これは俺が実際に遭遇した数少ない体験談のうちの一つ。
季節は真冬。俺は唯一の釣り仲間であるケンタと夜釣りに出掛けていた。
深夜のダム湖は想像を絶する程の寒さで、かなりの防寒対策をしたにも関わらず両手が凍りつきそうだった。
近くの駐車場に車を停め、両側から威圧してくる雑木林の間を抜けて湖の護岸を目指し歩いていく。
真っ暗な砂利道、残念ながら月は雲が遮っているためケンタの持つ懐中電灯だけが唯一の光源だった。
「今日は釣れるかな?」
「ん?おお、少ないチャンスをモノに出来たら釣れるだろうな」
ケンタが無愛想に呟く。
山から吹き下ろす強い風を受けて、ザワザワと周りの木々がしなった。
まるで出口のない大きなトンネルの中に取り残されたような孤独感に襲われる。まあいつもの事だが…
そんなビビりな俺とは違い、何があっても全く動じずにいつも冷静なケンタは本当に心強い。
時おり後ろを振り返り、真っ暗な闇におののきながらも2人歩き続けていると…
パッと道が開け、目の前に開放的で壮大な風景が広がった。
「ついたついた♪」
視界全体に広がるシンと静まり返った紫色の湖。対岸までは軽く二百メートルはあるだろうか?
耳鳴りがするほどの冷え切った空気と静寂…不気味といえば不気味だが、神秘的といえば神秘的だ。
俺はこの光景を見るといつも心が和む…と同時に、今日も絶対に大物を釣り上げてやろう!という闘志に火がつきだらしなくニヤけてしまう。
ピチャンと岩場辺りで魚が跳ねた。
「よしよし今すぐ釣ってやるから待ってろよ♪」
俺は早速釣りの準備に取りかかった。
ふとケンタを見ると、先ほど魚が跳ねた岩場とは反対側の森の方を見て押し黙っている。
俺もつられてそちらを見てみたが、暗くて何にも見えなかった。
「おいケンタ?どした?」
「ああ、いやなんでもない」
ケンタは何かを振り払う仕草をし、同じく釣りの準備に取りかかった。
まあ、多分何もない事はないのだろう…
実はこのケンタという男、自他共に認める霊感体質で、まあ妹の夏美ほどではないが、今までも一緒にいて数々の怖い目に遭遇している。
彼が何でもないと言った時はだいたい何かがある時だ。
準備をしながらもチラチラと森を盗み見るケンタに気づかないフリをして、俺は釣りを開始した。
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今日はなかなか調子がいい。
30分そこそこで2匹のデカバスを釣り上げた。
嬉しさから自然と口元が緩む。
しかし、そんな俺とは対照的にケンタの様子がおかしい。
全く釣りに集中出来ないみたいで、買ってきたビールにも手をつけずにジッと森の方を気にしている。
そろそろ気づかないフリをするのにも疲れてきたので聞いてみた。
「おいケンタ大丈夫か?やっぱりあそこに何かいるのか?」
ケンタは闇を見ながら頷いた。
「あちゃー!やっぱりかよ!」
俺はすぐにでも逃げ出せるように道具を一つにまとめる作業に取りかかった。
こういう事は一度や二度ではないので俺も慣れたもんだ。
「おいロビン見えるかあそこ?あの水面から顔出してるやつ…」
「な、何?ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
一通り後片付けを終えてからケンタの言うそちらを見てみた…が、暗くて俺にはソレが見えなかった。
僅かに水面が波打っている感じはしたが。
「そうか、じゃあこの音も聞こえないか?」
「お、音?」
耳を澄ませてみると、なんか聞こえた。
りーーん
りーーん りーーん りーーん
その音は、風の音に混じってどこからか流れてきている。
りーーん りーーん りーーん
もちろんこんな時間にこんな場所で、俺達以外に人がいるとも考えにくい。
「なんだこの音?鈴か?」
「いや、これは多分お凛とかそんな感じの音色だな…」
「お凛って、あの仏壇とかに置いてあるやつか?!」
ケンタは口元に人差し指を当てながら、真っ黒な水面をにらんだ。
「あの顔出してるやつはどうって事なさそうだけど、この音鳴らしてる奴等がちょっとやべーかもな」
「そ、そうなのか?に、逃げた方がいいいか?!」
俺は荷物を両脇に抱えていつでも逃げ出せるポーズをとった。ケンタは眉を顰めて何やらまだ悩んでいるようだ。
そんな膠着状態が約1分程続いた。
「やば!ロビン逃げんぞ!!」
突然、ケンタは俺の腕を掴み走りだした。
その衝撃で両脇に抱えていた道具を落としてしまった。
だが、数メートルほど駆け出した所でケンタの体が一瞬フワリと宙に浮き、バタン!と後ろにひっくり返った。
「ち…畜生!ダマされた!」
健太は四肢をバタつかせながら必死に起き上がろうとしている。
俺はケンタの手を懸命に引っ張った。
「だ、ダメだロビン!塩! 俺の鞄に塩入ってるだろ!! そいつを俺によこせ!!」
「あっは、はい!」
ケンタのこれだけ焦る姿は、久しぶりに見た気がする。
言われたとおりにバッグの中をまさぐっていると、足元に懐中電灯が転がっているのに気づいた。
俺は考えるよりも先にそのスイッチを入れてケンタを照らした。
すると引きつるケンタの肩越しからダラリと垂れ下がる細長い腕があった。
その手は、ケンタの胸のあたりを掴んでいる。
「お、おい!なんだよそれ!」
焦ってライトを落としそうになったが、慌てて掴み直しまたそちらを照らした。
すると明かりの隅の岩場の上に、複数の白い足が並んでいた。
震えながら光を当てると、そこには5人の男達が立っていた。
皆がみな頭から三角の笠を被り、長い木製の杖をついて、袈裟の様なものを纏っている。
まるで虚無僧のような出で立ちだ。
能面の様なその顔に表情はなかった。
よく見ると、一番前に立つ男が胸の辺りで何かを鳴らしていた。
りーーん
りーーん りーーん
りーーん りーーん
夜の湖に響き渡る音の根源はそれだった。
「ちくしょう!俺を騙しやがってこの野郎!!」
ケンタの叫び声で我にかえり、懐中電灯の光りを戻すと、背後からケンタにしがみついている女と目が合った。
目が合ったといってもそういう気がしただけで、光りを当てているのになぜか女の顔はグニャグニャにボヤけていた。
俺は必死で鞄の中をまさぐり、見つけた塩袋らしきものをケンタに手渡した。
そこからの記憶は断片的に途切れている。
…
…
気が付くと、あの不気味な雑木林の中を2人で走っていた。
この真冬の冷たい深夜にケンタの上半身が裸になっている。
「おいケンタ君!服!服!」
「おー!あれぐらいアイツらにくれてやるわい!わっはっはー!」
ケラケラと笑いながら走るケンタは本当に心強い…
先ほどの恐怖がまるでもう遠い過去の事のようだ。
俺もつられて笑いながら、暗い夜道を全速力で駆け抜けた。
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自殺で有名なダム湖には間違っても夜中に近づいてはいけなかった。
その後、さすがのケンタも高熱を出して苦しんでいた。
まあ裸だったから当然か?
一週間後、元気を取り戻したケンタはあの時の事を語りだした。
初めにケンタが見た水面から頭を出していた女は多分自殺した水死者で、顔がパンパンになり目玉なんかも抜け落ちてしまっていたらしい。
で、そのすぐ近くの森の中から子供が何人か出てきて、水面の女をジッと覗き込んでいたらしい。
すると突然、頭の中へと直接流れ込んで来るような読経に襲われたかと思ったら、今までこちらに無関心だった子供達が一斉に走り寄ってきたという。
慌てて逃げようとした時、後ろから強い力で何者かに掴まれて尻餅をついた。
多分、あの子供達はダミー(囮)だろうとケンタは言ってた。
俺が目撃した虚無僧もどきをケンタは見ていないが、恐らくあれは子供達が姿を変えたもので、見る人によっては見え方が違う場合もあるとの事だ。
そして、最後にケンタはこう言った。
「あいつらちょうどあん時に、あの死んだ女を迎えに来てたんじゃねぇかな?」
「女を? 」
「ああ、魂を迎えにな。俺たちは間の悪い時にあそこへ行っちまったっつう事だw」
「ほう、なるほどな!」
うーん、つまり俺達は空気の読めないお邪魔虫だったって事みたいだ。あの女の魂は無事に成仏出来たのだろうか?
更に怖いのは、その後も度々ケンタはあのダム湖で釣りをしている事だ。
しかも深夜に一人で!
ある意味アイツが一番怖い気がするが、今でもたまに遠くの方から聞こえてくるそうだ。
りーーん
【了】
作者ロビンⓂ︎
実話です…ひ…
こちらは俺の過去のアカウントです。良かったらご閲覧ください…ひひ…
→http://kowabana.jp/users/4737
そして、皆様が今回のアワードを記念して書いて下さった作品の数々ですψ(`∇´)ψ
鏡水花様
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紅茶ミルク番長様
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