬢さんを、『鳥』の力で救い出すとは。さすがは『天宇利(あまうり)』、『夢』と『生』を司る一族の末裔だ。その左手も、力の一端といったところでしょうか――」

 見ると、さきほど大鎌で切り落とされたはずの甘瓜先生の左手が、いつの間にか元通りになっていた。何事もなかったかのように。

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「先生、手が――」

「――ええ。私の家――甘瓜の一族――は、古くからこの鳥鳴海神(とりなるみのかみ)を祀ってきた女系一族だと、祖母や母から教えられたわ。死者の魂を運ぶ鳥の神を祀っていると。『魔夜中』の話もね。子供の頃から、お祈りや修行のようなこともさせられてきた。私自身はそんな話、正直興味なかったけど、この子とはよく夢の中で一緒に遊んでいた。友達――だった」

 先生の手が、鳥の頭を優しくなでる。

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「そうですとも。あなた方『甘瓜』、それに『秋永』、『護摩堂』、『大神』の四家は、鳳徳学園の立つこの土地と深い因縁で結ばれている。そして、わが主『ウィルソン』家もね。あなたがこの学園に着任されたと聞いて、早速ご招待申し上げたのですよ。この1ヶ月の間、じっくりと観察させていただいた。素人ながら、あの大鎌の男を手玉にとるふるまい、感服しました。

『あの時』、魔の力を受けて、あなた方の神は神性をかなり損ねたでしょうに。まして、力の大半を次代に引き継ぎ、もはや搾りかすのように小さくなったその『鳥』で、さきほどのような、空間を切り裂くほどの高い出力を見せるとは。神代の再来と謳われたあなたのおばあ様、雪波老をしのぐ才覚をお持ちと見える。あなたのお子さんにもそれが引き継がれていると思うと、恐ろしいことですな」

 先生の娘さん、美波ちゃんと言ったか。甘瓜先生の顔つきが険しくなる。

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「――娘に手を出したら許さない。それと、わからないことがあるわ、八島さん。私がこの学園と関係を持ったのは、今回が初めてじゃない。学生の頃、私はこの学園に通っていたんだから。どうしてその時は、なにもしてこなかったの?」

「何事にも準備のための時間というのは必要なものですよ、甘瓜先生。それに、当時のあなたに危害を加えては悲しまれる方がいた。それが、歯がゆく思いながらも、あなたに手を出せなかった理由です」

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「――待って、さっきあなた、ウィルソンって……。じゃあまさか、マリアの……」

 その時、八島も甘瓜先生も同じ表情になった気がした。誰かのことを思い浮かべているような。同じ悲しみを共有しているかのような。

 だが、次の瞬間には、八島の顔は悪意で満たされていた。

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「今となってはそれも意味のない話だ。私の中の貴様ら四家への憎しみは、あの明治の頃より深くなった。誰も逃がさない。誰も救わない。私と同じ絶望の淵を見せてくれる。そして、『彼女』を――」

 八島が私たちにむけて、右手を突きだす。

「あっ――!」

 先生の悲鳴にそちらを見ると、彼女の身体を無数の蜘蛛が這い、吐き出す白い糸で瞬く間に覆い隠していた。光る鳥ごと、巨大な繭のように。

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「先生っ!」

「駄目、逃げて月島さん! あなただけでも!」

 先生が叫ぶ。もう顔がわずかに見えるくらいしか、糸に隙間がない。

 その口元が小さく微笑むと、早口でなにかをつぶやいた。

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「瘟(おん)――!」

 八島がなにかを引き絞るかのように、固く手のひらを握りこんだ。

 その瞬間、繭が一気に小さくなり、人の輪郭をさらに越えて、バスケットボールくらいの球体になった。球体はさらに小さくなり、最終的に野球のボールくらいの大きさになると、ふわりと浮かんで八島の手に握られた。

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「ロビン様によい手土産ができた。力は残っていなくとも、慰み物くらいにはなるだろう。さて――」

 八島が呆然としていた私に、視線をむける。

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「あなたには申し訳ないが、私はこれで失礼する。なあに、彼女の血を受けて何度でも再生する不憫な身体になっているだろうあなたのお相手は、こちらの彼にお願いしよう――」

 八島の背後から、鬼火が沸き出した。そして、紅蓮の炎をまとった大鎌を持つ、歪んだ顔面の怪人がゆっくりとした靴音を響かせ現れる。

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「それではさようなら、憐れなお嬢さん。よい悪夢を――」

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 八島の姿が闇に溶け、怪人が迫る。

 ああ駄目だ、私だけじゃ。

振り上げられる大鎌を見つめながら、私は直前の場面を思い出していた。蜘蛛に捕らえられた甘瓜先生が、最後に口にした言葉を。

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『月島さん、Never give up! Girl‘s be ambitious!』

 先生――!

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 大鎌が振り下ろされた。

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「えー、英語の甘瓜先生がご病気のため、休職されることになりました」

 翌日、帰りのホームルームで担任の教師が告げた。

 教室中がざわめく。昨日の大地震に続いてもたらされた悪いニュースに。

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(先生、入院してるって噂だよ)

(今朝、目を覚まさなかったんだって。意識不明だとか)

(マジ? 小学校上がったばっかの娘さんがいるって話じゃん。かわいそー)

 ひそひそ話がさざ波のように私の耳に打ち寄せる。

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 先生が目を覚まさないのは、昨夜のあの出来事が原因のはずだ。魔夜中のなかで、八島に魂を捕らわれてしまったから。やはりあの世界はただの夢ではないのだ。現実に影響をもたらす、もうひとつの現実。

 夢の最後、怪人に殺された私がこうして目覚めることができているのは何故か。おそらく八島が言っていた通り、血を通して私が甘瓜先生の『再生』の力を得たからなのだろう。

 きっと今夜も、私はあの世界に招かれる。そして、夜の旧校舎を大鎌の怪人に追われることになるのだ。捕まれば殺される。そして、その繰り返し。

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 夢から抜け出すにはどうすればいい? あの怪人から一晩中逃げ切ればそれでいいのだろうか。それとも、旧校舎の外に逃げ出せばいいのか。それでは駄目で、あの怪人を倒さない限り終わらないとしたら――。

 なんの力も持たない私が、あの凶悪な敵を相手に戦うことなんて、できる気がしない。こんなこと、相談できる人もいない。それが可能な唯一の相手は、すでに敵の手に落ちている。

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 絶望が胸を満たす。

 いや駄目だ、あきらめては駄目。先生が身体をはって助けてくれた命だ。無駄にすることはできない。

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 Never give upだ。月島聖良。

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 2日目は、首を刈り取られて殺された。

 3日目は、四肢をもがれて殺された。

 4日目は、内臓を引きずり出されて殺された。

 5日目は、髪を頭皮ごとはがされて殺された。

 6日目は、目玉をくりぬかれて殺された。

 7日目は、身体を裏返しにされて殺された。

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 Never give upだ。月島聖良。

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 8日目は、十字架に張り付けにされて殺された。

 9日目は、爪先から細切れにされて殺された。

 10日目は、鬼火に焼かれて殺された。

 11日目は、煮えたぎる鉛を飲まされて殺された。

 12日目は、無数の蟲をけしかけられて殺された。

 13日目は、土に埋められて殺された。

 14日目は、旧校舎の2階の窓から突き落とされて殺された。

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 Never give upだ。月島聖良。

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(セーラ、最近どうした? 元気ないって言うか、いつもぼーっとしてるって言うか……。あのさ、私でよければ相談に乗るよ? あ、そうだ。今度チーズケーキ作ってきてあげよっか?)

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 30日目は、電気のケーブルを巻き付けられて、感電させられて殺された(夢なのに電気通ってるんだ)。

 31日目は、プールに沈められて殺された(プールの水、ちゃんと塩素の味がした)。

 32日目は、首を刈り取られて殺された(おいおい、そろそろネタ切れか?)。

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 ええと……なんだっけ?

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(セーラ……病院行きなよ。目の下、クマヤバいって。ちゃんと寝られてないんでしょ? ね、お願いだから)

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 63日目は、なんかして殺された。

 64日目は、適当に殺された。

 65日目は、いつの間にか殺された。

 66日目は、もう、覚えてらんない。

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(セーラ……)

(麻希子、もうよしなよ、あの子と関わるの。あんたまでなんか言われるって――)

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 212日目――。

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(ハロー、セーラ。元気? ……な、わけないか。ナハハ)

 ……誰だっけ、この子。ああ、そうだ。友達の麻希子だった。

(へえ、個室いいね。さすが、お金持ちのお嬢様は違うなー。私だったら絶対大部屋だよ)

「お見舞い……来てくれたんだ……」

(うん! ごめんね、すぐに来られなくて。病院の先生にも、セーラが落ち着くまで待った方がいいって言われてて……。あのねセーラ、もうすぐ文化祭なんだよ! うちらのクラス、コスプレ喫茶やることになったから! もし具合大丈夫そうだったら、覗きに来て!)

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「コスプレ……喫茶……?」

 麻希子がカバンに手を突っ込んでゴソゴソとまさぐると、なにかを取り出した。

(ジャーン! 私がやるのはコレ。カボチャ頭のジャックオーランタン! 可愛いでしょー!)

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 それは。

 それそれそれそれそれそれそれそれ! 

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「いやあああぁああああぃあああぁ! うおぇいぐぅお……、うおぇ……」

(セーラ!? セーラ、大丈夫? 誰か、誰か来て早く!)

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あー……、もうダメ……。限界みたい……。

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 その夜、私は病院を抜け出して、鳳徳学園に向かった。

 時計塔の背後の空には赤い月が上っている。まるで、魔夜中のように。

 旧校舎まで来ると、通用口のガラスを手近な石で叩き割って鍵を開け、中に侵入した。初めて来る場所だが、何度も来ている場所だ。勝手はわかっている。

 ギシギシと鳴る廊下を抜け、階段を登り、2階に至る。廊下の窓を開け放つと、真っ暗な地面を見下ろした。高さはそれほどでもないが、無防備な体勢で落ちれば無事には済まないだろう。

――うん、大丈夫。

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 その時になって、初めて私は、なぜ自分がわざわざこの場所まで来たのか、疑問を持った。病室の窓からでも、同じことはできたはずだ。なんでわざわざ……。

 きっと、呼ばれていたのかもしれない。この場所に。もしくは魔夜中に。

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 どちらにしろ、それももう終わり。

 私が死ねば、夢を見なくなれば、悪夢は終わるはず。

 こんな簡単なこと、今までどうして思いつかなかったのか、不思議なくらいだ。

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 本当にどうしてだろう。

 誰かと、なにかを、約束して、いたような……。

 そんなことをぼんやり考えているうちに、弱り切った身体がぐらりと揺れて、私は窓の外に投げ出された。

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 ああ、やっと終わる――。

 地上に届くまでのわずかな間、そんなことを考えていた。

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 まぶたを開けると、夜空に赤い月が見えた。私はそれを、地面を背にしたまま見つめている。どうやら、死ぬことはできなかったようだ。 

 でも、大丈夫。また何度でもやり直せばいい。私が死ぬまで、何度でも。

 起き上がろうとした瞬間、なにかが視界に入ってきて、月を覆い隠した。

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 逆光になった、それは。

 見覚えのある、あのカボチャ顔で。

 つまりはここは、魔夜中で。

 さっきの続きが、この状況ならば。

 死んだのか、意識不明で病院のベッドの上なのかはわからないけれど。

 それでも私は、この世界から逃げられない。

 つまりは、そういうこと。

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 あはは。

 もう、笑うしかない。

 だれかぁ……。だれか、助けてよぉ……。

 センセェ……。

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 大鎌が振り下ろされた。

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 今日は旧校舎の裏手の墓地で目が覚めたようだ。

 あの怪人、早く私を見つけてくれないかな。私の方から殺されに行くの、面倒なんだけどな。

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 赤い月を見上げながら考えた。

 あれからどれくらいの時間が経ったのか。

 殺されては目覚め、また殺される。

 無限に思われる繰り返しの果てに私の心はすり減って、もうわずかな欠片しか残っていない。

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 終わりにしたいと思った。

 消えてなくなりたいとも思った。

 でも、この欠片はなぜか消えてくれない。

 誰かの声が、私をこの世界に固く縛り付けている。

 いったい誰の声なんだろう。

 懐かしい、あの声は。

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 不意に涙がこぼれた。

 こんなこと、ここしばらくなかったのに。

 一度泣き出すと、止まらなかった。

 膝を抱えて、声を出して泣いた。

 誰かを求めて。

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 その時だった。誰かの声がしたのは。

 「君、鳳徳学園の生徒だね? 僕は生徒会長の護摩堂アキラだ。君の名前は?」

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 ゴマドーフ……?

 和食党の私の大好物。そういえば、しばらく食べていない。ここ半年……いや、10年……?

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 顔を上げると、ひとりの男子生徒が立っていた。

 鳳徳学園の生徒だろうか。制服のデザインが、微妙に違っているようだが。

 護摩堂、と名乗ったのか。どこかで聞いたことのある苗字だった。しかし、生徒会長の名前は、たしか違った気がするのだが……。

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 いや、そんなことより。

 人だ、人がいる!

 私以外に、この魔夜中に人がいる!

 今回は、これまで過ぎ去った無限の過去とは状況が違っているのだ。明らかに。

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 不意に、脳裏に懐かしい人の顔が浮かんだ。

 光にあふれていた、あの頃の。

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『月島さん、Never give up! Girl‘s be ambitious!』

 甘瓜先生――! 

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「私の名は……月島聖良。お願い、助けて――!」

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 私の、月島聖良の物語が、ここからもう一度動き出す――!

(続く)

Concrete
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