皆さま、お晩でございます。再びの綿貫(わたぬき)でございます。
紫音さんの栃木弁怪談、よかったですねえ。日常に根差した怖さを感じます。
さて、もう八十番代ですか。大詰めですねえ。
鬼が出るか、蛇が出るか。はてさて。
それでは、こんなハナシを。
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第八十七話【酒】
知り合いの女性、Sさんから聞いた話である。
Sさん自身は、親戚の集まりでおじさんから聞いたと言っていた。
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「Sちゃん、もうお酒はいける歳かい?
そうかあ。大きくなったなあ。こないだまで、こんなに小さかったのになあ。
おじさん、Sちゃんのオムツ替えてあげたこともあるんだよ?
ハハハハハ(グイッ)、ふう~。
おじさん呑みすぎちゃったかな。
ん?お水?ありがとなあ。小休止小休止。
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Sちゃん、おじさんの仕事は知ってたかい?
そう、杜氏(とうじ)ってやつだ。酒を造るのがおじさんのお仕事だ。
おじさん、酒を呑むのも好きだからなあ。
美味い酒になるよう、毎年頑張ってるんだぞ?ハハハハハ。
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………昔なあ、二十年くらい前のことだけど。
うまぁい酒が出来た年があったんだ。
美味かったなあ。
旨かった。
なかなか出来んよ、あんな酒は。
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……事故があったんだ。その年は。
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酒造りの途中になあ。
仲間の一人が、急に姿が見えなくなった。
家のもんに聞いても、行方が分からなくてなあ。
警察に届けたんだが、見つからんでなあ。
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……いたよ。
仕込み用タンクの中になあ。
転落してたんだ。
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仕込みタンクは高さ2メートル、直径1.1メートル。
醪(もろみ)の様子を見に行ってたんだろうなあ。
酵母ってやつはなあ、アルコールを醗酵させる時に大量の二酸化炭素も発生させんだ。
二酸化炭素は酸素よりも重いから、醗酵中のタンクの水面付近には二酸化炭素が溜まる。そこは100%無酸素状態なんだ。
だからなあ、転落すれば溺死じゃあない、窒息死するんだよ。
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タンクに顔を近づけすぎると、タンクからあふれかえってる二酸化炭素を吸って、目が眩んで落ちるということもあんだ。
すげえもんだぞ?
目と鼻をガツンと殴られたみたいになってなあ。
咳き込み、鼻が曲がり、涙が出て。
……そんで落ちたんかなあ。
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……うまぁかったなあ、その年の酒は。
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……今年の酒もうまぁいんだ、これが。
ハハハハハ。
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第八十八話【ビデオ】
会社員の男性、Iさんから聞いた話だ。
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お盆の里帰りの時期に、Iさんの地元で小学校の同窓会が開かれた。
十年ぶりくらいに顔を合わせる友達もいて、皆変わっていて、それでも根は変わってなくて、大層盛り上がったそうだ。
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場所は居酒屋の和室で、同窓会メンバーだけで三十人からの大人数。
酒も入って人も入り乱れ、ガヤガヤと騒がしかった。
そんな中、Iさんの親友Oさんが、皆の様子をビデオに収めていた。
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後日、Oさんからビデオテープが届いた。
Iさんは早速、それを再生した。
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『ねえNさん、Iって小学校の時、Nさんのこと好きだったんだぜ』
撮影者のOさんの声が画面外から聞こえる。
カメラを向けられたIさんの顔が映る。
『おい!O、やめろよ、恥ずかしいだろ!』
画面を覆おうとするIさんの手のひら。
Oさんが飛びのいてそれを躱す。画面が揺れる。
続いてNさん。
『やだー、そうだったの?Iくん。でもゴメンねぇ。私もう結婚して、こんなおチビちゃんがいるんだよ?ねー』
Nさんのひざの上でやんちゃな男の子が暴れている。
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Oさんが居酒屋内を歩き回り、様々なメンバーたちにカメラを向けていた。
楽しい映像だった。
しばらく見ていると、テープが最後まで再生されたようだ。
Iさんは自分たちが映っている場面をもう一度見たくなり、巻き戻しボタンを押した。
画面に映像が映りながら、逆再生されていく。
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shake
きゅるきゅるきゅるきゅる
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違和感を感じた。
目の前を通り過ぎた映像になにか。
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早送り
shake
きゅるきゅるきゅるきゅる
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巻き戻し
shake
きゅるきゅるきゅるきゅる
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早送り
shake
きゅるきゅるきゅるきゅる
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巻き戻し
shake
きゅるきゅるきゅるきゅる
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ああ、わかった。
逆再生される光景、盛り上がる同級生たち、その背後の居酒屋の店内。
そこに小さく映っていた。
和室の奥の廊下を、痩せた長身の男がフラフラとふらつきながら歩いていく。
酔ってトイレにでも行こうとしているのだろう。
その様子がコマ送りされている。
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逆再生する光景の中で、男だけが自然に見える。
正面を向いて、前進する。
当然、普通に再生すると。
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気味の悪い動きをする男は、ざわついた店内を誰からも奇異な目で見られずに、画面の外へと消えた。
作者綿貫一
真夏の怪談フェス「百物語」
ロビンⓂ︎ 一話〜五話
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沙羅 六話〜十話
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まりか 十一話〜十三話
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よもつひらさか 十四話〜十六話
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ラグト 十七話~十八話
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珍味 十九話〜二一話
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おでん屋 二二話〜二四話
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ゼロ 二五話〜二九話
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山さん 三十話〜三一話
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綿貫一 三二話〜三四話
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よもつひらさか 四三話〜四五話
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修行者 七三話〜七五話
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まりか 八十話〜八二話
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山サン 八三話〜八四話
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紫音 八十五~八十六話
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