中編7
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百物語【九十二話】

私が高校生だった頃のお話なのですが、

夏休みに級友のユッコから中学の友人とお泊り会をするから来ないか?と誘われました。

ユッコは入学してすぐ仲良くなった子で、今も親友として関係が続いています。

でも、人見知りの激しい私は友人以外の人とご一緒するのはとても怖くて、

残念ですがとお断りを入れたのですが、

同じクラスのアマネとユズキが行くことになったことで状況が変わりました。

三人であの手この手を使って断れない方向へ私を追い込み…

結局、うんと言わざるを得なくなった訳です。

人生初の夏●ミに行けるのは…あまりにも魅力的な…

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「この近くに幽霊が出る場所があるんだよ♪」

お泊り会の当日、夕飯になるまでユッコの部屋にて全員で勉強をしていた時、

ユッコの友人のひとりが手を止め、そう話を切り出しました。

幽霊が出る…というのはユッコの家からそう遠くない、

私鉄が敷いた線路上にある踏切で、夜中に列を作って歩く人影が目撃されるそうです。

オカルトとBLが大好きな私達にとって、目の前に餌をぶら下げられたも同然、

「男子とか呼んで今夜、肝試しをしよう!」

夜の11時にユッコの家を抜け出し、件の踏切に行くことになりました。

集まったのはユッコの地元の友人が男子が3名で女子が2名、

私達4人を入れて参加者は合計9人、かなり賑やかな道行です。

もちろん男子はお泊り無しですよ。

市街から離れた田園地帯、満天に輝く星々の下、

自己紹介しあったり、虫よけスプレーをかけ合ったり、持ち寄ったお菓子を食べたりして、

明かりの無い道を馬鹿みたいにはしゃいで歩いた抱え込んだ孤独や不安に、

おーしーつーぶーさーれーなーいよーにー?

歩いて10分程、人の腰くらいまで伸びた雑草の中に埋もれて踏切はありました。

警報機も遮断機もない、黄色い注意書きの看板と木の踏板があるだけの簡素な作りです。

ユッコと地元の子達は終電も行ったからと、

踏切内へ入って懐中電灯で線路の先を照らし、幽霊が来ないか見てました。

道床へ敷かれた砕石の上に等間隔で並べらた木のマクラギ、

さらにその上へ二本平行に敷設された赤く錆び着いた高炭素鋼製のレール…

その先は懐中電灯の明かりではまったく届かない闇の中…

私とアマネとユズキはずっと踏切へは入らず、

手前の道路から南北へ真っ直ぐ伸びる線路を眺めています。

何も出なさそうですね。

しばらくして、線路内に入ってたユッコ達地元の子が足音が聞こえると言い出しました。

ユッコが私達を呼んで指を差し、南の方から砕石とマクラギを踏みながら、

線路をこっちに向かって近づいてくる足音がするというのです。

道路上にいる私達には全然、砕石がこぼれる音すら聞こえないって言うと、

ユッコ達は足音の聞こえる方へ懐中電灯を向けました。

『外道照身霊波光線!』

いくつですかあなた達…

「汝の正体みたり! 前世魔人 !!」

「ぶぁれたかぁ〜」

アマネ…ユズキ…二人も絶対なんかおかしいよ!

砕石の上に並べられたマクラギと平行に走るレールがあるのみで、

まったく人影ひとつ見当たりません。

それなのに、足音はユッコ達がいる方へ確実に迫ってきているそうです。

「あ!」

線路内にいる一人が懐中電灯で照らす輪の中に黒い人影がいると叫びました。

ユッコや線路内にいる子達が揃って見えたと…それも一人ではなく、

重なるように幾人もが一列に並んでふらふらとこちらへ歩いてくるのだと言うのです。

もしかして、線路の中外ではなくて地元の子だけに見えるとかなのかも。

「あれ幽霊?」「幽霊やばくない?」「マジ幽霊かよ?」「幽霊まじやべー!?」

線路内へ留まることに我慢できなくなり、私達のいる場所へ逃げてきたユッコ達。

私とアマネとユズキは頭の上に『?』を浮かべるばかりでした。

そこへ今度は大きな声でギャー!ですよ?

女の子の一人が携帯電話を取り出して画面を見つめ…

あれ?あれ?そんなはずない…うそ?うそ?うそ?って。

周囲にいる友人たちに黒い携帯の画面を見せながら、

くぁwせdrftgyふじこlp的意味不明な言葉で喚き散らし始めます。

私の横でユッコが同じように携帯を取り出し、画面を見て顔を引き攣らせました。

いえ、彼女だけではなく…

「ニヤ先輩?だってもう…」

「ありえない、ニヤ先輩から…」

「うそ、ニヤ先輩から…」

「私もニヤ先輩から…」

「わ、私もニヤ先輩から着信…」

ユッコと地元の子全員に『ニヤ先輩』という人からほぼ同時に着信があったみたいです。

「ユッコ、ニヤ先輩って誰?」

「メモリーから消したはずなのに…確かに消したはずなのに!」

話聞いてないし…しかし、気丈で男勝りなユッコですら怯えさせるとは…

なるほどなるほど、全貌が見えてきたかもです。

ニヤ先輩というユッコ達共通の知人で、

その人に全員が後ろめたい感情を抱いているということですね。

「ユッコ、その電話には絶対に出ちゃダメだからね、着信なんてないんだから!」

「え!?」

ユッコが驚いて、真っ暗な携帯画面から私に顔を向けました。

「な、なに言ってんの?

 ほら、ニヤ先輩からの表示…ず、ずっと…着信音鳴ってるんだけど?」

「絶対に無視して!その電話に出たら最後、完全な恐怖に飲まれるよ!」

足音も携帯の着信も全部、高まった恐怖と集団ヒステリーによる幻聴と幻覚です。

私とアマネとユッコは線路を歩く足音も携帯の着信音もバイブ音も聞いていません。

思った通り、地元の子達が手にする携帯の画面は全て真っ暗のままです。

我慢していれば必ずあれは去っていきます。

この世に在らざるものは安定と維持がとても難しいのです。

こちら側の誰かがそれを許さない限り…

「もしもし、ニヤ先輩ですか?わたし…ヤマダです…」

「あ、やっちゃった…」

恐怖に耐えかねたのか、女の子の一人がニヤ先輩の着信に出てしまいました。

呼びかけに応えるというのは、その存在を受け入れたという証です。

『…キ…タナ!』

途端、怨嗟の籠った複数の男女と思われる不気味な声が、

私達のすぐ傍から聞こえてきました。

彼女が…自らが生み出したまぼろしを現実と認めてしまったから…

現実に固定化されてしまったみたいです。

声だけではなく、他の現象も何の因果も持たない私達に降りかかってきます。

この恐怖はもう無差別に人へ伝染してくるのです。

耐性の無いユッコ達は絶叫を迸らせ脱兎のごとく踏切から逃げだしました。

ここから一歩でも遠ざかろうと自殺個体のレミングみたいに…

水田の中だろうと、山があろうと、川があろうと、炎の中だろうと…

動けなくなるまでどこまでも走り続けるのです。

「ユズキ、ユッコをお願い!」

「すぺしゃるろーりんぐさんだー!」

一陣の風と化し、ユッコの前に回り込んだユズキが、

0.1秒の一瞬に左手のみで5発を放つ?という伝説のパンチを入れなかったら、

あの子達と同じことになっていたと思います。

お腹を押さえてその場に崩れ落ちるユッコ…

慌てて駆けつけたアマネと一緒に彼女を介抱していると、

背後に妙な気配を感じました。

誰かいます。

ゾクゾクと背筋を走る恐怖…背中に突き付けられた何者かの視線…

振り返りました。

青白い月光が降り注ぐ踏切の中に、

セーラー服を身に着けた女の子が立っていました。

ふわっとしたエアリー感のあるショートヘアに白いリボンタイ、プリーツスカートの裾を、

青い田の上を渡ってきた涼風が揺らしています。

俯いた顔の半分が前髪で隠れていますが…

もしかして、あなたがニヤ先輩ですか?

女の子は引き結ばれた唇の端を吊り上げました。

むか…(-_-メ)

「ユズキ、あれ貸してください」

「Yes、ma’am!」

敬礼したあと、ユズキがおもむろにデイバッグからキン●ョールの缶を取り出すと私に差し出します。

(これでいいんでしたっけ?)

頭の上にたくさんの『?』を浮かばせながらも受け取ると、

私は踏切内へ入って缶が冷たくなるまで女の子に吹きかけました。

周囲に広がるあの独特の香り…

でも、なんか違うような…

でも、なんか効果があったみたいで…

降り注ぐ月光の中で女の子はゆっくりと形をなくし、淡く薄れて消えてしまいました。

長い溜息…

でも、立ちこめる濃厚なキンチ●ールの匂いで余韻台無しです。

一部始終を見守っていたアマネがぷっと吹き出しました。

ユッコはお腹を押さえて蹲ってますが、肩が小刻みに震えています。

「お美事です、三佐殿!!」

きらきらと目を輝かせ、ユズキは見事な敬礼をしました。

誰が三佐ですか…

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消えた五人を見つけだすことは適わず、

一度ユッコの家へ戻って大人の協力を仰ぐことにしました。

急いで見つけないと取り返しのつかないことになります。

地元の有力者であるユッコのご両親に事情を説明すると、

深夜にも関わらず、消防団に呼集をかけて彼等を探してもらうことになりました。

姿を消した5人は地元でも有名な子達らしいです。

そこへ地元の父兄会や青年団も捜索に加わりました。

朝方になって事情を知ったユッコの友人達が押しかけて捜査範囲が一気に広がります。

結果、朝日が高くなる前に全員が大小の怪我はありましたが、

命に別状の無い状態で発見されました。

まるで今まで悪夢の中にいたようです。

ユッコの中学の友人5人は全員、踏切へ向かうところからの記憶を失くしてました。

動けなくなるまで走り続ける程の恐怖を植え付けられたのだから仕方ないかもしれません。

後に、私達はユッコから二学年上のニヤ先輩にまつわる話を聞きました。

彼女の死は事故だったのか自殺だったのかは結局わからなかったと…

おわりです。

こわくなくてごめんなさい。

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